tre.ファースト・コンタクト
次の日、登校するなり生徒指導質に連れ込まれた。
そこには先に四人が居た。
そして生徒指導の先生。
何を話されるか大体判っていたが静かに聴いた。
「お前ら、昨日喧嘩したってな。」
「殴られたんで、殴りました。」とヤケに素直なセーイチ
「それだけじゃねーだろ!」とバカでかい声で怒る先生、カズは泣きそうだ。
それから一時間に渡り延々と説教をされ、開放間際にペナルティを科せられた。
「罰として一日停学処置を科すからな、判ったか?」
停学なんて中学校でもらうものだとは思っても無かった。が、しかし
僕らにとっては公式で休みを頂くも当然であって、残念な顔をしながら皆心ではガッツポーズを決めていた。
「おいやったな!遊べるじゃん!」とセーイチが言ったが、僕は憂鬱だった。
須川家の家庭は真面目であり、きっと監禁されるに間違いないと思ったからだ。
案の定、その予想は的中した。
家に帰る足が重い、こっそり隠して持って来たCDプレイヤーから流れるキングギドラのHIP-HOPもノレなかった。
「何が"何かあったらすぐ俺に言え"だよ、伝わらないだろこんなん。」と僕は実に身勝手な弱音を吐いた。
家に帰ると親父が僕を鞄で殴って説教した。母も頭を抱えていた。
唯一の味方は兄と愛猫だけであった。
「ジン、明日から休みって考えれば楽じゃん」と兄は励ましてくれる。
「兄ちゃん、けどきっと監禁だよ」と弱音を吐いた。
「じゃあ俺の教会でお手伝いにでも来るか?」と兄は言ってくれた。
兄の高校はクリスチャンが創立し、隣に大きな教会があった。
そこの手伝いに誘われたのだ。
「今のジンなら懺悔する必要もあるしな」と笑いながら肩を叩いてくれた。
正直教会とか、お化け屋敷同然の怖さもあったが家で空気が悪い状態で寝るよりはるかにマシそうだった。
なにより、不機嫌な親父と一緒にいるだなんて耐えられなかった。
母にその事を頼んだら、泊まって着なさいといわんばかりに勧めてきたので楽に承諾を得た。
その夜、親父に殴られた頭がヤケに痛かったのを思い出しながら就寝した。
次の日、朝から僕は兄さんと一緒に電車に乗って隣町に出かけた。
中学生で朝、電車に乗るのは何か大人びた何かを感じた。
そんな優越感を感じながら目的の駅についた。
コンビニで飲み物を買ってくれた兄を今でも思い出す。
こう思えば兄はいつでも俺の味方だった。
俺が産まれて小さい頃から文句を言わず、いつでも良い兄貴で居てくれた。
暴力を振るわれたこともなく、ゲームがしたいと僕が言えば例えボスの前でも僕にコントローラを貸してくれた。
尊敬できる兄を持てて僕は幸せだった。
コンビニから歩くこと20分、教会についた。
兄の入学式以来に着たが、実に神々しかった。
何だか今の僕が入っては行けないくらいに。
大きい扉の右下辺りに小さい扉があり、そこから入ると絵に描いたような教会の内部が目前にあった。
キリストが目を閉じ、十字架に掲げられ 傍からマリア様が見守っていた。
その下に黒い服を着た神父が見えた。
「先生、おはようございます。」と神父に兄は挨拶をした。
「須川君、おはよう。とそちらは?」と僕に目を向けた。
本物の神父を見るのがはじめてで戸惑った、僕の中の神父といえば長ったるいふっかつのじゅもんを教えてくれたり、吸血鬼と死闘を繰り広げるくらいの安いイメージだった。
「は、はじめまして、須川 仁です。」
「君が弟君か、今日はよろしく頼むよ。」と暖かい笑顔で僕に微笑んだ。
「それじゃ、僕は授業なので。弟をよろしく頼みます。」と兄は去っていった。
「ジン君、それじゃあここで今日手伝ってもらうから早速着替えてもらうよ。」と優しく言った。
「着替え?そんなものどこにもありませんけど。」
「神に仕えるものは修道服が基本なんだよ、ジン君。さ、こちらに。」
言われるがままシスターに着付けられ、なんだかスースーするし真夏にフードのあるダボダボした修道服を着させられた。
その後は掃除をしたり、教会に来る人の相手を勤めた。
といっても、神父さんの隣に居ただけだが。なんだか悪い気もしなかった。
「ジン君、今日は地元の子も来るから彼らのお相手をお願いしていいかな?」と頼まれた。
「相手って、何をすればいいんですか・・・。」
「といっても、トランプやそこらにあるオモチャを使ったりお話するだけだよ。」とにこやかに言った。
神父だからなのか、この方が余りにも凄い人なのか判らないが僕は断れなかった。
実質、面倒だったがやることも無かったし救われた気がした。
その子供たちは7人くらいで、年齢は幼稚園くらいだった。
服を引っ張られたりして正直扱いに困ったが、僕は耐えた。
今頃セーイチやカズは皆でゲーセンにでも行ってるんだろうな、と思うと無性に遊んでやろうと思った。
夕方まで子供と遊び、ヘトヘトになりそろそろ買い物に行こうと言われたが流石に疲れて待たせてもらった。
教会の夕方は実に神聖なものだ。
今でも思い出す、ステンドグラスから差し込む夕日は正に救いの手に見える。
時間の流れが異常に遅かった。
少し瞼が重い、ガラにもなくはしゃぎ過ぎたみたいだ。
とウトウトしている時、現れた。
「誰?」
「え?」
猫みたいな声で僕に問う、反動で答えて振り向く。
そこには黒い服を纏った女の子が居た。
セミロングの綺麗な黒い髪、猫みたいな目に小さな顔。
小柄で本を抱えて僕を見ていた。
「誰、君?」
突然の事に僕は驚き、咄嗟に返事をした。
「須川 仁です・・・。」
「じゃなくて」と笑いながら彼女は僕に言った。
「あぁ、ワケあって泊り込みでお手伝いに。」とやっと纏まった。
「そうなんだ、私カエデ。ここの地元なの。君はいくつ?」
積極的な彼女に対してちょっと押され気味な僕だった。
「え、あ僕はH市にいて13の中1」
「一つ上なんだ、よろしくね。」とうれしそうに言ってくれた。
「一つ下か、よろしくな。」僕もちょっと余裕を持って返事をした。
「その本、何?」余裕を持って僕は質問した。
「イエス様の判りやすい本なんだけど、わかんなくって。ここに着たの。」
「へえ、見せてよ。」と興味を持った。
この頃僕はゲームの影響である程度の神話の知識を持っていた。
くだらないが子供の頃の知識などそんなものだ。
その後僕はカエデと一緒にその本を読んだ。
カエデからはとても良い香りがして、なんだかドキドキしたのを覚えている。
「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。この意味が判らないの。」
「なんだろう、他は無いの?」と僕が意見を促すが
「ここだけなの、全部判らないのは」等と僕に聞いてきた。
そう、この時間とこの関係が続いていれば僕はよかったのかもしれない。
何故後々彼女を思って僕は僕を締め付けたのだろう。そしてまた彼女も。
暫くすると神父が買い物から戻ってきた。
「ただいま、とカエデちゃんこんばんは。」
「おかえりなさい、こんばんは先生。」
「ジン君、カエデちゃんと何を読んでたんだい?」とにこやかに問う。
「判りやすいイエス・キリストの本を一緒に。」正直に僕は答えた。
心の中ではもうちょっとカエデと一緒に本を読んでいたかったのは秘めた。
「そうですか、ありがとう。それじゃそろそろカエデちゃん家に帰らないといけないんじゃないのかい?」と神父はカエデに伝えた。
これを機にもう逢えないのかなと、ちょっと沈んだが。
「ジン君、また来るの?」と可愛い声で僕に言ってくれた。
「うん、来るよ。」僕はちょっと浮かれていた。
その後、兄貴が迎えに来て僕は家に帰ったとたん疲れが出てすぐ寝てしまった。
夢でステンドグラスから夕日が差し込んで黒い服を着たカエデと一緒に本を読んだ事を思い出していた。