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企画掌編集  作者: 市太郎
【五枚会】
8/18

【第六回】 新世界

・テーマ/不安

・禁則事項Ⅰ/名前の記載禁止

・禁則事項Ⅱ/!と?の使用禁止

・禁則事項Ⅲ/会話文の使用禁止

 

 

 

 俺は今、とてつもない緊張と興奮と、そして不安に苛まれている。

 こんなに緊張したのはいつ以来だろうか。

 中学で初めてサッカーの試合へ出た時も、ミスをしないか不安だった事は今でも覚えている。

 センター試験の時にも確かに緊張はした。

 でも、かつての緊張も不安も、今この瞬間に感じているほどではなかったように思う。

 ああ、それにしても――――。

 俺は落ち着けと、心中では納まらず口に出してまで自分に言い聞かせながら、部屋の中をウロウロとしては椅子に腰掛け、そして激しい貧乏揺すりをしている自分に気付いては再び部屋の中をウロウロと歩き回るという事を繰り返している。

 いっその事、酒を少し飲んでしまおうかとも思うが、今飲めば絶対止められない自信がある。

 酒は駄目だ。

 ならばタバコはとも思うが、こちらも止め処なく吸い尽くしそうで手を出せない。

 一本二本で済むのであれば良いが、吸殻で山となった灰皿はいただけない。

 やはり今吸うべき時ではない。

 俺は深呼吸を繰り返し、再び椅子へ腰を下ろす。

 この作業を三十分もの間に四度も繰り返していた。



 何事にも『初めて』という物には、多かれ少なかれ緊張や不安がついて回るだろう。

 しかし今回の『初めて』は、俺にとって人生を大きく左右してしまうかもしれない『初めて』なのだ。

 失敗は許されない。

 失敗をしてしまえば、俺は二度と立ち直る事が出来ないと思う。

 一生負け組みのままでいてしまうような気がして、とてつもなく不安なのである。

 よし、落ち着け俺。

 もう一度おさらいだ。

 座ってた椅子から腰を上げ、直ぐに下ろし、そして立ち上がる。

 もう一度座って何度か頷いた俺は、何度となく反芻してきた流れをもう一度繰り返す事にした。

 おおよその流れは問題なく理解できている。

 万が一、有事が発生した際には大人しく引き下がれ。

 怪我をしては元も子もないからな。

 そして肝心なのは――――。

 そこまで反芻していた所でノックの音が響き俺は飛び上がる。

 ついにこの瞬間がきてしまった。

 俺は生唾を飲み込み、何度も飲み込み、扉へ向かう。

 そして意を決して開いた扉の向こうに立つ女性を見て、俺は勝ったと思ったのだ。



 部屋へと招いた女性は俺好みで大変可愛くこの興奮を誰かに伝えたくてしょうがない。

 チェンジで手間取ったらどうしようかとか、本当にしてくれるのだろうかとか、俺にそれを言える勇気があるのだろうかとか、先ほどまで抱えていたそんな不安が一気に晴れる。

 俺は勝ったのだ。チェンジの必要など無いのだ。

 しかし、そんな勝ち誇った気分も直ぐに新たな不安で消え失せてしまう。

 人間誰しも初めてはあるのだ。

 たまたま俺の初めては今になってしまったというだけで、タイミングが悪かっただけなのである。

 そんな言い訳を胸中でしてみたところで、この目の前にいる女性に笑われてしまったらと思うと不安の余り冷や汗が出てきそうだ。

 だが、下手に見栄をはるよりかはと恥を忍んで女性に俺の事情を伝えたところ、少し驚いた様子ではあったが笑みを浮かべて了承してもらえた。

 顔ばかりかプロポーションまで抜群で性格まで良いとは。

 その後、彼女の『特別』なる心遣いで漸く魔法使いの道から離脱する事が出来たのだ。



 そして俺は今、再び新たな不安を心中に抱えここに立っている。

 あの時の彼女の心遣いは本当に『特別』で、普通では有り得ない事も重々承知している。

 たまたま彼女の趣味というか性癖に、無知の俺が上手く引っ掛かったからに他ならない。

 彼女は時間の許す限り、初心者である俺に色々と教えてくれた。

 本当に余計な事まで色々と。

 あの時の俺は緊張して浮かれていて、肝心な部分を聞き漏らしていたのだ。

 その結果、俺はこの不安を消し去る為にこの場へ――新宿二丁目の入り口に今立っている。

 生理的嫌悪があればきっと大丈夫。多分大丈夫。


 余計な事まで色々と丹念に教えてくれた彼女は今、本当の『彼女』となれたのであろうか。

 そんな事を思いながら、俺は一歩を踏み出したのであった。

 

 

 

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