居間にいる外国人
家に帰ると、居間から話し声が聞こえた。
中を覗くと、ちゃぶ台の前で寝転がった外国人が、煎餅の袋を開けながら、テレビを見ている。画面にはサングラスをかけた、いかにもアメリカ人って感じの顔がどアップで映っている。最近よく見る来国者へのインタビュー取材だ。それを、ちゃぶ台の前の外国人が見ている。
なぜこいつが我が家の居間に根を張っているのか、もはや思い出すのも面倒だ。
「ただいま」
声をかけても、相変わらずテレビを見たまま煎餅を食べている。別に決まりで出た言葉だから、返事が無くても気に留めない。すると、あちらから声がかかった。
「君らの国はいいね、僕らの国じゃ日々起きる紛争に備えて、各国の政治批判が絶えず流されているってのに、ここじゃあ、僕らの国の人を捕まえ『私の国を褒めて!』って言っている」
お前、アメリカ人だったのか。あ、いやあれは勝手な俺の思い込みか。
「頭も金も使わなくていいじゃないか。まあ、かつての“先進国に対するコンプレックス”という負の遺産が、今の時代まで引き継がれた結果さ」
「哀れだねえ」
バリっと、硬い音を立てて煎餅が砕かれる。
「それが今のこの国を作っているんだから仕方がない。君もその恩恵を享受する限り、そんなことを言う資格はないだろう?」
持ち帰った箱から、目当てのものを取り出す。気怠そうに鼻をほじっていた彼の目が、途端輝き出し、飛び起きて叫んだ。
「あ、あ、あ!僕の大好きなモンペルニのケーキ!」
「これもお前の言う”哀れな負の遺産”の賜物だ。どうやら、我が国の方針が嫌いみたいなので、私がひとりで美味しくいただくとしよう」
「悪うございました!お代官様、仏様、イエス様!悔い改めますので、どうかご慈悲をっ」
こいつの宗派はなんだったか。少なくとも仏教徒じゃないはずだ。まあ俺だって、実家が仏教なのか神道なのかよくわかっていない。仏壇と神棚があったから、両方か。いや、今はそんなことはどうだっていい。
元より、一人で二個も食べられないので、その汚い手を洗うように言った。なんで?と言いながらまた鼻に指を入れているあたり、まだ文化の壁かこいつ自身との壁は厚いと感じた。
「黒い小麦粉の時代がありまして、酸っぱくて小さなイチゴの時代がつづき、砂糖に税金がかけられていたことも、腐る牛の乳を発酵させ凌いだことも、こんな極東の地で、我らが文化の至高をいただけることも、今、僕の口の中にあるこれは、人類の歴史の結晶だ!今を生きるって、何て幸せなんだろう!」
一瞬、中原中也を思い出した。一つ400円のケーキの中に、人類の歴史を感じ、挙句に生を讃美し始めるとは、なんてめでたいやつ。俺からしたら、美味いか不味いかのどっちかだ。ちなみに、美味いから買っている。
「ああ、これに美味い紅茶があったらなあ」
「あ、確か一緒に買ったはず」袋を漁り取り出したそれを見て、目の前の男から期待に膨らんだ輝きが失われていった。ペットボトルには、味のある文字で「ごぼう茶」とデカデカと書かれている。
「なにそれ。絶対ちがうでしょ」
「お茶なんて、だいたいどれも一緒だろ」
「君の味覚で、このモンペルニのケーキを見つけたことは奇跡だと思っているよ」
そこだけは感謝していると付け加えられた。お前だって、せんべいの後にケーキを食べているじゃないかと、喉元まで出かけたが、不毛なので押し留めた。俺は、大人だからな。
俺は無言で、土の香りのする茶を注いでやった。人類の歴史の結晶とやらを、楽しむには十分であろう。
「……うわ、まじで土の味だ」
文句を言いながら、彼は二個目のケーキにフォークを伸ばした。
いや、それ俺のだ。
謎の外国人と社会人の、これまた謎の共同生活のワンシーン。
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