07 引っかかってるし
「さきー? 何やってんのこんなところでっ」
「……え」
肩を叩かれてさきは振り返る。そこに立っていたのは、肌が黒いポニーテールの女の子だった。目がぱっちり大きく、睫毛がキリンみたいに長い(ウソ。でも1cm以上はあるはず。てかキリンの睫毛とか知らん)。桃色の唇は瑞々しく、とってもチャーミング。左腕にポーチを提げ、右手はさきの肩に伸びている。右手の人差し指が一本だけ立てられ、振り返ったさきの右頬に勢いよく突き刺さった。
「あははっ、さきひっかかってるし!」
けらけらと無邪気に笑う姿に活発な印象を受け、しかし見覚えの無い顔なのか、さきは困惑した様子で応える。
「……誰?」
爪の伸びた人差し指が突き刺さった頬を擦りながら、不安の色を表情に滲ませるさき。
「……誰、って? な~に言ってんのさき! りかじゃん! どしたどした?」
その名前にも反応せず、益々困惑して顔を俯けるさき。
(どうしよう? この子は仲良さそうだし、ほんとの事言った方が……)
~a point of view りか~
(……どーしたんだろーさき。さっきからなんか変。「……誰?」だなんて、まるで記憶喪失にでもなったみたい。昨日まで普通にお喋りしてたのに……)
「ねぇーさきー、どーしたの? 記憶喪失?」
そういうと、さきは身体をピクッと振るわせて顔を上げた。とっても不安そうな表情をりかに向ける。
「あの、私……」
「ん? なあに? さぁどんとこい! なんでも言いな。りかが助けてあげるよっ」
「私……実は男なの」
「……はい?」
なんだそりゃ。「実は男なの」? いやいやいや、今までフツーに女の子してたじゃ……ん? そういえばさきって、人がいるとこじゃ着替えないなぁ。……まさかのまさかですか?
「……マジ?」
「マジ」
こくんと頷くさき。
だぁあ゛〜! 嘘でしょ!? クラスどころか学校でも一番可愛いのに! ……ん?
「……いやでも待って、それとこれとは話が別じゃない? 昨日まで一緒にお喋りしてたりかの名前を忘れるというのはいったいどういう了見さ?」
「あっ、そ、それは……」
◆
……パタン。
……ふぅ。
読んでいた小説を棚に戻して一息つく。タイトルは『頑張れ狼さん』(この小説は現実には存在しません)。
いやーびっくらこいた。まさかのまさかだったね。今純の学校から五分のとこにあるBOOK・OFFにいるけど、何気なく手にとった小説の何気なく開いたページで、まさかこんなどっきりするような展開が繰り広げられていようとは! この主人公の『さき』、一歩間違えば今の俺と全く同じ境遇なわけで、っていうか俺もこういう状況に陥る可能性も棄てられネーゼ!
というわけで、もし俺がこの状況に置かれたらどう言い訳しよう? 記憶喪失? それとも解離性同一性障害(多重人格)? 事実を激白するというのは……無いな。
今度は漫画コーナーへ行き、スク○ニ出版のあの漫画を手に取ろうとした。主人公は絵本作家を目指す女顔の男、ヒロインは解離性同一性障害の女子高生。その他個性爆発愉快な仲間達が繰り広げる…………ジャンルは分からない。ラブコメかなぁ?
その漫画に手が触れるや否やの瞬間、それは訪れた。
「さきー? 何やってんのこんなところでっ」
有希
「……え」
肩を叩かれて俺は振り返る。そこに立っていたのは、肌が黒いポニーテールの女の子だった。目がぱっちり大きく、睫毛がキリンみたいに長い(ウソ。でも1cm以上はあるはず。てかキリンの睫毛とか知らん)。桃色の唇は瑞々しく、とってもチャーミング。左腕にポーチを提げ、右手は俺の肩に伸びている。右手の人差し指が一本だけ立てられ、振り返った俺の右頬に勢いよく突き刺さった。……痛ぇ!!
「あははっ、さきひっかかってるし!」
けらけらと無邪気に笑う姿に活発な印象を受け、しかし見覚えの無い顔に俺は困惑した。……なんだとぉ!?
これ、完全にさっきの小説の展開じゃん……。どーすりゃいいんだ。「人違いです」で逃げられるかなぁ?
俺は爪の伸びた指が突き刺さった頬を擦りながら、それを言った。
有希
「……あの、人違いじゃ……?」
よし、言ってやった。これで納得してくれたらいいけど、まぁ冷静に考えたらそんなのあり得ないよなぁ。
「人違いだって? な〜に言ってんのさき! あたしっ、りか(仮)じゃん! どしたどした?」
……ナンダコレハ? 何故ここまで展開が被ってるんだ……? 名前まで同じだぞ。さーてどうしようか。さっきのシミュレーションでは二つの選択肢があった(三つ目は即却下)。記憶喪失か、多重人格か……ていうか、多重人格も非現実的でなかなか信じられるものでもないよな。となれば、やっぱり記憶喪失か、或いは強引に人違いでこのまま押しきって逃げようかな……。記憶喪失っていったら、そのまま連れ帰られる可能性大だもんなぁ。それは絶対にイヤだ! というわけで、このまま人違いで押しきろうと思います。異議は受け付けません。
有希
「私、さきじゃなくてゆきなんですけど……。人違いだと思いますよ?」
りか
「えぇ〜? そっくりなんだけどな〜。まさか、さきはあたしをからかってるのかい?」
んー、引かないな。でもここで逃げたら追っかけてきそうだなコイツは。
有希
「そんなに似てるんですか?」
りか
「うん。ていうか本人って感じ。ねぇ、本当にさきじゃないの?」
俺はゆっくりと首を横に振る。そろそろ諦めろ。面倒くさいし、もう十一時半過ぎちまってる。飯食って学校行ってパソコンでもいじるからもう邪魔しないでくれ。
りか
「……光でも愛でも、珊瑚でも蓮華でもないの?」
有希
「……?」
……誰だ? 光とか蓮華とか……もしかして、そんなにそっくりさんがいっぱいいるのか?
りか
「うーん、あたしの勘違いかぁ。ごめんね、間違えちゃって」
ちょっとすまなそうな顔で手を合わせて謝ってくるりか。あ、その仕草なんか可愛いな。いや、マジでこっちこそ騙してごめんって感じだけど、実際に俺は『さき』じゃないから嘘ではないよな?
有希
「ううん、いいの。あっ、私そろそろ学校行かなきゃ。じゃーね」
……事実を言っているよ? 逃げる口実なんかでは……あるけど。
りか
「うん、じゃあねっ。あっ、さき……じゃないか。ゆき! メアド教えて! お友達なろっ」
有希
「えっ、メアド……?」
コ、コイツ……手強い。もしこいつが『さき』のメアドを最初から知っていたら、ここで『さき』の携帯のメアドを教えれば、『さき』であることが即刻バレてしまう。かといってサブアドレスを教えるのは不審に思われるかもしれないし。かといって断るとか、もう論外だよね。やっぱりサブアドしか手は無いな。
有希
「あ、あの……サブアドレスでも、いい?」
りかは眩い笑顔を崩さず、
りか
「サブアド? いいよいいよーっ」
ポーチからすちゃっと携帯を取り出して操作し始める。俺もバッグから携帯を取り出し、プロフィールからサブアドレスを出す。
有希
「ゆきが送信するね」
すっと携帯を差し出し、
りか
「はやっ。じゃぁりか受信受信~」
◆
その後、俺がりかのメアドを受信し、やっと解放された。「りっかとさっきは……あっ、間違えた。りっかとゆっきは仲良しこよし♪(以下繰り返し)」と妙な歌を歌いながら、何も買わずに本屋から出ていった。俺も無駄に荷物を増やすと面倒なので、そのまま店を出てバイクに跨がる。フルフェイスのヘルメットを被ろうとすると、またしても後ろから声をかけられた。
?
「おおーバイクかっこいい! ねぇねぇ名前なんていうの?」
声をかけてきたのは茶髪で少し陽に焼けた顔の男の子。十八歳から二十歳ぐらいだと思うのだが、このにやけ面はどうだろう。ちょっと近くに居たくない雰囲気を感じてしまい、気付かれない程度に後ろに身を退いた。
有希
「名前? GPZだよ」
とりあえずバイクの名前を言っておく。
コイツは学校とか仕事とか無いのかな? 平日の昼前に外をほっつき歩いて、挙句見知らぬ女の子に声をかけ。
?
「えー、いいじゃん名前教えてよ」
む、今の答えじゃ納得出来ないのか? 某暴走族漫画みたいに『ケニー・ロバーツ号』とか『エディ・ローソン号』とか言ったら喜ぶのか? あぁ、なんか気持ち悪い。吐き気がするよお前の顔。いや、決して不細工ではないのだ。ないのだが、そうニヤニヤ緩んだ顔を向けられると、何とも形容し難い不快感に苛まれる。
有希
「すいません。私、ちょっと急いでて……」
逃げるに限るね。
?
「えー、ちょっとでいいからさ、お話しない? ねっ?」
……あれ? 今気付いたけどこれって、所謂『ナンパ』とかいうやつではないかい? 冗談でしょ。こんな文句で女の子の関心を惹けると思ってるのか? ……ヤバい! コイツ超面白い。完全に馬鹿だよ。めっちゃからかいたいけど、なんか面倒くさいからやっぱりいいや。
有希
「ドンマイ! もう話かけないでねっ。面倒くさいから」
?
「……は?」
ポカンとする男の子を余所に、エンジンをかけてヘルメットを被る。我ながらこの投げやりっぷり、いつも感動してしまう。普段の俺はかなり細かい性格をしてるため「A型でしょ?」とよく言われるが、実際にはO型。そのテキトー精神は半端ない。「有希のそんな投げやりな所が好きだぜ」と、純に言われた事もある。うん、だから違うってば。俺はゲイじゃねえ! ついでに言うとロリコンでもないから!
◆
はぁー、お腹空いた。『お腹と背中がくっつく』という表現を今まで馬鹿にしてたけど、これは土下座しておくべきかな? 今日は超特盛のカツ丼でも食べたい気分だ。いや、今の俺なら鶴見屋の『爆弾ラーメン』でも三十分で完食できるかもしれない。あの大きさときたら、器が軽自動車のタイヤぐらいあるからな。昔挑戦したときはボロ負けだった。……あぁ、さっきのナンパ野郎には、発進するついでに隙をみて蹴り入れといた。なんか見てるだけでムカつくよね。ちょっとだけ、ストレスを千尋の谷に突き落とすことが出来たよ。強くなりたければ、上がってくるが良い。
小禄の最強食堂でセットメニューを二つ、驚異のスピードで完食した俺は、周囲の視線を独り占めしながら外に出た。ここから学校まで三十分くらいはかかるかな。別に急ぐわけでもないから、ゆっくりのんびり安全運転で行こー。時速三十キロぐらいで。
◆
学校に着いた俺は、迷わず別館の階段を上る。白百合短期大学は本館・別館・体育館の三舎に別れており、本館には教室や学長室、事務や食堂などがある。
公道を挟んで向かい側にある別館は、一階に附属幼稚園、二階に図書館、三階に特科教室で、四階は多目的ホールがある。入学式等のイベントはこの多目的ホールで催される。
別館から更に反対側の公道を挟んだ位置の体育館は元々附属高校の校舎であり、物凄く小さい。一階に理科教室と暗室、二階に職員室や茶室、三階が教室で四階に体育館や“元”附属高校音楽室(現軽音楽サークルと合唱部の部室)がある。この附属高校の小ささときたら、恐らく学年一クラスずつ、合わせて三クラスが限界なのではないだろうか。教室が三部屋しかないのに、理科室や音楽室、更衣室、サークル室などはちゃんとあった。それでいて生徒の数が少なすぎることを理由に廃校、というのは俺的には{ギャグなのか……?}と思ってしまうくらいどうでもいいし、その上更にどうでもいい事だった。ギャグ=どうでもいい。
今回は別館にのみ用があるので、他の学舎の説明はここらでカットする(作者が面倒くさがってるからね)。
別館三階に二つあるパソコン室はどちらも講義中で使えなかった。ちくしょう、前年度は一日中講義が入ってない日もあったってのに……。
廊下に人がいたら確実に聴こえただろうと思えるぐらい思いっきり舌打ちし、諦めて四階の多目的ホール前のピロティにやってきた。ピロティは何もない広い空間で、ダンスサークルの活動場所だ。何故ここに来たかって? それはね、ピロティには、ここで練習しているダンスサークルのために(かどうかは知らないが)パソコンが一台置いてあるのだ。しかもスピーカー付き。これならデッキが無くても、CDがあればダンスサークルは練習が出来る。普段は誰も居ないから講義も気にせず利用出来るとあって、俺的には結構気に入っているのだ。ただ我儘を言わせて貰えるなら、やっぱり印刷機が置いてあるパソコン室の方がいいな。空調完備だし。
パソコンを立ち上げ、教師陣が使うユーザーIDとパスワードを入力して勝手に侵入する。これは以前オープンキャンパスでミニ授業を手伝った時に偶然先生の指を見ていて入手したものであり、未だ誰にもバレていないので、卒業してからも自由に(勝手に)使わせてもらっている。まぁ、普段は自分の記憶装置デバイスを使用しているので、ユーザーIDはログインするためだけにしか使っていないが。
こうして学校に来てパソコンなんか触っているときに、よく思う。この学校はほんっとに警戒の色が薄い所だと。白百合の学生じゃない人を敷地内でよく見かける。俺はここを三ヶ月前に卒業したばかりだし、教師陣や職員、現二年生達にも顔が明るいのですんなり顔パス出来る。もしかしたら一年生にも俺を知ってる奴が何人かいるかもしれない。去年のオープンキャンパス、マスク無しでダンス踊ったしな。元々女子大だったこの白百合短大でここまで有名な男子学生は俺だけだろう。
高校時代の成績がかなり優秀であり、それでも文系でない俺にはこの学校のカリキュラムは正直辛かったのだが、『教師は出来の悪い生徒ほど可愛がる』みたいな言葉をどこかで聴いたことがある。実際理系の工業高校で優等生だった俺は、文系のスキルがより求められるこの学校では適度に低レベルな成績を誇りながらも、先生方からの印象は悪くないどころか好意的なものばかりだった。
理系や心理学系の科目は高評価『優』を幾つも貰えたが、文才を要する科目は真面目に散々な結果が続いた。卒業までの二年間でいったい幾つの再試験を受けただろうか。勿体ねえ。再試験を受けるのに一科目三千円。という事は、三万円以上は使ってるな。アホな金の使い方をしている。三万円もあればPSP買えたぞ。俺もモン○ンやら恋○‡無双(おぉっと間違えた、三○無双だった)やらをしたかった。確実に親が買わせてくれなかっただろうことは置いといて。
ゴツッ、ゴツッ、ゴツッ……
インターネットを開き、小説検索サイトを開こうとした俺の耳に届く足音。俺的には重いハンマーをコンクリートにぶつけるような音に聴こえる。この音は多分アレだ、固い靴底の『ティ○バーランド』だろう。女子が圧倒的割合を占めるこの学校でも、ティ○バーランドを履く学生は男女問わずたまに見かける。しかし現時刻は十二時十五分。この時間にこの場所に上がってくるのは憲壱と陽ぐらいだろう。二人は現二年生で俺の一年後輩にあたる。憲壱の方はダンスサークルで一緒にpoppin'を踊った。陽は……オープンキャンパスで一緒に案内役をしたぐらいの繋がりだ。因みに陽の靴は『ティンバーランド』ではない。
思った通り、ピロティに顔を出したのは憲壱と陽だった。二人は未だに女だらけの教室で弁当を食べることに抵抗を感じているらしい。そのため、いつも誰もいない場所(主にココ)で弁当を食べ、後は次の講義の時間までベンチに横になって寝る。在学中その姿をよく見かけていた俺は、少し寂しい気分にさせられたものだった。
振り返った俺と、弁当と教科書を持ってダルそうに歩く憲壱の目が合う。憲壱は髪を短くして、爽やかな印象が朧気ながらも出ていた。しかし微妙に髭を生やしているので、そのイケメンフェイスとのアンバランスさや在学中の頃の彼の印象(あんまり喋らないクセに、たまに親父ギャクを言うんだ)を思い出すと同時に、俺の顔を見て呆けた表情で立ち止まったのを見た俺は、咄嗟に顔を背けて肩を震わせながら何故か込み上げてくる笑いを堪えた。ま、マズイ。人の顔見て笑うなんて失礼だろ。耐えろ! 耐えるんだ俺! てゆーかなんでこんなに笑えるんだ!?
笑われている当の憲壱は二、三分ほど足を止めたままで、後ろを歩いていた陽に怪訝な顔を向けられていた。
ようやっと我を取り戻した様子の憲壱は、陽と一緒にピロティの隅にあるベンチに座った。弁当を食べながらもこちらをチラチラと盗み見ているのが窺える。陽は憲壱に対しても、俺に対しても、全く気にしていないようだが。俺も笑いを堪え、努めて無視しながらネット小説を読んでいたが、ここまで“チラ見”されると俺も気になってしまう。まさか、さっき笑った事で怒らせてしまったか? それとも、実は『さき』の知り合いとか……?
勝手に脳内会議を始め、あーでもないこーでもないと騒ぐ、頭の中の小さな天使達。やけに声が高い気もするが、そこは俺の妄想と幻聴が噛み合わさってアホな事になっているのだろう。
憲壱
「あの……」
有希
「!」
背後(しかもかなり近く)から声をかけられ、椅子から転げ落ちそうなほどにびっくりした俺は、とりあえず深呼吸して拍動を抑えた。びっくりしたよー。まさかティンバーランドの足音に気付かないとは。
有希
「……なぁに?」
ゆっくりと振り向き、柔らかい微笑を浮かべながらちょっと可愛く(俺基準)言ってみた。まだ胸のドキドキは止まっていないが、一応平常心を保てるくらいには落ち着いた。声をかけられて深呼吸する時点で平常ではない事には気付かない俺。いや、気付かないフリをしていたい。あの驚き方はちょっと恥ずい。何事も無かったかのように振る舞えば、憲壱も流石に合わせてくれるだろう。あぁそれと、この胸のドキドキは単にびっくりしたからであって、決して憲壱を相手にときめいた訳ではないからな。
憲壱
「あ……いや、あの……」
憲壱が自分から女子に話しかけるところ、初めて見るかもしれない。そして顔をほんのちょっぴり上気させている様子を見るのは、完全に初体験だ。憲壱がもじもじ恥ずかしそうに俺に話しかけてくる。一瞬、男色(その気)があるのかと思ってしまったが、今の俺は『さき』の身体なのだということを思い出して納得した。逆にこの顔を見て、憲壱のような反応をしない陽の方がおかしいかもしれないなぁ。それにしても憲壱、顔紅いぞ。ちょっと悪戯してやろうかな?
有希
「んぅ?」
軽く首を傾げて見せる。やや俯け気味にすることで『上目遣い』という、女の子特有の必殺技を演出し、加えて憲壱の目線が上から見下ろす状態であるのを利用して……
ムギュッ。
憲壱
「!!!!」
所謂『だっちゅーの』ポーズで憲壱の理性を攻撃した。
胸元を完全にガードした服だったものの、サイズが(胸の辺りが特に)小さかった為に腕を前に持ってくるだけで巨乳を強調することに成功した。はち切れんばかりの胸元。対称的にアンバランスな程小さな身体。殺人的に可愛いロリ顔。上目遣い。
俺は、男でありながら女性の最終奥義を会得した。
憲壱はびっくりしたように俺の胸を凝視して「……なんでもない、です……」と呟くと、名残惜しそうに目線を外してフラフラした足取りで陽の元へ戻っていった。ティンバーランドが奏でる足音が五月蝿い。
暫くして弁当を食べ終えた憲壱と陽は、次の講義開始を待たずに立ち上がり、階段に向かっていった。歩きながらチラチラと俺を覗き見る憲壱の顔はさっきよりも紅く、ジーンズの前の方は……ノーコメントだ。
……
……
…………ちょっと待って!? 硬い布地のジーンズを押し上げるほどの勢いって、あり得ねえだろ! 獣か!? 憲壱は百獣の王を飼っているのか!?
それらを視界の端に捉えた俺は、憲壱には同級生の彼女がいることを思い出した。ひょっとして、俺は何かとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。憲壱のあの下の反応ぶり。間違いなく、彼女の事など頭から吹き飛ばされている。告白されたらどうしよう、とかの問題ではない。襲われたらどうしよう……。先程の憲壱の下半身の反応が、滲み出る恐怖を加速させた。