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16 真実

 驚愕の内容だった。そこには『解離性同一性障害』、所謂『多重人格』という障害の概要が細かに書かれていた。多重人格は実在する精神的な障害であり、決して演技や都合のいいものではない。俺は学校で解離性同一性障害をテーマにレポートを書いたことがあり、その上解離性同一性障害の友人がいるため、それなりに詳しかった。要約するとだいたい以下の通りである。




●解離性同一性障害は身体的、精神的苦痛から身を守るための心理的メカニズムである。

●身体的、あるいは性的な虐待などが原因となりやすい。

●本来なら一つに纏まった記憶や感情・意識が分離し、全く別の人格(自我)が形成される。

●2つ以上の独立したアイデンティティ(人格又は自我)が存在する。

●一人の中に何百人もの人格が存在することもあり、よく聞く『二重人格』は逆に稀である。

●何れかの人格が身体を支配している時、他の人格は意識・記憶を共有していない事が多く、一時的な記憶喪失のような状態が見られる。





 とりあえずわかりやすく言うとこんな感じになる。



 信じられない気持ちでプリントを読む。何故この日記に解離性同一性障害のプリントが添付されているのか。それは深く考えずとも予想出来た。しかし、やはり信じられない。信じたくない。




『あなたが来るのを待っていたのよ』


 嘘だ


『このシステムの保護者よ』


 嘘だ嘘だ


『あなたに、幸を守って欲しいの』


 ……


『さき様はそもそも自分の身体から出てはいませんし』


 …………


『さき様の心の中の世界での出来事なのです』


 ………………


『ご主人様のオリジナルが、ちゃんと存在してますから』


 ――――――――



    ◆



「……き……ゅぅき……」

有希

「……ん、誰……?」


 少女のような高い声が、遠くからよく響くように聴こえてくる。俺は微睡みながらその声を耳に受け、声の主を思い出そうとする。


「有希!」

有希

「うわっ!?」


 気づけば隣にいた光が耳の近くで叫び、俺は冗談ではなく飛び上がった。


有希

「ビックリした……光か。なんだよいきなり」


 耳を押さえながら光を睨む。だが光は逆に詰め寄ってきて、俺を下から睨み上げてきた。


「あなた……日記はちゃんと読んだんでしょうね?」

有希

「…………」


 ……そうだ。思い出してしまった。


 『解離性同一性障害』


 考えたくなかったが、一度想起してしまうと脳裏から離れない。


 『さき』は、解離性同一性障害なのか?

 今目の前にいる光は、『さき』から解離した交代人格なのか?


 この黒い世界の何処かに、本物の『さき』がいるのか?


 『俺』は、いったい誰なんだ?


「あなたが予想している通り、さきは解離性同一性障害よ。そして私はこの世界(システム)の保護人格であり、上層階のISH(inner self helper)なの。理解出来たかしら」

有希

「……『俺』は、誰なんだ……?」

「あなたはさきが想像した、『犬神有希』のコピーよ」

有希

「……『さき』が、想像した……コピー?」


 光はまっすぐに俺の瞳を見つめてくる。光の目には俺が映り、しかし虚ろな俺の目に光は映っていなかった。


 人格の解離によって生まれてくる交代人格の記憶や性格に、確かな規則性は無い。基本人格の心の奥底にある、怒りや寂しさ、衝撃などの感情に応じた人格が生まれる事もあれば、たまたま読んだ小説に登場する人物の性格をそっくりコピーしたかのような人格が生まれる事もある。俺の場合は後者だった。


 『さき』の交換日記によれば、『さき』は一昨日の水曜日に俺に……いや、『犬神有希』に会いに行った。その時に『さき』は『俺』という人格をコピーした……。


「理解したのね。そう、あなたは本物の『犬神有希』ではない。『犬神有希』をコピーして作られた、ただの交代人格よ」

有希

「……………………」


 これほどショックな事は無い。これまで積み重ねてきた21年間の記憶は、全て虚像だった。……全てが嘘だった……?


「嘘ではないわ。さきは『犬神有希』の事をよく知っていた。『犬神有希』のブログは毎日見ていたし、友達に訊いたりもした。……『yu-ki-』の事は知ってるでしょ? さきは昔から彼女とは仲が良かったの。同じ解離性同一性障害をもつ者同士だから」

有希

「……yu-ki-と……?」

「いろいろと聞き出したみたいよ。『犬神有希』のブログに書き込みしたのも、さきで間違いないわ」


 ……もう、訳がわからなくなってきた。何も考えられない。何も考えたくない。……あ、なんかこの状況ってデジャヴュだな。確か『彼女は、存在しない』っていう小説だったか。自分が交代人格だという事に気付かなかった少女が、最後の最後に自分がある小説のヒロインをコピーした人格だという事実を知り、絶望する。そして「私は、存在しない」と呟く。全く同じだ。



 俺は、存在しない。



 膝がガクンと折れ、その場に座り込む。視界には何も映らず、耳には何の音も入らない。


 俺は、存在しない。


 元から自分の身体など無い。生きてるだけで『さき』や他の人格達に迷惑を掛けることになる。解離性同一性障害を治すには、全部の人格を統合したり、あるいは他の人格達を殺す方法がある。交代人格が一人でも減れば『さき』に掛かる負担は軽くなる――――


「ふざけないで!」

有希

「っ」


 気づけば顔が右側に向いており、徐々に左頬がジンジンと熱くなってくる。どうやら頬を叩かれたらしい。


「勝手に消えようとしないでよ! 私達はさきを守るために生まれたのよ! さきが苦しまないようにするためなの! あなたが必要だから生まれたのよ! さきを救うために! だから、勝手に消えようとなんてしないで……!」

有希

「…………」


 微かに輝くものを瞳に湛えた光は、膝をついて俺を抱き締めた。柔らかい肌の感触が俺を包み、少しだけ落ち着きを取り戻した。


「交代人格は皆、必要だから生まれるの。あなたならさきを助けられるから。事故の衝撃でさきはまた下層に潜ってしまった。だからその間、あなたに身体の方を任せたいと思ってるわ」


 ……身体を任せるって……。


有希

「……俺、男なんだけど?」

「あなたなら大丈夫。私は信じてるから」

有希

「……」


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