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企画掌編集  作者: 市太郎
【武器っちょ企画】
16/18

人畜無害でありたいブリュンヒルデ

 

 

 

 坂口弥生の住む実家は、新興住宅地であった。

 福祉施設の保育園から、幼稚園を始めとした小学校や中学校といった教育施設も揃い、少し距離はあるものの大学病院に、個人経営の各種病院も近所にあるという大変便利な住宅地である。

 弥生が生まれた当時、この住宅地はベビーラッシュだったせいもあり、町内の子どもたち全てが幼馴染状態でもあった。

 近所付き合いが希薄とも言われている昨今ではあるが、この町内だけは別ともいえよう。幸か不幸か非常に厚い。熱いとも暑いとも思えるくらいに厚い。ついでに、最近の夏も暑い。

 この暑さで何をとち狂ったのか、毎夜のごとく変質者が出没しているようで年頃の娘を持つ家庭では心中穏やかではない日々を過ごしている。

 そこで立ち上がったのが、町内青年団である。変質者の被害にあっているのは、小中高生の女子である。町内の子どもたち、年上はすべてお兄ちゃんでありお姉ちゃんである。そして、年下はすべてが弟であり妹である。

 自分たちの可愛い妹たち、まれに弟たちが変質者の被害にあうなどもってのほかと、弥生たち長子組は立ち上がったのだ。

 話し合いの結果、細身で小柄な弥生が囮に抜擢される。

 弥生はけっして姉御肌なわけではない。むしろ、自己主張ができず周りの意見に流されるタイプだ。今回も、満場一致の雰囲気に否とは言えず、渋々ながら囮役を引き受けたのだ。弥生とて近所に住む妹分たちが変質者の被害に合うのは業腹である。

 しかしだ。二十も過ぎたというのに、三軒隣に済む中学生の瑠璃子ちゃんから借りた制服を着なければならないという恥ずかしさ。似合うと言われて何の慰みになるだろうか。

 勿論、弥生一人だけではない。ちゃんと危険が及ばないよう男性陣が密かに周りを固めてくれている。そこは信頼している。しかし、それとこれとは別なのだとは言えないでいるのが弥生である。

 特許申請に人生を捧げるとのたまい、訳の分からない装置を作っては粗大ごみセンターとツーカーな青年団の一人、坂口家の裏手に住む吉田が開発し、はす向かいに住む同級生、ハンクラマスターのサツキが作成してくれた変質者撃退防具を女子中学生の制服の下にまとい、弥生は日の沈んだ町内をやさぐれて練り歩く。

 夏の日は長い。日が沈む頃となれば既に二十時近くである。そして蒸し暑い。けっして思い人には見せられない衣服をまとって、変質者と出会うためだけに町内を歩くこの鬱憤、憤り、誰かにぶちまけてやりたいと弥生は眉間に未だかつてない渓谷を刻んで歩いている。

気弱な弥生が赤の他人に怒りをぶちまけることなどできるはずもなく、とうぜん当たるべき相手は変質者である。

 弥生とて変質者との遭遇を願っているわけではない。一生会いたくもないが、出会わないことには終わりの見えないこの警邏を始めて八日目、弥生はようやく彼と出会えた。こいつだと分かった瞬間、弥生はこの蒸し暑い夜の徘徊が終わり、明日以降は冷房の効いた部屋で寛げる喜びに菩薩の笑みまで浮かべるほどであった。

 天気予報では高い熱中症指数が喚起されているというにもかかわらず、ご苦労なことにもロングコートで現れた男は電柱の陰から弥生の面前へと踊り立ち、勢いよく前を開いて全裸をさらした。様々な思いが弥生の頭を駆け巡り、そして疾風のごとく吹っ飛んでいく。

 暑いのを、やむを得ずながらの恥ずかしい格好を、そして文句をもすべて我慢して、切に出会いを求めた相手は性器を露出する変態である。

 唖然とした様子で瞠目し、口を半開きにした弥生に変質者は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。変質者は弥生がか細く悲鳴をあげ、そして逃げ出すと思ったのだろう。更に距離を詰めようと一歩踏み出してきた。

 だが、気弱な弥生も流石に堪忍袋の緒が切れた。これが切れずにいられようか。

「……っ……高温注意報がなんぼのもんだー! 私の不快指数のが振り切れてんだーーっ!! 汚物をさらすなーーーっ!!!」

 自分を抱きしめるようにして歩いていた弥生は、相手に負けじと両腕を勢いよく開く。

 前が開かれたブレザーの下にはサツキが改良した防弾チョッキのようなベストを着込み、その前面には吉田の力作である卵大のスーパーボールがいくつも取り付けられている。

 ギョッとした変質者は慌てて踵を返そうとしたが、弥生は握り締めていたスイッチをためらわずに押した。

 このベスト、特許申請に情熱を注ぐ吉田が改変に改変を重ねた結果、世にはけっして出すことのできない代物とあいなった。ベストの背中部分には様々な装置が仕組まれており、スイッチを押して放たれるボールの威力は時速200kmである。野球用ピッチングマシーンで放たれる最高速度級である。立派な歩く武器である。職務質問を受ければ警察車両に乗れること間違いない。

 夏の暑い盛りに、重量もあり、そして背中の機械部分が熱を伴っているため、熱いことこの上ない。おかげでたかだか八日で三キロも痩せた。直ぐに戻る三キロだ。弥生の変質者へ対する恨みは並々ならぬものである。スイッチを押す手にためらいが生じるわけがない。

 かくして、前身ごろに余すところなく取り付けられたスーパーボールは、時速200kmの威力をもって変質者を倒したわけである。

 が、その結果を弥生は見ることができなかった。







 弥生は、スーパーボールを撃ち放った瞬間、とある異世界のとある国家に召喚された。

 開戦間際のとある国にて、最高の武器をと秘中の秘儀である召喚が行われた結果である。

 不思議なことに放ったはずのスーパーボールはベストにすべて戻っており、状況を把握しきれずにパニックとなった弥生は握り込んでいたスイッチを押してしまう。

「おお、これぞ神の使わした最強の武器ぞ!」

 と召喚の成功に興奮した連中にくりだされる時速200kmのスーパーボール。ある者は鼻の骨を折り、ある者は頬の骨を折った。弥生の背後にいた者とて無事では済まなかった。壁に床にと時速200kmでぶつかるスーパーボールがどうなるかは想像に難くないだろう。被害は甚大であった。

 スーパーボールは弥生が危機に瀕するたびに何度も撃ち放たれたが、気づくとなぜか元の場所へと装着されている。背中の装置とて毎晩充電していたにもかかわらず、エネルギーが切れることはなかった。弥生にそれらの謎を解き明かす術はない。

 その後、弥生は召喚された場所からなんとか逃げ出し、異世界にて安住の地を探し求めることとなる。

 しかし、弥生を召喚したとある国からの追っ手、不運にも出会ってしまったならず者、それらを件のスーパーボールで倒していくうちに、穏やかに静かにひっそりと暮らしたいという本人の意図とは大きくかけ離れ、波乱に満ちた異世界人生を過ごすのだが、その話はまた別の機会に。

 

 

 

春の短編祭 武器っちょ企画

●短編であること

●ジャンルは『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

 http://shinabitalettuce.xxxxxxxx.jp/buki/index.html

主催者 遊森謡子 様の告知

 http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/

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