第98話:観測者、掲示板のドンと遭遇、『Arche』の名を口にし戦慄する
◇ タヴの町 [13:40]
正確な理由は分からない。
だが、あのオフ会時に聞いた、怪しい政治家か何かの会話。
結びつけることは容易かった。
(現実世界に関わる、何かの事象シミュレータ……)
もしそれが悪いものなら、世界を救うのも悪くはない。
僕の答え合わせの冒険が、こんな大掛かりになるとは思ってもみなかったが。
「……行くぞ。まずはスケジュールを元に戻す」
僕はバグだらけのクエスト画面を視界の端へと追いやり、冒険者端末を操作して『枯れた樹の枝』を使用した。
転送の光が、僕たちを再び魔境の最前線へと引き戻す。
——【System】——
▶︎ アイテム消費:『枯れた樹の枝』 × 1
▶︎ クラン残り:[29個] / ミツルマン残り:[14個]
——————————
◇ 第6エリア 第11スフィア
「……で、イオリ。どうやってその『鈴』で中ボスの場所を見つけるんだ?」
荒涼とした第11スフィアの大地に降り立つなり、ドドンパがタクトを肩に担ぎながら聞いてくる。
「ほっほっほ!ワシは難しい理屈は分からんが、孫の魔王城への道が開けるなら、どんな化け物が出ようと打ち砕くまでだぞい!」
「うん!爺ちゃんと一緒にやっつける!」
ジィサンがゲートボールスティックを構え、ミツルマンが勇者の剣を掲げて気合を入れる。
「ハッハー!どこダロうガ、僕様ノ剣デ、全テ斬ってやロウ!!主神ニ死角はナイ!!」
カイザーも無駄にダサいポーズを決めながら豪語する。
「ああ、何があるかわからないが進むしかない」
僕はハニから借り受けた『お供えの護鈴』を手に取り、静かに鳴らす。
チリーン……♪
「……これで中ボスのポップ地点から流れるベクトルが発動したはずだ。スキルで可視化する」
僕は左手に鈴を持ったまま、右手で愛機を起動した。
「【星界の天球儀】、起動。【事象の強制収縮】発動!」
ガチンッ!!
天球儀が回転し、圧倒的な1999人の視線による観測の重圧によって、不可視のベクトルが物理的に観測可能な『光の帯』として可視化される。
だが、それと同時に。
「ぐっ……ッ!!」
——【System Warning】——
[デメリット(代償)]
『精神的処理落ち』が適用されます。
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本来見えないもの(魔力の流れ)を強制的にシステムに描画させる強烈な演算負荷が、脳髄を直接殴りつけ、僕は思わず膝を折りそうになる。
「イオリ君!?」
「イオリ君!!だいじょぶ!?」
フゥとシロロが慌てて駆け寄ってくる。
「……僕はいい、前を見ろ」
僕は痛みを堪えながら、空間に浮かび上がった光の道が伸びている方向を指差した。
「この先が中ボスの湧きポイントだ。スキルの効果時間は60秒しかない!進むぞ!」
僕たちが光の道へ向かって走り出し、30秒ほど経った頃……。
「ぽよ〜〜!!人間k!大変なのだ〜〜!!」
ぽよんが、全く空気を読まない能天気な声で叫んだ。
「なんだ……!敵か……!?」
僕が痛む頭を上げて睨みつけると。
「ロン君が、パッチリお目覚め(起きマカ)なのだ〜〜!!お腹ぺこぺこなのだ〜〜!!」
『ゲェップ♪』
ぽよんの腕の中で、さっきまで寝こけていたバグマカロン(ロン君)が、ブルブルと元気に身を震わせていた。
「……」
強烈な頭痛に耐えながら、僕はそのあまりにも間の抜けた報告に、深い、深いため息をついた。
そして60秒後。
空間を照らしていた光の帯がフッと消失する。
「消えちまったな。次のCT(再使用時間)は?」
ドドンパが周囲を警戒しながら尋ねてくる。
「10分だ。だが問題ない、先ほどまで光が指していた道はまっすぐだった。壁にぶつかるまでは直進しよう。もし壁にぶつかった場合は2組に分けて左右を調査し、見つけ次第VCで連絡すればいい」
「「「了解」」」
僕たちは警戒を解かず、一直線に荒野を進んだ。
そうして進むこと5分……。
「ぽよ〜?ロン君?どうしたのだ?」
プルンッ♪
ぽよんの腕の中で、ロン君が突如として体を左方向へと強く伸ばした。
「……左、なのか?」
僕が呟くと、ロン君は体を上下に揺らし、まるで「そうだ!!」と肯定しているかのような動きを見せた。
(『Arche』が器として選んだロン君……)
僕は不確実な運ゲーなど嫌いだ。
だが、今のこのナビゲートは100%の運ゲーというわけではない。
システムAIの干渉があるのなら、ここは賭ける価値がある。
僕が方針の変更を指示しようとしふと、周囲の異変に気がついた。
視界の先、荒野のあちこちに、僕たち以外のプレイヤーの姿がチラホラと見え始めていたのだ。
(第11スフィアへ到達しているプレイヤーが、こんなにいるのか……?)
僕の脳内で、新たな情報が不気味な符合を見せ始めていた。
「マスターイオリ……システムの誘導があるにも関わらず他のプレイヤー達も到着しているのは……
ってあれ、あの方はどこかでお見かけしたような……カイザー、あの人見てくださいまし」
「どれドレ!」
「他のプレイヤーがいるのは、昨日僕達が17時に終えたから、深夜にかけて進んだプレイヤー達なのかもしれないな」
僕は二人の顔見知りがいたんだろうと思い、そこには触れなかった。
「ハッハー!まち子!アレは『ジョウナン』ではナイだろウカ?!」
「ジョウナン?なんか聞いた気がするな……最近」
ドドンパがタクトを回しながら首を捻るが、そこで思い出す。
「ああ!jyounannjima98!『クリオライト・イーグル』とか、追加エネミーの情報を出していた奴!」
「ああ、『聖刻の円卓』が攻略組として最前にいた時、彼は情報欲しさに100万Gとか貴重なアイテムとかを毎度払って聞きにきてましたわ!」
「『温度差で逝けよ』がよくブチギレていタナ!」
「あー!怒ってるお姉さん!ハゲって言ってきた人!」
シロロも、クラン戦のエキシビションマッチで戦った相手マクスウェルの悪魔やシヴァをモチーフにした真核武器を操り、激闘の中でブチギレていた彼女のことを思い出して声を上げた。
「彼女は現実じゃ大人しいし物騒なセリフなど言わないのですけどね……ゲームに入るとなぜかキャラが……」
「そうですね、大人しい人です!ふふっ」
まち子とルナールが、クスクスと思い出し笑いしていた。
「おい、それはあの女のロールプレイでリアルの情報を話すのは……」
「ほっほ!ついここにいると、口が緩むのよのなぁ……ほっほっほ!」
苦言を呈しようとした僕の言葉を、ジィサンが温かい笑い声で遮り、フォローを入れた。
「失礼いたしました……そうですわね」
「うぅ、反省します……」
「ルナールちゃん!まち子さん、大丈夫っすよ!俺なんて毎日言われてるし、中学の頃から」
「だから、お前は!」
僕は余計なフォローを入れたドドンパを小突いた。
「いてっっ……ははは、ほらな?」
ドドンパがおどけて見せると、ルナールとまち子もつられて笑う。
僕はこういう立ち回りが苦手なのは自負している。
いや今はそれよりも。
「ドドンパ、あいつは掲示板のドンなんだろう?あいつだな、攻略法をいち早く掴んで流した可能性がある」
「なるほど、でも別に他のプレイヤーがいても問題ないだろ?」
「まぁ、先に中ボスを倒された場合は待ち時間が……。
いや、そうか……そういうことか。ダメだ、僕らは最短で着く必要があるのかもしれない」
僕は言葉の途中でハッとし、他のプレイヤーたちの影を交互に見つめた。
「そのために、わざわざAIはワシらを隠しクエストで誘導したんだのぅ、恐らく」
「ええ、僕らが先行して着かないと、フラグが折れるのかもしれません」
悠長にしている暇はない。
僕は天球儀を見つめ直し、ロン君が誘導した左を進行方向とし、仲間たちに駆け足の指示を出した。
ドドドドドッ!!
一直線に荒野を進む僕たちの背後から、ゾロゾロと多数の足音が聞こえてきた。
振り返ると、遠くに見えていたプレイヤーの集団が、明らかに僕たちをターゲットにして追いかけてきている。
「ねぇ、イオリ君。ついてきてない?私がカワイイからストーカー始めたのかな?」
シロロが的外れなことを言い出す。
「私の鉱石や隕石を取りに来てるのね……抜け目のない連中ね」
「ハッハー!僕様ノファンだかラナ!」
「私に踏まれたいのかと……愛故に……」
「孫が可愛くてついてきてしまったんだのぉ。困った困った! ほっほ!」
「私が音楽で黙らせてきましょうか?!」
フゥ、カイザー、まち子、ジィサン、ルナール。
シロロに続き、全員が「自分の魅力や目的に惹かれてついてきたのだ」と信じて疑わない様子を次々と口にする。
「てーい!!とーー!やー!!」
ピカアアアッ!
ミツルマンに至っては会話にすら参加せず、勇者の剣を音声認識で光り輝かせて遊んでいる。
「……」
「すげーなあ俺ら、全員的外れで草」
僕がその惨状に無言になっていると、ドドンパがタクトを回しながら呆れたようにツッコミを入れた。
僕は隣の相棒に視線を向ける。
「ドドンパ、お前はタクト持ちでコンダクターだ。アブソリュートな……な」
「なんかあだ名つきそうで怖いんだけど」
「交通誘導してきてくれ、後ろの奴ら……指揮だ指揮……」
「え?超特殊職業だよ?まだ俺らと『俺もお前も俺』含めて3人しかいないんだよ?扱い方交通誘導はやばない?」
ドドンパがもっともな抗議をしてくるが、僕は淡々と返す。
「僕たちが知らないだけで、他にもいるかもしれんぞ……」
「それはそうだけどよぉ……ってそんなんじゃねぇ!」
そんな時だった。
「あのおおおおお!!」
背後から、やけに必死な男の声が響いた。
僕は思わず頭を抱えた。
「ハッハー!そウダった!あイツ!足が速イ!」
「撒けた事一度もありませんわ。職業の効果で足が速いのかと」
カイザーとまち子が言い終わると同時に、ジョウナンと呼ばれるプレイヤーは、あっという間に僕の目の前まで到達していた。
「あのー、『k』、ですよね?」
ジョウナンが息を切らしながら問いかけてくる。
僕は思わずでかい溜息を吐いた。
「はぁ……なんの用だ……。僕たちは先を急ぐ」
僕が冷たくあしらおうとした直後、ジョウナンを追っていたクランメンバーか仲間達もゾロゾロと追いついてきてしまった。
なぜか全員が女性プレイヤーばかりである。
「すまないが、一人だけにしてくれ、せめて」
僕がそう要求すると、女性ばかりを引き連れている彼は、得意げに後ろを振り返って言った。
「ごめ、おまいら、少し席はずして」
「おまいら……掲示板すぎるだろ」
ドドンパの呆れ果てたツッコミが、荒野の乾いた風に虚しく響き渡った。
そして彼の口から出た言葉。
それに反発することもなく、ジョウナンの跡を追ってきた女性プレイヤーたちは「わかったわ、ジョウナンさん」「待ってるね」と、まるで彼に心酔しているかのように素直に後方へと下がっていった。
(……あまりにもあっけなく帰る。なぜだ?)
僕はその不自然なほど統率の取れた撤退に、微かな違和感を覚えた。
「あれ?女の子たち、いうこと聞きすぎじゃない?」
シロロも僕と同じ疑問を感じたようで、小首を傾げて問いかける。
「ああ……」
ジョウナンは少しだけ視線を逸らし、誤魔化すように後頭部を掻いた。
「ここはそうしなきゃって場面だけ、あるスキルを使ってまして……。まぁ、指揮みたいなものです。変な使い方はしてないので」
「ふーん?」
フゥがジト目で彼を怪しんでいる。
その通りだ。極めて怪しい。
(……特定の条件、あるいは性別に対して発動する精神干渉系のスキルか?
厄介なパッシブを持っているな)
僕は彼の挙動から裏にある演算ロジックを推測しつつ、これ以上の追及は非効率だと切り捨てた。
「それで……要件はなんだ?」
僕が冷たく本題を促すと、女性たちを完全に下がらせたジョウナンは、コホンと咳払いをして僕に真っ直ぐに向き直った。
その顔には、先ほどまでのネラー特有の軽薄さはなく、情報を扱う者としての真剣な色が浮かんでいた。
「単刀直入に聞くぜ、『k』」
彼は少しだけ声を潜め、確信に満ちた瞳で僕を見据えた。
「『Arche』って分かるだろ?」
「「「!?!?!?」」」
僕以外のメンバー全員が、素っ頓狂な声を上げて息を呑んだ。
僕も、微かに目を見開くのを抑えられなかった。
(……なっ!?)
システムAIモジュール『Arche』。
それは、運営の目を盗んで僕たちにコンタクトを取り、この隔離世界のスケジュールデータを流し込んできた『システムの裏側』の存在。
ロン君のバグを通じて直接干渉を受けた僕たちカオス・アトリエしか、絶対に知り得ないはずの名前だ。
なぜ、彼の口から、その真理が飛び出してくる……!?
事態は急変した。
ただの厄介なプレイヤーとの接触だと思っていた盤面が、世界の裏側を巻き込んだ未知の情報戦へと、一気に書き換えられていくのを感じたのだった。
第98話いかがだったでしょうか?
カオス・アトリエの「的外れな自意識過剰」の末に追いついてきたのは、掲示板のドン『jyounannjima98』こと『ジョウナン』!
(34話、45話の掲示板回と、86話で出ています!!)
女性プレイヤーたちを容易く下がらせる怪しいスキルを見せた後、彼から飛び出したのは、絶対に知るはずのない『Arche』の名前でした!
イオリとジョウナン、最高峰の「情報屋」同士の接触。
果たして彼は敵か、それとも……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/10【朝8:10】に投稿致します!
ジョウナンとの情報戦、そして彼の『知る由もない情報』の出所とは!?
少しでも「カオス・アトリエ全員ボケで草」「最後の引きヤバい!」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の最大の励みになります!




