第13話 解
グランド・マザーの遺体を腐らないように処置を施し、とりあえず霊安室へと運んだ。色々な手続きなどを済ませている間に日は傾き始めていた。
「お見送りが続きますが皆さん、頑張りましょうね」
「はい、師匠」
「では僕は暗くならないうちに封印の様子を見てきます」
「あのっ! 師匠」
ソムニーがノワエに声をかける。
「何ですか?」
「あの、その」
「???」
「ソムニーまさかお腹がすいたんじゃないだろうな?」
中々言い出さないソムニーに痺れを切らしたのかオレンが口を挟む。
「ばっ、バカ! ちげーよ!」
「そうですね、少し早いですが夕食にしましょう。僕が封印の様子を見ている間に支度をお願いしますよ。ソムニー、話は後でゆっくり聞きますから」
「あ、う……」
まだ何か言いたそうなソムニーを置いて、ノワエは外へ出た。
「しっかし、ここは薄気味悪いですね」
寺院の裏庭にある森を進むノワエ。しばらくして、古ぼけた祠が見えてきた。
「おかしいですね」
違和感を覚えノワエは足を止める。
「し、師匠ここは!?」
同じ場所に立つのは幼いノワエと彼の師、ジャッキー。
「ここにあの500年前の悪夢が封印されている」
「この祠に……」
幼いノワエの顔色が見る見る青くなっていく。
「い、嫌です! これ以上ここに居たくないです! 怖い――これがあの男がこの国に振りまいた恐怖!?」
「ダメだ、後々この祠を守るのはお前になるんだ。恐怖を振り払え――」
「おかしい、あの恐怖、不安感が全くない」
ノワエは祠へと駆け出した。扉を塞ぐように張ってある札を乱暴にはがし中へと入る。中には札だらけの壷があった。
「何も起きていない? いや、何かおかしい」
そう呟くと恐る恐る壷に手を伸ばす。初めてここに連れてこられ、震える手でこの壷を手に取ったときの記憶が甦る。地面に落としたって壊れない。何が起きても壊れることはない。力のある陰使いがこの不壊の術を破らない限り。それはわかっていても壊れてしまうかもしれない恐怖。それを振り払い、壷を手にした。
「ん? この札は?」
壷に貼られた札の一部が違う事に気が付いた。
「まさか――――偽りよ去れ、正しき姿を映し出せ。」
ノワエは意を決してそう呟くと、壷はばらばらになり床に落ちた。
「そ、そんな」
床に落ちた破片、それを見つめ彼は言葉を失う。嫌な汗がつたい、手足が振るえはじめた。
「この世界にこの強固な封印を解けるものが?」
かなり強い力を持つノワエの師、ジャッキーですら解けない封印。それが破られたのだ。
「おばば様、一体どうすれば――」
夕食が終わり、ノワエは封印のことを生徒に伝えた。生徒たちは不安の色を見せたが問題はないと気丈に振舞った。そうでもしないと自分自身も不安に潰されてしまいそうだったからだ。
その後部屋に戻るとすぐにソムニーがやってきた。
「そう言えばずっと何か言いたそうでしたね」
「師匠、あの――その」
「今日は変ですね? 何ですか一体」
「師匠、すみません!」
突然、ソムニーはそう言うと頭を地面にこすり付けるように土下座をした。
「ど、どうしたんですか?!」
「その――封印といたの、俺かもしれない」
「どういうことですか?」
「ちょっと裏庭で野球をやってて、打ったボールがそっちに行っちゃって……ボールがあった場所がその祠の中だったんです」
「壷が割れてて、君はあわてて力を使いごまかした」
「そ、そうです」
「どうして今まで黙っていたんですか!」
「だって、そんな封印があるなんて知らなかったし、そんな簡単にとけるなんて――」
「……」
ソムニーの声がどんどんちいさくなる。無言のノワエは腕を組み険しい顔をしていた。
(ソムニーがあの壷を壊した? 確かに彼の存在能力はすごいです。本人は気が付いていませんが。ですがもし封印をとくほどの力があるとしたら?)
「そのボールを打つとき何か言いましたか?」
「えっ?」
予想外の質問にソムニーは思わず顔をあげた。
「えっと――打ってやるぜ! 違うな――打った球は空をも打ち抜くとかそんな事を言ったような」
「空をも打ち抜くですか――」
(これは僕の仮定を決定付ける行動ですよ? ですがそれでは悪魔の噂も事実に)
「とにかく起きてしまったことは仕方ありません、問題はこれから――」
「おい! どうした!?」
突然、ソムニーが声をあげた。
「ど、どうしました?」
「おい! お前今どこにいるんだよ!?」
あさってのほうを見つめたまま、ソムニーはしゃべり続ける。
「え? ちょ、おい! ルーメ!? 返事しろよルーメ!」
「ルーメちゃんに何か?」
「……し、師匠! 大変だ、ルーメが危ない!」
「え?」
「ルーメからテレパスがあったんだ。助けて、マグヌス先生が! って」
「なっ!? 彼女は今どこに!?」
「『然』の自室に」
「行きましょう!」
二人は急いで外へ飛び出した。
「君の式神なんかじゃ間に合いませんよ!」
懐から紙を取り出そうとするソムニーを制するとノワエは自分の懐から紙を取り出した。風に乗るように紙を飛ばすと素早く印を切る。
「広き荒野を駆けろ、地獄を越え、お前が望むまで!」
そう呪文を唱えると紙から黒き炎の鬣の馬が飛び出してきた。
「す、すげぇ……」
「さぁ早く乗って!」
呆気にとられるソムニーを促し、二人は馬に乗る。
「しっかりつかまってるんですよ、振り落とされちゃいますからね。ハァッ!」
ノワエの声で黒い馬は走り出した。