第80話:観測者、石化した魔王を放置し、無敵カッパの構造欠陥を突く
◇ 霧隠泉
無駄に長い僕の【自律型水分供給モジュール】の解説をぽよんが一言で要約した直後、スライム長老がカサカサに乾いた咳をして口を開いた。
『ゲホッ……ヒュルル……偏屈の者よ。
頼もしい言葉だ……。
だが、あの白い粉を撒き散らす「白亜の彫刻家」とやらが陣取る巣穴へ行くには、一つ手順を踏まねばならん……』
「巣穴? この泉の奥ではないのか」
『うむ……。
あそこの、紫色に変色した石に触れてくれ……』
長老が力無く震える触手で指し示した先には、確かに周りの干からびた灰色の石とは違い、毒々しい紫色を放つ一回り大きな石が転がっていた。
「……アレだけやたらと色が紫だな。なんだこれは?」
僕が訝しげに尋ねると、長老は深く目を伏せた。
『偏屈者よ……あれはかつて、お主らが試練で戦った……。
【ミストスライム[完全強化状態]】の成れの果てだ』
「……なに?」
僕は思わず息を呑んだ。
あの時、圧倒的な暴力と粘液で僕をドロドロにした……
あいつがこんな、ただの紫色の石ころになっているというのか。
その『ミストスライム』が僕の武器を完全強化状態にしてくれたのだ。
少し、僕も腹が立ってきたな。
今後も世話になる予定だったというのに。
『ヤツは……鍵なのだ……。
今は変わり果てた石だが……触るだけで反応する事だろう……。
我らスライム族の秘術の発動が行われる……秘匿されたエリア『スライム居住区』へのな』
「ぽよぉぉ……ぽよんは行ったことあるのだ〜〜!」
ぽよんが声を上げる。
『そこに『白亜の芸術家』なる者が現れたのだ。
そのまま居住区のスライム達を石化し、ここまで来たのだ……』
「絶対許さない……! 私の鞄の肥やしにしてやるー!」
「私が知っていれば……ぽよん様のご友人達を守れたのに……」
ぽよんとまち子が涙ぐみ、シロロが物騒な怒りを燃やす。
「……分かった。触れればいいんだな」
『ヤツが現れた……ということは、そこに……転送用の仕掛けが……発現しているであろう……』
僕たちは頷き合い、ミストスライムだった紫色の石に一斉に手を触れた。
ゴゴゴゴゴォォォォ……ッ!!
触れた瞬間、地響きと共に足元の乾いた大地が鳴動し、紫色の魔法陣が僕たちを包み込んだ。
◇ スライム居住区(跡地)
視界が晴れると、僕たちは地下の広大な空間へと転送されていた。
……だが、そこはあまりにも凄惨な光景だった。
かつてはスライムの粘液で美しくコーティングされ、幻想的な光を放っていたであろう居住区。
丸みを帯びた可愛らしい家々は全てひび割れ、崩れ落ちている。
そして何より、辺り一面に『手のひらサイズにまで萎んで石化したスライム達』が無数に転がっていたのだ。
「ぽよ……みんな、みんなカチカチなのだ……」
ぽよんが悲痛な声を漏らし、石ころになった配下を拾い上げて胸に抱く。
「……ひどい……。やってる事、全然可愛くない……っ!」
「マスターイオリ! 行きましょう!
この惨状、私の愛の盾でも庇いきれませんわ!」
「ああ。どうやらあそこが終点らしい」
僕は、崩壊した居住区の一番奥――周囲の景色から完全に浮いている、人工的で真っ白な石碑を指差した。
「ぽよ〜〜! 突撃〜〜!!」
「「ぽよ〜〜!!」」
ぽよんを筆頭に、配下たちが一斉に駆け出そうとする。
「待て!! 罠が仕掛けられてる可能性もある。調べてからだ」
「「「ぽよ〜〜……」」」
僕が制止すると、三人はあからさまにげんなりとした声を漏らした。
石碑の前へ立ち、僕はスキルを発動した。
「ーー【詳細観測】」
——【Log】——
▶︎ 対象指定:石碑
・対象:????
・材質:Material: Unknown
【Error:情報閲覧レベルが不足しています 】
【 管理者権限を接続してください】
——【Log】——
「……材質不明?」
その文字を読み取った直後だった。
石碑の輪郭が激しくブレ始め、視界を埋め尽くさんばかりの砂嵐が走る。
――バチンッッッッ!!
鼓膜を劈くような硬質な衝撃音。
「なっ……!?」
「うわわっ、何今の音!」
「マスターイオリ、何かしたんですの?」
ぽよん、シロロ、まち子の三人もその異音に身をすくめる。
「いや……スキルが弾かれたらしい」
僕は痺れた指先を軽く振り、目を細めて石碑を睨んだ。
「……ただのオブジェクトじゃないな。転送が機能するか見るぞ。」
慎重に足を進め、冷たい石の表面に指を触れる。
その瞬間、足元の地面から淡い青光を放つ幾何学模様の陣が浮かび上がった。
複雑な紋様が光の歯車のように回転し、起動の兆しを見せる。
しかし――。
光は一瞬で毒々しい赤へと染まり、ボシュッという力ない排気音と共に、その輝きは霧散した。
眼前に、無情なシステムログが流れる。
【System:認証エラー 】
【起動に必要な魔力回路が損壊、または凍結されています。】
【プロトコルを強制終了します。】
全員の脳内に無機質なアナウンスが流れる。
「ぽよ〜〜〜!? 運営何してるのだ〜〜!
ロン君を封じるつもりなのだ〜!!?」
わぁわぁと騒ぎ立てる配下たちをよそに、僕は弾かれて痺れた指先を見つめ……思わず口角を吊り上げた。
「……フッ。管理者権限とは……。フッ、生意気な防壁だ」
ただのプレイヤーなら、ここで引き返すしかないだろう。
だが、あいにく僕はただのプレイヤーではない。
世界のバグを観測し、ロジックを暴く『データ屋』だ。
長老認定者『偏屈者』とは観測士の事だったか。
だが、記録派生前提で超特殊職業でないとこの先へは行けなかったということだ。
「僕を誰だと思っている」
僕は弾かれた右手を再び石碑の表面へと押し当て、より深く、システムの深淵へとピントを合わせる。
「【深淵の観測者スキル:深淵詳細観測】」
——【Log】——
【System:AUTHENTICATION SUCCESS-閲覧権限を確認】
【System:保護レイヤーを解除します……】
【Loading Deep Data... 100% ―― 展開完了(Success)】
▶︎ 対象:狭間の石碑
・材質:Derived from Yesod(イェソド由来)
・アイテム名:【干渉型転送門:境界の楔】
・入手先:『境界都市タヴ』
——【Log】——
(……『タヴ』……それにイェソド由来だと?
第6エリアのデータが、なぜVer.2.0解放前に……!?)
「これは『狭間の石碑』と言うらしい。敵がこのエリアを侵略し、自分たちの巣穴と繋ぐために無理やり設置した非正規の転送ゲートだ」
「ぽよ〜よく分からないけど行くのだ〜〜! ロン君とみんなの水分を取り戻すのだ〜!」
ぽよんが怒りに任せて、真っ白な狭間の石碑に王笏を叩きつける。
その瞬間、視界が強烈な白い光に包まれた。
◇ 石灰の神殿
転送先は、目が痛くなるほど真っ白な空間だった。
壁も、床も、天井も。
すべてが大理石と石灰で塗り固められた、異様な『神殿』。
そして――転送された直後、いきなり「それ」は現れた。
『美しくないねェ!!
誰ダイ、私の永遠の芸術空間に泥靴で踏み入る無粋な輩はァ!?』
細身で長身、目も鼻もなく、三日月に裂けた口だけが不気味に笑う異形。
手は鋭いノミとハンマーの形に同化している。
「出たな、白い粉の親玉なのだ!」
『おやァ?
プロトコルは完全に凍結したはずダガ……一体どうやって入ってきたんだい?……まぁイイ!そこのドロドロのゼリー
……ああ、極上の漆喰の残りカスじゃないカ!
ちょうど私の作品のつなぎ(水分)が足りなかったところサ!』
「ぽよ!? 誰がドロドロのゼリーなのだ!
ぽよんはスライムの姫魔王なのだぁぁぁ!」
「……能書きはいい」
僕は怒るぽよんと敵のステータスも見ず、即座にシロロへ指示を飛ばした。
「シロロ! 奴の体はただの生石灰だ!
水をかければ異常発熱を起こして勝手に溶ける!
鞄の中の『ただの水』をありったけ射出しろ!!」
「うん!汚い粉は水で洗い流してやるー!そぉいっ!!」
シロロが宝石変換鞄の口を大きく開け、インベントリに溜め込んでいた大量の『ただの水』を高圧のウォーターカッターのように連続射出する。
大量の水分が、敵の真っ白な体に直撃――
バシャァッ!!
『……ハッ!愚かだねェ!!』
「……なっ!?」
僕は思わず目を見開いた。
シロロが放った大量の水は、敵の体に触れる寸前、テカテカと光を反射する『分厚い皮膜』によって完全に弾き返され、床に無残な水たまりを作っただけだった。
「水が効かない!? イオリ君、どういうことー!?」
「そんなバカな。石灰が水を弾くわけが……ッ!」
僕は慌てて目を凝らす。
敵の白い体表の上には、システム上破壊不能な光沢を放つ……見たこともないダサい装備が羽織られていた。
『芸術家は常に弱点を克服するものサ!
この【絶対防備・ビニールガッパ】がある限り、私に水分など一滴たりとも届かないヨォ!!』
「……ふざけた装備だ。だが、システム上の『絶対』には必ず穴がある」
僕は舌打ちをし、敵の無敵の装甲に向けてスキルを放つ。
「【詳細観測】」
——【Log】——
【観測ログ: 解析開始】
▶︎対象:絶対防備・ビニールガッパ]
・状態:完全防水皮膜(物理・魔法攻撃の反射および無効化)
・構造:上方および側方からの液体侵入率0%
——【Log】——
(……上方、側方からの侵入率ゼロ。完璧な防壁だな……ん?)
僕はそのログを見て、カッパの『裾』に目を向けた。
雨を防ぐための構造上、着脱や歩行のために下(足元)は完全に開いている。
上からかけてダメなら、下から純粋な物理的圧力(水飛沫)でカッパの内部に叩き込めばいいのでは無いか?
僕はカッパの『構造ログ』を選択し、システムの深淵(物理的な防御ロジック)まで覗き込む。
「――【深淵の観測者スキル:深淵詳細観測】」
——【Log】——
【System:対象ログの深層演算データを展開します】
▶︎ Target_Log:『絶対防備・ビニールガッパ』の耐性プロセスおよび構造的欠陥
┗ [要因1]:特殊ポリマーによる上方・側方の絶対防壁
┗ [要因2]:下方(裾)からの物理的侵入に対する無防備、
および【密閉時の内部膨張】に対する耐性ゼロ
——【Log】——
(……ビンゴだ)
ログの演算結果を見て、僕は口角を吊り上げた。
下からの水撃を防ぐ機能など、雨具には存在しない。
そして何より、[要因2]の最後の一文。
このカッパは「絶対に破れない無敵の防具」であるが故に、もし内部で生石灰と水が化学反応(異常発熱と膨張)を起こした場合、その圧力と熱を逃がすことができない。
つまり、完全密閉された『恐怖の圧力鍋』と化すのだ。
「シロロ! カッパの上からじゃダメだ!
鞄は武装化させるな!
そのまま足元の地面目掛けて『ただの水』をぶちまけろ!」
「足元ね! わかったー! そぉいっ!」
シロロが鞄を宝飾武装化(キラキララメ熱湯ビーム)させず、純粋な大量の水を敵の足元へと放つ。
だが――敵は第6エリア(イェソド)由来の存在だ。
当然、足元への水対策も怠っていなかった。
『甘いねェ!私の芸術を舐めるなヨォ!!』
白亜の彫刻家が高らかに笑いながら、鋭いノミの腕を振り下ろす。
ドゴォッ!
という音と共に、敵の足元の床が瞬時に隆起し、分厚い『石灰の防壁』がシロロの水を全て吸収してしまった。
『お返しサ!
【彫刻家の漆喰】!!』
さらに敵の腕から、ドロドロの粘土状になった石灰の塊が散弾のようにばら撒かれる。
「チッ、スキル自体は遅い!回避しろ!」
僕とシロロ、まち子は大きく横へ跳んで躱すが、
一番後ろで「ぽよ〜!」と叫んでいた魔王は逃げ遅れた。
「ぽよっ〜!? な、なんのだこれぇ〜!?」
ベチャッという音と共に、ぽよんの両足に石灰の粘土が直撃する。
「ぽよぉぉ!?足が……足がカチカチになったのだぁぁぁ!」
スライムの保有水分と石灰が最悪の化学反応を起こし、ぽよんの膝から下が完全に「石化」してしまった。
動けなくなった魔王は、そのままズデッと地面に這いつくばる。
「痛くはないけど、重くて動けないのだ〜〜!
人間k〜、助けるのだ〜!」
(……スライム属性が仇になったか。
だが、あのポンコツが不用意に動いてタゲ(敵視)を取るより、あそこで這いつくばってくれていた方が盤面のコントロールはしやすい)
僕は「助けるのだ〜」と情けなく叫ぶ魔王を早々に見捨て(安全と判断し)、まち子へと視線を向けた。
「まち子。あの敵、ただ水たまりを作っても避けるだけだ。
強引に奴の足元を崩し、そこに水を叩き込む必要がある」
「足元を……ですの?」
「ああ。君のその盾、質量を操れるんだったな。現在のスペックと制約を正確に教えろ」
僕が問うと、まち子は巨大な盾を構えながら早口で答えた。
「はい!上位権限がないのでかなり弱体化していますわ!
盾の能力で【極小のブラックホール】を具現化できますが、
私自身が移動して『ポイント(地面)を指定』し、そこから離れないと発動できませんの!
もし発動中のブラックホールが人体(生物)に当たれば、その瞬間にスキル自体が強制解除されてしまいますの!」
生物には使えず、設置の手間もかかる極小のブラックホール。
普通のプレイヤーなら「使い勝手の悪い産廃スキル」と嘆くところだろう。
だが、盤面を操作する僕からすれば、これほど面白い地形操作ツールはない。
「……十分だ。シロロ、いつでも『ただの水』を最大出力で射出できるように準備しておけ。ただし、撃つのは僕が合図した瞬間だ」
「オッケー! いつでもいけるよ!」
「まち子。奴の足元の『地面』にブラックホールを設置して、姿勢を崩させるぞ。回復と重力バフの準備も怠るな」
「お任せくださいませ! 愛の重力、見せてやりますわ!」
「ぽよぉぉ! ぽよんもここで応援してるのだ!
やっちまうのだー!」
地面に転がったまま偉そうに叫ぶ石化魔王をBGMに、僕たちは無敵の雨具を着た彫刻家へと駆けた。
第80話いかがだったでしょうか?
無敵の防具の構造欠陥を突き、石灰と水の化学反応で敵を「圧力鍋」にしてやろうという、イオリのえげつない理系ハック回でした!
石化したぽよんを放置して、いよいよ反撃開始です!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
次回は 2/29【朝8:10】に投稿致します!
少しでも「圧力鍋のハックえぐい!」「ぽよん不憫…」と思っていただけたら、
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