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08 お母さん

 あの後、学校に居てはいけないと判断せざるを得なかった俺は、♂の恐怖を拭い去る為にどこかの保育園で子ども達と遊ぶことに決めた。ただ知り合いがいないところよりは、誰でもいいからいるところに行った方がいいだろう。不審者扱いされても困る。まぁこの容姿で不審者もないだろうが。今の俺は女の子の身体。顔にも全く面影が存在していない。純はすぐに信じたが、他の奴らはどうだろうか。


 男友達がいる保育園には行かない事にする。みんな彼女がいるから、俺が行くことで何か間違いがあっては面倒だ。他の女の子とメールするだけで彼女がめちゃめちゃ嫉妬するっていう話も聞いてるしな。圭介なんか、職場が女性だらけというだけで彼女が機嫌を悪くしたらしいし(実際にはオバサンだらけだった)。



    ◆



 学校を出た俺はクラスの女子で一番仲が良かった(と俺は思っている)由利が勤めている保育園に向かった。由利は白百合短大でダンスサークルの部長を努め、まぁ個人的な問題もあったが、素晴らしい統率力を見せつけてくれた。それでいて派手にノリが良く、ちょっとした妄想少女で、背中に『萌』とでっかくプリントされたTシャツを着たりなんかするような娘だった。でもそのテンションが話し掛けやすい雰囲気を作り、逆に真面目な時は凄く頼りになる女性であり、事実俺は由利が相手ならどんな話でも出来た。……エロい話も出来たし。



 園の柵の外から中の様子を窺うと、保育室で由利と子ども達が向かい合って座っているのが見えた。由利は背が低く、だいたい百五十センチ強といったところだろうか。学生時代は茶色かった長い髪を黒く染め、動きやすいようポニーテールにしている。真っ赤なTシャツに高校時代の物と思われる濃い青のトレパン、可愛い動物のアップリケをあしらったピンクのエプロンを身に付けていた。


 う〜ん、あんな格好していても滲み出るフェロモンは健在だな。よく見るとそうでもないのに、何故か色っぽく見えてしまう。俺も嘗てはあの色気にやられ、夢中にさせられた時期があった。うん、いい思い出だ。


 子ども達はだいたい二歳頃だろう。みんな行儀良くお山座りしている。由利の方は園児用の小さな椅子に腰掛け、絵本を左手に持って口をパクパク動かしていた。時間から考えて、午睡前の絵本の読み聞かせをしているようだ。由利は時々身振り手振りを交えながら子ども達に笑顔で語りかける。子ども達の何人かは時々立ち上がって何かを叫んだり、由利にまとわりついたりしていた。


 読み聞かせが終わり、由利と他の保育士の女性がゴザを敷き、子ども達を寝かしつける。ニ〜三歳ともなると、午睡の時間にも眠らない子が出てくる。由利が眠らない子の相手をしていたが、その中の一人がこちらに気づき、指を指して由利に話し掛ける。由利がこちらを向いた。あっ、と口を開けてこちらを見つめ、子ども達に何か声を掛けて立ち上がった。そのまま玄関に向かい、靴を履いて、外に出て、こちらに歩いてきて、俺の目の前で立ち止まり、じ~っと俺の目を見つめ……?


由利

「こんにちはぁ二神(ふたがみ)さん。今日早かったんですね。もう学校終わったんですかぁ?」

有希

「……へ?」


 予想GUY(ガイ)



    ◆



 事態がよく飲み込めなかった俺を由利は園の中へと引っ張り込み、「母の日が近いので、皆でお絵描きをしたんですよぉ」と言いながら一枚の画用紙を渡してきた。クレパスで色とりどりに何かが描かれている。丸やら四角やら、ごちゃごちゃしすぎてわけわからん。被写体を言い当てられるような人は存在しないだろうと、一目で理解出来る。ただ画用紙の右下には水色のクレパスで『ふたがみさくや』と、名前だけは綺麗に書かれてあった。一歳児クラスでお絵描き遊びでもしたのだろうか。でも、『ふたがみ』っていう苗字は『さき』と……同じ?


由利

「朔耶ちゃんが描いたんですよぉ」

有希

「……」


 朔耶って誰だ? 『さき』の妹か従姉妹かだろうか? いや待て、男の子である可能性も……とにかく『さき』の親類なのは、この応対からして間違いないだろう。だとしたらここではてなマークを出すのはマズイ。一応話を合わせておこう。


有希

「あ、あぁ、そうなんですか。朔耶が……」

由利

「はぃ。朔耶ちゃん、お母さんに褒めてもらうんだって、一生懸命描いてたそうですよ」


 由利が眩い笑顔を放つ。嬉しくて堪らないといった様子だ。何が嬉しいのかは解らないが。


 朔耶『ちゃん』と由利は言ったから、恐らくは女の子なのだろう。“お母さんに褒めてもらう”か……。やっぱり就学前の子どもは可愛い。可愛すぎる。普段は感情の起伏に乏しい俺が、子ども達の前では自然と笑みが溢れる。はぁ、早く俺も残った単位を履修して、保育士になりたい。


由利

「二神さん、今日はどうしますぅ? このまま朔耶ちゃん連れてお帰りになりますかぁ?」

有希

「……え」


 ……連れて帰るだと? 迎えに来たと思われてるのか? いやいや、俺朔耶の家とか知らないし、それ以前に自分(さき)の家にすら辿り着けない。まぁ、(『さき』の)家に帰るつもりは微塵も無いが。しかし、朔耶は無事に家に届けなくてはならないだろう。流石に子どもを連れて純の家に泊まるのは無理がある。てゆーかそんなことしたら俺、誘拐犯になっちまうだろ。由利は『さき』の事をよく見知ってる様子だし、この反応を見る限り、『さき』が毎日朔耶を迎えに来ているみたいだ。今更逃げるという選択肢は無い、か……。


有希

「あ、えぇ。今日は早めに……」

由利

「そうですかぁ。じゃぁ、朔耶ちゃんを呼んできますねぇ」


 そう言って階段を上っていく由利。俺は職員室の前で由利を待ちながら起きている子ども達に手を振ったり、すれ違う先生方に挨拶をしたりした。そうやって待つこと八分、漸く由利が下りてきた。


由利

「お待たせしましたぁ」


 現れた由利は左手に小さな手を握っていた。一歩一歩ゆっくり、頑張って段を踏むその足は細く真っ白い。真っ直ぐに伸びた綺麗な赤髪は、軽やかに風に靡いている。小さなリュックがとても大きく見えるその身体は年少のようにも見えるが、顔つきは大人のそれに近い。凛とした表情の小さな美少女がそこにいた。



朔耶

「お母さ〜ん!」


 階段を下りきった途端に由利の手を放し、へにゃっと表情を崩して俺に向かって突進してくる朔耶。小さな足で懸命に走るその姿はとても微笑ましいのだが、予想だにしないほどの可愛らしい顔立ちに面食らってもいるのだが、それ以上に俺は今自分の耳を疑いたい。そして俺の“ムギュッ”に興奮した憲壱の×××による×××を恐れ、その恐怖を払拭するためにこの保育園で遊ぶことを選んだ二十分前の自分を派手に呪い殺してやりたい。


 疾駆の勢いからそのまま全身で俺にぶつかってくる朔耶。頑張って走りすぎて、振り乱した髪の毛をいくらか食べてしまっている辺りはご愛敬だ。


 『お母さん』と呼ばれた事は、とてもとても衝撃的だった。『さき』に娘? 嘘だ、幻聴だ。さっき見たバイクの免許証には、平成五年生まれと書いてあった。今は平成二十一年だから、『さき』の年齢は十六歳で間違いないのだろう。なら、朔耶は一体何歳なんだ? もし一歳児なら、中二で身籠った計算になるが……。


朔耶

「お母さんっ! 朔耶ね、お絵描きでせんせぇに褒められたんだよっ」


 宝石のように輝く瞳が眩しい。しかし、『お母さん』って呼ばれるのはちょっとなぁ……。


有希

「あぁ、これでしょ? 上手に描けたね朔耶」


 さっき渡された画用紙を差し出しながら言う。


朔耶

「そうこれ。この絵ね、遠くから見たらスゴいんだよ!」

有希

「……遠くから?」


 画用紙を由利に渡し、朔耶と一緒に絵から離れる。あの丸やら四角やらに何の意味があるのだろうかと思いながら振り返ってみると……。


有希

「……!!」



 涙が出そうになった。



    ◆



有希

「さぁ、お家はどっちでしょう?」

朔耶

「あっちだよ」


 『さき』と朔耶の家を見付けるために、手っ取り早く出した結論がこれだった。俺が解るわけ無いから、朔耶に聴けばいい。毎日一緒に帰っているなら道順ぐらい覚えているだろう。もう六歳なのだから、それぐらい当然だ。


 そう、朔耶はもう六歳なのだという。来年の春にはランドセルを背負って小学校へ通うことになる。見た目はニ、三歳だが、知的発達には問題ないようだし(性格が少し幼いだけだ)、あの絵の才能は既に恐ろしいほどだった。自分で手にとって見ると、ただの図形の乱闘のようなごみごみした絵。しかし遠くに離れて見ると、驚愕の光景を目の当たりにする。それは『さき』の顔だった。それも、写真のように正確なパースで。少し前にコマーシャルでやっていた、写真を沢山並べてイチ○ー選手の顔を描いたやつとか、あんな感じを想像するといいと思う。とても就学前の子どもに真似できる芸当ではない。大人でも無理だ。


有希

「あっち? ほんとに~?」

朔耶

「ほんとだもん! 朔耶、ちゃんと道知ってるもんっ」


 俺の誘導にのせられて、朔耶は道順を事細かに説明する。その道筋を頭の中で辿っていった俺は、またしても驚かされてしまった。『さき』の家は、結構な金持ちだ。場所は一等地、敷地は一般的な高校の運動場ぐらいの広さだ。造りは日本家屋で、二階建て。ガレージには高級車が四台並んでいる。俺の中学からの親友が近くに住んでおり、付近を通る度に『この家、火事とか起きたらやべーな』とか言い合っていた。木造だし、庭園も素晴らしく燃えそうな植物がいっぱいなのだから。それと、どっかの大企業の社長だという話も聞いたことがあるな。


朔耶

「ねぇお母さん。そういえば、なんで今日は違うバイクなの?」


 昨日までは原付だったからな。座り心地に、究極の違和感を覚えているのだろう。と同時に、俺も違和感を覚えた。『さき』が乗っていた原付は『Let's』だった。Let'sなんて、もう部品も売ってないぐらい古い型だぞ? 燃費も相当酷い。金持ちならもっといいもんに乗れよ。


有希

「ん〜、お友達から借りてきたの」

朔耶

「そうなんだ〜」

有希

「そうなの」


 実際には知らない人なのだが。


朔耶

「お母さん、日曜日の母の日は朔耶がお料理するっ」

有希

「!?」


 そうか、今度の日曜日、五月十日は母の日か……でも朔耶、料理出来るのか?


有希

「朔耶……お料理大丈夫? お母さん手伝おっか?」


 保育園児に料理をさせるというのは……不安過ぎる。殺人兵器作ったりしないだろうな。しかし、自然に『お母さん』と言えてるあたり、俺もなかなか順応性が高い。


朔耶

「ダメ〜っ! 母の日だから、お母さんはゆっくりしてて!」

有希

「……そう?」


 ……なんか、凄くいい子だな。六歳……六歳という事は、つまり『さき』が九歳の頃に身籠ったという事で、小学三年生にあたる。その時期の女の子は当然生理などきていない。常識的に言えば、まだまだ子どもを産める身体ではないはずだ。だが、世界は広い。ギネスブック(それもかなり前の。最近のギネスには載ってない)を開いてみると、史上最年少で子どもを産んだのは“五歳の女の子”なのだ。名前も、妊娠時の写真も載っている。翌年には小学校に入学する年頃の女の子が、極度の栄養失調とは違う理由でお腹を大きくしている。年の差が五歳という事は、母親と子どもが一緒に小学校に通うというなんとも珍妙な光景が見られるわけだ。……世界は、広い。


朔耶

「おいしいおいしいお料理作るからねっ。」

有希

「……うん。頑張ってね」


 不安だけど、ちょっとだけ楽しみだな……。


 ……? そういえば、


有希

「そういえば朔耶、昨日はどうしてたの? お母さん居なかったけど」


 子どもがいると知ってれば、意地でも家を探したのに。


朔耶

「字のお勉強してたの」

有希

「一人で?」

朔耶

「うんっ」


 偉いな。でも、疑問はそれだけじゃないのだよ、朔耶。


有希

「ご飯は?」

朔耶

「じは〜どが作ってくれたよっ」

有希

「……ジハード?」


 え? ジハードって、アラビア語で『奮闘する』とか『努力する』とか、そういう意味のジハード? それとも『聖戦』? ジハードが作ってくれたって、まるで“ジハード”が人の名前みたいじゃないか。


朔耶

「じは〜どは、お母さんが帰ってこないときによくご飯作りに来てくれるんだよ」

有希

「……そうなんだ」


 ……やっぱり人っぽい。ジハードって、何者? なんか名前からすでにただ者じゃないよね。


有希

「ジハードは、今日も来るのかな?」


 何故『さき』の両親や兄弟ではなくて、“ジハード”がわざわざ来てご飯を作っていったのか。っていうか『さき』……今の朔耶の口ぶりだと、無断外泊が日常茶飯事っぽいな。自分の子どもほったらかして帰ってこないってのはどういう了見だよ……。


朔耶

「じは~ど? 来てって言ったら来るけど、お母さんがいるときは来ないって言ってたよ」

有希

「……どうして?」


 さっぱり訳がわからない。『ジハード』……本当に何者なのだろうか。



    ◆



朔耶

「着いた~!」


 遂に『さき』と朔耶の家に到着した。門の横にある駐車場にバイクを停めて(メルセデスとBMWが停まっていた)朔耶を下ろし、一緒に門を潜る。外から見ても凄いものだったが、中に入ると言葉を失ってしまう。広すぎる庭園。門を抜けたらテニスコートが三面入る広大な庭がある家ってのは……この感動は言葉に出来ない。『さき』は金持ちのお嬢様だったのかー。これはますますヤバイな。どうやって振る舞えばいいかわかんねぇし。でも朔耶の反応を見る限り、これで問題ないのかな?


 二人で真っ白い石畳の上を歩く。広い庭を朔耶の歩幅で縦断し、玄関の前で立ち止まる。ここに一歩足を踏み入れれば二度と帰ってこれなくなるという訳ではないが、気分的にはそれに近いものがある。俺の中の何かが壊れそうというか、二度と男に戻れなくなりそうというか……。どっちにしても良い結果は無さそうだ。


朔耶

「お母さん……?」


 振り向いて不安げな顔を向ける朔耶。娘に心配かける母親というのは、ちょっと戴けないな。せめて『さき』が起きるまでの間は、良いお母さんでいてやるか。


有希

「ぅん、大丈夫だよ朔耶」


 朔耶を安心させるように微笑む。俺は覚悟を決め、引き戸に手をかけた。



 グイッ



 ……



 アレッ? 開かないぞ? 



 グッ、グッ



 ……やっぱり開かない。鍵がかかっているのかな?


朔耶

「お母さん、このドアはこうやって開けるんだよっ」



 ガチャ。



有希

「…………」


 朔耶は見た目サザエさん家の玄関のような引き戸にしか見えない玄関扉を、まるで蝶番が付いた開き戸の如く手前に引っ張って開けた。なんという騙し扉! なんという仕打ち! 誰を騙すために作ったんだ! 誰が考えたんだ!


 俺は悔しさに心の中で毒づきながら、それでも表情は変えずに前を向く。挫けそうになる心を叱咤して、《負けない!》と胸の内で強く叫びながら。


有希・朔耶

「「ただいま〜!」」



    ◆



有希

「行ってきまーす!!」


 Bダッシュで玄関を飛び出し、三面テニスコート並みの庭を横切って、朔耶を抱えたまま家を出る。地面を蹴る度に爆乳がぶるんぶるん暴れて鬱陶しいが、この際なりふり構っちゃいられない。門を抜けて二十メートル走った辺りで息が切れ、朔耶を下ろして息を整える。


有希

「ハァ、ハァ、……酷い目に、あったね。ハァ」

朔耶

「……うん」


 俺もそうだろうが、朔耶も若干顔が青ざめている。いくら子どもでもやっぱりあれは怖かったか。まぁ無理もない。お家に帰ったらいきなり猫耳&メイド服着た知らない女の人が

「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様っ」とか言ってくれば、誰だってドン引きだし。日本様式の家に超ミニスカゴシックなメイドがいる時点で既にツッコミどころなのに、その猫耳メイドを指差して俺の顔を見つめ、首を傾げながら

「……誰?」

という朔耶の言葉を聞いて、俺はもう何も言えなかった。


 そのメイドは赤みを帯びたショートヘアで目が凄く大きくて、端正な顔立ちのまるでトップアイドルのような可愛さだった。俺達に挨拶するなり、呆然とする俺と朔耶を引っ張り込んでいきなり寝室に向かい、俺だけがベッドに押し倒された。即座にマウントポジションを取られる。まるで持久走大会を終えたばかりのように息が荒い猫耳メイド。その顔は興奮を示す赤に染まり(危険を示す赤でもある)、その瞳は獲物を見つけた獣のよう。


 何がなんだか判らず成されるがままの俺の服が一枚、魔法の如く見事な程の素早さで脱がされた。下からは真っ白い肌と藍色の下着、その下着に確りと守られた巨大な二つのマシュマロが顔を出す。この時点になって、活動を停止していた俺の頭も、漸く貞操の危機を感じて、脳内サイレンが鳴り響く。しかし、俺が猫耳メイドを押し退けようと手を出す前に、猫耳メイドは俺の(……間違えた。『さき』の)ブラの中に無理矢理手を突っ込み、乱暴に揉みしだき始めた! 鷲掴まれてもまだまだ掌からはみ出る、真っ白で弾力性MAXなミラクル豊乳に猫耳メイドってゆーかエロメイドの細く力強い指がえげつなくそして大胆に食い込んで痛いいぃぃぃっ! なんだこのエロ猫耳! 俺の(『さき』の)おっぱいを握撃で破裂させる気か!?


 そしてエロ猫耳メイドは巨乳を鷲掴んだ両手を波打つようにもにゅもにゅと動かし始め、更に両手の中指の腹で乳房の中心に立つ突起を軽く撫でた。


有希

「っっ! はぁぅっっ!!」


 電気が走った、という在り来たりな比喩表現は、決して誇張でも虚偽でもなかった事をこの身で実感した。そしていくら女の身体になったとはいえ、男である俺がこんなにも悩ましい喘ぎ声を他人に聴かせる事になろうとは! 乳房に立つ桃色の奴にエロメイドの指が触れた途端、まさに電気が身体中の神経を駆け巡った。それと同時にジスキネジアの発作の如く四肢が内転し、恐らく快感であろうこの未知の感覚に無意識に身体が耐えようとする。今まで感じた事の無い、例えようの無い感覚だった。


有希

「あっ! はぁっ! ひゃっ! くふぅっ!――――」



 ……てゆーかこの構図はヤバい! 変態猫耳エロに超過激な性的スキンシップを受ける女子高生母と、目の前でその光景を半強制的に見せられている修学前の娘。よく見ると朔耶は微かに振るえている。俺に対してもそうだが、これは完全に朔耶に対しての性的虐待になり得る。精神的に未だ不安定な子どもには、十八歳以下閲覧禁止的な行為を“見せる”だけでも虐待なのだ。保育士を目指す子ども大好きな俺としては、これは絶対に見過ごせない。見過ごすべきではない。せめて朔耶がいない所でやってくれ!!


 ……いや、今のは朔耶がいなければやっていいとか抵抗しないとか寧ろ積極的とか、そういう意味では決してないよ? ホントだよ?


 身体を流れた電流によって真っ白になりかけた頭で瞬時にそんなことを考えながら、微弱になった理性で抵抗しようとしたその時、エロ猫耳の左手が妙な動きを見せた。手を完全にブラから抜き出し、肌を擦るように徐々に下へ下へと動いていく。俺は察した。このままでは男として終わってしまう、と。咄嗟に猫耳メイドの腹に蹴りを入れて朔耶の腕と脱がされた服をひっ掴み、片手で器用に服を着ながら急いで逃げ出した。



    ◆



 呼吸が落ち着いてきたところで、これからどうするべきか考える。あんな痛いエロ猫耳がいる家には居たくない。ていうかあのエロ猫耳は誰なんだ! 朔耶も知らないって事は不法侵入か、親が雇ったか……。出来ればこのまま純の家に逃げたい所だが、リュックを背負ったままの朔耶を見てそれは無理だということに気付いた。明日は平日。朝早く起きて朔耶を保育園に連れていかなければならない。早起きは大の苦手なのに……。まぁ、これはしょうがないだろう。これは俺と『さき』の問題であって、朔耶は関係ない。俺の都合で振り回す訳にはいかないからな。朔耶は通常通り保育園に連れていく。『さき』が目覚めるまでの辛抱だ。……あの痛いメイドの元に戻るのは物凄く怖いし嫌なのだが、どっちにしても結局一度は戻らなければならない。食事は外でも出来るが、せめて着替えくらいは取っておきたい。


有希

「朔耶、一回だけ、戻ろっか」


 あのエロに見つからないように。


朔耶

「……(ガタガタガタ)」


 伝説の傭兵ソ○ッドスネ○クに成りきって潜入しようと決意し、段ボールを何処で調達しようかと考えながら朔耶にそう告げると、俺の背後に視線を向けてガタガタと震える朔耶。そんなにあのメイドが怖いのかと苦笑しながら(俺も相当怖いが)後ろを振り返る。


「お帰りなさいませ、ご主人様。……ハァハァ」

有希

「……(ガタガタガタ)」


 俺は今日、マジで男としての人生を終えるかもしれません。



    ◆



「アリスと申します。宜しくお願い致します」


 命の危機すら感じた俺だったが、猫耳メイドは今度は意外にもまっとうな応対をした。リビングには既にお茶の用意がされており、二つのカップにミルクティーが注がれる。最初から準備されていたのだろうか? さっき無理矢理引っ張り込まれた時には気付かなかったが。


アリス

「どうぞ」

有希・朔耶

「「…………」」


 婉美な微笑みを魅せるアリス。その様は巧みに獲物を惹き寄せ、男女問わず虜にしてしまう淫魔(サキュバス)のようである。先程襲われた俺としては、そう簡単にカップに口をつける訳にはいかない。何が入ってるか解ったもんじゃないからな。そしてカップに口をつけられない最大の理由は、


有希

「あの……ほんと申し訳ないんだけど私、ミルクティーは苦手で……」


 紅茶にミルクを入れる発想が信じられない。別にミルク自体は嫌いじゃないけど。うん、軽くツッコミどころが違う気がするが、そこは今はほっとけ。


アリス

「あっ! 申し訳ございませんでした! すぐに煎れ直します!」


 パタパタとキッチンに引っ込んでいき、湯を沸かし始める。自分の家じゃないのに手際がとてもいいあたり、何故か恐怖すら覚えてしまう。ふと、キッチンの手前に何かが落ちているのに気付いた。どうやらアリスが落とした物らしい。立ち上がってそれを拾い上げる。なんかの錠剤だ。『ハルシオン』と書いてある……。


有希

「朔耶……やっぱり逃げようか」

朔耶

「……うん」


 俺は朔耶を連れてこっそり自分達の部屋を探し、適当に服を取ってそのまま逃げ出した。



    ◆



有希

「危なかったね……」


 『ハルシオン』は超短時間作用型の睡眠薬だ。恐らくはアリスが俺達を眠らせようとして所持していたのだろう。やはりあのミルクティー、飲まなくて正解だった。なんなんだあの変態猫耳エロ百合メイドは!? 何が目的であの家に……『さき』の身体か?


 俺は朔耶をシートに乗せてバイクに跨がり、家から十分に離れた所で停車した。直ぐ様純に電話する。


〔もしもし〕

有希

「純! 今からお前ん家行って良い?」

〔は? 今から? 俺まだ学校だけど〕

有希

「それでもいい! とにかく逃げたいから!」

〔何から逃げるの!? っていうかお前誰なんだ!?〕


 あ……そういえば『さき』の携帯の電話番号教えてなかったんだ。


有希

「俺だよ俺! 解るだろ!?」

〔……有希か……〕

有希

「ほほう、よく解ったな。純にしては鋭いじゃないか」


 ……コイツおれおれ詐欺に引っかかるタイプかもしれん。そう簡単に名前を言っちゃ駄目だぞ。


〔いや、一人称に“俺”を使う女の子って言ったらお前だけだし〕


 考えてみたらそうだよな。……待てよ? 純はもう完全に俺を女の子として認識しているようだ。……ある意味危険が増えたかもしれない。行くのやめようか? とか考えてみたりする。


有希

「うん。まぁそういうわけで、とにかく逃げなければならないのだよ」


 命の限りに。


〔……別に良いけどさ。今家に蛍子(純の母)しかいないよ〕


 あ、それちょっと不安。


有希

「俺は気にしないから。とにかく行っていいんだよね?」


 ……背に腹は代えられんしな。


〔あぁ。俺は学校終わったらそのまま仕事だから、先に寝てていいぜ〕

有希

「いや、起きとくよ。話もあるし。じゃね」

〔おう。後でな〕


 うむ、話の解る奴で助かる。



    ◆



 俺はそのままバイパスをぶっ飛ばし(二十分かかる距離を七分で)、朔耶の歓声を聞きながら純の家に辿り着いた。蛍子さん(純のお母さん)は何も訊かずに朔耶共々歓迎してくれ、おやつにしようと言い出してお茶と蒟蒻ゼリーをテーブルに置いた。「ダイエットには蒟蒻よっ!」とか叫びながら。俺的にはゼリーと一緒にお茶は飲みたくなかったが。朔耶も流石になんの脈絡もない上にテンション高すぎる歓迎ムードに戸惑ったのか、蛍子さんに人見知りして俺の膝の上で小さくなっていた。


蛍子さん

「あら、朔耶ちゃん静かにしててお行儀がいいのね〜」


 ……これは行儀の問題ではなく、ただ萎縮してしまっているだけだ。人見知りしている様を行儀が良いと捉える蛍子さんは、その思考回路の奇天烈さが人間の理解力の遥か上をいくそうだ(純談)。こんなもんは片鱗ですらない。短大時代に弁当を食べながら純によく蛍子さんの話を聞いたのだが、その度にスゴイ勢いで吹き出してしまい、前の席に座る女の子に散々迷惑をかけてしまったものだ。……一度、俺が吹き出したご飯粒を後頭部に付けたまま授業を受けている女の子を見て、腹筋崩壊で死にそうになった&道連れに大勢を殺しそうになった事もある。あれは本当に悪いことをした。本人にも、彼女の後ろに座る人達にも。笑い過ぎで授業が始まらなかったもんな。



 暫く蛍子さんと談笑に耽っていたのだが、膝の上でずっと縮こまったままの朔耶は話を振っても恥ずかしそうに口をつぐむばかり。だんだん可哀想になってきたため、会話を切り上げて朔耶と一緒に二階に上がった。


 純の部屋は今朝家を出た時のまま、閉め忘れた窓から風が入り込んでカーテンを揺らしている。昨日の掃除で床は一応は見られるようになったが、部屋の隅にはまだ段ボール箱が積み上がっており、片付けた筈のベッドの上にも教科書が乱暴に投げ置かれていた。こんなところに朔耶を置いておくことは絶対に出来ない! ……って、連れてきたのは俺なんだが。とりあえずベッドの上の教科書はカラーボックスに入りきらないため、まとめてベッド脇のカラーボックスの上に置き、朔耶を座らせてから俺は昨日よりも更に張り切って掃除を始めた。



    ◆



有希

「終わったぁ……」


 段ボールも無くなり、クローゼットやベッドの下は朔耶に見られないように全て綺麗にし、要らないもの(主に男性雑誌等)は粗方処分した。うん、これなら大丈夫。純が帰ってきたらびっくりするだろうな(主に男性雑誌等の有無に対して)。


朔耶

「お母さん、お疲れさま〜」

有希

「うん、ありがと〜」



 天使も形無しの可愛すぎる笑顔で労ってくれる朔耶。思わず顔が緩んでしまうのは、これはもう仕方がないことだろう。ついでに女の子口調や女の子っぽい仕草をしてしまうのも、これまた仕方ないことなのだ。うん、仕方ない……仕方ないよね?


 俺もベッドに上り、後ろから朔耶を抱き締める。自分の子どもではないのに、この一時間強で既に情が移ってしまっているようだ。柔らかい肌の感触と温かな体温を独り占めしながら、昨日今日ですっかり変わってしまった己の人生に苦笑する。昨日の十八時までは保育士養成学校を卒業した只のフリーターだったのに、今は六歳の娘をもつヤンママ女子高生だ。……ヤンママって、また古い表現だな。まあいい、今後元に戻れる、かどうか、精一杯やっ、て……あれ……? 俺、どう、し……た……?


朔耶

「お母さん? ……お母さん!」


 景色から光が無くなっていく。目の前にいるはずの朔耶の姿が見えない。以前も経験した灰色の砂嵐が視界を完全に覆い尽くし、朔耶の叫び声を遠く聞きながら俺は意識を手放した。


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