第1話 影
「…………」
「…………」
ここは『陰』の本部でもある寺院の裏庭。なにやら睨み合う二人の男子。
「打てるもんなら打ってみやがれ!」
「ははん。ソムニー様に挑むとは百年早い! このバットで打った球は空をも打ち抜くぜ!」
ソムニーと名乗る少年はバット(がわりの箒)を空に向けながら言い放った。
「でたホームラン宣言! ソムニーかっこいい!」
「これで決めれば逆転だぞ!」
「外せソムニー!」
「あと1ストライクでおしまいだぞ!」
外野から野次が飛ぶ。
「ふふん。俺がカッコよくきめちゃうからな! 見てろよ!」
ソムニーが自身満々で外野にアピールする。と――
「スキあり! オレン選手振りかぶって――投げました!!!」
先ほどまでソムニーとにらみ合っていた少年、オレンは力いっぱいボールを投げた。
「そんな手に引っかかるかよおおおっ!」
金属バットだったら気持ちのいい金属音が響いたことだろう。ソムニーの打球は青い空へ吸い込まれるように飛んでいき、森の中へと消えていった。
「おぉ。場外ホームラン!」
「すげぇ……っておい! のん気な事言ってる場合かよ! ボールあれしかないんだぞ!?」
「わりぃわりぃ。取ってくるよ。」
ソムニーは頭をポリポリ掻きながらボールが消えて方へと走り出す。
「待ってよ。あそこは立ち入り禁止区域よ」
一人の少女がそれを止める。
「そうだよ。師匠にバレたりでもたら」
「ってか掃除サボって野球してる事自体悪いんだけどな」
「大丈夫だって。ちょっとボール取ってくるだけなんだからさぁ。ほら。一応俺、最年長者だし」
「ソムニーが言うなら大丈夫かなぁ」
「んじゃ。ちょっと行ってくるな」
ソムニーは再び駆け出した。
森の先に見える大きな山の向こうが国境である。国外から敵が現れるかもしれないため国境付近は立ち入り禁止区域になっているのだ。
「同じような景色ばっかで迷いそうだな」
深い森は方向感覚を狂わせる。ソムニーはあたりを見渡しながらもボールが落ちたであろう場所へ向かう。
「確かこのあたりに――ん?」
視線の先に祠のようなものを見つけた。
「なんだこりゃ?」
ソムニーはためらうことなく祠に近づく。怪しげな札だらけの祠の扉に、丸い穴が開いてるのが見えた。
「まさかボールがここにあったりしないよなぁ。あはは」
ソムニーは嫌な予感を覚えつつ扉を塞いでいるお札をゆっくりとはがす。そして恐る恐る扉を開いた。外の光を取り込み祠の中がはっきり見えるようなる……床におそらく壷であっただろう破片が散らばっていた。
「あ~あ、やっちまったなぁ」
ソムニーは破片に紛れたボールを見つめながら呟く。嫌な予感は的中したようだ。
「にしてもこれは何だ? 何か書いてあるけど読めないな。ま、とりあえずっと」
ソムニーはボールを拾うと、入り口と同じような札の貼られた破片に手をかざした。
「時を司りし者よ、力を……。あるべき姿に、元の姿に!」
目を閉じそう呟くと、破片が空中に浮き、壷は元の形を取り戻していった。多少いびつではあるが。
「ま、及第点ってトコかな」
そう言うと懐から真っ白な札を取り出す。
「スラ、スラスラ、すら、すらのすけっと」
筆で祠に張ってある札と同じような札を作り上げた。そしていびつな部分を隠すように札を貼る。外に出ると祠の扉の穴にも同じように札を貼った。
「これでよしっと」
最後に先ほどはがした札を同じ場所に戻しソムニーは胸を撫でおろす。そしてみんなが待つ場所へと駆け出した。
後ろで蠢く影にも気が付かずに。