第2話 陰
「ふぅ。今日もいい天気ですね」
朝のジョギングを終え、シャワーを浴び、水を一杯飲むと彼はテレビを付ける。
ここは『陰』の寺院。
彼、『陰』の教師でもあるノワエは新聞を広げた。ジョギング後の情報収集が彼の日課だ。
「先日、突然倒れた我らが国王。蔵都=パテル=マーカフミラビリシュ様の死亡が昨晩確認されました」
テレビから流れたそのニュースにノワエは一瞬動きを止める。
「死んだんですか……」
そしてゆっくりとそう呟やき、なにやら複雑な顔をした。
「死因は心臓麻痺。突然の不幸に私達全国民は追悼の意を表します」
テレビには城の前で泣き崩れる人々が映し出されていた。
「偉大なる指導者の死に、次々と国民が城の前に押し寄せています」
「はは。なんだか白々しいですね」
ノワエは思わずクスリと笑う。
偉大なる指導者といえば聞こえはいいが、彼はただの暴君。マナの使用料や軍事費と称して高い税金を巻き上げては自分の為に使う。国民は皆、そんな事承知なのだが王に逆らえば命が危ない。
1年に何人かが暴動を起こすがすぐに見せしめのように国中を引きずり回され惨たらしく処刑されてしまう。そんなこともあり、だれも国王に逆らえない。だから上っ面だけは王を崇めている。国王を慕っているのは本当にほんの一部の国民だけ。テレビに映し出されているのはただの茶番でしかないのだ。
「本当に偉大なお方を亡くしました。しかし! 私達には新たな指導者が帰ってきたのです」
悲しげにニュースを読んでいた女性アナウンサーの口調が突如明るくなる。
「長い修行の旅から、嶺流=キーウィタース=マーカフミラビリシュ様が1週間ほど前、ついに戻られたのです! 嶺流様のコメントが先ほど発表されました」
そして場面が切り替わった。城の会見場。若い男を取り巻くようにマスコミがマイクを突き出し次々とフラッシュがたかれる。
「戻ってまもなく我が父が亡くなりました。もっと早く戻っていれば……。そう思うと悔やんでも悔やみきれません」
そういって若い男、嶺流は視線を落とした。
「ですが、今度は私が父の代わりにこの国を指導して行きたいと思います。父の名に恥じぬよう精一杯頑張ります。すみませんが色々ありますのでここで」
嶺流はそう言うとマスコミに背を向ける。
「お父上はどのようなお方でしたか!?」
「今後の国の方針は!」
マスコミは矢継ぎ早に質問をするが――
「王子。いや、国王はお忙しいので。質問は近いうちに、王就任式にでも」
「王、こちらへ……」
大臣と黒尽くめの男が画面に映ると、再びスタジオへと画面が切り替わった。
「彼が王子ですか。なんだか頼りないですねぇ」
ノワエは思わず苦笑する。
「王のお見送りは明日、陰の寺院にて執り行われます。」
「えっ!?」
女性アナウンサーの言葉にノワエは思わず声を上げた。それと同時にノックの音が部屋に響く。
「先生、朝食の準備が整いました」
「あ、はい。今行きますよ」
当番の生徒がやってきたのだ。
「そういう大事な話はこっちに直接連絡するものでしょう? 本当に僕は嫌われてますね。さてさてしばらく忙しくなりそうですねぇ」
ノワエはそう言うと、テレビの電源を切った。
「それじゃあ僕はちょっと出かけてきますから。サボらないでちゃんと掃除するんですよ」
朝食後、ノワエは生徒達を寺院の入り口に集めるとそう言った。
真っ黒な袈裟姿のノワエ。全身黒に覆われていると余計に肌の白さが目立つ。
「いいですか。急ですが明日は国王のお見送りです。今まで以上に入念に掃除するんですよ。それから多分いろんな荷物が来ると思うので、丁寧に扱ってくださいよ」
『はぁ~い』
袈裟姿の生徒達は大きな声で返事をする。
お見送りとはお葬式の事。異界と通じる力を持つため、お葬式は陰で行われるのだ。
「師匠、こんな忙しい日に一体何処に?」
一人の生徒が尋ねる。
ただでさえお見送りの前日は忙しい。それが国家のトップとなるとその忙しさは倍以上になると予測される。
「え? あぁ。ちょっと『然』のマグヌス氏のところへ」
「『然』の先生のところですか」
「皆さんご存じだとは思いますが、最近魔物が現れたという報告をあちこちで受けましてね。『陰』、『然』、『心』で対策を練る事にしたんですよ」
「ま、魔物!?」
「魔物って冥界にいる?」
「ただの噂じゃなかったんだ」
生徒が騒然とし始めた。
「コホン。そうです。私達の力で呼び出す事のできる魔物です」
ノワエの言葉に生徒達は口を閉じる。
「魔物の召喚を覚えるのは第12年生になってから。この中にはいないのはわかっていますよ。それに目撃された魔物の数はかなり大量。相当な力の持ち主でしょうね」
「そうですか」
生徒達は自分達の中に犯人がいないとわかるとホッと安堵の表情を浮かべた。
「まぁ卒業生の仕業というセンもあるって事も含めての今回の呼び出しなんですけどねぇ」
ノワエはため息混じりにそう言うと手に持っていた2本の愛用の刀を腰に差す。
「一応念のため周辺には魔除けの結界を張っておきました。恐らくこれで大丈夫でしょう。だから君たちは余計な心配せずちゃんと掃除をするんですよ」
『はぁ~い』
「では行ってきますよ」
ノワエは手の平ほどの大きさの四角い白い紙を取り出しそれに息を吹きかけ紙を手放す。ふわりと紙が地面に落ちた瞬間!紙は一頭の美しい白馬へと姿を変えた。
「それじゃあしっかり頼みますよ。はぁっ!」
白馬にまたがったノワエはそう言うと馬を走らせ去っていった。
『いってらっしゃい~!』
生徒達は笑顔で師匠を見送る。
「さてと。この前の仮はしっかり返すぜ!」
「なにぃ? またやられたいのかぁ?」
ソムニーとオレンが睨みあいを始めた。どうやら掃除をする気はまったくないようだ。
「じゃっ、とりあえず掃除はこいつらに任せるか」
そう言うとソムニーは人型の真っ白い紙を2枚取り出す。
「かりそめの命、宿れ。わが命令に従え!」
そう言ってふぅっと紙に息を吹きかける。すると人型の紙がむくむくと膨れ上がり大人ほどの大きさに変わった。
「やっぱいつ見てもすごいなぁ」
「俺たちも早く式神使ってみたい!」
「まぁお前達も俺みたいに真面目に授業を受ける事だな」
「え? 今何て言った?」
「一浪したくせに」
「さっ。お前達は寺院をきれ~いに掃除するんだ。おい、コソコソ話してないで。早く裏庭に行こうぜ!」
後輩達の声が聞こえているのかいないのかソムニーがそう言ったその時。
「サボりはあきまへんよ」
『うわぁっ!?』
突然後ろから声をかけられ皆は驚き声をあげる。
「こ、賈估と市かよ。驚かすんじゃね~よ!」
「どうもおおきに」
「お久しぶりですぅっ!」
怪しい笑みを浮かべた男と笑顔がまぶしい女性が立っていた。
彼の名は賈估貿。そして彼の弟子、市。二人は交易を職業にし、唯一マーカフミラビリシュ国内外を自由に行き来できる人物だ。
「お見送りの品を持ってきたんやけど」
お見送りの際、花や食料、縁の品などを備えるのが慣わしなのだ。
「どうせ国家がみんなから強制的に巻き上げた品物でしょ」
「あぁ。ウチ家計が厳しいって手紙きたばっかりなのに」
生徒の数人がコソコソと呟いた。
「う~ん。とりあえず本堂に。」
ソムニーは賈估に言うが――
「いやいやコレだけじゃあらへんねん。まだ荷車にたくさん。本堂じゃ全部入りきらへんと思うで。こんな小さな寺院に入りきるかどうか」
「それにまだあと何回か往復しないといけないんですよぅ。」
『ええっ!?』
予想以上の数に生徒達は驚きの声を上げた。
「今日一日じゃ終わらへんかも知れへんねん。みんな手伝ってぇな」
「じゃあこの式神を使えよ。お前達、賈估達の手伝いをしろ」
ソムニーは先ほど呼び出した式神に指示を出す。
「掃除はどうするんだよ」
「もっと式神を呼べばいいんだ!」
「そうそう。もっとド派手にさぁ。」
「ば、馬鹿言え2体が限界なんだよ! 力仕事するより掃除のほうがマシだろ? それとも何か? 重たい荷物を運びたかったのか? トレーニングも兼ねて?」
口々に言う後輩達にソムニーは慌てて言う。
「う、そうだなぁ」
「じゃあ仕方なく掃除しましょ」
「そうだね。王様のお見送りを成功させるためにねぇ」
なんだか気のない返事で生徒達は掃除道具を取りに向かった。