第95話:観測者、カワイイモンスターの狂気を利用し、予定調和の作業を進める
◇ 第6エリア第2スフィア
「僕がこの第6エリアの精神界での戦い方を教えてやる。
……物質界より強力になる物理法則でな」
僕が不敵に嗤った直後、巨大な重装甲の中ボス【自我の残響(抑圧)】が雄叫びを上げた。
ズオォォォォォンッ!!
見上げるほどの巨体が、大地を力任せに踏みつける。
圧倒的な質量から生み出された衝撃波が、広範囲の地割れと凄まじい砂塵を伴って僕たちへと襲いかかってきた。
「ドドンパ、頼むぞ」
「おうよ!任せとけ!!」
ドドンパが前に出る。
彼の目元に装着された新防具『全天候型測距儀(LiDAR・ゴーグルk)』のバイザーが、サイバーチックな光を放った。
「【濃霧予兆】!!」
ドドンパがタクトを振るうと、迫り来る地割れと衝撃波の軌道上にキラキラとした霧が纏わりつき、ドドンパの視界にだけ攻撃判定が赤く可視化される。
LiDARの統計によって導き出された『絶対に攻撃が当たらない死角』。
だが、それが見えない味方はお構いなしにどんちゃん騒ぎで無軌道に動き回っている。
「へっ、お前らの動きなんて計算済みだぜ!
【狂宴の指揮者】!!」
ゴーグルのパッシブスキルが瞬時に再計算を行い、味方がどんなにデタラメな動きをしていても絶対に被弾しない『確定的なルート』を割り出す。
「周りの景色は無視しろ!俺の引いた風のラインだけを踏んで歩け!」
ドドンパの武器は【風導戦術タクト】。
その名を冠する通り、風の軌道を描き出す指揮棒だ。
彼は己の視界にだけ映る死角をなぞるようにタクトを振るい、味方の足元へ「ここを通れ」とばかりに安全な風のレールを描き出した。
味方全員がそのラインをなぞるように一歩ズレるだけで、凄まじい衝撃波と地割れが、まるで最初から当たるつもりがなかったかのように綺麗にすり抜けていく。
「おいイオリ!この『絶対回避ライン』の維持は60秒しか保たねぇぞ!次のCT(再使用)まで15分かかるんだ、この間に決めてくれよ!」
ドドンパがタクトを振り続けながら叫ぶ。
「十分だ」
僕は迫り来る巨体を見据え、冷徹に、しかし高らかに指示を飛ばした。
「いいか。ここは第6エリア『イェソド(精神界)』だ。単なる物理演算の数値よりも、それを引き起こす現象に対する『強烈なイメージ』が結果に直結する。……お前たちの純粋なイメージで、これから起こす事象を極大化させろ」
「シロロ、ぽよん、ミツルマン、カイザー!ドドンパの引いたラインを踏んで攻撃を『避けながら』、奴の足元に水を撒け!そこらを『プールにしてやれ』!」
「はーい!お水でビチャビチャにしてあげるー!!」
「ぽよ〜!水遊びなのだ〜!!」
「プールだー!とりゃあああ!」
「ハッハー!水撒きモ、主神ノ役目ダナ!!」
僕の一言で、四人が一斉にインベントリから大量の『ただの水』を取り出した。
荒れ狂う衝撃波の嵐の中、彼らはドドンパの風のレールに乗ってスルスルと攻撃を避けながら、ひたすらバシャバシャと水を撒き続けた。
カイザーがダサいポーズで謎のステップを踏みながら回避しつつ水をぶちまけ、さらにシロロが「ミミックちゃん、お水だよー!」と【宝石変換鞄】の口を開け、滝のような極太の放水を中ボスの足元へ一気に射出した。
水撒き作戦によって、カラカラに乾いていたカチカチの岩盤は、彼らの狂気的な水遊びによってあっという間に水浸しになっていった。
「おいイオリ!この『絶対回避ライン』が切れるまであと25秒だぞ!!」
タクトを振り続けていたドドンパが、焦燥の声を上げる。
「だいたい『プールにしてやれ』って言ったって、カチカチの岩盤の上にどでかい水溜りができてるだけだぞ!?ここからどうすんだよ!」
「それでいい」
僕は水浸しになった大地に手を突き、地脈の波形を感じ取りながら冷徹に答える。
「ただの水溜りじゃない。大量の水を撒き続けたことで、岩盤の表面に水が飽和し、局地的に『地下水位』が疑似上昇した状態になった。これで準備は完成だ」
「……残り10秒!ラインが消失するぞ!」
時間が惜しい。
僕は即座に次の指示をパーティに共有する。
「フゥ、ルナール、まち子!いいか、ジィサンのスキルが発動された瞬間……全員でこの水溜りを『底なし沼』に変える。…大地を『揺らせ』!」
「ええ、極上のマッサージを……」
「了解ですっ!!」
「愛の重さ、見せつけますわ!」
三人がそれぞれの武器を構え、迎撃の態勢を取る。
事後指示では遅い。
これから作り出すわずか数秒のラグに、全ての作業を完璧にねじ込むための事前予約だ。
「ライン消失まで……5!4!」
ドドンパのカウントダウンが響く。
中ボスが巨大な腕を振り上げ、次の広範囲スキルを発動しようと身構えるのが見えた。
「3!2!」
「ジィサン!お願いします!」
僕が鋭く声を張る。
「1!!」
「ほっほ!待っておったぞい!!」
ドドンパの『1』のカウントと完全に同時。
ジィサンが愛用のゲートボールスティックを構え、鋭い眼光と共にボール(爆裂宝石)を打ち抜いた。
「受けてみよ!【沈黙の通過門】!!」
カァァァァンッ!!
乾いた打撃音と共に放たれた一撃が、物理法則(質量差)を完全に無視して巨体のど真ん中に突き刺さる。
防御貫通。
そして、強制ノックバック。
「グガッ……!?」
見上げるほどの重装甲の巨体が、ズズズッと数メートル後ろへ弾き飛ばされた。
さらに、打撃部位の魔力回路が強制的に断絶され、中ボスの頭上に『2秒間のスキル使用不可』のデバフアイコンが点灯する。
スキルを封じられ、弾き飛ばされた巨体が再び体勢を立て直すまでの『2秒間+予備動作』の隙。
「……いけっ!!」
ジィサンの打撃音を完璧なトリガーとし、待機していた三人の『狂気の共振』が、一切の無駄なく一斉に炸裂した。
「ええ……。P波とS波を断続的に流し込むわ。水分を含んだ岩盤が液状化臨界点に達するまで、極上のマッサージをしてあげる」
フゥが【霧穿ち掘削器』を水浸しの地面に突き立てる。
超微細な振動モードが、大地のシリカ結合を解きほぐすように連続的な震えを伝播させていく。
「低音域の周波数、大地の波長と完全に共鳴させますっ!空間の震え、フォルテッシモでいきますよっ!!」
ルナールが『結晶竪琴・響岩k』の太い弦を激しく弾く。
【打撃音階】によって実体化した重低音のBGMが、物理的な音波となって大地を容赦なく叩きつけた。
「……いいぞ。水分を含んだ砂地が連続的な多重振動を受けることで、砂の粒子が浮遊し、液体のように振る舞う」
僕は地面に手をつき、【地殻共鳴手甲】の固有パッシブ《水媒音響》を起動した。
ぽよん達がばら撒いた大量の水を媒介とし、フゥとルナールが起こした振動の伝達率を最大化(増幅)させる。
「物理的条件は整った。……あとは、この第6エリア『イェソド(精神界)』のルールだ」
僕は眼鏡の奥で、システムに対する探究の光をギラつかせる。
「純粋なイメージが物理演算を凌駕するこの世界で……科学的に正しい『土壌液状化現象』というロジックに、『ここが底なし沼になる』という絶対的なイメージが乗った時、システムはそれをどこまで極大化させるか。……たっぷりと観測させてもらうぞ」
「さあ、仕上げは私ですわね!!」
僕の言葉に呼応するように、まち子が
【守護大楯・特異点の防壁】を構えたまま、ふわりと軽やかに跳躍した。
「私自身の質量は【MIN】!重力から解き放たれて、天高く舞い上がりますわ!」
赤い重装甲を纏った巨体(美女)が、物理法則を無視した高度へと跳ね上がる。
そして、上空で【MAX(無限大)】へ変わると猛スピードで地面へと落下していく。
「 私の愛の重さで、地の底へ沈みなさいっ!!」
ズドォォォォォォンッ!!!!!
まち子が隕石のように大地に激突した。
局地的な大地震が発生し、フゥのドリル、ルナールの重低音、まち子の極大質量ドロップ、そして僕の水媒音響が一つに重なり合う。
その瞬間、イェソドの『精神法則』によって極大化された
【土壌液状化 】が発動した。
カチカチの岩盤だった大地が、一瞬にして広大な『底なし沼』へと変貌する。
「グ、ゴォォォォォ……!?」
2秒の沈黙から復帰した重装甲の中ボスだったが、時すでに遅し。
泥の海と化した大地の上では、奴の圧倒的な質量(自重)そのものが完全に仇となっていた。
もがけばもがくほど、ズブズブと凄まじい勢いで地の底へと沈んでいく。
やがて、見上げるほどの巨体が完全に地下深くまで沈み切った瞬間。
「止めろ」
僕の指示で全員がピタリと振動を止める。
すると、液状化してドロドロだった大地から水分が抜け、再びカチカチの岩盤へと戻った。
重装甲の中ボスは、身動き一つとれない地下深くに完全に『生き埋め』となったのだ。
——【System】——
[対象の完全拘束、および圧倒的加圧を検知]
▶︎ HPゲージの算出処理をスキップし、圧死(即死)判定を実行します。
————————————-
システムが理不尽な死を宣告し、地下から光の粒子が吹き上がる。
だが、その光が収束した跡には、目当てのドロップアイテムは転がっていなかった。
「お?こいつは落とさないやつなのか」
ドドンパが何もない地面を見て首を傾げる。
「ああ。Archeから送られてきた『ドロップ乱数(50%)固定テーブル』のデータによれば、この時間帯にポップする個体はハズレだからな」
僕は手元の天球儀を操作し、残りのスケジュールと必要アイテム数を照らし合わせる。
「『空白のアルカナ』の確保数は、あと2個。対して、残るスフィア(部屋)は20もある。道中で自然に落ちそうになければ、最後の第21、第22スフィアで『確実にドロップする時間帯』に戦闘を調整して狩るだけのことだ」
ドロップすらも運(乱数)ではなく、ただの予定調和の作業に過ぎない。
僕は泥の海から元のカチカチの岩盤へと戻った大地を見下ろし、不敵に嗤った。
「地の利を持たない重戦車など、ただの鉄屑だ」
◇
荒野の奥、第1スフィアで見たのと同じ『枯れた樹』を発見する。
「やはり、中ボスの近くに次のスフィアへ行く石碑があるんだな」
僕たちは、樹の根元へ向かった。
幹の中で青白い光を放つ『狭間の石碑』の前には、先ほどと同様に『見えない壁(精神防壁)』が張られているはずだ。
僕は歩みを止め、試すようにシロロへ声をかけた。
「シロロ。……あの祠の奥の石碑、なんだか地味で可愛くないよな?」
「……本当だ!ボロボロだし、全然可愛くなーい!」
「ああ。お前の『デコ』で、もっと可愛くしてやらないか?」
僕が悪魔のように囁くと、シロロの瞳に狂信的な『カワイイ』への執着が灯った。
「絶対に、とびっきり可愛くしてあげるんだからーー!!待っててね石碑さーん!!」
シロロが元気よく駆け出す。
「石碑に近づく」という物理的な移動の意思ではなく、「あんな可愛くない石碑をデコデコにしてやる!」という純度100%の欲望だけが、精神界の見えない防壁を物理的に粉砕していく。
パリンッ……!
空間のテクスチャが割れる音が響き、シロロはあっさりと石碑に到達。
インベントリからキラキラのシールを取り出し、神聖な石碑にペタペタと貼り始めた。
「あ!シロロお姉ちゃんズルい!オレもいくー!とーーっ!」
ピカァッ!
パリンッ……!
シロロを追いかけ、ミツルマンが走り出す。
彼もまた、声に反応してエフェクトが弾け、防壁すら一切の疑念を持たないが故に何事もなかったかのように『スッ』と素通りし、シロロの元へとたどり着いた。
「ぽよ〜!ぽよんも行くのだ〜!」
シロロが壁を割ったことで、僕達も無事に石碑の前へと転がり込む。
カオス・アトリエは己の狂気で、ミツルマンは精神干渉無効で、ギミックなど何も意味を成さなかったのだ。
「なぁイオリ。俺らさ、『第6エリア君』から見てメタり過ぎじゃね?」
「……イメージとは、怖いものだな」
僕は純粋な狂気でシステムを破壊する仲間たちを見て、静かに呟いた。
「よし。……この調子で、第3スフィアへ進むぞ」
僕たちは、シロロによってファンシーなシールまみれにされた神聖な石碑を起動し、次なるスフィアへと転送の光に包まれた。
第95話いかがだったでしょうか?
ドドンパの新装備の運転お披露目がまだだったのでようやく出せました。
『Arche』が入り込めた事の解説と今回のハックの解説を後日、活動報告に載せます!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/8【夜20:10】に投稿致します!
少しでも「ドドンパかっこよ!」「シロロ相変わらずだなぁ」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の励みになります!




