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第82話:観測者、長老の秘密保持(シークレット)に阻まれ、現実での隕石フラグを危惧する

 

◇ 霧隠泉(きりがくれのいずみ)


 転送の光が収束すると、ひんやりとした湿気を帯びた空気が僕たちの頬を撫でた。


 視界を覆っていた乾いた茶色は消え去り、そこらかしこから「プルプル」という心地よい音が聞こえ、澄んだ水が湧き出る音が響き渡っている。


 霧隠泉に、かつての幻想的な景色が完全に戻ってきたのだ。


「ぽよ〜〜!  スライム爺さんんんん!!!」


 ぽよんが、元の巨大なサイズに戻ったスライム長老の元へ弾かれたように駆け寄る。


『おお、姫よ。

 よくぞ戻った……そして礼を言うぞ……』


「どうやら、無事に元に戻ったようだな」


 周囲の潤いを取り戻したスライム達を見渡しながら、僕は眼鏡を押し上げた。


『ヒュルル……ああ、偏屈者よ……泉に水を取り戻してくれたこと、心より感謝する』


「よかったですわ!ぽよん様……本当に良かったです……ううう」


 まち子が目元をハンカチで押さえながら、ぽよんの後ろ姿を見て泣き崩れている。


(……お母さんか)


「うわあああああん、良かったよおお。ぽよん様の喜ぶ姿を見ただけで私ぃぃぃ……ッ」


 隣ではシロロも大号泣している。


(……こっちもお母さんか)


『姫よ、良き仲間を持ったな』


「そうなのだ〜〜!いいお友達っーー配下を持ったのだ〜!」


『ヒュルル……姫よ、お主のロン君が待ってるのではないか??』


「ぽよ〜〜!  そうだったのだ!! 

ぽよんね〜〜ロン君がまた隣でプルプルしてくれたら嬉しいのだ〜〜!」


 「「うううう、ぽよん様ぁぁぁ」」


 シロロとまち子がさらに泣き声を大きくする。


 涙ながらに大事な友達(バグ兵装)との思い出を浮かべて語る少女と、それを見て泣き崩れる周囲の者たち。


 まるでドラマか小説の感動的なワンシーンみたいだな。

僕は一歩引いた位置から、その光景を冷ややかに観測していた。


 僕は長老に歩み寄り、単刀直入に切り出した。


「長老、白亜の彫刻家が消滅の間際に言っていた。

『あの方』という存在が何かわからないか?」


 その言葉を聞いた瞬間、長老の巨大なゼリー状の体がピクリと震えた。


『やはり……あの彫刻家は、遣いの者なのか……』


「知っているのか!?」


 僕が身を乗り出した、その時だった。


『我らーーガガガガガ……■■ッ…………』


 突然、長老の頭上に脈動するような巨大な真紅の

「×(STOP)」アイコンが明滅し、空間そのものがけたたましい警告音を鳴らした。


 ——【System Log】——

【Critical Alert ―― 未解禁領域へのデータリンクを検知】

[Error:ユニークNPC『スライム長老』の音声データが破損しました……■■……解析不能]

[System:対象の「秘密保持(シークレット)」フラグを強制再起動(リブート)します]

 ———————————


「何?  システムから直接ブロックされたと言うことか……?」


 長老の体が激しいノイズに包まれ、言葉がデジタルな砂嵐に掻き消されていく。


「ぽよ〜〜〜!?!?  爺さん?!  大丈夫なのだ〜〜!?」


「もうイオリ君!!  爺さんに何したの!!!」


「いや、僕は何もしていない……ッ」


 ぽよんとシロロが慌てて駆け寄る中、数秒の不気味な静寂が下りた。


 やがて赤いアイコンがフッと消えると、長老は忌々しそうに天を仰ぎ、ゆっくりと僕に向き直った。


『……ヒュルル……すまない、偏屈者よ。

 我はこれ以上の発言権限を今は持たぬようだ。

……知見はあるが、どうやら見えない首輪がかけられているらしい』


「ぽよ〜〜!  良かったのだ……また石ころになると思ったのだぁぁ……」


「「ぽよん様〜〜ぁぁぁ」」


 ぽよん達は今の異常なエラー表示に何も思わないのか……。

 エラーなんて、普通プレイしていて頻繁に起きることじゃないんだがな……。


 僕は彼女達のゲームへの没入度(あるいはIQの低さ)に心底驚愕する。


(……狭間の石碑の材質といい、今の異常なエラーといい。

 やはりこれは運営が用意したシナリオではなく、システム自体が生成したクエスト(バグ)のようだな……。

 未解禁情報と結びつく核心には、NPCのプロトコル制限で触れられない仕組みか)


 僕は舌打ちし、空中に残ったエラーログの残滓を睨みつけた。


 長老はどこか遠い目(?)をして、吐き捨てるように告げる。


『案ずるな、いずれわかる。

……だが、今は待て。

 それがお主達のためでもあるのだ』


「………そうか。分かった。また適切なタイミングで貴方に会いにこよう」


『うむ…偏屈者よ。姫を頼むぞ』


「ああ」


 ピロンっ♪

 不意に、僕の視界の端で通知音が鳴った。


「ん?  なんだ、メッセージか」


 ——【メッセージ】——

[送信元:ルナール]

[件名:あの方がまた……]


イオリさんお疲れ様です!!

さっき、ドドンパ君達と第3エリアに行っていたら、

多分隠しエネミーだと思うんですけど、発見しまして………

マスク兎さん同様、『あの方』と言っていました。

今クランにドドンパ君といます!!

詳しく話したいのでお時間よければきてもらえますか?

 ————————————


「独自で発見したのか……。うちのクランはそういう星回りに呪われてでもいるのか?」


 僕が思わず呟くと、涙を拭き終えたまち子が不思議そうにこちらを見た。


「どうしたんですの?  マスターイオリ」


「ああ、急用だ。クランへ戻るぞ。長老、失礼する」


『うむ。姫よ、また来なさい。

 ここは姫の家なのだからな』


「ぽよ〜〜!もちろんなのだ〜〜!爺さんまたねなのだ〜〜!」


 僕たちは長老とスライム達に挨拶を終え、クランホームへと帰還した。


◇ 混沌工房(カオス・アトリエ)内


 僕たちがクランへと戻ると、メインフロアでドドンパと、

『猫耳』をつけたルナールが待っていた。


「おかえりにゃあああ!  なんかゲーム内で久々に会ったにゃ」


「………ああ」


「お疲れ様ですにゃん!  メッセ見てくれましたかにゃん?」


「……ああ」


 やはり、ルナールが受けたユニーククエストの報酬

『猫神の耳』にも、強制的に語尾が『にゃ』になる呪い(デバフ)がついていたか……。


「きゃああああ!ルナールちゃん!? 

可愛い!待って可愛い! 可愛いぃぃ!!」


 シロロが黄色い悲鳴を上げながら、ルナールに飛びついた。


「シロロちゃん?  俺はどうにゃ?」


 同じく『猫の恩返し』を装備し、猫語を話すドドンパが、期待を込めた眼差しで尋ねる。


 お前までそれをつけているのか。

 やはりお似合いだな……フッ。


「うん、可愛いね」


 シロロは真顔で、わずか1秒で淡白に答え、即座にルナールへの顎撫でを再開した。


「ああ……そうだよにゃ…そうなるよにゃ……」


 ドドンパが哀愁を漂わせて肩を落とす。


「ぽよ〜〜!  可愛いにゃのだ〜〜!」


「「ぽよん様!!  可愛いにゃああああ!!」」


 ぽよんまでもが猫語に影響され、それにシロロとまち子が全力で乗っかる。


 僕は思わず頭を抱えた。


……キャラが渋滞している。

 情報量が多すぎる。


「女の子っていいよにゃ……可愛いもんにゃ……」


 遠い目をするドドンパを放置し、僕はため息をつきながらぽよんに指示を出した。


「はぁ……おいぽよん、早くロン君にアレ(水霊の雫石)を装備してやれ」


「そうなのにゃのだああ!ロン君! おやつにゃのだ〜〜!」


 ぽよんは、布団の中でカチコチに横たわるロン君の元へ駆け寄り、手にした『水霊の雫石』をマカロンの口(?)部分へと強引に押し込んだ。


「そ、それであっているのか……? 

インベントリから武器スロットなどに設定するのかと思ったが……」


 ここで僕は、あるUIシステムの疑問にぶち当たる。


(ん?そもそもロン君はインベントリに入らないのか!?

ここに寝かせたままにして、さっきまで彼女は『ハートの王笏』を装備していたよな……。

どう言うことだ……さっぱり分からん……。

もしかしたら武器の2丁持ちができるのか……?)


「ぽよ〜〜〜!ロン君、動いたのだぁぁぁぁ!うわああん!」


「ああああ、よがっだああああ!」


「ぽよん様、ロン様、おめでとうございますぅぅ。まち子感激いたしました……」


 僕の考察をよそに、水分を取り戻したロン君はマカロン部分からニュルッと手(?)を伸ばし、ぽよんに向かって親指(?)を立てた。


 そして、ぽよんがロン君を手に持った瞬間だった。


 ぽよんが反対の手で持っていた『ハートの王笏』が、光に包まれてスッと消えたのだ。


(……なるほど。

 ロン君は手放すと装備状態が外れるのか……しかし別の武器を持ったまま触れると元の武器はインベントリに収納される……)


 ロン君は特別な武器なのだろう。そりゃそうだ。


 勝手に動き、意思を持ち、現象を捕食し、好き嫌いをして、

機嫌が悪いとドドンパを殴るのだから。

 これで特別じゃない訳がない。


……僕は、深く分析するのをやめた。


(諦めた)


「ぽよ〜〜!!  ロン君とお散歩行ってくるのだ〜〜!」


「明日の仕事なんて可愛くない思考は忘れてしまえ〜〜!」


「デートですわ〜〜!!」


「「「ぽよ〜〜〜!」」」


 復活の喜びに沸く魔王と破壊の女神とカワイイジャイアンは、そのまま勢いよくアトリエの扉を開け、夜の街へと消えていった。


「ははは……楽しそうですにゃん……」


「自由だにゃ……」


「……もう好きにさせておけ」


 嵐が去った後のようなアトリエで、僕たち三人は小さく息を吐いた。


「ところでロン君、何かあったのにゃ?」


「ああ、色々あったが解決した。あとで話す。それよりもルナール、メッセージの件だが」


「ああ!  そうだったにゃん!!  あのですねにゃん、」


「……すまないが、ルナール。そのアクセ外してくれるか?  非常に聞き取りづらいんだが……」


「まずは可愛いって褒めろにゃ!!!」


 ドドンパが横から口を挟んでくる。


「うるさい、お前もとれ」


「「にゃ〜……」」


 二人は渋々インベントリを操作して『猫』アクセを外した。


 全く……。

 どいつもこいつも。


「悪いって!  説明するわ。ジィサンも居たんだよ、さっきまで!」


「まずですね、追加エネミーは第1から第4まで全てのエリアで5種類って通知がありましたよね?」


「ああ」


「掲示板でどこも『1種類だけ見つからない』って噂になっててよ、俺たち3人で探す事にしたんだわ」


「ジィサンが第3エリアをあまり探検してなかったみたいで!」


「ほら、俺たちミツルマンの為に急いで第4エリア行ったろ?  それで火山はすっ飛ばしてるからさ」


「なるほどな。あの時はそのままボスエリアの通常ゲートから通って、真核を撃って運んでたな」


「そうそう、それでよ!  ここからだぜ!  俺とルナールちゃんの猫の真価はよ!!」


 僕はドドンパから、第3エリアで起きた詳しい話を聞いた。


 ——【要約】——

・第3エリアで捜索を開始したが、暑さでバテて休憩する事に。


・以前ボス攻略時に発見した安全地域(セーフティーエリア)である「氷の洞窟」へ向かった。


・すると『猫神の耳』の聴覚補正で、微かな空気の抜ける音をルナールがキャッチ。


・そこで『猫の恩返し』のスキルを使うと、ある一点に光の猫達が集まり、隠し通路を発見。


・僕が教えた『凝固点降下』のロジックで氷の壁を破壊して侵入。


・奥で、喋る隠しボスと遭遇。


・光るモノに反応する特性があったのか、ドドンパにヘイトが集中。


・ルナールのSTR特化バフを受けたジィサンが、ボスのヘイトが向いている隙に木っ端微塵に粉砕。


・撃破時の消滅間際、ボスが『あの方』と言い残した。


 ——————


「俺が『凝固点降下』、ちゃんと使ってやったぜ!!」


 ドドンパがドヤ顔で胸を張る。


「そうか、すごいな」(棒読み)


「ボスはその……ジィサンが強すぎて一瞬でした……」


 ルナールが苦笑いする。


「ドドンパの【三条の(ミスト・ロー)蜃気楼(ド・ミラージュ)】による攻撃加速とルナールのバフがある中でジィサンがフリーなら……そりゃあ、やりたい放題だろうな……」


「まさか、初日に作ったあの『真珠色のフード』が、こんなずっと後まで活躍するとはな……」


「灯台(デコイ)としての活躍は、僕も認めよう」


「お、おう……別に嬉しくないな……」


 ドドンパが複雑な顔をする。


「イオリさんの方も、何かあったんですよね?」


 ルナールに促され、僕は二人にもロン君とスライムの石化の事や、『あの方』についての話を共有した。


「なるほどな……そしたら第4エリアも、この『あの方』に繋がる隠しエネミーがいそうだな……」


「ああ、絶対にな」


「これから行くんですか?」


 僕は端末で現実の時間を確認した。


 時刻はすでに深夜0時を回っていた。


「……流石に、明日だな。今日はもう遅い」


「悪い、明日俺来れないわ。妹が家に来るんだよ」


「あああ、私も明日ダメです……」


「リアルを優先するのは悪いことではない。いるメンバーで完遂するだけだ」


 僕は知っている。


 こいつ、慎二(ドドンパ)の妹は死ぬほど怖いという事を。


 僕も苦手だ。

 つまり僕の唯一の天敵と言ってもいい。


 僕は親友の身を案じ、深くは追求しないことにしておいた。


「そういえば、ずっとフゥちゃんが第4エリアに昨日から籠ってるから、何か知ってるんじゃないか?」


 ドドンパの言葉に、僕はフレンド一覧からフゥのステータスを見た。


「まだログインしているようだな。聞いてみる」


「ああ、そしたら俺は落ちるわ」


「私も落ちます!  明日は水曜日!  リアルのお仕事も頑張りましょうね!」


「おう!!  んじゃなイオリ」


「お疲れ様でしたっ!!」


「ああ、お疲れ」


 ログアウトする直前、二人はお互いの顔を見た後、照れくさそうに小さく手を振り合ってから光の粒子となって消えた。


「……うまくいっているようだな……」


 そんな他人の色恋沙汰はどうでもいい。

 フゥに話を聞くか。


 僕はフゥに『今時間あるか?

 』とダイレクトメッセージを送った。


 ーー10分後。


「……返信がないな。石の採掘に夢中になりすぎているのか?」


 ピロンっ♪

 ようやく返事が返ってきた。


 ——【メッセージ】——

[送信元:フゥ]

[件名:すごいわ!]

イオリ君、とんでもないの。これ、ただの落盤じゃないわ!

追加エネミーの発生源周辺に、広範囲の『レゴリス』を確認!

砕けたばかりのガラス破片のように尖っているの。

角が全く取れてない!

生成されてから水流や風の風化を一度も受けてない……。

つまり『ついさっき隕石衝突で生まれた』か『密閉空間に保存されていた』証拠よ!

 ————————————


「レゴリス……天体衝突や熱疲労で岩石が粉砕されてできる、

堆積層の総称だったか? 


本来、大気のない天体特有の現象だが……メテオライト系のエネミー追加に伴う物理干渉(インパクト)で、ゲーム内の地質データまで書き換えられたと見るべきか……。

研磨剤のように鋭利で静電気を帯びる特性があるなら、物理駆動の機材(ドローン等)には致命傷だな……」


 僕はフゥへ『少し直接確認したいことがあるので来てくれ』と返事をすると、即座に「時間的に明日にしましょう」とピシャリと断られた。


「仕方がない、明日会社で聞くか……いや、僕は何を考えてるんだ……」


 現実(リアル)で後輩の女性社員に、仕事中にVRゲーム内の地質データの考察を持ちかけようとした自分の思考に呆れながら、僕はそっとログアウトした。


◇ 現実 イオリの部屋


 目を開け、ヘッドギアを外すと、部屋の中に少し湿気た匂いが漂っていた。


 窓の外を見ると、雨が降っているようだった。


「……起きたら晴れているといいが……」


 僕の家から駅までの間に、幾つか水たまりが出来る箇所がある。


 そこを通るまでに何度も車からの水飛沫を受け、スーツを汚されてイライラしながら出勤したことがあった。


 その際、通り過ぎていく車に向かって「隕石でも落ちないか」と本気で呪詛を吐いたものだ。


「明日はその隕石が、僕に降ってこないといいが」


 いや、これはフラグか?


 そんな下らないことを思いながら、僕は重い腰を上げて風呂場へと向かった。

第82話いかがだったでしょうか?


ドドンパと違って(?)ルナールの猫語は可愛いでしょうねぇ(笑)


さて、最近少しずつファンタジー要素が入り始めました。


これは物理を諦めたのではありません!(笑)

前にもどこかでお話ししましたが、この世界は第5エリアまではマルクト(物質界)という設定だとお話ししました。

そしてこのゲームは第6エリアからイェソド(基礎・精神界)の世界へと突入していきます。

つまりファンタジー要素が入ってくる訳ですが……『あの方』は前触れイベントだと思っていただけると!


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回からは第4エリアの追加エネミーを調査(プニプニ)致します。


〜次回予告〜

3/2 【朝8時10分】に投稿(ハック)致します!


少しでも「ルナールの猫語可愛い」「ロン君復活おめでとう」と思っていただけたら

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