第6話 獣
「グルル」
「ひっ!?」
大人ほどの大きさはあるその獣は茶や白の剛毛に覆われ、鋭い爪と牙、赤黒い大きな瞳をぎらつかせていた。
ルーメは初めて見る異形の獣に思わず声をあげる。
「レッサーデーモンですか。魔物が最近頻繁に現れるって話は嘘じゃなかったようですね」
「そ、そんなっ」
「グルル」
レッサーデーモンと呼ばれた魔物は低いうめき声を出しながらぞろぞろとこちらへ歩いてきた。
「しっかしこんなに大量に。いくら低級とはいえめんどくさいですねぇ」
ノワエとルーメを取り囲むレッサーデーモン。
「ガルルルル!」
「ったく、君たちと遊んでる暇は無いんですが、道を譲ってくれそうには無いですね。仕方ありません。」
レッサーデーモンに睨まれてもまったく動じないノワエ。
「ルーメちゃん、これからちょっと怖い思いをするかもしれませんが、我慢してくださいね。」
「先生?」
ノワエはルーメにそう言うと懐から魔方陣のようなものが書かれた紙を取り出しそれを地面に落とす。そして、胸元で素早く手で印を切る。
「全ての恨み、悲しみ、苦しみ――貴殿の思い、この現世に再び蘇れ!」
呪文を唱えると紙に書かれた魔方陣から、黒い馬に跨った漆黒の甲冑の騎士が現れた。
「――っ!?」
ルーメは驚き息を呑む。黒き炎の鬣の馬、そして甲冑の騎士には頭が無かったからだ。
「雑魚相手で退屈でしょうが、お願いしますよ」
ノワエがそう言うと、馬がレッサーデーモンの群れへと駆け出した。そして漆黒の剣を振り回しレッサーデーモンを一蹴する。
「さて、僕もお相手しましょう。」
ノワエは刀を1本抜き、構える。それを合図にレッサーデーモンが次々と襲い掛かってきた。
「きゃああああっ!」
「ふっ! はぁああっ!」
悲鳴を上げるルーメとレッサーデーモンを一刀両断するノワエ。
「グルガアアッ!」
「甘いっ」
背後から飛びかかってきたレッサーデーモン見もせずを半歩動いて避ける。続いて目の前のレッサーデーモンが鋭い爪を振り下ろす。刀でそれを受け止めるとレッサーデーモンのみぞおちあたりを思い切り蹴り飛ばした。
「グルルッ!」
レッサーデーモンはひるむことなくノワエに襲い掛かる。鋭い牙でノワエの頭を噛み砕こうと飛びかかった。
「おっと」
それを軽やかにかわす。するとノワエの飛びかかってきたレッサーデーモンは背後にいたレッサーデーモンとぶつかった。
(やはり低級。連携など考えつかないようですね)
初めてレッサーデーモンと戦ったが、資料通りだとノワエは確信した。
「グルルルル! ガオオオオっ!」
すると遠くにいたレッサーデーモンがルーメめがけ口から火球を吐き出す。
「ルーメちゃん! ――くっ! 水の精よ! 悪しき炎を浄化する力を!」
ノワエが火球に向け手をかざしそう叫ぶと、球が現れ火球に向かって飛んでいく。火球と水球がぶつかると音を立て二つの球は消えた。
「え? 先生今のは……?」
ルーメは聞き慣れた呪文に疑問を抱く。
「あ~ばれちゃいましたね。たぁっ! そうです。『然』の力です。覚えたんですよ」
ノワエは戦いながらそう答える。
「でも! それは!」
「掟違反ですよね。まぁその話はとにかく後で。風の精よ! 穢れを払い荒れ狂え!」
「ひゃっ!?」
ルーメに近づいてきたレッサーデーモンを強風で吹き飛ばした。
「それっ。偽りの命よ宿れ、目の前の敵を打ち倒せ。」
ノワエは懐から人型の紙を10枚ほど取り出し空へ向かってそれを投げた。続いて地面に手を当てつぶやく。
「土の精よ、全てを砕く強靭な力を。」
次の瞬間、人型の紙は武士や騎士の姿に変わり、それらは地面から生えてきた土の棍棒を手にするとレッサーデーモンに向かって行く。
「雷の精よ! 姿を現し走れ! 炎の精よ! 全てを焼き尽くせ!」
ノワエは刀を振るいながらもルーメに近づくレッサーデーモンを然の力で消し去っていく。
「ガルゥウァぅ!」
「グルガアアアッ!?」
そして――
「す、すごい――」
ノワエ、式神、そして呼び出した騎士によりあっという間にレッサーデーモンは全滅したのだった。