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企画掌編集  作者: 市太郎
【五枚会】
3/18

【第二回】 無癖

・テーマ/手癖

・禁則事項/登場人物の名前記載禁止

 

 

 

 彼は髪を纏め上げている女が好きだ。

 特別長くなくても構わない。

 纏め上げられるだけの長さであれば、それだけで彼の中ではその女への好感度は上がる。

 髪は下ろさず常に纏め上げている事を彼は密かに悦ぶ。

 常に笑顔で話題も豊富、そして女受けする容姿を持つ彼の周りは男女問わず人が集ってくる。

 男友達に彼の事を問えば、友情厚く面白くて好いヤツなのだと返ってくるだろう。

 女友達に問えば、その容姿も然ることながら、マメな性格ゆえに恋人であればと望む声が返ってくるだろう。

 現に彼がフリーである期間は常に僅かだ。

 彼はとても彼女を大事にするのだが不思議と長続きはしない。

 女に人気はあるが決して女癖が悪い訳ではない。

 しかし、彼の隣に寄り添っていた彼女はいつの間にか消え、そして時を置かずして新たな彼女が隣にいる。

 男女分け隔てない彼のマメさが原因で、喧嘩別れに至ってしまうのだろうかと友人たちは憶測する。

 人付き合いの良い彼に、今度こそ理解ある彼女であれば良いのにと、新たな彼女と共にいる彼を見てはそう話すのだった。



 そんな彼に新たな彼女が出来た。

 染めずにいる黒い髪は重く見え、乏しい表情を更に眼鏡で隠す女は見目の良い彼と並ぶとより一層地味に見えた。

 だが、周りの友人達の予想に反し、この地味な女は今までの彼女達の誰よりも長く彼の傍にいた。

 彼女と共に友人達との付き合いに参加する彼は、男友達には良い彼女と巡り会えたなと冷やかされ、女友達たちは彼と長く付き合っていられるコツを彼女に聞きたがった。

 そして、友人達は彼らの結婚はいつ頃なのだろうかといった話題を口にする事が多くなったある日の事、堪えきれなくなった女友達の一人が彼女へ問い掛けたが、彼女はただ表情を強張らせながら曖昧な笑みを浮かべるだけであった。

 男からも女からも好かれる彼氏を持ちながら、誰よりも長く彼女であり続けながら、今なお不安なのだとただ一言だけを返して口を噤んでしまったのだ。

 あれほど出来た男を誰よりも長く掴まえておきながら、何を不安に思うのかと一同は笑ったのである。



 母であった女は、自分が産んだ子を四六時中建て付けの歪んだ押入れに閉じ込めていた。

 子は母が襖を開けてくれるまで只ひたすら大人しくしている。

 そうしなければ、母に手酷くぶたれるからだ。

 だから、子はただ大人しく大きく見開いた目を押し付け、歪みで生じた戸の隙間から母の全てを見続けていた。

 子が押入れに閉じ込められる時は、必ず父親以外の男がやってくる。

 普段は髪の乱れも感じさせない厳しくも清楚とした母が、訪れた男の手によって髪留めを外され、流れ落ちた黒い髪をあられもなく乱しに乱す様を、子は瞬きも忘れてずっと見続けていた。

 その日も母の髪留めを外しに男は訪れてきたが、突如現れた父によって全てが無となった。

 母の髪に指を絡ませ乱していた男は、白かったシャツを真っ赤に染めて横たわったまま。

 泣き叫ぶ母は父の手によって、掴まれた髪を振り回され乱されていた。

 そうして父は、母の細く白い首に節くれだった太い指を絡ませる。

 その全てを子は瞬きもせずに見続けていた。

 その日を境に母は姿を消し、子は父と共に住まいを転々とするようになる。

 やがて大人になった子は母の顔を全くと言っていいほど思い出せなかったが、どれほど時が経とうとも髪留めを外され流れ落ちていく母の髪と、父の指が絡んだ細い首だけは克明に思い出せた。

 父に縋っていた細い手が徐々に徐々にと力を失い落ちていく情景は、父の腕に痕を残していった爪は、最高の快楽の印として子の脳裏に今なお強く焼きついている。



 男は恋人を愛していた。

 恋人であった女達も、男から深く愛されている事は感じていた。

 その愛が次第に恐ろしく感じるようになったのはいつの頃からだろうか。

 付き合いだした当初、髪を留めている姿が好ましいと告げられ女は喜んだ。

 髪留めを外した時に見せる男の笑みを嬉しく感じていたのに、節くれだった指で髪を梳かれる事を甘やかに感じていたのに、薄気味悪さへと摩り替わったのはいつの頃からだろうか。

 喉元撫でる指を心地良く感じていたのに、肌を重ねるたびに首へ添えられた指へ力が篭るようになったのは、息苦しさに止めてと訴える事が増えたのはいつの頃からだろうか。

 どの女よりも長く恋人であった地味な女は、変化を好まず常に同じ髪型で満足していた。

 また恋人である男もそう望んでいたから良しとしていた。

 生まれて初めての恋人である男から深く愛される喜びを知り、そして心変わりを恐れていた女は男の腕に爪を立てていた手を遂に力なく垂らしてそのまま動かなくなってしまう。

「あぁ……無くて七癖とはよく言ったもんだが、この手癖にも困ったモンだなぁ。直そうと気をつけているのに、なかなか直らないものだなぁ」



思い出に残る、父とよく似た節くれだった自分の手を見下ろし、そして腕に残された爪痕を見て男は恍惚としながら笑った。

 

 

 

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