第14話 奪
(私また殴られるのかしら?)
先ほどマグヌスに自室で待つように言われたルーメはベッドの上で膝を抱えていた。
(ノワエ先生と一緒にいたから? 私がマグヌス先生を怒らせるようなことをしたから?)
生徒達が暮らす寮から離れた場所にある塔の最上階、暗く埃にまみれた部屋。先生や、生徒達から差別やいじめを受けながらもルーメは一生懸命勉強を続けていた。すべては命の恩人である王の力になるため。つらいときは兄のソムニーと話して気を紛らわせてきた。しかし『心』の生徒達と会話して何かが変わった。彼女たちはみんな笑顔だった。優しい先生と共に学ぶ生徒。その中に混じっていた時、いつも抱える苦しみを忘れていた。こんな風に笑えると自分でもびっくりしたのだ。
(王様も亡くなってしまった――私、何の目標もなくなっちゃったな。修行やめちゃおうかなぁ)
そんなことを考えていると、ノックの音がした。
「私だ」
「は、はいっ」
マグヌスの声にルーメはドアを開ける。
「…………」
静かに部屋に入ってきたマグヌス。いつもだったら大声で怒鳴り、物を投げつけたりルーメを殴るのだが何もしてこない。
「――あ、あの――――マグヌス先生?」
いつもと様子の違うマグヌスにルーメは恐る恐る口を開いた。
「――にきた」
「えっ?」
下を向いたまま、ぼそぼそと彼がしゃべり始めた。
「迎えにきた。最初から、こうしておけばよかったんだ。後悔する前に。私はずっとずっとそのことを考えていたっ!」
「きゃあっ!?」
突然、マグヌスがルーメに抱きついてきた。
「マ、マグヌス先生! やめてください!」
「好きだ。お前が生徒として入ってきた時から。本当にお前は優秀だった。このまま私の元、教師として一緒に歩んでいくと思っていた。ずっと一緒に」
(先生は一体誰の話しをしているの?)
「それなのに!」
「ひゃああっ!?」
マグヌスは力任せにルーメをベッドへ押し倒す。
「何故だ?」
「せ、先生! やめてくださ――!」
ルーメはマグヌスが泣いていることに気が付いた。彼女の顔にマグヌスの涙が落ちる。
「何故!」
「先生? しっかりしてください!」
焦点の合っていない目をしているマグヌス。明らかに様子がおかしい。
「何故あんな平凡な何でも屋なんかと!」
(何でも屋――まさか?)
「私は反対しただろう。苦労すると。本当は私と一緒に添い遂げてくれと言いたかった。だがお前は彼となら頑張れると言った。だがどうだ? お前は不幸になった。悪魔の娘を産んで、悪魔の娘に殺された!」
「先生! 私はお母さんじゃありません! 私はルーメです!」
必死に暴れながら叫ぶが、聞こえていないようだ。
「だが、迎えに来た。あのお方の力で私は願いを叶えられる。強引に、恨まれようとも力ずくで奪ってしまえばよかったんだ!」
「いやあああああっ!?」
マグヌスはルーメの服を乱暴に破った。抵抗するが、力も体重もある彼にかなうはずがない。
「ナチュラ。あぁ。ナチュラ――愛しているよ」
(お、お兄ちゃん――助けて!)
(――おい! どうした!?)
ソムニーの声が聞こえる。
(マグヌス先生が! いやっ!)
(おい! お前今どこにいるんだよ!?)
(私の部屋に――――い、いやああっ!)
「ナチュラ、これでようやくひとつになれる」
マグヌスは満足そうに呟く。なすがまま、されるがままのルーメ。
「放して、怖い、怖い! 助けて、お兄ちゃん、お父さん、お母さん! 助けて! ノワエ先生!」
「暴れても無駄だ。素直に私を受け入れろ。そうすれば幸せになれる。悪魔の娘なんか生まれない。お前は一生私と一緒にいられるんだ。こうしておけばよかったんだ。そう。こうしておけば」
(怖い! だめっ――やめて――――ヤメロ!!!)
「ルーメちゃんの部屋は?」
「確か寮から離れた場所の――あそこ! 窓が割れてる!?」
ソムニーが指差す先、窓が割れ、カーテンが激しくなびいているのが見える。
「あそこがルーメちゃんの?」
「た、多分。寮から離れた場所の古びた塔にいるって前に言ってたから」
「急ぎましょう!」
二人は馬から下りると古びた塔を駆け上がった。
「ルーメちゃんっ!?」
「ルーメ!」
二人はルーメの部屋のドアを開く。ものすごい風によってドアは音を立て壁にぶつかる。
「一体何が?」
「風?」
さすがのソムニーも異常に気が付く。外は全く風が吹いていなかったはず。しかし、ものすごい強風が吹き荒れているのだ。
「ルーメ! 大丈夫か!?」
「待ってください!」
ルーメに駆け寄ろうとするソムニーをノワエが止める。裸で部屋の真ん中にたたずむルーメ。部屋の隅には傷だらけで倒れているマグヌスの姿が。
「なんだよ!」
「様子がおかしいです」
ルーメがゆっくりとこちらを向いた。
「ナンダ?」
発した声にはルーメの声と何者かの低い声が混じっていた。強風は彼女を中心にしてさらに強くなる。
「ル、ルーメ?」
「キエロ」
彼女が右手をこちらにかざす。
「下がって!」
すかさずノワエが前に出る。そして防御結界を張ると同時に衝撃波が襲ってきた。
「くっ、まさか、これが悪魔の力――」
「ルーメ!」
(これ以上は結界が持たない!?)
「やめろルーメ! 俺だよ! お前の兄貴、ソムニーだよ! わからないのか!?」
「オ、お兄ちゃん? ウググ」
一瞬、衝撃波の力が緩む。
「ソムニー、もっと呼びかけるんです」
「言われなくても。ルーメ! しっかりしろ! もう大丈夫だ」
「ヤメて――これ以上、モウ――誰も傷つけたくない!」
はっきりとしたルーメの声、すると風と衝撃波がやんだ。そしてルーメの身体が倒れる。
「おっと」
「ルーメ、よかった」
二人はあわててルーメを抱きとめた。
「おい、ルーメしっかりしろよ」
「大丈夫、眠っているだけです。少し眠らせてあげましょう。さてと」
ノワエはカーテンを破るとソムニーに渡した。
「とりあえずそのままではまずいです。これで身体をくるんであげてください。」
「はい」
「それから騒ぎを聞きつけて誰か来るかもしれません。この状況を見られたら多分ややこしいことになります。」
「そ、そうっすね」
「とりあえず彼女と一緒に『陰』へ戻っていてください」
「わかりました。先生は?」
「何が起きたか調べたらすぐに戻りますよ」
「はいっ」
ソムニーはルーメを抱きかかえ急いで部屋を出て行った。一息つくと、ノワエは部屋を見回す。荒らされた部屋。破られたルーメの服。そして傷だらけのマグヌス。なんとなく状況を掴んだノワエはマグヌスに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「う、うぅ」
マグヌスの肩をゆすると彼はうめき声をあげた。
「あなたまさか、ルーメちゃんを襲ったんですか?」
「ルーメ? 私は――ナチュラを――――私の物に――」
「ナチュラ? 確かルーメちゃんのお母さんの名前だったはず。ですが彼女はもうこの世には――」
「封印を解く手伝いをすれば私の願いを叶えてくれると王子が――あぁ」
そう言うとマグヌスは気を失った。
「王子? やっぱりあのニセ王子が何かやらかしてくれてますか」
「あの~」
声のほうを向くと、一人の男が立っていた。
「おや? 君は? あぁここの教師ですね」
「えぇそうです。見回りをしてましたらここの窓が割れてたんできてみたんですが」
「そうですか」
「ここはルーメさんの部屋ですよね。あぁ。またマグヌス先生が八つ当たりしたんですか」
「八つ当たりって――」
「えぇ。しかし今日は派手に暴れましたねぇ」
呆れたノワエに気が付いているのかいないのか男はのんびりと呟く。
「ルーメちゃんにつらく当たっていたようですが悪魔の力のせいですか?」
「半分は」
「半分?」
「マグヌス先生、彼女のお母さん、ナチュラさんに恋してたんですよ。でも彼女は結婚しちゃって。『陰』使いの男と悪魔の娘のせいでナチュラさんが死んだって。でもルーメさん、ナチュラさんの若い頃そっくりなんですよ。彼女僕の同級生だったんですけど本当あの頃そっくりなんです。だから愛情と憎しみ両方の感情が入り混じってどうしようもなくなっちゃったんじゃないんですかね」
「はぁ」
「先生も先生ですよ。告白もしないで――」
男はそのことを話したかったのか、まだ語り続けている。
(『陰』嫌いの理由がなんとなくわかりました)
「ですが八つ当たりとは感心しませんね」
「しょうがないじゃないですかマグヌス先生怖いんです。それに悪魔の娘がどうなろうと――いやその」
ノワエに睨まれ男の声がどんどん小さくなる。
「で、マグヌス先生が倒れているのは? それに『陰』の教師のあなたが何故ここに?」
「えっと――ルーメちゃんからテレパスを受けたんですよ。彼女の双子のお兄さんが。で、ここにきたら部屋がすごいことになってたんでちょっとおとなしくしてもらいました」
「そうですか」
「彼をよろしくお願いします。そうだ。封印の場所はどこか知ってますか?」
「え? それなら寺院の奥の洞窟に」
「そうですか。ちょっと心配なんで見てきます」
「は、はぁ」
ノワエは封印へと急いだ。