第89話:観測者、諸刃の指揮官を迎え入れ、新エリア解放の夜明けを迎える
◇ 混沌工房内
ドドンパの完成した装備は、ヘッドギア型のゴーグルだった。
まぁ、レーザー測距(LiDAR)という性質上それは想定の範囲内だが……。
(やはり混入してしまったか。
あの『どんちゃん騒ぎ』の音声データが)
システムログに刻まれたカオスな文字列に僕が一人で頭を抱えていると、当の本人が満面の笑みで振り返った。
「おいイオリ!見ろよ!!どうだ?ほれ!」
「ハッハー!ドドンパヨ!僕様ノ次にカッコイイゾ!」
「わーーっ、最高です!!」
カイザーとルナールも手放しで絶賛している。
無駄にサイバー感のあるバイザーが光り、確かに見た目は悪くない。
「……ああ。いいのが出来たな。それに、自分の職業も見てみろ」
「え?」
きょとんとした顔をする相棒に、僕は呆れそうになる。
(こいつ、自分の職業の変化にすら気づいていないのか)
ドドンパが慌てて自身のステータスウィンドウを開く。
数秒後、彼の目がこれ以上ないほど見開かれた。
「おおおう?!?おい! 超特殊だって!超って書いてあるぞ!!」
「ああ。だが職業スキルはパーソナル(個人)領域だから、僕の『観測』でも詳細は見えない。どんな能力がある?」
僕が尋ねると、ドドンパは興奮冷めやらぬ様子でスキルの詳細を読み上げ始めた。
「待ってくれ、えーっと……おいおい、なんかスゲーぞ。俺がタクトを振ると、数ミリ秒間だけ、味方全員の次の動きを『複数のルートのまま保留』にできるらしい。敵からしたら、俺たちがどこに動くか直前まで一切読めなくなるってことだ!」
(動きの選択肢をギリギリまで保留し続ける……?
それは、対象の行動を強制的に一つに確定させるカイザーの能力の『天敵』みたいなスキルだな……)
僕は顎に手を当てながら、その理不尽な回避能力の理屈を脳内で補完する。
すると、ドドンパが少しだけ表情を引き締めた。
「それと、もう一つヤバいのがあった。精神攻撃への耐性だ。恐怖とか混乱とか、頭の中を弄ってくるデバフを、俺のタクトの『リズム(基準音)』で強制的に上書きして無効化するらしい」
「なるほど。音楽用語の『調律』みたいなものか。だが、そんな強力な全体防壁、タダで撃てるはずがないぞ」
「ああ。お前の言う通りだな……」
ドドンパはゴーグルのバイザーをコンコンと指で叩き、苦笑いした。
「さっきイオリが食らった『代償』みたいに、これは諸刃の剣だ。
……一回でもこの防壁を使うと、その日のこのゴーグルの機能が完全に飛ぶ(ショートする)。
一日一回限りの、文字通りの最終防衛ラインだな」
「……お前にスキル使用の判断は任せる。だが、極力温存する方針でいけ」
「ああ、分かった」
僕が念を押すと、ドドンパは真剣な顔で頷き、そしてクルリと皆の方へ向き直った。
「みんな、本当にありがとう!!『空白のアルカナ』集めをしないといけないってのに、俺の一言でみんなが動いてくれた……。感謝してもしきれねぇよ!」
「ふふっ、いいのよ。気にしないで」
「うんうんっ! カッコいいの出来てよかったね!」
フゥとシロロも嬉しそうに微笑む中、温かい空気が工房を包む。
……だが、こいつがただの美談で終わらせるはずがなかった。
「――ってことで、その恩をちゃんと頭に入れた上で、これからはお前らを思いっきりこき使うぜ!!」
「……なんか嫌ね」
「……癪かも」
フゥとシロロの笑顔が、スッと真顔に変わった。
「ええっ!?指揮者だよ?俺、アブソリュートなコンダクターだよ!?」
「ハッハー!僕様ノ天敵スキルじゃナいカ!!断ル!!」
(こいつ、戦闘面ではちゃんと分析しているんだな……気がついているじゃないか……)
「私の愛の重さを存分に味わってから指揮してくださいまし」
「うっ……俺の不憫属性は、この中じゃ通用しないかもしれん……。イオリぃぃ……」
助けを求めるように僕を見る相棒に、僕は一言だけ返す。
「どんまい」
「めんどくさくなったらすぐそれだな!?」
バンッ!!!!
ドドンパがツッコミを入れたその時、工房の扉が勢いよく蹴り開けられた。
「ぽよ〜〜!配下共〜!ここが魔王城なのだ〜!
初お披露目なのだ〜!」
宙にフワフワと浮く公式の配信ツール『追従型カメラ・ドローン』を引き連れ、虚空のコメントウィンドウに向かって元気に手を振るぽよんが乱入してきた。
(……配信中に来たのかお前は。
僕は顔出しの出演承諾書など書いていないのだが……)
僕の内心の愚痴など、当然このスライムの耳には届かない。
「「ぽよん様ぁぁぁ♡」」
「ぽよ〜!あれれ、みんないたのだ〜!おやつちょうだいなのだ〜!」
すかさず、
配下1(ジャイアンことシロロ)と配下2(破壊の女神ことまち子)が、ぽよんの元へ駆け寄る。
シロロが可愛らしい『シュークリーム』を差し出す横で、まち子は『磯部焼き煎餅』を恭しく献上していた。
(まち子のおやつチョイス、毎度渋すぎるだろ……)
そんなツッコミを心の中で入れつつぽよんの頭上を見ると、相棒のロン君はすっかり丸まって寝ているようだった。
(やはり……最近、あの寝マカ状態が極端に多いな……。
ロン君を作戦へ組み込めない場合を考慮して、A、B案の2通りだけでなく、E案くらいまで立てておく必要があるか……)
「ぽよ?『主神と赤鎧いるやん?イオリkがチーター買収した?』…… 違うのだ〜!ぽよんのお友っっ――配下にしたのだ〜!」
ぽよんがリスナーのコメントを読み上げ、あっさりと機密情報(カイザーとまち子のクラン加入)をバラし始めた。
ぽよんが無邪気に配信コメントへ対応する中、ドドンパが僕の耳元に顔を寄せる。
「おいイオリ。ぽよんちゃん、良くも悪くも情報リークしすぎじゃね?」
「……想定通りだ。多分……大丈夫だ……」
僕はズキズキと痛み出した頭を抱えながら答える。
「完全に諦めてるじゃねぇか。……おい、俺がお前の未来に向けて、タクトとゴーグル使ってやろうか?」
「能力の無駄遣いだ、やめろ……」
「はっ、スキル使ってないのに、お前すでに処理落ち(ブレイン・ラグ)しそうだぞ」
ニヤニヤと笑う相棒の言葉に、僕は深く、深いため息をついた。
「ぽよん、今日の配信は何時までだ?」
「ぽよ!魔王城を紹介したら終わりなのだ〜!」
「おいおい、もう0時すぎてるぜ?サービス精神すげぇな!」
ドドンパが呆れる横で、僕は一つ妥協案を出す。
「……そうか。なら、このホール以外(個人部屋エリアなど)の撮影なら許可する」
「ぽよ〜〜!分かったのだ〜〜!」
ぽよんはプルンプルンと軽快なリズムを弾ませて、2階にある個人部屋エリアへ向かっていく。
「ぽよん様〜!待って〜〜!」
「お供しますわ〜〜!」
すかさず、シロロとまち子がその後を嬉々として追いかけていった。
「ブレない忠誠心ですね!
まるでテンポを崩さない Stead.《ステディ》(一定の)拍子ですっ!」
「……お前もな」
(僕のツッコミも大概ブレないな……)と内心で自嘲しながら、僕は残ったメンバーへ向き直り、話を本題へと進める。
「いいか。ドドンパの装備も無事完成し、全体の戦力は強化されたが……明日からは『空白のアルカナ(大)』集めにリソースを振り分ける。現在集まった数は11個だ。11匹で1つという計算は、初ドロップ時のかなり上振れた結果に過ぎなかった」
「わー……って事は、あと55個も必要なんですね。平日はあまりログインできませんし……」
「もちろん、リアルは優先してもらって構わないが、ゲーム内では最優先事項とする。それと、ドロップがあった際はログアウト時にクランチャットのメモへ、直前の個数と合わせた『累計数』を明記して投下してくれ」
僕が指示を出すと、ドドンパが思い出したようにカイザーへ顔を向けた。
「そういやカイザー、チャットするなら名前変えとけよな。……名前、長すぎる。おもろいけどさ」
「先程、待機時間デまち子に教えテもらったゾ!
僕様の名前は『主神』!ヲ選択!!」
「自己主張激しいわね。ハゲないかしら」
フゥがジト目で辛辣な言葉を投げる。
「ハゲてもいいが、カイザー、メモ書きの機能はわかるか?」
「カオス・アトリエの面々ハ精神攻撃ガ強スギル……!
ドドンパヨ! 先程の防壁スキルヲ僕様に使エ!」
「うるさいぞ」
「ハッハー! ヒドイナ!」
◇
こうして、僕たちの過酷なアルカナ集め期間が始まった。
平日は仕事終わりに激混みの狩場をログインメンバーで手分けして回り、休日には狩場の人数が減った深夜・早朝の隙を突き、カイザーが湧きポイントに張り付いて入れ替わりで独占するという悪質な占領まで行った。
それから…約1ヶ月半の月日が経った。
解放前日までに集まった総数は、わずか『30個』。
確保しておきたかった目標個数を大幅に下回ってしまった訳だが……解放前夜、公式の直前配信で驚きの発表があった。
Ver.2.0への大型アップデート。
その主な告知内容は以下の通りだ。
——【要約】——
・本格的なVC機能の追加。
・『小径』の正式名称が『スフィア』となり、各スフィアへのワープ時に『空白のアルカナ』を消費する仕様に変更。
・アルカナの消費数はクラン単位で1つ、未所属も1つ。
・第6エリア内で時間ポップするエネミーのアルカナドロップ率は50%、レアエネミーからは確定ドロップ。
・第2の町『タヴの町』にはエウレカと同等の設備があり、NPCの依頼でもアルカナが入手可能。
・第6エリアへ入場すると、プレイヤーのレベルが『55』に自動引き上げ(シンク)される。
・レベル差によるダメージ補正(計算)の激化。
・一部のアイテムが使用不可になる。
・このVer.2.0から、『World of Arche』のメインストーリーが本格稼働する。
————————-
現在、僕たちの平均レベルは47。
それが第6エリアに入った瞬間に『55』まで引き上げられるそうだ。
レベル上げの手間が省けたことで、かなり大幅な時間の節約が見込めた。
(たまには運営も、気の利いた仕事をするな……)
珍しくシステムを評価しながら、僕たちはアップデート前夜のお祭り騒ぎの中、クランホームで明日に向けた最終会議を進めていた。
◇ Ver.2.0解放前夜 (金) 21:00
クランホームの会議スペース。
「ひとまず、今日までの『空白のアルカナ』集め、ご苦労だった。今日はミツルマンを除いて全員集まっているようだな」
「ほっほ、みんなすまぬなぁ……。ワシはリアル都合であまり参加できんで……」
申し訳なさそうに肩を落とすジィサンを、ぽよんが明るく励ます。
「ぽよ〜! お爺ちゃん大丈夫なのだ〜! 最悪、人間kがなんとかするのだ〜!」
「「のだ〜!」」
配下であるシロロとまち子が、息ぴったりで綺麗な合いの手を入れる。
相変わらずカオスな空間だが、僕はツッコミを飲み込んで話を進めた。
「第5エリアのスフィアは全部で『22部屋』だ。そして判明した仕様だが、アルカナの消費数は『クラン単位で1つ』、未所属のソロプレイヤーも同じく『1つ』消費する」
「ぽよ〜! ふむふむなのだ……」
「つまり、クランに含まれないミツルマンの分も毎回必要になるため、目標の22部屋を踏破するには、クラン用とミツルマン用を合わせて『44個』消費する。つまりあと『14個』のアルカナが必要になる計算だ。」
「おおぅ……またしてもワシらのせいで負担を……すまぬな……」
ジィサンがさらに恐縮して頭を下げる。
だが、僕は首を横に振った。
「ジィサン。僕は貴方を勧誘する際に言いましたよね。僕ら【Chaos Atelier】は『共犯者』になると」
「イオリk君……」
「『勇者』として魔王城へ突入するのは、彼のロールとしての絶対的な目標なはずです。つまり、魔王城への通過点である第6エリアも必ず突破しなければならない。ミツルマンも一緒にクリアするための労力は、僕達も一緒に担う。……当然のことだ」
「おう!ジィサン、これまでの借りはここで返すぜ!」
「ええ、ミツルマン君には絶対一緒に行ってもらわなきゃね!」
「ハッハー!少年勇者ノ道ハ、僕様ガ切リ開イテヤロウ!!」
ドドンパを筆頭に、他のメンバーも口を揃えてミツルマンを連れて行くと宣言する。
それを見たジィサンは「ぬおおおぉぉ…………みんな優しいのぉ……」と大袈裟に泣いて喜んだ。
全くブレない人だな、と僕は小さく息を吐く。
「ぽよ〜〜!ロン君、最近ずっと寝てるのだ〜!新エリア一緒に冒険したいのだ〜
……あれ? 魔王城はここじゃないのだ〜〜!?」
急に話が明後日の方向へ飛んだ。
こいつも大概だが、言っている内容自体は僕にとっても重大な懸念事項だった。
(ロン君……お前はなぜそこまで極端に寝る必要がある?
何か起きているとしか思えない)
実は数時間前、僕は密かにロン君に対して【深淵詳細観測】を試みていた。
——【System Warning】——
[深淵詳細観測]
▶︎ Target: Weapon_ID [Void_Macaron]
▶︎ 状態: 睡眠モード
[Error:アクセス拒否]
対象は現在、深層アクセスをブロックしています。
一定の表層ステータス以外は観測できません。
———————————————
観測者の目をもってしても、寝マカ状態のこいつの中身はブラックボックス化して覗くことができなかった。
それだけでも、ただの仕様ではないと確信できる。
(……だが、見れないものは仕方がない。
今は明日の方針を決めるのが先だ)
「とにかく、明日はVer.2.0解放と同時に第6エリアへ突入する。
ログイン時間は問題ないな? 朝の9:30集合だ」
「「「「「了解!!」」」」」
待ちに待った第6エリアの解放を前に、僕らは胸を躍らせながら、それぞれの現実へとログアウトしていった。
————-
だが、僕たちが談笑し、明日の作戦を立てていたその時間にも。
ぽよんの腕の中で眠るロン君の裏では、不穏なシステムが静かに、だが確実に進行していた。
そして彼女がログアウトして光の粒子となった瞬間、そのプロセスはピタリと一時停止する。
——【Root_System】——
▶︎ Target: Weapon_ID [Void_Macaron]
▶︎ Constructing the Vessel for Intervention... 78%... 79%... 80%...
[Process Paused: Nearing completion...]
Waiting for Owner Login...
Required ID: [Maou_Poyon]
Standby for Singularity [Iori_k] Connection.
第89話いかがだったでしょうか?
「僕らは共犯者になるって言いましたよね」と、ミツルマンの分の鍵も負担して連れて行こうとするイオリの不器用な優しさが光る回でした。(33話ジィサン勧誘回)
過酷なアルカナ集めを経て、次回よりいよいよVer.2.0、第6エリアです!
そしてロン君の内部の侵攻が80%に到達……。
100%まで後少しです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/5【夜20:10】に投稿致します!
少しでも「カイザーハゲろ!」「いよいよ新章だ!」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の最大の励みになります!




