10 牛
有希
「……ぅあ、よく寝たよ〜」
ばっちり目を覚まし、大きく欠伸をしながら言う。目の前には心配そうな顔の朔耶と、部屋の入口からなにやら不思議そうに俺の顔を覗き込む純がいた。
有希
「んん、おはよー」
俺は純の部屋にいた。昨日と比べてすっかり綺麗になった部屋。段ボール(と男性雑誌等)が無くなり、ギターはケースに入れて二本とも立て掛けられ、カーテンはまだ少し汚いままだったが、少しは過ごしやすい空間になっただろう。
さて、起きてベッドを降りようと思ったが、どういう訳か俺の上半身は既に地面に対して垂直に起き上がっていた。背中は壁に凭れている。……あれあれ? なんだこれ、俺はベッドに座った体勢のままでずっと眠っていたのか? 確か俺が朔耶を連れて純の部屋に上がってきたのは十四時半頃だったと記憶している。それから三十分は部屋の掃除をし、その後ベッドで後ろから朔耶を抱き締めた辺りで記憶が途切れている。いつの間に眠っていたのだろうか? 純の仕事が終わるのはだいたい夜中の零時から一時。つまり、十五時から少なくとも九時間以上は眠っていた事になる……?
純
「……大丈夫か?」
若干不安げな響きを伴った純の声。
有希
「大丈夫かって……何が?」
なんだ、どうした? 俺が寝ている間に何かあったのか?
純
「……お前は、有希なんだよな?」
恐る恐るといった様子で尋ねてくる純。俺は思わず溜め息をついた。なんで今更また疑うんだ?
有希
「はぁ〜、だからほんとに有希だってば。いい加減にしないと柚美ちゃんに、純がまだ煙草止めてないって事言っちゃうよ?」
純
「俺が悪かった」
直ぐ様土下座する純。そしていきなり土下座した純にびっくりする朔耶。純は元カノの柚美ちゃんとは未だに仲が良く、柚美ちゃんには付き合っていた頃から「もう煙草は止めた」と宣言していたという。
有希
「解ればいいよ。次は無いと思ってね。それで、大丈夫かって、何の話?」
純
「え? あ、いや、別に何でもないけど」
やはり不思議そうな顔をする純。……ん〜、言えないとか言いたくないとかっていうよりは、どうやって伝えたらいいかわからないって感じだな。それとも何か企んでいるのか?
有希
「ふ〜ん。あっそ、じゃぁいいよ別に純は教えてくれなくても。ねぇ朔耶、何があったのか教えてくれない?」
意地悪な純には何も期待していない。朔耶なら見たことを素直に話してくれるだろう。それを期待したのだが、返ってきた答えは予想を裏切った。
朔耶
「お母さん、寝る前とちょっとだけ変わったね」
朔耶の顔からは心配そうな表情は消えたが、代わりに微笑と共によくわからない事を言い出した。昨日と今日で中身が入れ替わってしまっているのだから、まずはそっちが先だろう。そんなところは特に気にならないっていうか、寝る前と今では何も変わってないと思うのだが。現に俺は俺であって、他の誰でもないぞ? まぁ、見た目は女子高生だが。
純
「ああ、それは俺も思った。確かに今朝とは何かが違うよな」
お前もか。
有希
「変わったって……どの辺が?」
朔耶
「んとね、も〜っと女の子っぽくなった!」
純
「そうそう。あと、ちょっとだけ若くなったな。幼くなったっていうか、可愛くなったっていうか。要するにフェロモンが増大したって事だな」
あ、ヤバい。俺今たぶん顔が赤いかもしれない。昔は女の子になりたいとか、生まれ変わるなら女の子がいいとか思ってたからな。正に今念願叶ってしまっている訳だが、こうも可愛いとか女の子らしいとか可愛いとか、いろいろ可愛いとか言われると純粋に嬉しかったりする。同時に恥ずかしくもあるが。さりげなく顔に手を当てて赤みを誤魔化す。熱い。頬が物凄い熱を発している。これはヤバい。頭は冷静に動いていると思うのだが、身体の反応は実に正直だ。だんだん耳まで熱くなってきたし、これはもう隠しきれないな。
朔耶
「あぁ〜、お母さん赤くなってる〜!」
有希
「……! ちょっと、朔耶っ!」
あぅっ! 指摘されると更に恥ずかしくなってきた!
純
「……お前、本当の本当に有希か??」
赤くなった俺を見てまた疑いだした純。無理もない。俺だって信じたくないぐらいだ。俺は以前からこうだっただろうか? 羞恥に赤面する場面なんて、どれだけ記憶を掘り起こしても見つかりっこない。っていうかフェロモンって……魅力的な異性を身近で感じた時に出るホルモンじゃないのか? なんか間違ってないか?
朔耶
「お母さん可愛い〜!」
純
「お母さん可愛い〜」
有希
「もう……私は誰ですか……」
大変だ……。徐々に女の子に近づいていってるような気がする……。
◆
純
「まさか娘が居たとはな」
有希
「うん……俺もびっくりしたよ」
あの後少し落ち着くと、朔耶は徐々にうとうとし始め、俺の腕に抱かれながら寝てしまった。時間は深夜の一時十九分。まぁお子様が活動する時間帯じゃないからな。俺に身体を預けて無警戒に寝ている朔耶は、本当に可愛かった。赤く輝く真っ直ぐな髪が俺の手をくすぐる。首元に吹き掛けられる静かな寝息、俺の右手を軽くキュッと握る小さな左手、時々口から漏れる「おかぁさん……」という寝言が例えようもなく愛らしかった。ついつい抱き締めてしまうのはやはりしょうがないのだ。うん、しょうがないよこれは。朔耶が可愛いからいけないんだ。
朔耶が本当に『さき』の娘であることを肯定すると、純も流石に驚きを隠すことは出来なかった。
純
「しかし、十歳で出産とかあり得ないだろ」
有希
「そうでもないよ。実際に五歳で出産した女性の記録もあるし」
純
「うそっ!?」
有希
「ホント」
これはマジなのだ。リアルで存在する情報である。インターネットで探せばすぐ見つかる。妊娠時の写真も公開されている。さあ、みんなもインターネットで検索してみよう! キーワードは『リナ・メディナ』。
純
「はぁ〜、世の中ってわかんねぇもんだな」
有希
「今の俺なんか特にね」
心底驚いた、といった表情をしながらも、口調はそうでもなさそうに聴こえる。コイツはこういう奴だ。最初に派手な反応したら、後は手抜きだ。余程興味を引く内容でなければ、隙をみて下ネタに持っていこうとする。
純
「……五歳でも、気持ちいいのかな」
有希
「ぶっ殺すぞ」
純
「……あぁ、うん、ごめん……」
女子高生の身体を持つ二十一歳に叱られて素直に謝る三十路前の男。コイツはこういう奴だ。
純
「……有希は今、女の身体だな」
有希
「ん? ああ、そうだな」
純
「……触ったら気持ちい――」
有希
「ぶっ殺すぞぉっ!」
純
「……ホントごめん……」
……コイツは、こういう奴だ……。
純
「まぁ変な茶々入ったけど、確かに他人と身体が入れ替わるってのは、よく考えてみたらすごい事だよな」
有希
「だよなー」
茶々入れたのは純の方だったが、いちいち突っ込むのが面倒くさくなった俺は敢えてスルーした。突っ込んで欲しそうな顔を向ける純に、完全無視を決め込む俺。思えば俺達っていつもそうだな。さりげなく下ネタでボケる純に、下ネタ以外の部分で会話を繋げる俺。さっきみたいに犯罪ちっくな発言は流石にアレだが、基本は放置プレイだし、純も俺がボケを放置する事に対しては何の突っ込みもせずに会話を続ける。
純
「入れ替わる時の事は覚えてないのか?」
有希
「言っただろ、事故って気絶してたって。それにバイト終わった後の記憶が、何故か綺麗に無くなってるしさ」
ホント、不思議な程に無くなってる。水曜日にバイトが終わって事故るまでの間、俺はこの世に存在してなかったのではないかと思えるくらいに、記憶の欠片すら無い。
純
「ますます暗礁に乗り上げたな。未だに疑いたくなるぜ。本当は夢オチとかドッキリとかじゃないよな?」
有希
「いや、もう二日目だから夢は無いだろうし、ドッキリって誰も何も得しないよ?」
純
「……だよなー」
となればやはり事実として受け止めるしか無い訳だが、まったく不可思議な現象だ。他人の体と入れ替わるなんて、映画や小説の世界でしか見たことがない。現実には起こり得ない完全な非日常だ。どうすれば元に戻れるのか、さっぱりわからない。
純
「そういえば、お前の身体は今病院に入院してるんだったな」
有希
「あ、うん。今朝行ってきた。右目だけ怪我してて、あとは何ともなかったみたい」
それは外見だけの話であり、検査如何ではいきなり地獄に突き落とされる可能性もある。生命維持装置が無かったから、脳死とかはないだろうが。臓器が傷ついてる風でもなかったし。神経内科医が怪我人に何の検査をするんだろう?
純
「ふーん……ん? 目に怪我? って大丈夫なのかそれ!」
有希
「おおっ? いきなりどうした?」
急に声を荒らげた純。なんだ? 何か気になるところでも?
純
「失明とかしてないだろうな! 洒落にならんぞお前!」
め、珍しく動揺してるな。そんなに俺の目が心配か? 純って、この辺に愛を感じるんだよな。歳はかなり離れてるけど、大好きだ。お前に出会えて、本当に良かったといつも思うよ。……本当に下ネタがなければいいのに。
有希
「落ち着けって。別に俺の場合、右目が無くなったくらいで日常生活に支障はでないよ?」
俺の右目はだいぶ弱ってきている。網膜色素変性症という病気であり、視力は未だに1,5を維持しているが、夜盲(夜になると視界が悪くなる)の症状に加えて徐々に視界が狭まってきている。度々激痛に襲われるし、夜になると右目はほとんど見えなくなる。中途失明の代表的な病気であり、そのうち見えなくなるかもしれないことは、もうだいぶ前から覚悟している。俺にとっては今更気にする事ではない。
純
「そういう問題じゃな――」
有希
「しっ! 静かにして。朔耶が起きるから……」
純
「…………」
納得いかない顔で口をつぐむ純。まぁ、確かに周りの人達には心配かけるだろうが、それは俺が失明したことを『知った』時の場合。普通に生活していれば、片目が見えないことを他人に知られる可能性はほぼないだろう。視力検査の結果を誰にも見せなければ問題ない。それに、網膜色素変性症は稀に症状が止まることがある。つまり、必ず失明するとは限らないし、そもそも俺にとっては失明してもしなくてもどっちでもいい。まぁ、流石に左目まで失うとなると話は別だが。
有希
「とりあえず身体の方は心配ないから。あとは元に戻る方法を探すこと。こっちは難題だよ」
原因すら解らないのではな……。とにかく、一刻も早く『さき』に目を覚ましてもらわなければならないが、いつになるのやら。
◆
純
「待て! マジごめんマジごめん許してちょっと待ってくれそれ洒落にならんぞ!!」
有希
「うるさいっ! 今度こそは絶対に許さないから!」
朔耶
「お母さん……」
輪ゴムとカッターを手に、ドタバタと部屋で捕り物をする俺。純は俺の持つカッターによって所々服と肌が切り裂かれて出血しており、眼鏡も既にバラバラ。朔耶はベッドの隅で呆れたような顔をしていたが、そんなの今は関係ない。先ずはこの『来年の一月半ばで三十路になるエロエロ大魔王』をぶっ殺して心を完全に折った上で、二度とこんなことをする気にならないように輪ゴムとカッターで去勢しなければ。朔耶がいるというのに、友に対してこんなことをする奴だとは……ちょっと思ってたが。でもまさか本当にするとは……!
四時間前――
元に戻る方法を二人で話し合ってみたものの、説得力のある意見が出なかった事で有希はだんだん飽き始め、純のベッドで朔耶を抱いたまま眠った。純に背を向けた体勢で。「五歳でも気持ちいいのかな」という純の先ほどの台詞に、多少の危機感を覚えたらしい。恐らく朔耶を守るためだったのだろうが、これは間違いだった。
有希が完全に寝入った頃合いを見て、純が行動を起こしたのだった。端的に言うと、触った。最初は右手で、有希の臀部を。撫でる、というよりは、愛でる、といった手つきで。起きる気配がないのを見て、次は服の上から腹部を。擦るように撫でていたが、有希はやはり起きなかった。純はそれで気を良くしたのか、今度は服の中に手を入れ、腹部から徐々に上に向けて撫でていった。ほんの少しだけ身動ぎしたが、それでも起き上がらないのを見た純はいきなり大胆になった。左手を襟口から突っ込んで胸を直に揉み始め、右手は有希の下腹部のさらに下へと延びて行く。下着の中にまで指を侵入させ、女の敏感な部分を指先でそっと突つく。一瞬身体をビクッさせた有希だったが、純は構わずに行為を続け、呼吸を荒らげる。時折身体をビクビクさせる有希を見て何を思ったのか、襞に隠れた突起を弄る右手はそのままに、利き手の左手を襟口から引き抜き、自分のオトコを握って扱き始めてしまった。荒い息を吐く純。右手を胸へと移動させ、先程よりも少し乱暴気味に揉みしだく。くぐもった喘ぎ声のような音が自分の口から漏れ始め、絶頂に昇ろうとしたその時、純は両腕を拘
束された。
目の前には真っ赤な顔で息を乱す有希。微かな月明かりでもそれと判るほど顔は紅潮しており、熱い吐息には明らかに快感の余韻が混じっている。しかし、視線は相手を射殺すかのように冷たい。
有希
「ハァ、ハァ……純は、殺され、たいんだね……」
実は純が臀部を触り始めた時から有希は目を覚ましており、朔耶を起こさない様に徐々に身体を離し、純を捕まえようとしていたのだ。危険な部分を触られて身体が思うように動かなかった為に、反応が遅くなってしまったが。
前に上げられた有希の小さな腕は純の両腕をガッチリと、いや、ギリギリと、折れそうなほどの力で握っている。純の表情が歪む。
純
「うっ……」
呻き声をあげる純。それは両腕を襲う痛みに依るものではなく、実は快感の波に依るものだった。そしてその快感の原因は痛みを快感に変えてしまうアビリティを持っているわけではなく、快感に耐える有希の艶美な顔を見たせいだった。
ビクンッ、ビクンッ、ビクンッ
熱い波濤が純の全身を駆け巡り、僅かに身体を振るわせた。
ビチャ、ベチャ……ピチャッ
『数億もの小さな生命の元からなる白く濁った液体を放出する生殖行為』を無駄に果たした純は、今度は絶対零度の視線に身体を振るわせる事となる。
有希
「……床とソレを拭き取って部屋の隅に伏せなさい……」
純は即座に言う通りにし、拭いた後に両手を後頭部で組んで床に伏せた。『ソレ』を拭いた時、微かに「うっ……」という声が聴こえたのはきっと気のせい。
有希
「次は、無いと思えって、言ったよねぇ?」
純
「うっ、あ……や、ヤバい」
有希
「……何がヤバいの?」
未だ快感の余韻が消え去っていない有希の声は、純の性的思考を更に刺激してしまう。結果下着とズボンと床を白濁液で汚してしまう事に。
純
「いやもう、お前のそのエロい顔とか声とか……今ならそれだけでおかずに出来る」
有希
「……!」
嫌そうな表情で俯く有希。しかし顔は相当に赤い。嫌な気持ちと恥ずかしい気持ちが、内で闘っているようである。
有希
「……死ね!」
純
「うぼっ」
横腹にサッカーボールキックをかます。変な悲鳴をあげる純だが、表情は何故か苦しそうではない。手加減し過ぎたのかと、今度は少し強めに蹴ってみた。
純
「うぼぁ!」
思いっきり横腹に突き刺さる前蹴り。更に悲鳴をあげるが、やはり苦しそうには見えなかった。それと関係無いが、叫び方が誰かに似ている気がする。不思議に思っていると、
純
「も……もうちょい、下……」
有希
「……?」
どういう意味か解らなかったが、とりあえずもう少し下の方、腰の辺りを踵で踏んづけてみることにした。
純
「うぼぁーーー!!」
有希
「…………」
ようやく表情に変化を見せた純。その顔は紅く、なんか嬉しそうな印象を受ける。背を思いっきりのけ反らせながら、身体はビクビクと小さく痙攣していた。誰かに似ていると思った叫び方は、どこぞの皇帝だった。
有希は純に、変態アビリティの基本にして最終奥義『快感置換(ドMの悦楽)』を会得させてしまった。
その後セクハラすると有希が自分をいたぶってくれる事を学習した純は、再び自らちょっかいを出した結果、カッターで男の大事な部位を切り落とされそうになっていた。
◆
朔耶
「お母さーんっ」
有希
「頑張ってね朔耶ー」
園の玄関口から手を振る朔耶。可愛い。俺は門を出た所から思いっきり手を振る。周りのお母さん方や先生方は、まるで子ども同士の戯れを見ているように暖かい目で微笑んでいる。朔耶はそれはもう輝かんばかりの笑顔だ。朔耶可愛いよ朔耶。ただ、笑顔と可愛さでは俺も負けてないがな。
あの後既に五時をまわっていたのを確認した俺はもう眠る気にはなれなかった。と言うか眠ったら危険だし。既に目を覚ましていた朔耶と一緒にシャワーを浴びた後に、キッチンで少しの食材を借りて朝食&朔耶のお弁当を作る事にした。今日は金曜日であり、朔耶の通う保育園は毎週金曜日にお弁当会がある。らしい。これは昨夜、朔耶が「忘れてないよね?」的な空気を言外に纏わせながら確認してきたから発覚した事実だった。言ってくれなかったら終わってた。母親として終わりだよそんなもん。でも朔耶がそんなふうに確認してくるってことは、『さき』は忘れっぽかったのかな? ……なんか意味不明だ。『さき』の人物像がさっぱり見えてこない。
『家は金持ちで』
『でもバイクはめっちゃ古い型で』
『忘れっぽくて(これは確認不可)』
『無断外泊しても誰からも連絡来なくて』
『驚いた事に六歳の娘がいて』
『しかも女子高生』
何者なのだろうか。あと、あのエロ猫耳に狙われてるのも若干気になるし。ただ可愛いから襲われただけか?
まぁとりあえずお弁当は上手く出来たよ。途中で起きてきた妹さんも俺がキッチンに立ってるのを見てびっくりして、つまみ食いしまくってた。いい笑顔だったから美味しかったんだろう。普段は料理なんて一切しないからあんまり自信は無かったのだが、母が料理しているのをよく見ていたから適当に真似してみたら、案外上手いこといったようだ。良かったよ。ただ、妹さんのつまみ食いでお弁当の中身ほとんど無くなったから、また一から作り直す羽目になったけど。
今日も妹さんに服を貸してもらった。てゆーか、強引に着せられたのだが。俺は家から『さき』の服を持ってきたというのに、どうしても着せたい服があるという。無理矢理部屋に引っ張り込まれ、脱がされて着せられた。脱がされた瞬間、やはり敵意を一瞬感じたが、妹さんは終始笑顔だったためになにも言えなかった。それと、なんでブラまで外す必要があるのか、理解に苦しむ。女同士であるとはいえ、裸を視られるのはめちゃめちゃ恥ずかしい。……いや、俺は男だけどさ、身体が変わるとこういうのも意識してしまうんだよ、やっぱり。
着せられたのはちょっともふもふ気味の……なんというか、トレーナーみたいな? この地域の六月という時期には合わないような暖かそうなやつだった。白を基調に所々黒い模様があって、動物みたいな……はい、ぶっちゃけ牛です。牛模様でしたよ。しかも胸元には大きな穴が空いており、そこから二つの肉塊を放り出すように……牛ですね、はい。要するに妹さんは『さき』の胸に対して嫌がらせをしたかったようです。お腹に「ほるすたいん」って書かれた紙まで貼られたし。なんだこの究極に屈辱感抜群な格好は。昨日始めて会って、その翌日でここまでされるなんて……相当コンプレックスなんだね、そのまな板。
牛服を脱ぐのを妹さんが激しく拒否したため、とりあえずTシャツを着てその上から牛服を着直した。するとこの巨乳がすこぶる強調されてしまい、妹さんもそれを見て一瞬満足そうな顔をしたが、直ぐに自分の胸元を見てがっくり項垂れてしまった。
部屋から出ると純がおり、牛服から飛び出る巨乳を見て前屈みになった。なんとなく下段廻し蹴りを食らわせておいて、純が悶絶(快感置換)している間に妹さんと二人で一階に降りる。階段を降りるとき、妹さんが後ろから抱き着いてきて胸を揉みまくってた。そのおかげで歩きづらい上に一瞬膝の力が抜けてしまい、危うく二人してU字の階段を転げ落ちるところだった。
リビングでは朔耶と蛍子さんが俺の作った朝ごはんを食べており、俺を見つけた朔耶が少しほっとした顔になる。まだ蛍子さんに人見知りしているようだ。妹さんはさっきお弁当をつまみ食いしてお腹いっぱいなようで、知らない子ども(朔耶)がいる事に怪訝な顔をしたが、何も言わずそのまま仕事に行ってしまった。食べ終えた朔耶は半ば蛍子さんから逃げるように俺の元に駆けつけてくる。朔耶を連れて玄関から外に出て(またしても熊の木彫りから嫌な雰囲気を感じた)、バイクで朔耶の保育園へ音速の勢いで向かった。
朔耶
「お母さぁん、朝ごはん美味しかったー」
有希
「ほんとー? ありがとー」
◆
あ、そういえばさっきの牛服は純の家を出る前に着替えておいた。下からTシャツ着てるけど、流石にあの格好は恥ずかしすぎる。目立つし。『ほるすたいん』も破壊力持ってた。平仮名で書いてるあたりがポイント高いよな。ご丁寧に整理番号まで書かれていたのには閉口したが。
因みに今の格好は白地でぴちぴちのTシャツに、黒のレースチュールミニスカート。故意か偶然かは判らないが、Tシャツに挟まっていた黒のニーソを穿き、靴は……靴の事まで頭が回らなかったために持ち出しておらず、残念ながらローファーだ。
朔耶を保育園に送り届け、今日も一日手持ち無沙汰だ。病院へ行ってもまた検査で追い出されるだろうし、携帯にメッセージを残してきてあるから問題ないはず。この姿で実家(俺の家)には帰れないし、本屋で何時間も立ち読みするのは肉体的に辛い。学校のパソコンで音楽聴きながら携帯小説でも読もうかと思ったが、今のうちに解決しなければならないかもしれない問題を一つ思い出した。『さき』と朔耶の家だ。俺はいいが、朔耶をこのまま何日も純の家で泊まらせるのは忍びない。朔耶はやっぱり自分の家がいい筈だ。言っちゃ悪いが、純の家は朔耶にとって居心地のいい場所ではない。純の部屋は狭いし。隅々まで掃除したつもりだが、まだ教育に良くない物が残っているかもしれない。さっきみたいな事がまたあってもまずいし。それに蛍子さんに人見知りしてるから、精神的に疲れたりするだろう。
二神家にいるあのエロ猫耳さえなんとかすれば、朔耶は住み慣れた家で寛げるし、俺は……まぁ妥協してやる。朔耶の為なら、俺の事は後回しでいい。今ならあのエロ猫耳にも逃げずに立ち向かえる気がする。お、なんだかやる気が出てきたぞ。
さて、早速行って『さき』の部屋を漁ってみようか。『さき』が日記かブログでも書いてれば、普段の彼女を演じる事も出来るかもしれない。その為にはあの猫耳が最大の難関となる訳だが、なんでも先ずはやってみなければ、成長は臨めないのだ。負けないぞ!