01
「…………んん?」
ふと目が覚めた。
起き上がるとまだ二限が終わった後の休み時間だった。
って、全然寝れてねえじゃん。
おかしいな。三限が終わるまでは起きないつもりだったのに。
身体を伸ばし、欠伸をする。
ずっと頭を乗せていたせいか、手が痺れていて感覚がない。
テスト一週間前になったのにクラスでは相変わらず特定の奴が騒いでいて、そいつが机にぶつかったせいで起きてしまったようだ。勉強してろと言いたい。俺が言えたことではないので言わないが。
頬杖をついて曇った窓越しに外を見る。
もう2月も終わりに近いというのに、外では雪が降っているようだ。
暖房が効いているため室内は暖かくなっているはずなのだが、築ウン十年というボロイ校舎のためか窓際は隙間風で寒い。
「よう大将。お目覚めかい?」
「……なんだよ大将って」
「ありゃ? 随分とローテンションだな」
「……お目覚めしたばっかだからだよ」
前の席の奴と軽口を叩きあう。
もう3年の付き合いだが、それももうそろそろ終わりかと思うと少々感慨深い。まあ、俺はこのままエスカレーター式に高校に上がるので、こいつが余程馬鹿じゃない限り4年目が始まるのだが。
「随分と寝むそうだな。徹夜でもしたのか?」
「まあ、そんなとこ」
「ゲームのやり過ぎか?」
「ちげーし、お前に言われたくはねぇよ廃ゲーマー」
ネットの友達と話していたら熱中してしまい、ついつい遅くまで話し込んでしまった。今頃はあいつも眠そうにしているだろう。
本当はゲームもしてたのだが、言うのは癪なので言わない。
「それよかさ、新しいVRSもうすぐ発売だな」
「ああ。何でももうリアルと差が無いらしいな」
VRSってのは「Virtual Reality Simulator」の略で、今流行りのVRゲームをするために必要な機械のことだ。
で、そのVRゲームってのは、元々軍事関連で開発された技術が日本で医療として発展し、それが娯楽の分野にまで持ってこられて出来たものだ。顔をほぼ完全に覆うHMD型(と説明されているが実際はただのフルフェイス)のVRSを装着することによって、プレイヤーは文字通り「ゲームに入る」ことができる。簡単に言うとVRSが脳から身体に送られる信号を遮断しデジタルのものに変えることで、ゲームの仮想体を自分の身体のように動かすことが出来るようになるのだ。
初代は発売間近になって「デスゲーム」の噂……というか都市伝説? が話題となり、急遽念入りなチェックが行われたために発売が何ヶ月も伸びた、という(待ち望んていたゲーヲタにとっても)不遇な時期を過ごしたこともある代物だ。俺はその時まだ生まれてないから関係ないんだけどね。
で、そのVRSの新作が今度出るらしい。今までの物より演算能力とかその他諸々の性能が格段にアップしていて、デザインも圧迫感のある従来のものとは違い、正真正銘のHMD型のシャープな外観がカッコイイ。その分結構良いお値段のため普通の学生や薄給サラリーには買えないんだけどな。そのうち落ち着くとは思うけど。
「で、なんだよ。ニヤニヤしやがって」
「それがさ、俺…………実は…………なんと!」
「くどい」
「ぐはっ!」
溜めに溜めまくる友人の頭にチョップを落とす。めんどくさいな。
ふぁ、と欠伸が出る。こいつ無視して寝ようかな……。
「い、いや聞いてくれって。俺イウのクローズβ当たったんだよ!」
「「「な、なんだって!!?」」」
「うわっ!?」
今の怒声は俺じゃない。周りで普通に談笑してた奴らが、急にこっちを振り向いて目をギラつかせて叫んだんだ。
話の内容は驚愕に値するのだが、それよりも先に呆れが来た。
こんなとこで言ったらこうなることは自明だろうに……。アホか、こいつは。
「ふざけんなテメェ!!」
「ぶち殺すぞテメェ!!」
「この裏切り者がッ!!」
「神様のバカヤロー!!」
「なんでテメェなんだよチクショー!!」
「いや待て、こいつを俺の前に置いたことが神様のプレゼントじゃないか?」
「そうか、こいつから奪えばいいのか!」
「「「それだぁ!!!」」」
『イウ』ってのは、新作VRSと同じ会社によって開発中のVRMMO、つまり多人数参加型オンラインゲームのことだ。もちろん新作VRSに対応している。
正式名称は『Infinite Universe』。公式略称である『IU』をローマ字読みした結果『イウ』と呼ばれることになった。
で、そのクローズβといえば全国から数百万人くらいが応募したと言われ、その中から僅か五千人しか選ばれないというとんでもない倍率のものだ。もちろん俺も応募した。ダメだったが。
ここまで応募が増えたのには絶対的な理由がひとつだけある。なんと、βテストを受けた人には新作VRSがPRも兼ねて無料で提供されるのだ。今の時代VRSはゲームだけじゃなく様々なことに活用されていて、取引先との会議は仮想世界で、なんてこともよくあるのだ。そりゃ応募も増えるわ。
まあ、俺は今やってる旧VRSのゲームが面白いところだからもうしばらく後でいいかな、と思っていたためそこまで妬ましくは無いが……いや、何十発か殴りたい程度には妬ましいが。
だが、俺みたいな奴は少数派で、むしろこの場には俺しかいない。
まぁつまり、どういうことかというと。
「のわっ!! ちょっ! 待っ! あ、アキラ助け……っていねぇし!!」
「自業自得だバーカ」
俺はすでに脱出済み。君子危うきに近寄らずってね。今回は危険の方から近づいてきたんだけどな。
「ギャァアアア!!」という壮絶な叫び声が聞こえてきたが、心の中で合掌するのに留めておいて、ジュースを買いに教室を出た。
◆ ◆ ◆
突然だが、うちの学校の自販機はなかなかにカオスである。
普通の炭酸とかお茶とかに混じって「納豆バター」やら「ダイナミックフルーツ牛乳」やらが存在しているのだ。前者は組み合わせに、後者は前6文字に危険を感じる。
噂ではとある企業と提携して新商品の実験してるんだとか、校長のお茶目な心が爆発したんだとか言われているが、真実は闇の中、七不思議の1つである。ちなみに残りの6つは不明だ。
そういうわけなのだが、別にわざわざ危険を冒す必要もあるまいと思い、俺は普通のコーヒーを選択することにした―――
「ようアキラ君!」
「うわっ!?」
―――のだが、後ろから背中を叩いてきた何故かボロボロの友人Aのせいで体勢を崩し、違うものを押してしまった。
出てきたのは「乾燥ワカメポタージュース」。「ジュ」が重なっているところがポイントだ。せめて「乾燥ワカメポタージュ」というだけなら……まぁ嫌な予感はするがこの魔窟(自販機)の中だと優しい方だしまだ許容範囲内なのだが、「ジュース」というアクセントが付くことによって一気に危険度が数千、数万倍となった。一言で言えば「地雷」だ。
「さっきは良くも見捨てて……ってあれ? あの、何故にそんなに怖い顔を……」
「断罪だ」
「あがががががが!!」
缶を開け、中の液体を罪人の口に流し込む。
すると、顔色を壊れた信号のように次々と変えてから何も言わずに走り去って行ってしまった。あらま、感想を聞きたかったのに。
まあ、缶の絵柄からして単純なワカメの液体(断じて飲み物ではない)じゃなさそうだったからな。結果は言わずとも知れている。
……マジで、なんでこんなものが売られているのだろうか。
「……酷い目に会った」
「奢ってやったんだから感謝しろよ」
「出来るかっ!」
それから少しして三限目の授業中。社会科の杉田は緩めの人なので私語をしても怒られることは無い。うるさすぎると無言でチェックされるので注意が必要だが。
あとは、隣の席のクラス委員長がたまに睨んでくるのだが、まぁ大した問題ではないだろう。
「そういやアキラは新しいVRS買わんの?」
「……いや、買いたいけどさ」
まだ発売してないし。気が早いなこいつは。
あと、こいつが発言した時に周囲からの殺気が増した。鉛筆やらシャーペンやらが設計時には想定していなかった力が加わったことによってバキバキと折れる音があちこちから聞こえるので間違いない。心が濁ったやつには今のが嫌味に聞こえたんだろう。
俺? 俺は人間出来てるからな。イラッとなんかしてないし、ゲームばっかで万年金欠なこいつに今度またジュースを奢ってやることにしよう。優しいな、俺。
それはさておき、目の前のバカは何か言ってるが新しいVRS……名前はなんだったかな? 番号みたいのだったから忘れた。ともかく、そのVRSはまだ買わなくても正直問題ない。ソフトがハードに追いついてないため、買ってもイウくらいしか出来るものが無いからだ。しかもイウもクローズドβだし。
オフラインは今までの物もできるのだが、オンラインでは処理速度によってゲームが成り立たなくなるほどの絶望的な差が出来てしまうので、その対策がとられるまでは無理だろう。
まぁそういうわけで、このバカは自覚無しに調子に乗っているため気付いてないが、イウのβに当たらなかった場合はまだ買わなくても問題ない。よって、「新しいVRS買わんの?」という質問は無駄に周囲の殺意を高めるだけで、返ってくる答えは決まっている。
で、そんなこんなでその後も色々言って無駄に周囲の殺意を高めるバカを適当にあしらっているうちに授業が終了する。
「では、今日はここまでにします」
「きりーつ、きょーつけー……」
ありがとうございましたー、と言って授業が終了し、俺はさっさと教科書類をまとめて席を立つ。
そして周囲に出来上がる人の壁。
「あれ、アキラ? もういねぇし……って皆さん? その、顔怖いですよ?」
君子危うきに以下略。要するに第二ラウンドってことだ。
次の授業である数学の山下は厳しい人なので、うちよりも授業が進んでいるクラスの奴にノートを借りるために廊下へ出た。
悲鳴? 気のせいじゃないかな。