第90話:観測者、ソロイストの演奏で住民の友好度をハックし、タヴの深淵を覗き込む
◇ 混沌工房内 (土)9:30
「といやーーーーーー!!」
ピカッッッ!!
僕がログインした瞬間、視界を真っ白に染め上げる強烈な閃光が網膜を焼いた。
(……敵襲か!?)
思わず身構えた僕の耳に飛び込んできたのは、戦闘の気配など微塵もない、あまりにも聞き慣れた喧騒だった。
「っしゃおらあああ!お前ら行くぞー!俺のタクトの進む方へー!」
「て〜い⭐︎」
「アア! シロロヨ……リボンは勘弁してクレ!!
『避ケタ未来』ヲ選択ダ!!」
シュンッ!!
「あら、ずるいわよそれ……ハゲなさい」
「オオ!モハヤ快感ニナッテキタカモシレヌ!
フゥ嬢ヨ、モットダ!」
「ぽよ〜〜!守衛!もっと高くあげるのだ〜〜!」
「はいぃぃ!ぽよん様ぁ!!」
そして極め付けは、
「はーい行くよ〜♪ ――【BGMジャック】!」
ルナールのエリア干渉技によって、僕のパッシブスキルが勝手に反応する。
——【Log】——
【干渉観測】
▶︎ ジャンル設定:K-POP(BPM:130)
▶︎ 干渉レベル:エリア・ハック(環境ルール書き換え)
▶︎ 対象エリア:[Chaos Atelier]
————————
『모두 같이!(モドゥ カチ!:みんな一緒に!)
最高にHighなステージにするよっ!!』
「가자〜〜!:カジャ〜〜!)
地の果てまでついていくぜ、ルナールちゃあああん!!」
ログインした途端、勇者の無駄な発光に襲われ、神にリボンをつけようとするカワイイ系モンスター(シロロ)と、フゥに罵られて快感を感じる主神。
ぽよんは神輿のように担ぎ上げられ、挙げ句の果てにはいきなりK-POPのステージが始まる始末。
それにドドンパ。
なぜお前は韓国語のコールに完璧な発音で合わせられるんだ。
てかお前はオーケストラの指揮者だろうが。
大型アプデ(Ver.2.0)当日は、想定を遥かに超えるカオスなログインから始まった。
喧騒の中、僕はふと時計を見やる。
「9:30ぴったりにログインしたというのに、僕以外がすでに全員揃っているとはな。意外だ」
視線を移すと、ぽよんの腕の中に抱えられたロン君が目に入った。
スカー……ピー……。
(朝から見事な『寝マカ』状態か……)
「ぽよん。ロン君はログイン時からずっとその状態か?」
「ぽよ〜!降臨して5分後には寝たのだ〜!ネムネムなのだ〜!」
「そうか……分かった」
「イオリー! 回復アイテム類の準備はみんな済ませたぞー!」
ドドンパの報告に頷き、僕は全体へ指示を出す。
「よし。Ver.2.0解放まであと数十分だ。第6エリアに入ったら、まずはPTの仕様を確認する。アルカナの消費がクラン単位である以上、もしかすると強制的に『クランPT』として扱われる可能性があるからな」
その言葉に、ソロプレイヤーであるミツルマンが不安そうにこちらを見上げた。
「ああ、心配するな。詳しい仕様は入ってから検証するが、通常のPTを組んでいればバフや回復の対象には入るはずだ。まずはフィールド探索から開始し、アルカナ集めも並行する。タイムポップのエネミーと希少猫は見つけ次第狩れ。よし、各自最終確認をして待機だ」
メンバーたちがインベントリの最終確認のため散らばっていく中、僕は再び眠り続けるロン君を見つめる。
(ロン君……新エリアに入れば、お前が寝マカを続ける理由が分かるのか?)
……。
そして、ついにその時がやってきた。
◇ 10:00
「よし、時間になったぞ! 転送先リストに追加されたな!」
ドドンパが声を上げる。
「ハーッハッハー! 第6エリアニ主神ガ移動ヲ開始スル!!」
カイザーが相変わらずのダサいポーズを決め、皆が一斉に転送ボタンを押した。
バシッ!!
その瞬間だった。
全員の目の前に、赤い警告ウィンドウが立ち上がる。
——【System Warning】——
【第6エリア転送前確認】
・一度進むと、特定の条件を満たすまで元エリア転送不可。
・ログイン時の場所は第6エリアに固定されます。
【帰還の条件】
・神樹の塔:最初の関門第10階層ボス『地の番人』討伐
・簡易転送門『狭間の転移結晶』の入手
【転送しますか?】
[YES / NO]
———————————————
「うわああ!?なんだよー!びっくりしたオレ!」
突然の警告音とポップアップに、ミツルマンが肩を跳ねさせる。
「おお、大丈夫かミツルマン……よしよし」
ジィサンがすかさず孫を抱き抱えて宥めた。
「マスターイオリ。この『狭間の転移結晶』って……
[白亜の彫刻家]の時のですわよね」
「ああ。あの『狭間の石碑』のプレイヤー携帯版ってところか」
「どうする? 先に第5エリアで残りのアルカナを集めてからにするか?」
ドドンパが判断を仰ぐ。
「……悩ましいところだが」
「ハッハー! 先ホド確認シニ行ッタガ、開放前デ昨晩ヨリ第5エリアハ人ガ増エテイタゾ!」
「だろうな。これから第5エリアのボス討伐ラインまで追いついてくる層も一気に増えるはずだ。残り14個、混雑したポイントで奪い合うより、先行して第6エリアのポイント捜索を優先し、町クエやポップポイントでリスキル(出待ち狩り)して貯める方が効率がいい。……行くぞ」
「分かったわ。早く精神界の地面も舐めてみたいわね……ふふっ」
フゥが自身の巨大な掘削機を撫でながら、うっとりとした顔で呟く。
相変わらずブレない変態だ。
「では、行くぞ」
僕は躊躇いなく[YES]を押した。
プツンッ!
視界が暗転する。
◇ 第6エリア 境界都市『タヴ』
タララッタララ、タララララ〜〜♪
軽快なリズムと共に鳴り響くBGMに迎えられ、僕たちはついに『第2の町 タヴ』ヘと降り立った。
「わぁ……! この町のBGM、BPM118の軽快なアイリッシュ・トラッドですね! 使われている楽器はフィドルとバウロン……それにこの付点八分音符の跳ねるようなリズム……ああっ、我慢できませんっ!」
ルナールが目を輝かせながら、背負っていた『結晶竪琴・響岩k』を素早く胸の前に構えた。
彼女の指先が弦を弾いた瞬間、いつもの清楚な顔つきがフッと消え去る。
ジャンッッ!!
『Hey!!なーに暗い顔して立ち止まってんのさ!
世界の限界の町だって言うなら、底抜けに陽気なステップ踏んでアゲてこうよっ!!』
(……また始まったな)
曲調に引っ張られ、ルナールの口調がアイリッシュパブで酒を煽る陽気な吟遊詩人へと豹変した。
彼女の奏でる竪琴の旋律が、町のシステムBGMと完全にリンク(共鳴)し、見事なセッションを生み出していく。
すると、僕たちの周囲を歩いていたタヴのNPCたちが、次々と足を止めてこちらへ注目し始めた。
「お、おい!着いて早々路上ライブかよ!?相変わらずすげぇ度胸だなルナールちゃん!」
「ぽよ〜!お祭りなのだ〜!踊るのだ〜!」
ドドンパが慌てつつもどこか楽しそうに手拍子を打ち始め、ぽよんとシロロもルナールの演奏に合わせて、石畳の上でクルクルと回り始めた。
『そーれ!もっともっと!手を鳴らしなっ!』
ルナールが煽ると、隔離された環境で少し荒んだ顔をしていたはずのNPCの町人や衛兵たちまでもが、「おっ?」「なんだなんだ?」と顔を見合わせる。
やがて彼らも、彼女の音楽の引力に引っ張られるように、陽気な手拍子と足踏みを始めたのだ。
タン、タタンッ!
「ひゃっほう! いい音色だねぇ姉ちゃん!」
「あ! こないだ金的してた子じゃん!」
プレイヤーからの余計な野次(過去の悪名)も飛んでくるが、気づけば転送ゲート前の広場はルナールの演奏を中心に、NPCもプレイヤーも巻き込んだちょっとしたダンスホールと化していた。
「……おい、到着して10秒でヘイト(注目)を集めるな」
僕は呆れてため息をついたが、同時に観測眼で周囲のNPCのステータスログを確認する。
(……いや、これは敵対じゃない。
ルナールの『BGMジャック』の影響か、周囲のNPCの僕たちに対する【友好度パラメータ】が、強制的に引き上げられているな)
「ほっほっほ! 音楽は国境を越えると言うが、NPCのプログラムすらも越えるとはのぅ!」
「ふふっ、石造りの建物に反響して、良い音響空間になっているわね」
ジィサンがゲートボールスティックを杖代わりにしながら愉快そうに笑い、フゥも満足げに頷いている。
全く、どいつもこいつも環境適応能力が高すぎる。
後戻り不可の隔離都市に放り込まれたというのに、僕たちのクランには「絶望」や「緊張感」という概念が1バイトも存在しないらしい。
ルナールの演奏が広場を巻き込んでいく中、そこで一人のNPCが声をかけてきた。
「あの、すいません……!」
「ん?」
(NPCから能動的に話しかけてくるだと?
それにこの長い耳に端正な顔立ち……エルフ種のNPCか)
「あなたたちのその活気と、素晴らしい音楽……!
見ていて、ハッとしました。どうか、どうかうちの店を助けていただけませんか!」
エルフの青年は、藁にもすがるような切実な瞳でルナールやシロロたちを見つめている。
「店を助ける?お兄さん、商人なのか?」
ドドンパが問いかけると、青年は深く頷いた。
「はい……。私はそこの路地にある雑貨店『境界堂』の息子なのですが……。この町が隔離されてから物資が枯渇し、お客さんはみんな殺気立っていて……。おまけにウチの父は偏屈で、すぐに客と喧嘩をしてしまうんです。私には経営の才能がなく、もう店が潰れる寸前で……」
青年が深く頭を下げた瞬間、僕たちの目の前に紫色のシステムウィンドウがポップアップした。
——【System】——
【ユニーククエスト:偏屈店主の店番】
[依頼主]:境界堂の息子
[内容]:殺気立つタヴの町で、活気を失った雑貨店の店番を行い、売上を回復させる。
[受注条件]:女性プレイヤー限定(※華やかな活気が必要です)
[報酬]:謎の板切れ(キーアイテム) / 50,000G
————————
「……ユニーククエスト。しかも女性限定か」
僕は顎に手を当てて思考を巡らせる。
注目すべきは報酬の欄にある『謎の板切れ』。
そしてご丁寧に添えられた(キーアイテム)の表記だ。
(隔離された町で、わざわざユニーク扱いで渡される謎の板切れ。
……十中八九、次のスフィアへ進むために必要な『空白のアルカナ』か、それに準ずるアイテムだろう。
ここで手に入るなら、時間効率が格段に跳ね上がる)
「シロロ、フゥ、ルナール、まち子。それにぽよん。お前たちでこのクエストを受注しろ」
「えっ!店番!?やるやるー!お店可愛くしちゃっていいの!?」
「は、はいっ! もう潰れかけなので、あなたたちのその素敵なセンスで好きにやってください!」
「ぽよ〜! おやつ屋さんにするのだ〜!」
「粗相の悪い客は私の愛の重さでねじ伏せますわ!」
「ふふっ、BGMは私にお任せくださいっ!」
「……不良在庫の中に、珍しい石が眠っているかもしれないわね」
やる気満々の彼女たちを見て、僕は静かに告げた。
「受注の条件を満たしているのはお前たちだけだ。僕はその『謎の板切れ』が欲しい。適当に……いや、存分にお前たちの狂気で店を回してこい」
「おいイオリ、俺たちはどうすんだよ?」
僕は【断崖写本杖】を握る力を強めながら、町の外を覆う暗雲の方角を見据えた。
「僕とドドンパ、ジィサン、カイザー、そしてミツルマンの野郎どもは、一旦フィールドの状況を観測しに行く。エネミーの強さ、ポップ位置、そして他クランの動向……。
それを把握してからじゃないと、盤面が組めないからな」
「ほっほ、男手は外で力仕事(情報収集)というわけだのぉ。ミツルマン、行くぞぃ」
「おー! 分かったー!」
「そういうことだ。……女子陣、後で合流する。店番、頼んだぞ」
こうして、タヴの町に到着して早々、僕たちは「フィールド調査」と「カオスな店番」の二組に分かれて行動を開始することになった。
だが。
「好きにやってください」とカオス・アトリエの劇薬たちに全権を委ねてしまったエルフの青年の未来を少しだけ憐れみつつ、僕たちが境界都市の重厚な門へ向かった時のことだった。
ギィィィィ……ッ!
僕たちが外に出るよりも早く、フィールド側から重厚な門が乱暴に押し開かれた。
「おい、なんだあれ……」
ドドンパが怪訝な声を上げる。
そこから雪崩れ込んできたのは、僕たちより先に第6エリアへ足を踏み入れていたはずの、歴戦のプレイヤーたちだった。
全員が一様に息を切らし、HPバーを危険域(赤色)まで減らし、防具をボロボロにしている。
「ハァッ…ハァッ…クソッ、なんだよあのフィールド……!」
「出現間隔が狂ってねぇか!? 倒したそばから湧いてきやがったぞ!」
「あり得ねぇだろ……なんで開始地点のすぐ外に、中ボス級のエネミーがうようよ歩いてるんだよ!
10歩も進めずに前衛が溶けたぞ……!」
彼らの悲痛な叫びと愚痴が、門の前に響き渡る。
他のプレイヤーと過度に干渉するつもりはないが、すれ違いざまに耳に入ったその情報に、外へ出ようとしていた僕の足はピタリと止まった。
(……ポップ間隔の異常?
それに、中ボス級の配置バグか)
僕は眉間を揉み込みながら、これから向かうべきフィールドの『理不尽な異常事態』を脳内でシミュレートする。
(通常、エネミーの出現スケジュールは不可視化されているが、ある程度の法則性はある。
だが、彼らの言う通りそれが完全にデタラメ(ランダム)の無法地帯だとしたら……。
これじゃあ、どんなに僕の【天球儀】やドドンパの【LiDAR】で空間を把握しても、安全な盤面を組むことすら不可能じゃないか……!)
僕の頭の中に描いていた「堅実なフィールド調査」という前提が、開始早々、根底から叩き割られていた。
第90話いかがだったでしょうか?
次回、シロロ視点で彼女のカワイイ世界をご覧ください。
とんでも商法でぶった斬ります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/6【朝8時10分】に投稿致します!
少しでも「いよいよ第6エリアだ!」「絶対女子組カオスる」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の最大の励みになります!




