眠るきみに秘密の愛を
とある沿線のとある区間を利用する者にとっては、密かに有名な彼女。
なにゆえ有名かといえば、時折スカートのファスナーを上げ忘れているためだ。
多くの者にとって名も知らぬ彼女であるが、利用する駅の最寄に大学があることから大学生だろうと推測する。
派手な顔立ち、露出の多い派手な服装ともなれば、さぞや男関係も派手だろうと誰しもが思うだろう。
しかし、赤面しながら近くへ立つ者へ必死に謝る姿を度々見れば、その装いとは裏腹に実は普通の女性ではないか? 実は天然か? と次第に思うようになるから不思議である。
彼女の乗る時間帯は大学生ゆえにまちまちではあるが、スカートのファスナーを上げ忘れるのは朝に一コマめの授業が入っているときだろうと思われる。
最初、彼女の派手な顔立ちに目を惹かれ、自然と下がる視線はその派手な衣服となる。その第一印象で軽んじる者もいれば、好色な思いを持つ者と様々であるが、彼女の臀部を見た瞬間に全ての者が目を見開くのは一様である。気の毒さから、親切さから彼女に教えてあげる者もいる。そうすると彼女は決まって赤面をしながら頭を下げて礼を告げるのだ。
いい加減に学習すればと思うも、彼女はたまにやらかしてくれる。いつしか沿線利用者たちの顔ぶれは馴染みとなり、本日も赤面している彼女を見て、生温い笑みを漏らすのである。
しばしばそのような場面に出くわせれば、さすがに態とではなく素なのだろうと思うようになる。
しかし、昨今では言われ無き冤罪で痴漢と疑われる場合もあるのだ。できることなら、彼女へは無駄に被害者を出さないためにも、しっかりとファスナーを上げるよう心掛けてもらいたい。
そんな思いから、一人の男が行動を起こした。
本日も、彼女はファスナー全開で電車に乗り込み、鞄を抱えて扉に凭れ寝入っている。
男は目の前に立つ彼女の項を眺めながら考える。どうすれば彼女に恥をかかさず、そして自分とは知られずに我ら男性陣の意図を察してもらえるか。このような姿をしていれば、同性からも軽んじられるのではなかろうか。
男は赤面して謝る彼女の顔を思い浮かべて決心する。
二度と恥ずかしい思いはさせない!
既に準備は整えてある。
人差し指と中指には小さく折り畳んだ紙が挟まれていた。内容は『スカートのファスナーが開いてます。痴漢に狙われやすいので自分自身で注意をして下さい』といった一文だ。
この小さな紙をどこに仕込むか。鞄へと思ったが、鞄は抱え込まれている上にいつ彼女が気付くか定かではない。スカートにはポケットもなく、ウェストに挟んだところでこれまたいつ気付くか不明であり、或いは落ちてしまう可能性もある。どこに紙を挟めば……そして閃いた。
肌に紙の感触を感じればさすがに気付くだろう。男はそっと右手を彼女の臀部に伸ばしていく。男は決して下心はなく親切心ゆえの行動であった。
混みあう電車の中、本を読む者、目を閉じて音楽を聞いている者、折り畳んだ新聞を読む者、各々が目的地の到着を待っている。
そろり、そろり、と男の指が彼女の臀部に近づいていく。
今日の彼女は白のレースを惜しげもなく見せている。実に男の好みであった。未だ嘗て無いほどの緊張感の中、とうとう男の指が彼女の下着に掛かる。伸ばした指の先に挟んだ紙を下着に差し込んだ瞬間、男は昂揚と達成感を得た。
やり遂げた! その思いと間髪置かず、真横から手首を掴まれ勢いよく上に持ち上げられる。
「この人、痴漢です!!」
お題配布元『確かに恋だった』
無防備なきみに恋をする5題より
http://have-a.chew.jp/on_me/top.html