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17 クラス会

 第一章の最終話です。




    ◆



アリス

「……大丈夫ですか、ご主人様?」


 目を覚ますと俺は、リビングのソファでアリスの腕に抱かれていた。


有希

「また寝てたのか……」

アリス

「ええ、ぐっすりと」

有希

「ごめん、しょっちゅう迷惑かけちゃって」

アリス

「いえ、構いません。その分私も楽しませていただきましたから」


 ……何を楽しんだのだろうか? よく見ると若干鼻血の痕が見えなくもない。



有希

「……じゃぁ、そろそろ放してくれる?」


 なんかもうどうでも良くなってしまった俺は、放したがらないアリスの手をやんわりとほどいてソファに座り直し、今見た夢……いや、システム内(心象世界)での出来事を考える。


 『さき』と俺は、入れ替わってなどいなかった。『さき』は解離性同一性障害で、俺は『さき』の中で交代人格として生まれた。『犬神有希』と『さき』が同時期に事故を起こしたのはただの偶然で、『犬神有希』という実在する人物をコピーした人格(つまり俺)が生まれたのも、全てが偶然の産物だったのだ。


 光は俺に、『さき』の身体を任せると言った。『さき』はシステムの下層に潜り、暫くは出てこないと。その間俺は子持ちの女子高生として過ごさなければならない。それ自体は別に構わない。普段の生活はアリスがサポートしてくれるし、純や由利もいる。朔耶めっちゃ可愛いし。今までは仕事ばかりでストレス満載だった、という記憶しかないから、少しはのんびり出来そうだ。ただ学校には、行きたくないなぁ……。



    ◆



「着いたよ」

有希

「……んぁ!」


 急な制動により身体が前に引っ張られ、返事をすると同時に助手席の背面に顔をぶつける。悲鳴を聴いて純はこちらを振り返った。


「……大丈夫か?」

有希

「……いい加減に車買い換えたら……?」


 額を押さえながら呟く。一応シートベルトはしていたが、今座っている後部座席のベルトは腰の位置に当てるだけの古いタイプであり、前部席のように上半身まで守ってくれる訳ではなかった。そもそもこの車自体が相当にクソボロい軽自動車であり、もう何度もエンジンのトラブルで往生したりしている。いつの年代のものなのかは、既に純自身も思い出せないらしい。


「有希が買ってくれるのか?」

有希

「純の首を刈ってあげる」

「……」





 純の後ろに付いて入口の階段を降りる。店内は暖色系の壁紙を薄暗く照らしており、ホールはそう広くないが悪くはなかった。記憶ではちゃんと短大の卒業式の後にここでパーティーをしたはずなのに、店内の光景は見覚えなど全く無く、その事が自分は交代人格なのだという事実を一層感じさせられた。


有希

「……『ライブハウスb1』って、こんなとこなんだ」

「あぁ、いいとこだろ?」

有希

「……うん、そうだね……」


 今日は五月九日の土曜日。待ちに待ったクラス会の日だ。集合時間は二十一時。一時間も早く来たためにまだ客が入っていない店内の隅の席に腰掛け、辞めた筈の煙草を堂々と目の前で吸い始める純をぼんやり見ながら、俺……いや、私は、今朝も夢の中に現れた光との会話を思い出していた。



    ◆



「おっはよ〜ゆき。よく眠れた?」

有希

「……今日はテンション高いな。それに今俺は夢を見ている状態だから、身体の方はまだ寝てるんじゃないの?」

「ううん、今は愛がスポットに出てるわ」

有希

「愛って?」

「ほら、あの赤髪の」

有希

「……ああ〜、俺に舌打ちしたり毒吐いたりしたあの子か」

「そう、あの子。愛は男嫌いだけど、女の子は好きだから大丈夫よ。特に朔耶とか」

有希

「……gtyr?」

「んぅ? gtyrって何?」

有希

「いや、別に知らなくていいんだ(朔耶が好きって……ロリコンかよ!)。それで、今日はどうかしたの?」

「あ、うん。実はあなたについて少し補足を」

有希

「俺について?」

「うん。ほら、多重人格ってさ、生まれてくる交代人格が、基本人格や主人格に無い知識を持って生まれる事って無いじゃない?」

有希

「ああ、要は知らない場所や知らない人の顔は思い出せないって事でしょ?」

「そうそれ。それって、あなたにも言える事なの。あなたの場合は、さきが『犬神有希』のブログで家族や友達の写真を見たから純さんや由利先生の事を認識出来るだけで、例え『犬神有希』が知っていても、さきが知らない人や場所はあなたも認識出来ない筈よ」

有希

「なるほどね。yu-ki-の事を交代人格である俺が知っていたのは、さきが元々yu-ki-と知り合いだったからか。今思えば、メアドも知らない筈なのにメール出来たし」

「あの時の有希、違う携帯電話なのに何も疑わずにyu-ki-にメールしてたわよね。突っ込みたくて堪らなかったわよ」

有希

「……自分ではそれなりに冷静だと思ってたけど、やっぱりどこかで焦りがあったみたいだな。なんか、今更恥ずかしくなってきたよ」

「しょうがないわよ。今回のケースは結構特殊だったからね。それはこれから慣れていけばいいわ。……慣れると言えばアリスのこと、少しは慣れてきたみたいね。アリスにいじめられてた時のあなた、見物だったわ」

有希

「…………頼むから、誰にも言わないでくれよ」

「……気持ち良かったんでしょう?」

有希

「……………………」

「うふふっ」




「さて、あなたはこれからさきの交代人格として生きていく事になるわ。どう生きるかはあなた次第。私はあなたを信じて、全てを任せる。頑張ってね」

有希

「あぁ、頑張るよ。……さきのために」

「うん、期待してる。……あ、そういえばさ、今有希って男口調で喋ってるじゃない?」

有希

「ん? それがなに?」

「アリスや由利先生と話してる時の有希、普通に女の子してたわよね。この際普段からあれでいきなさいよ」

有希

「……さきの、ために……?」

「うふふふっ。可愛かったわよ、女の子してるときの有希」

有希

「…………っ……」

「ぷっ、あはははっ! 赤くなっちゃって、可愛いわね!」

有希

「……………………」



    ◆



「……希、有希……」

有希

「ん……あ、なに?」

「いや、ボーッとしてたから。大丈夫か?」


 気づけば店内には客が入り始めていた。客といっても、ほとんどはクラスメートだ。その内八割は女の子。男子は、今も病院のベッドで寝ている『犬神有希』を除いて六人しかいない。その六人しかいない内の二人がやってきて、純に声をかけた。


聡也

「おっ、純さん珍しく来るの早いな! どうした?」

「別にいいだろ! たまには俺だって遅刻せずに来るわ」

隆治

「そして早速若い女の子をナンパしてるとは、流石に純さんはやることが違うな。しかも何歳だ?」

「ナンパじゃねぇよ! こいつは俺が連れてきたんだし歳は……秘密だけど」


 顔を向けるとそこにいたのは成人した今でもサッカー小僧として青春を謳歌している聡也〈そうや〉と、そこに存在するだけで笑いを引き起こす常時笑いの神憑依人間である隆治〈りゅうじ〉だった。


 純の言葉を聴いた二人は急に顔色を変え、隅っこでなにやら話し始めた。


聡也

「……まさか彼女とか言わないよな……!」

隆治

「いやいやいや、年齢的に犯罪だろ……!」


 ボソボソと小さい声で、まさか、いやでも……とかなんとか言い合う二人。犯罪て。まあ確かに、さきはロリータの完全体だからな。身長146cm、体重はナイショ、アンダー66・トップ93のHカップというスーパーロリ巨乳星人なのだから(アリスに強引に計測させられた)。中学生、いや下手したら小学生に見えているのかもしれない。……あ、この巨乳で小学生は無いか。なんだかアンバランスだなー。


由利

「あー! さきちゃんだー!」


 衝撃と共に、小さな二つのマシュマロの感触。


由利

「なんでなんでぇ? なんでさきちゃんがここにいるのぉ?」

有希

「あの、純さんが誘ってくれて……」

由利

「……純さんが……」


 途端、“ギンッ!”という音が聴こえそうな勢いで由利が純を睨み、


由利

「……さきちゃんは渡さないからっ!」

と宣った。それに対して私は何も言えず、純も由利の眼威に圧されてただこくこくと頷くことしか出来なかった。





 その後、飲んだり食べたり歌ったり、店側のバンド演奏を聴いたりし、最後に純や聡也、隆治達が何やら楽器を店の裏から持ち出してきた。五人がてきぱき……とは言えない手付きで……演奏の準備をしているのか?


 ボーッと見ていると、早くもエフェクトのセットまでを終えた純が声をかけてきた。


「有希……間違えた、『幸』、お前も早くマイクの準備しろよ」

有希

「……私が……?」

「ああ。今日は『有希』の代わりに、歌ってくれないか?」

有希

「…………」


 『有希』の代わりに、か……。そうだ。『俺』は、もう『有希』ではない。『さき』のために、『二神幸』としての道を歩んでいくと、『私』は決めた。純にはその事を既に全部話してある。やはり驚いた顔をしたが、純は思った通り信じてくれた。自分でも信じられないような事なのに……。


 光は私を信じて、任せると言った。その期待に答えるために、『さき』を傷つけないよう、そしてその上で、『犬神有希』としての自分の存在を消さずに生きてゆこう。


「ほら、早く」

有希

「あ、うん。わかった」


 私は席から立ち上がり、ステージに向かう。純は微笑を湛えて私を迎え、他のメンバーは不思議そうな表情で私を見つめる。慣れた手付きでマイクの準備をし、胸を張って前を向く。交代人格として生まれた私だが、ライブの手順は何故かはっきりと頭の中で想起出来た。


藍華

「あ、あの……打ち合わせとか……」

有希

「大丈夫です。藍華さんはいつも通りに歌って下さい」

藍華

「えっ、あ、あたしの名前――」

有希

「白百合短期大学Dクラスの皆さん、今日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。宴の最後はニットキャップスの演奏で盛り上がっていきましょう!」


 知らない顔の私が出てきた事にポカンとする者が大半だったが、私を知っている由利がいきなりすごいテンションで盛り上げにかかり、それにつられたのか徐々に熱が上がっていく。



有希

「さぁ、最初の曲は『以心伝心』からいくよっ!」



〜第一章〜fin〜


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