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企画掌編集  作者: 市太郎
【五枚会】
5/18

【第四回】 落椿

・テーマ/静寂

・禁則事項/一人称と三人称の使用禁止

 

 

 

 おや、雪が。

 こんなに積もっていては帰るに帰れませんなぁ。

 お家はどちらで? ほぉ、そんな遠くからとは……そうですなぁ。

 急ぎ帰る必要なければ一晩泊まっていかれてはいかがです?

 いやぁ、迷惑とは申しますがねぇ、ですが旦那さん。

 ご覧の通りここは賑やかとは言いがたい町でございますし、碌な宿はございません。

 この調子じゃあ、まだまだ降りましょうし、このまま店を出られましても足も拾えず今から歩いて駅に向かった所で閉まってますでしょうから、おっつけ朝には凍死体が一丁出来上がり……へぇ、困った時はお互い様と申します。

 家族でございますか? 気楽な独り身でございまして、道楽が高じて住まいに手を加えて小料理屋をやっとります。

 訪ねて来るモンもおりませんで、侘びしい所で今夜は雑魚寝となりますがご勘弁下さいな。

 温まった体がまた冷えちまいますから火鉢に寄ってておくんなまし。

 炬燵も直に暖まりましょう。

 何せ男鰥夫(おとこやもめ)でございますんでご覧のようにとっ散らかっております。

 綺麗に片付いておりますか? はっはっはっ、ありがとうございます。

 先に暖簾を下げてまいりますんで、ちょいと失礼致しますよ。



 寒ぅございませんか?

 しかし、雪が降っていたとは驚きましたねぇ、道理で芯が冷えると思いましたよ。

 体を温めるにはコレが一番でございますからね、どうぞお付き合い下さいな。

 ほぉ、泊めてもらうだけでも十分と。

 仕事が引けて一杯やるのが爺の楽しみでございますが、語らう相手が目の前にいるってぇのに独りでやれとは釣れないじゃぁございませんか。

 えぇ、遠慮はどうぞ無しにしてくだぁさい。

 まぁ、まずはご一献。

 火鉢でぬる燗ってぇのもたまには良いもんでございましょう。

 旦那さんも良ければこちらの餅も、あたりめも焼けておりますよ。

 くちいておりましたらこちらをどうぞ。

 へぇ、蜜柑でございます。

 こうして皮を剥いて一房ずつ炙ってやりますと甘みが増すんでございますよ。

 所で、旦那さんはさっきから何を熱心に……雪見障子が珍しゅうございますか?

 椿でございますか。

 闇の中で音も無く深々と降る雪に赤く咲いた椿は赴きあると。

 ははぁ。旦那さんは、詩人でらっしゃいますなぁ。

 いやいやぁ、からこうてはおりませんよ? 顔が笑っている? 元からこんな顔をしておりますんでなぁ。

 あの椿がやけに赤く見えるので魅入ってらっしゃったんですか。

 成る程。雪のせいもあるのでしょうが、この椿は明るい赤というよりも真紅のような少し黒みのある赤色をしておりましてね、名を黒侘助と申します。

 昨日、硬かった蕾が開いたばかりなんですが――――あぁ、一つ落ちましたなぁ。



 おっと、少々ぼんやりしちまいましたね。

 火が爆ぜましたが飛んじゃおりませんか?

 雪は音を吸いやがりますから、ついつい時が経つのを忘れてぼんやりしちまいます。

 酒と肴は売る程ございますんで、遠慮なさらずに。ささ、もう一杯。

 あぁ、旦那さん。これは、塩じゃあございませんよ。

 塩でなければ何だと? 気になられますか?

 これは――――。

 女癖の悪い男と理無(わりな)い仲であった馬鹿な女の骨でございます。

 死んだ女が焼かれた後、寺へやらずに骨を砕いてこうして毎晩少しずつ飲んでいるんでございますよ。

 女が逝った夜、男は他所の女ん所におりましてねぇ、丁度その庭先にあった椿も蕾が開いたばかりだったってぇのに、さっきのように一つだけ落ちましてなぁ。

 …………。

 旦那さん。旦那さん? 寝ちまったんですかい?

 聞いておきながら、落ちも聞かずに寝ちまうなんて酷い旦那さんだねぇ。

 そう思わないかい? お前もそんな所に突っ立ってないで、こちらへおいでな。



 全く馬鹿な女だよ、お前は。

 どこぞの唄に見立てて、互いの身を錆び刀と言ったのはお前だろうが。え?

 なのにこの世だけで満足たぁ何事だぃ。

 お前が小町と謳われた頃からの付き合いで、互いに添うでもなく所帯も持たぬまま気付けば共に白髪頭だ。

 今更、誰に遠慮や気兼をする必要があるんだぃ。

 六文銭持たせずに送ってやったからなぁ? お前、船に乗れず難儀したろう?

 なぁに、お前の分と合わせて十二文、俺がくたばった時に持ってってやるから共に川を渡ろうじゃないか。

 河原で待ち惚けした愚痴は船で聞いてやらぁ。

 脂下がった顔をするんじゃないよだと? 元からこういう顔なのは百も承知だろうが。

 何が手厚く葬れだ。

 焼いたお前を粉にして、酒で飲めば行く行くは墓の中まで懇ろよ。

 お前、何を嫌そうな顔してやがる。

 共にもう一度焼かれて供養されりゃあお前も嬉しかろう? あ?

 錆びた刀じゃ切るに切れぬ腐れ縁、ここまできたなら二世も三世も添うてみようじゃねぇか。なぁ?

 本当に馬鹿な女よ、お前は。

 昨日や今日の付き合いじゃあるまいし、ちぃっとは察してもっと早く迎えにきやがれってんだ。

 まぁ、互いに急ぐ用もねぇ。

 お前好みの燗ができたよ。

 これ一本、お前の好きな侘助を肴にとっくりと眺めてからぁ逝こうじゃないかぃ。なぁ?

 

 

 

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