第93話: 観測者、精神界の『イメージ法則』を看破し、王冠(ケテル)を見据える
◇ 第6エリア 第1スフィア
突如送られてきた、完全なエネミーのポップスケジュール。
これによって僕たちは、中ボスを難なく出待ち狩りし、『空白のアルカナ』を得た。
しかし、ここ第1スフィアには続々と仕様を理解し始めた他プレイヤーたちが流れ込み、次第にその数を増してきている。
「人が増えてきたな……連絡を取る。そろそろ第2、第3スフィアへと進んでいこう」
「あ!てかエキシビションマッチの時のやつー!」
「そうだったわね、もうずっと使えるのよねVC」
「すっかり忘れてたわ、どれどれ」
ドドンパがシステムウィンドウを操作し、VCを起動すると、[クラン/PT/個人]の3種類の方式から選べる様になっていた。
『あー聞こえるかー、アブソリュートなコンダクターでーす』
『ハッハー!主神ダゾ!』
僕もすかさずクランVCへと繋ぐ。
『ご苦労だった。
こちらは無事に目的のアルカナを1個確保したが、人が増えてきた。
移動するので合流してくれ』
『ん!あいわかった!』
ジィサンの『あいわかった』は何故だか安心感がある。
『それと、ぽよん。アルカナを拾って持ってきてくれ』
僕は中ボスがいた場所で遊んでいるぽよんに、VC越しで指示を伝えた。
やはりこの機能は便利だ。
『ぽよ〜!これ聞こえてるのだ?わかったのだ〜!』
『ぽよん様、見つけられますか?!私も行きます!!』
配下としての気遣いを見せるシロロが、ぽよんの元へと駆けていく。
(……少し馬鹿にしている気がするのは気のせいだろうか?)
そんな事を考えながら、僕はマップを展開した。
「気になってはいたが……『空白のアルカナ』をどこで使用するんだ……?」
「あら?あっちの方じゃないのかしら?」
フゥがマップでタヴの町とは真逆の壁(最奥)を指さすが、僕は首を横に振った。
「ああ。先程からあちらへ向かったプレイヤー達が引き返してくるのを僕は見た」
「お前そんなとこまで見てんのかよ」
「装備が明らかに整っている上に、顔も余裕そうに見えた。
……引き返すと言うことは、その先には何もなかったのだろう。他のポイントを探す」
「じゃあ、ドドンパ君の猫で探せないかしら?」
フゥの提案に、ドドンパはハッとした顔でインベントリを操作し始める。
「なるほど! その手があったか! ちょっと待ってーー」
ドドンパが『猫の恩返し』を装備しようとした時だった。
『ぽ、ぽよ〜〜〜!?』
『イオリ君!!これじゃない?!
ボスがいた後ろになんか樹があって下の方に穴ある!あとあの石碑ー!』
『でっかい、木なのだ〜!あ、ロン君起きたのだ〜?おはようなのだ〜!』
ぽよんの間の抜けた声とシロロからの報告が入った。
「石碑……僕たちも行こう」
「ええ」
「俺の猫アクセ不要かよ!」
ドドンパの不憫より重要な情報が入った。
(ずっと寝ていたロン君が起きたか……。お前は今、どっちだ?)
先ほど視界を埋め尽くした、『AI_Module [Arche] 介入開始。』の文字列。
僕の脳内は、様々な思考で埋め尽くされていた。
可能性を見出しては否定し、否定する根拠を探す。
そんな終わりのない負のループに。
僕達がシロロ達に追いつくと、そこには巨大な『枯れた樹』があった。
その幹にはぽっかりと洞窟のような空間が空いており、よく見ると青白いエフェクトが辺りを照らしている。
そして、その中心にはアレが鎮座していた。
以前、スライム居住区の奥で見た『狭間の石碑』だ。
「材質がイェソド(第6エリア)由来で前回は弾かれたが、どうやら今回は普通に使えそうだな」
「ぽよ〜!見つけたぽよん、偉いのだ?」
ぽよんがドヤ顔で胸を張り、彼女の腕の中でロン君もぷるんっ♪ と揺れて同意を求めてくる。
「……おやつはあげないぞ。先ほど、お前の意思とは別に【3時の失踪】が発動しただろう。あれは――」
「ぽよ?」
僕はそこまで言いかけて、口をつぐんだ。
小首をコトンと傾げるこの魔王(IQ3)に、システムや裏ログの話をしたところで1ミリも伝わらないだろうと思い直したのだ。
「……いや。今日は僕の指示があるまで、おやつは禁止だ」
「ぽ!? ぽよ?! ぽよんに死ねと言うのだ!?
魔王の矜持が許さないのだ〜!!」
理不尽な宣告に抗議するぽよんに合わせるように、ロン君が僕の肩までスライム状の手(?)を伸ばしてペチッと叩いてきた。
「な、何だ……?ロン君、僕の肩が湿ったのだが……」
ロン君に組み込まれた武器パーツ『水霊の雫石』は、空気中の魔力を水分へと変換し、常に体を潤す機能を持つ。
それ故、以前より水分保有度が上がったのか、今のロン君はひんやりと濡れて、よりスライムらしさが増していた。
ふと、その物理的なひんやりとした感触が、僕の脳内に先ほどの『中ボス戦』の違和感をフラッシュバックさせた。
(……いくら高高度からの落下が加わったとはいえ、さっきのボスのHPゲージの削れ方は異常だった)
僕の意識は、周囲のドタバタから切り離され、一瞬にして深い思考の海へと潜行していく。
(この第6エリアは『イェソド(精神界・基礎)』……本来なら、不変の物理法則や確定したスケジュールが支配する世界設定のはずだ。
なのに、なぜ『スライムが硬くなる』といったダイラタンシー現象のようなイレギュラーが、あそこまで極端な破壊力として通用する……?)
単にスキルとして設定されたダメージ倍率だけでは、あの異常な削れ方の説明がつかない。
(……いや、もしかすると……この世界の法則は、単なる『物理演算の数値』から『意思力の強度』へと比重が変わっているということか?)
ぽよんの頭の中には、「プォーンという間の抜けた音」と共に「ぷよぷよのスライムが絶対的なカチカチの鋼鉄になる」という、強烈で純粋なイメージがある。
彼女がバカ(IQ3)ゆえに、その思い込みには一切のノイズや疑いがない。
(そうか……ここでは、スキルの威力が『ステータス』だけでなく『事象に対するイメージの純度』で跳ね上がるという仮説が成り立つ……!)
その推論に至った瞬間、僕の奥底でハッカーとしての探究心が疼いた。
(……ククク、面白いな。この世界は)
僕がハッカーとしての笑みを深くした、その時だった。
「ぽよ〜!あそこにある石の板(石碑)、ぽよんが触ってくるのだ〜!」
「あ、ぽよん様!一人で行っちゃ危ないですよぉ!」
「大丈夫なのだ!ぽよんの足の速さを見せるのだ〜!ダーッシュなのだ!」
僕が思考の海に潜っている間に、さっきの警告(おやつ禁止)など完全に忘れたぽよんが、祠の奥に鎮座する『狭間の石碑』へ向かって元気よく走り出していた。
だが――。
「ぽよ? ……ぽよよ??」
タタタタタ……と短い足を一生懸命動かしているのに、ぽよんの体は石碑に一向に近づかない。
まるでルームランナーの上を走っているかのように、あるいは石碑そのものが後退しているかのように、二人の距離は「永遠に縮まらない」のだ。
「ぽよぉぉ!?な、なぜなのだ!?石碑が逃げるのだ〜〜!!」
「あれぇぇ!なんか行けない!」
後を追ったシロロも同じく、石碑の数メートル手前で見えない空間のループに囚われ、足踏みを繰り返している。
「……なるほど。空間の拡張か、あるいは認識のバグか」
「あらあら、二人とも変なところでランニングしているわね」
「うお! 俺もやりてぇー!」
「ドドンパ、お前は精神年齢低いな……」
ドドンパの愚行に呆れながら、僕は歩みを止め、その奇妙な現象を冷徹に観測する。
おそらく、あの石碑の周囲にはイェソド(精神界)特有の防壁が張られている。
『近づこうとする』という単なる物理的な移動の意思や、中途半端な好奇心程度では、システムが『到達のイメージが弱い』と判定し、空間を無限に引き伸ばす幻覚を見せているのだろう。
(……やはり僕の仮説通りだ。
ここでは物理的な速度(AGI)は意味を持たない。
必要なのは、システムすら上書きする『強烈で純粋な意思』だ)
「フゥ」
「……ええ、何かしら」
僕は横に立つ地質変態に声をかけた。
「あの祠の奥にある石碑……お前の目にはどう映る?」
「……え?」
フゥは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、遠くの石碑をジッと見つめた。
その瞳の奥に、危ない熱が灯り始める。
「……素晴らしいわ。あの表面の風化具合……何千万年もの地殻変動と精神の風化を耐え抜いた、至高の堆積岩に見えるわ。……あのざらつき、頬擦りしたい。抱きしめたいわ」
「なら、行け」
僕はニヤリと笑い、道を譲る。
「お前の『石への愛(狂気)』なら、あんなチャチな幻覚など上書きできる」
「……ふふっ。ええ、任せてちょうだい」
フゥがゆっくりと歩き出す。
彼女の頭の中には、「石碑に近づく」という目的すら無い。
「あの愛おしい石の表面を撫で回したい」という、一切のノイズがない純度100%の欲望だけが存在していた。
「ぽよ〜!フゥちゃん、そっちは進めないのだ〜!」
ぽよんが叫ぶが、フゥは止まらない。
一歩、また一歩。
システムが彼女に「空間が伸びる幻覚」を見せようとするが、フゥの『石に触れたい』という異常な執着(意思力)が、そのエラーを物理的に粉砕していく。
パリンッ……!
かすかに空間のテクスチャが割れる音がした。
フゥは何の抵抗も受けることなく、ループに囚われたぽよんとシロロの横をすり抜け、あっさりと『狭間の石碑』の前に到達してしまった。
「ああっ……なんて美しいひんやりとした感触……!」
フゥは石碑に抱きつき、うっとりと頬を擦り付けている。
「ぽよ!?な、なんでフゥちゃん行けたのだ!?」
「あっ!通れるようになった!」
「よっしゃー!行くぜぇー!」
三人が騒ぐ中、僕はぽよんに「拾ったアルカナをフゥに渡せ。そのアルカナを石碑に使用してみろ」と指示を出した。
「少しだけ待ってね。あと10秒だけ……すりすり」
(……証明完了(Q.E.D)だ。
やはりこの第6エリアは、狂っている奴ほど強い)
僕は、石碑に頬擦りする変態と、ルームランナー状態の魔王たちを見ながら、深い確信と共に嗤った。
(あとは、ミツルマンだが……あの防壁はPT判定か、クラン判定か)
「ハッハー!」
噂をすれば、後続の4人が追いついてきたようだ。
「ちと、遠かったのぅ」
「爺様、大丈夫ですの? 私が愛の重さで運んで差し上げますわ!」
まち子は的外れだ。
このお嬢様も、ちゃんと変な狂気を持っている。
(ブレないな。いや、自重でブレないのか?)
失礼な考えを捨て、僕はミツルマンに声をかけた。
「ミツルマン、勇者の力を試したい。あそこの石碑にーー」
パリンッ……!
「とーーい!ドド兄ちゃんやっほー!」
僕が指示を出し切る前に、ミツルマンは何故かあっさりと空間の防壁を通り抜け、フゥの所まで辿りついたしまったのだ。
僕は思わず口を開け、呆けてしまった。
(……アレか)
僕が作った【輝石の勇者剣・凱旋k】。
アレの持ち手には、シロロが光ファイバーで組み上げた【絶縁の勇気】というギミックが付与されている。
(精神系状態異常を完全無効化するんだったな……)
あの剣が外部からの精神干渉を完全に遮断(絶縁)し、ミツルマンの『進む』という意思をノイズなしで100%の純度で出力しているのだ。
改めて思うが、ミツルマンの装備はかなりとんでもないな。
「お?イオリ、PT入ってたら無効になるのか?」
「あ、ああ……勇者だからだ……」
(剣の光ファイバーの絶縁効果だなどと、こいつにイチから説明するのが面倒だった)
「ん?」
「ハッハー!イオリkヨ!アルカナヲ寄越セ!」
よく分かっていないドドンパをよそに、カイザーが堂々と手を差し出してきた。
「ああ、22個渡しておく……無くすなよ……いや、待て」
「アレ?」
僕は、主神にアルカナを渡そうとしてスッと手を引っ込めた。
「ジィサン。今日はそのPTのままスフィアを移動する時は、必ずミツルマンを先頭にして、彼にアルカナを渡してください。管理をお願いします」
「ほっほ!預かろう」
「ヌ?!僕様ハ無クサないノニ!!」
僕は抗議するカイザーを完全に無視して、先へ進んだ。
(……スケジュール的に、次はレアエネミー『希少念猫』からアルカナを狙うべきだな)
「よし、いくぞ。第2スフィアへ」
「「「「おー!」」」」
「僕様、主神なノニ信頼度0ダナ! ハッハー!
主神ガ第2スフィアへ移動開始ダ!!」
後ろから聞こえてくる、全く堪えていない能天気な主神の笑い声に、僕は思わず内心で悪態をついた。
(……お前は素で【絶縁の勇気】ならぬ【絶縁の厚顔】でも発動しているのか)
不毛なスキル開発を行いながらも僕は改めて決意を固めた。
「ここから一気に3つ集め全スフィアを速攻で抜ける。さっさと王冠を奪ってやらないとな。
待っていろ、あの方……『ケテル』とやら」
僕らの快進撃は、まだ始まったばかりだ。
第93話いかがだったでしょうか?
ちなみにですが作者はいつも不毛なスキル開発を執筆とは別にして楽しんでいます。
下書きに書きまくっていつか使おうかなって。笑
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
そして次回は5話から仕込んできた『無の真核』の伏線やロン君のスキル、ここ最近の隠しエリアのご都合が良すぎる接触の本当の設定を開示します!!
ロン君の裏で走っていたログの目的が7割くらい回収されます!
3/7【夜20:10】に投稿致します!
少しでも「早よ開示」「厚顔w」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の励みになります!




