第74話 観測者、高級料亭のオフ会で仲間に呆れ、世界の裏側(シミュレータ)の真実を観測する
補足:冒頭は前話の翌週である日曜から入ります。
◇ 現実世界 都内某高級料亭 前
今日、僕と慎二は、都内にある一件の料亭の前に立っていた。
黒塗りの立派な門構えに、打ち水がされた石畳。
一見さんお断りと言わんばかりの、とても高級そうな店だ。
「なぁ……イオリ。ほんとにここで合ってるのか?」
スーツ姿の慎二が、料亭の看板とスマホの画面を交互に見比べながら尻込みしている。
「ああ。ジィサンから指定されたのはここだ……」
「なんかよ……政治家とかが悪巧みしてそうな雰囲気じゃねぇか……」
「ドラマの見過ぎだ。馬鹿馬鹿しい」
僕が呆れてため息をついた、その時だった。
「おっはようございまーす!!!」
背後から明るい声が響き、そちらを振り向くと、綺麗にメイクアップし、小洒落た私服に身を包んだ眞島ましろ(シロロ)と津島文華が立っていた。
お互い、姿を認めてピタリと立ち止まる。
僕たちは同じ会社の人間だ。
社内では「矢田島センパイ」「種末センパイ」「眞島ちゃん」「津島さん」と呼び合い、決してゲームの話題など出さなかった4人。
「……おう。……ちっす」
「うん?? センパイ顔色悪いよ?」
「矢田島さん……お疲れ様です」
「ああ、おはよう」
数秒の、妙にむず痒い沈黙が流れる。
「……なんか、気持ちわりぃな。会社で猫被ってるお前らが、
あの極悪カワイイ魔法使い(シロロ)と、石オタク(フゥ)だって分かってて顔合わせんの」
慎二が頭を掻きながら、気まずそうに口を開いた。
「それはこっちのセリフですよー! 会社でいっつも無表情で
カタカタPC叩いてる矢田島センパイ(イオリ)と、イケメン風アバターになってる種末先輩だって分かってて、会社で会うの!!」
眞島がむすっと頬を膨らませる。
「そうよ。……それに矢田島先輩。私のクンツァイトをあんなバグ素材扱いして……会社では会っていたけれど今、顔見たらちょっとムカついてきたわ」
津島がジト目で僕を睨みつけてきた。
「ゲーム内の事象を現実に持ち込むな、非効率だ。……それに、眞島お前だ、ゲーム内で話していた夕飯の話を次の日に会社でするな。ネットリテラシーを少しは持つんだな。」
僕が冷たく言い返すと、二人は顔を見合わせて吹き出した。
「あははは、先輩おっかしー。ゲームのイオリ君も現実のセンパイも全く可愛くなくて安心した!!」
お互いに文句を言い合いながらも、会社での「先輩・後輩」という仮面が外れ、完全にゲーム内『カオス・アトリエ』の距離感へと切り替わっていく。
「はははっ! まぁいいじゃねぇか。今日からリアルでも外ではタメ口でいこうぜ! ほら、ジィサンも待ってる。行くぞ!!」
慎二の号令で、僕たちは高級料亭の門をくぐった。
今日は円卓戦の打ち上げも兼ねてのオフ会を開いていた。
――時は数日前に遡る。
◇ エキシビションマッチの翌日 イオリの部屋
『聖刻の円卓』との激闘の末、僕達は負けた。
だが、負けたこと自体を引きずる必要はない。
時間の無駄だからな。
それよりも、カイザーの消え際に言った『クビ』という言葉の真意はまだ測りきれないが、あの世界(VRMMO)での観測はまだ終わってはいない。
休日の朝食……と言っても時刻は13:40だが。
僕はトーストをかじりながら、コンパニオンアプリで昨日の試合後の反応を見ようとしていた。
カイザー達の理不尽なチートを目の当たりにして、騒いでる奴がいないかと気になって。
だが、その思考は無機質な着信音によって遮られた。
ピロピロピロ♪ ピロピロピロ♪
スマホの画面には慎二の名前。
「はい、矢田島です。おかけになった……」
『それ久々に使ってきたな』
「なんだ、僕は今忙しい」
『ましろちゃんからメールが来た』
「なんだお前、広報部のエースに恨みでも買ったのか」
『ちげーよ!!
シロロちゃんですよ』
「……は?」
『聞いてろ』
電話の向こうで、慎二がわざとらしく咳払いをした。
『ん゛ん゛っ!!
——種末先輩……いえドドンパ君。君の正体はバレてるよ!』
慎二が、裏声を使ってシロロ風の喋り方を真似する。
「気持ちが悪いな、お前」
『うるせぇな!
そこじゃねぇだろ?!?』
「わかっていた事だろ。だからなんだ」
『クラン戦お疲れ様会をするらしい。ルナールちゃんもいる。』
「そうか、じゃあな」
プツっ……。
僕は通話を切った。
ピロピロピロ♪ ピロピロピロ♪
即座に鳴り直すスマホ。
「はい、黙れ。おかけになった電話番号は……」
『頼むよおおお!!俺、ルナールちゃんに会いてぇ!!
……え?黙れって言わなかった?』
はぁ……。
僕はため息をつく。
深くな。
すごく深くだ。
「なんでそうなったんだ。と言うか、行けばいいだろ」
『かくかくしかじか……で、一人じゃ行きづらいんだよ!』
「メリットを感じない。それにゲーム内のフレンドと会うなんて馬鹿馬鹿しい」
『わーーったよ!食費!!
3ヶ月分でどうだ!!15万払う!!』
「バカだなお前、僕は食費に月5万も使わない。
デブじゃあるまいし。」
『デッ、デブ?!あああもう!……まじで頼む!!』
「結婚相談所に行け、その金で」
『だめ?』
「……金はいい。お前の給料よりはもらってる。それに、ぽよん曰く『配下からお金をもらってはダメ』らしいからな」
『お前、俺のこと配下だと思ってたの?
ん?え?待って、同期なのに?』
この後も数分の不毛なやり取りを続け、結局、僕が折れることになった。
後日、防具用の真核を取りに行くための周回手伝い(奴隷)として、無条件で土日返上させることで手を打ったのだ。
話を聞けば、ジィサンとミツルマンまでが参加し、ぽよんはビデオ通話で参戦するという。
夢を壊さないVtuber魂は褒めてやりたいと思う。
つまり、カオス・アトリエ全員参加のオフ会が来週末に始まるということだ。
眞島と津島も、僕と慎二の正体に気付いていたのか。
改めて考えると世間は狭いな。
◇ 現在 都内某所 高級料亭内
(ジィサン……あなたが上座に座るのは分かるが、この配置は……)
通された広い個室。
僕が上座に座る小川を見ると、彼は不敵にウィンクを寄越してきた。
席順は、見事に慎二の隣に琴葉が配置されていた。
(この老獪め……完全に面白がってやがる)
僕は内心で毒づきながら、その底知れなさに舌を巻いた。
「ア、エット。ソノ今日 ハ タノシモー」
ドドンパこと慎二は、隣に座る小柄で可愛らしい琴葉を見ては顔を真っ赤にし、ロボットのように硬直して実に情けない声を出していた。
「硬くなりすぎだ、慎二」
「ほっほっほ!! 愉快、愉快♪」
「ドド兄ちゃん、キンチョーしてる!! ウケる!」
ジィサンの隣に座る満が、無邪気に指を差して笑う。
「種末先輩、琴葉ちゃんがいるからって緊張しすぎー」
眞島がニヤニヤとからかう。
「あはは……種末君……楽しもうね?」
琴葉が苦笑いしながら優しく声をかけると、
「は、ひゃっっい!!!!」
慎二は裏返った声で全力の返事をした。
その時だった。
『ぽよぽよ〜〜!魔界の最強!……いや最弱?
……魔王ぽよん・ルルファリウづっっ……ファリウスで〜す!』
全席が見渡せる位置に置かれた大型モニターから、
派手なエフェクトと共にポンコツな挨拶が響き渡る。
専用ルームによるライブ配信を繋いだ、魔王ぽよんの登場だ。
彼女は仮想世界でもVtuberのアバターそのままなので変わりはない。
強いて言うならあのバグマカロンが手元にないことくらいだ。
「キャアアアア噛んでる噛んでる! ぽよん様可愛ィィぃ!」
「フフッ、眞島ちゃんいつも通りヲタク化してるわね」
眞島がモニターに向かって全力で両手を振る。
「ヨ、ヨロシク……ポヨンチャン……!」
ドドンパ(慎二)の頭からは湯気が出ているように見えた。
なぜぽよんにまで緊張するんだこの馬鹿は。
「ふふっ、種末君、お茶飲む? それともお酒にする?」
「あ、い、いただきますっ!! 琴葉ちゃんのお酌で……!!」
琴葉に微笑みかけられ、慎二は顔から火が出そうなほど真っ赤になっていた。
あのガサツな指揮官が、現実では年下の女の子相手にこの有様だ。
「爺ちゃん、オレお肉食べたい!」
「ぽよ〜! ぽよんも画面越しに食べるのだ〜!」
高級料亭の個室は、完全に『カオス・アトリエ』のギルドホームと同じ喧騒に包まれていた。
会社での「矢田島センパイ」や「津島さん」という見えない壁はとうの昔に消え去り、そこにはただの気の置けない異常者たちの集まりがそこにはあった。
(……騒がしい連中だ)
◇
相変わらずの現実世界でも変わらないカオスな会話が繰り広げられる中で、しばらくすると飲み物が運ばれてくる。
みんなの手元に飲み物が行き渡ったことで、ジィサンが乾杯の音頭を取った。
「今日はこうして全員で集まれた事嬉しく思う。
年甲斐も無くこんな若い子達と宴会とはのぉ………。
だが! 満がこんなに笑顔で笑っていられるのも皆さんのおかげだ」
「ほっほっほ! さぁさぁ、今日はワシがご馳走するのでな! 遠慮せず食って飲んでくれ! ルナールのお嬢ちゃんの歓迎会とイベントお疲れ様会だぞぃ! 乾杯!!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」」
僕は烏龍茶で喉を潤し、そっと立ち上がった。
「ん? 矢田島センパイ、どこ行くんですかー?」
「手洗いだ。……慎二があまりに見ていられないからな。少し風に当たってくる」
「あははっ! 確かに!」
眞島の笑い声を背に、僕は静かに個室の襖を閉めた。
◇
――ピシャリ。
襖を隔てた瞬間、嘘のように静寂が訪れる。
お香の匂いが漂う、磨き上げられた長い木造りの廊下。
ここがただの飲食店ではなく、政財界の大物たちが密談に使うような『本物の料亭』であることを思い出させる冷たい空気が流れるのを感じる。
僕は手洗いを済ませ、元の個室へ戻るため静かに廊下を歩いていた。
その時だ。
「――例の『仮想空間』における、サンプルの収集率だが」
ふと、通り過ぎようとした部屋の襖から、低く重厚な声が漏れ聞こえてきた。
僕は無意識に足を止める。
「ええ、順調です。やはり話題作りのために『客寄せのイレギュラー』を配置したのは正解でした。アクティブユーザー(実験体)の母数が増えれば増えるほど、あの事象シミュレータの演算精度は飛躍的に向上しますから」
「ふむ。しかし、先日のエキシビションの配信映像……ずいぶんと不自然に編集とカットを施していたと聞いたが?」
「……申し訳ありません。雇った『例のプレイヤー』が勝敗の枠を超え、与えられた上位権限の『神話具現』を暴走させて空間の消失を引き起こしたためです。一般層にシステムの裏側を見せるわけにはいきませんので、即座に映像を差し替えました」
「まったく。……まあよい。計画通り、大量の人間たちの無意識下における『選択データ』さえ抽出できればな」
足音が近づく気配を感じ、僕はすぐにその場を離れ、足早に自分の個室へと向かった。
心臓が、少しだけ早く脈打っている。
(『例の仮想空間』と言うワードにこの話……なるほど。
そういうことか)
脳内で、バラバラだった情報が一本の線に繋がっていく。
ランキング1位のバケモノ(カイザー)の消え際、自嘲気味に放った『クビ』という言葉。
まち子が引き起こした、拠点ごと消失させる理不尽なエラー。
そして何より――
僕が先日、星界の天球儀を作成するに至ったのは
『重力場における事象観測の真理』や『観測限界と波束の収縮』といった、ただの飾りにしては異常なまでに緻密に書き込まれていたガチの量子力学の学術論文の存在を知っていたからだ。
(ただのゲーム会社が、あそこまで狂った作り込みをするはずがない)
あの世界は、ただの娯楽じゃない。
国家規模の研究機関か、巨大な資本が『何かの実験』のために作り上げた巨大なシミュレータだ。
圧倒的な力を持っていた彼らは、ただ大衆の目を惹きつけ、プレイヤーという名の『演算リソース(サンプル)』を増やすためだけに運営から権限を与えられたサクラ(客寄せパンダ)だったというわけだ。
ジィサンと知り合ったリリース4日目の話は……雇われる前か。
純粋にプレイしていたところから運営の声がかかった……。
(まさか本当に悪巧みに使われているとはな。
調べるか?……いや……僕には関係ないな。)
僕は個室の襖に手をかけ、小さく口角を上げた。
(システムの手のひらの上で踊らされていると分かっていても、これほど盤面のしがいがある『お遊戯会』はない)
「――遅いぞイオリ! おい見ろよ高級〝蛤″ 筍 すき鍋だってよ!!」
「すっごいいい匂いだよイオリ君!!!」
「ぽよ〜〜〜!! ハマグリ羨ましいのだ〜〜〜〜〜〜!」
「ぽよんちゃんって甘いもの以外も食べるんですか?!」
「ルナールちゃん……結構天然……?」
襖を開けると、そこには相変わらずの騒がしい『日常』が待っていた。
僕はあえて彼らに今の話はせず、いつもの無表情を作って席についた。
彼らにはただ、僕の『正解』のための最高の駒(仲間)として動いてもらえばいいのだから。
第74話いかがだったでしょうか?
以前、この世界が何故、ここまで物理法則が再現できるかと言う理由をこの世界がマルクト(物質界)というシステムをもとに作られたからと言いましたが。
今回は何故マルクトなのかと言う、理由を少しだけお見せしました。
まち子が陣地を破壊したのは故意ではなく、暴走だったんですね。
今後の展開としては第6エリアに入りますのでこの密談の内容やまち子の詳細が分かるのは少し先のお話になります。
ドドンパとルナールの今後にもご注目ください。笑
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
2/26 8時10分に投稿致します!
少しでも「この世界やば」「どうなるか面白そう!」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の励みになります!




