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企画掌編集  作者: 市太郎
【五枚会】
4/18

【第三回】 書の冗談

・テーマ/退屈

・禁則事項Ⅰ/「?」と「!」の使用禁止

・禁則事項Ⅱ/登場人物の名前の記載禁止

 

 

 

「ねぇ、君。ちょっとコレを読んでみてくれないかな」

 友人がそう言って差し出したのは、四〇〇枚はある『書の冗談』という題の原稿だった。

 きっと小説を書いてる僕に影響を受けたのだろう。

彼とは高校からの付き合いで、大学は異なったが卒業後もこうして付き合いが続いている。

天才肌である彼は他人との付き合いを厭い、社会人になった今も続いている友人は、友人と呼べる人間は僕くらいだろう。

家で仕事をして外に出る必要のない彼は、殆どのことを器用にこなすが家事と整頓だけは大の苦手なのである。

半ば引き篭もりと化している彼が心配で、僕は時折こうして彼の家に訪れては散らかった部屋を片付けてあげたりしていた。

 そんな彼から渡された原稿を読んでみると推理物らしく、第一の殺人は痴情の縺れと思われたが第二の被害者が出る。

 第一の殺人で居合わせた探偵が解決に挑むも、力及ばず第三の殺人が起こってしまう。

 僕が犯人と目星を付けた人物を、探偵が賛同してくれるかのように話が進む。

 胸の内ではあたかも探偵と意見を取り交わしているかのような錯覚を覚えながら、頁を捲れば容疑者は殺されて犯人に出し抜かれる探偵の悔しさを共感するのだ。

 そして、最後には物語の語り部でもある探偵が犯人であったというどんでん返し。

 原稿四〇〇枚の中で培ってきた探偵との信頼を裏切られたかのような焦燥感。

 僕をここまで惹き込んでおきながらの手酷い裏切りに、彼はなんて凄い話を書くのだろうかと打ち震え、彼はやはり天才なのだと感嘆し、そして日の目を見ない僕の小説を省みて詮無い嫉妬を燻らせた。



 一気に読み終えて気の抜けていた僕に、彼は淹れ立てのコーヒーを手渡しながら感想を求めてきた。

「これが処女作とは、とても思えないよ」

 僕は勢い込んで素晴らしい作品である事を伝えたが、しかし彼は堪えきれないとばかりに腹を抱えていきなり笑い出す。

 訳の分からない僕は、彼の馬鹿にしたような笑いが収まるまでただ呆然と待つしかなかった。

「面白いって。こんなつまらない、退屈な話を面白いだなんてなぁ。だから君の話はいつまで経っても認められないのだね」

 彼は蔑む眼差しで原稿を見つめ、鼻白んだ様子で口にする。

「な、何だよ突然」

「これを読んで、君の話に似ているとは思わなかったのかなあ」

 彼は原稿用紙から戸惑っている僕へ、その蔑む眼差しを向けて問う。

「確かに以前に書いた僕の話に似ているが、それはキミが初めて書いた小説な訳だし、いつも読んでいた僕の話に影響を受けたとしても……」

 戸惑いながら答える僕を遮り、彼は鬱陶しげに片手を払う。

「勘弁してくれ。君の影響なんて受けようがないよ。君の書く退屈な話をただ真似ただけなのに」



「え……」

「まぁ、気付いていたら面白いなんて言うはずないか。そうだよ、退屈なんだよ。推理物では謎解きまでの間に退屈さが生じるのは止むを得ないさ」

 彼はそこで言葉を切ると未だ呆然としている僕を見て、鼻で笑った。

「だから、君の話は退屈しか無いって事。推理物を退屈に感じるのは必要な裏づけの地道さ故だが、その後の爽快な謎解きが全ての退屈を許してくれる。なのに君の話は、単に容疑者の話を聞いて回っているだけ。爽快な謎解きさえもない、記録を綴っているだけの退屈な話ばかりだ。探偵が犯人なんてのも荒唐無稽だし、まともなトリックもない。捕まらないのも都合の良すぎる運の良さときたものだ」

 言うだけ言ってスッキリした様子の彼は、肩を竦めると湯気が立つコーヒーを啜る。

「そんな……」

 打ちひしがれた僕は喘ぐだけで、彼を詰る言葉さえも続かない。

「君にとって友人はボクしかいないようだから、いちおうは遠慮はしていたけど、君の小説にだけは本当にうんざりなんだ。これまでそれとなく伝えてきたつもりだったけれど伝わってないし、君の話を真似て書いて見せれば気付くかとも思ったけれど、それにも気付かないんじゃお手上げだよな」

 コーヒーの香りに満足そうな笑みを浮かべた彼が僕を見る。

「君の話は退屈そのものだから、金輪際読ませようとは思わないでくれよな」

 悪意にも似た笑みを浮かべる彼の瞳に、涙を流している男が映っていたように見えた。



 目の前にあったコーヒーを、僕は発作的に彼へ投げつけていた。

 熱いコーヒーを浴びて悲鳴を上げる彼に僕は飛び掛かり、今まではあえて気付かぬ振りをしていた、彼への妬みを憤りに乗じてぶつける。

 気が付けば物言わなくなった彼の顔を、口汚く罵りながら蹴り続けていた。

 砕ける音で我に返り、いい加減足の裏が濡れて気持ちが悪い。

 ふと正面を見れば本棚の扉に嵌められたガラスに高揚した様子で笑っている僕が映っていた。

 こんなに面白い小説が退屈だなんて彼はどうかしているんだ。

 そうだ、近々ある賞に応募してみよう。

 そうすれば、面白いか面白くないかハッキリするのだから。

 そう思って応募した『僕』の作品は、特別賞として入賞を果たした。

 ザマァミロだ。

 やはり『僕』の小説は面白いって事がこれで証明されたんだ。



 選考委員特別賞『書の冗談』

 素人が陥り易い破綻した構成と思いきや、未熟さを演出し逆に皮肉る内容は選外とするには惜しく感じられる。

 推理小説としてはありえない結末は、未熟な作家への痛烈な皮肉で高慢そのものである。

 しかし、推理小説と言い難いこの奇作は選考委員全てを唸らせた完成度の高い作品であるため選考委員特別賞とする。

 

 

 

参考としたもの


音楽の冗談

http://p.tl/kCfm

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