18
「いてて……」
一瞬視界がブラックアウトした後、気が付くと割れたガラスの上でうつ伏せに倒れていた。ビルの中だろうか。
痛みは無くても衝撃はあるため、なかなかに身体がだるい。が、そうも言ってられないので、気力を振り絞って重い体を起こす。
「うわ、体力やば」
レッドにまで落ち込んでいるHPを慌てて回復させ、その間にも辺りを観察する。ビルの中はオフィスのようで、机や散らばった資料が至る所にある。今の時代、資料はデータ化してタブレットに収めるのが普通のため、なかなかお目にかかれない光景ではある。未来設定なのに変なところで凝っているのは、良いことなのか悪いことなのか。
それはさておき、どうやらここに居るのは俺一人のようだ。他のやつも視界に浮かぶパーティメンバーの欄からは消えていないため死んではいないようだが……別の階に落ちたのかな?
自分のHPゲージの下に少し小さく表示されている他のメンバーのHPゲージを見ると、リンは赤のギリギリのところ、姫様はちょうど今一気に回復してグリーンに、ユキムラは多少減ってはいるがフル近くある。また、見ている間にリンのHPも回復した。目覚めたのだろう。
「コール、ユキムラ」
音声入力で設定された短縮キーを言い、ユキムラに対して音声通話を掛ける。戦闘中だと集中が乱れるため、こういう通話はワン切りがマナーだが、緊急時なので無視する。まあ、ユキムラやリンに対してそんなマナー守ったことないし守られたこともないのだが。
すると、3コール後に繋がったことを示すSEが鳴った。
「お、繋がった」
<アサヒか! そっちは大丈夫なのか!?>
「へ? 大丈夫って、何が?」
このフロアには見たところ動くものは俺しかいない。ユキムラがいるのは恐らく別のフロアだが、大した変わりはないだろうと思っていたのだが。
<俺とヒメは一緒のところに居たんだが、結構下の方に飛ばされたらしくてギガントドールにロックされてんだよ!>
「まじか! てか姫様も居んのか」
割れた窓の方に駆け寄ると、5、6階分くらい下でギガントドールが両手を振り回して暴れているのが見えた。モノレールで見た時よりは遥かに近いが、ユキムラたちに比べたらまだまだ安全範囲内だろう。時々、というか頻繁に振動が伝わってくるため、このビルの耐震性が優れていることを祈る。
それよりも早くこのビルから脱出するか。いくら何でも壁を抉られたら倒壊する危険もあるしな。
「ごめん、俺相当上の方だわ。頑張って」
<だぁーちくしょう! 羨ましい奴め!!>
「リンはいないのか?」
<リンは……うわっと! リンはいない! 恐らくだが、落ちる高さは重量に比例するからお前のすぐ近くにいると思う!>
「なるほど、お前らくっ付いてたから2人で1人として落とされたのか」
<多分なっと!!>
重さに比例して落ちる仕様といい、瀕死だが全員生きている———逆に言えば全員が同じく瀕死状態になったことから、これがイベントの1つであると予想できた。もしくはトラップかな。何にせよ凝ったことだ。
「一定以上のダメージを負ったモノレールに乗っている際に、ギガントドールにターゲットされていて、かつギガントドールのHPが一定値を下回る」って、どんだけ条件細かいんだよ。
通話からは爆発音や銃撃音が絶え間なく聞こえてくる。さて、忙しいようだし切るか。
「じゃあ、奥目指すからそのうち落ち合おうぜ。っと、そういやパーティって離れてても有効なのか?」
<たしか離れすぎると効果無くなったはず!>
パーティを組むことによって得られる効果は、アイテムドロップ率微上昇、熟練度成長率微上昇である。「微」と言ってもあっても無くても変わらない程度の物らしいが。離れると効果は無くなるようだが、強制解散とかはないみたいだな。
「おっけ。リンには言っとく。後でな」
<わかった! じゃあな!!>
そう言って通信は切れた。んじゃ、俺も前に進みますか。
◆ ◆ ◆
リンに連絡を取って安否を確認し、各自奥に進むことを伝える。
「パーティの意味……」と呟いていたが、それに関しては仕方がない。全面的に同意だが。
だが、考えてみると俺ら全員基本ソロプレイ的なスキル構成となっているのはずなので、問題ないっちゃ問題ない。ユキムラのしか知らないが、他の二人も多分そうだろう。なにせラグナの出身なのだから。
不幸中の幸いというやつか。違うか。
「……ふむ」
リンとの通信を切った後、オフィスを抜け通路に出る。歩いていると何体か機械人形に遭遇したが、『ダッシュ』で勢いをつけ『ジャンプ』で壁や天井を使って多角的に跳ぶことで撹乱し、接近戦で対処する。機械人形もここに来て結構強くなってきたが、道が狭いためか一体ずつしか出てこないため、特に大きなダメージを喰らうことなく問題なく進む。
本当は無傷で行きたかったのだが、流石に天井も限られている狭い通路内でショットガンを完全に躱すのは至難の業だった。てか無理だった。
「敵は居ないっぽいけど……」
そうして辿り着いたのは先程目覚めたオフィスと同じような部屋。だが、こちらの方が広い。廊下は一本道で、他に行けそうな場所はなかった。他の部屋は全て小さかったので探索済みで、途中見つけたエレベーターは壊れているのか使えなかったし、扉を破ることもできなかった。
扉がガラス張りのため中を窺うが、敵の姿は確認できなかった。
ここで立ち止まってても仕方がないので、意を決して中に入る。
すると、部屋の中ほどにまで進むと突如天井がひび割れ、轟音と共に穴が空き、一体の機械人形が降ってくる。
鈍く光る鋼鉄のスリムなフォルムに、ヘルメットのような頭部。大きさは俺より少し大きいくらいで、2メートル半程度だろうか。全身黒く、その刃物のような雰囲気を増大させている。
特徴的なのはその右腕で、肘から先が幅広の剣になっているのだ。左腕は普通の形なのだが、手首のあたりがリストバンドをしているかのように膨れ上がっている。何か———恐らく銃系統のものが仕込んであると見ていいだろう。
そして、その機械人形———『オプティクス・ギア』がモーターの駆動音のようなものを発しながらもこちらに向き直る。それと同時に視界の下隅にHPが表示された。1人用ボスなのかあまりHPは高くないが、少なくとも今までの敵よりは強敵だろう。
まあ、最初の機械人形はハメたし、次の戦車は爆散させたから、今までめちゃめちゃ強い敵とまともに戦えてないからな。流石にギガントドールと戦う気はしないし、丁度良い。ここらで暴れるのもいいだろう。
「さて、やるか」
そんな俺の言葉が合図になったのか、両手棍を構えた俺にオプティクス・ギアが突撃してくる。
「よっと」
結構なスピードで振るわれた右腕の剣に、両手棍を横からぶつける。先程の湖の上で現れていた『ガード』の派生スキル『弾き防御』を装備したことで、今までよりも簡単に弾くことに成功する。
その隙にカウンター気味に顔面を狙う。頭部が弱点のようで、スキルを使っていない攻撃の割に目に見える程度に微かにHPが減少する。それほどまでに通常攻撃というのは大した威力ではないのだ。
少しよろけたオプティクス・ギアを再び殴ったところで、横薙ぎに振るわれた剣を屈んで躱す。周囲のデスクが木端微塵になってまとめて吹き飛ぶが、デスクがあると足場が悪いだけなので無視する。
最初の攻撃パターンは剣の単調な振り回しと左手による殴り掛かりだけで、『弾き防御』を持っている俺にとってはそのスピードにさえ気を付ければ問題なかった。簡単に75%まで削ることに成功する。
しかし、75%を切ったところでオプティクス・ギアの目に当たる部分が仄かに赤く灯った。
「ちっ!」
すると、目に見えてオプティクス・ギアの攻撃スピードが上がった。横からの一撃を棍で防ぎ、少々ダメージを受けつつもその勢いに乗って距離を取る。
だが、着地した時には既にオプティクス・ギアは追い縋ってきていた
「速すぎるだろッ!」
その速さに、以前リンと決闘した時のことを思い出す。考えてみるとあの時は無我夢中だったが攻撃を防いでいたのだ(結局負けたが)。
———こいつよりもリンの方が速かった!
集中し、敵の攻撃を見極める。上から迫った剣を左に弾き、スキルを使って棍を突きつけるが左手で受け止められてしまう。慌てず左手に蹴りを入れ、そのまま距離を取る。
距離を取ったことでか、オプティクス・ギアは少々屈みこみ、勢いを増してこちらに突進してくる。何処となくクラウチングスタートのようにも見える。
振り下ろされた剣を見切って躱し、棍を振り回すようにして『鐘鳴撃』をオプティクス・ギアの顔面にぶち当てた。まともに入ったためか、蹈鞴を踏んだオプティクス・ギアに向けて棍を振り下ろし、そのまま蹴りを挟むと共に換装した機巧剣を首と顎の隙間に突き立てる。急所だったのか、機巧剣は深々と突き刺さった。
「うりゃ!!」
機巧剣を突き刺したまま、俺はその引き金を引いた。
ドカンッ!! とまるで大砲でも打ち出したかのような音が響き、オプティクス・ギアはそのまま壁に突っ込んで砂埃を上げる。
いつ起き上がってもいいようにパリィしやすい棍に換装し、視界の悪い壁際を注意深く観察する。
「ッ!?」
オプティクス・ギアが立ち上がったのを見て棍を構えるが、オプティクス・ギアはそのまま天井近くにまで飛び上がり、俺の後ろに着地する。
慌てて棍で防御の姿勢を取りつつも振り返るが、そこに既にオプティクス・ギアの姿はなく、視界の隅に何かが映ったと思う暇もなく、横からの衝撃に吹き飛ばされる。
「……っつぁ! こなくそ!」
一回床をバウンドした後に滑りつつも着地するが、既に追ってきているオプティクス・ギアの光り輝く剣を見て、すぐさま右に跳ぶ。
「スキル使うのかよッ!!」
爆音とともに飛礫や砂埃が舞い、床に裂痕が刻まれた。
凄まじい威力だが、怯えてはいられない。再び迫った剣を下から棍を当てて上に弾き、隙を作ったところで棍を両手で上向きに構える。すると、手に持った棍が輝き、キィィィン、という琴管楽器のような音が響く。
両手棍スキル多段打ち上げ技『翔破棍』。
棍の先端がオプティクス・ギアの顎にめり込み、そのままズガガガガッ!! とその体躯を引きずるように俺の身体は宙を駆け上がった。
多段ヒットが終わり、本来なら戦闘技能を使用したことによって硬直することになる。しかし、スキルから俺の身体が終わる瞬間に意識を棍とオプティクス・ギアに集中することで、再び棍は輝きだす。
至ってポピュラーな、『技能連携』と呼ばれるプレイヤースキルである。
簡単に言うと、ある技能とその技能が終わる直後の体勢が技能開始のトリガーになる技能を続けて出すのである。そうすることで、本来ある硬直を無視して技能を出せるうえに、敵に連続してダメージを与えることが出来るのだ。もちろん、成功しても失敗しても終了後には大きな隙を見せることになるので、リスクはあるのだが。
翔破棍は棍を両手で前に構えた状態で終わる。そこから、両手で頭上に構えるだけでいい技能に繋ぐことができる。
空中に浮いたままのオプティクス・ギアを、輝く棍が捉える。両手棍スキル二連撃技『崩撃』。上段からの叩きつけから、衝撃波を発生させて相手を吹き飛ばす技能だ。空中だろうが発動可能なこの技能によって、オプティクス・ギアを地面に叩き落とす。
「まだまだぁ!!」
だが、俺のターンはこれで終わりではない。ここから少し姿勢を変えるだけで、新たなスキルが発動する。空中限定で発動できる、両手棍スキル単発技『虎砲』。両手で構えた棍を空中に叩きつけることによって、波紋とともに空気の塊のようなものが真下に放たれ、ダウン中のオプティクス・ギアに衝突する。
現在の限界である3連携。正直、これぐらいならありふれているし、ユキムラやリン、姫様だって出来るはずだ。特に姫様は魔法も混ぜるからえげつないことになりそうだ。見たことはないが。
んで、ここからはまだ誰にも見せたことが無い領域だ。
技能が終わる瞬間に両腕に神経を集中させる。武器を捨て去るイメージで、硬直を無視して『換装』をする。
言うならば『換装キャンセル』といったところか。多少隙が大きいため使いどころが難しいが、硬直を無視して次に繋げられるのは非常に強力と言えるだろう。
「喰らえ」
機巧剣スキル特殊技『ギミックブースト』。SPを使い、機巧剣のギミックの威力を上げる技能。
剣先を下に向け、引き金を引く。ライトエフェクトを纏った切っ先は違わず、起き上がろうとしていた機械人形を貫いた。