第69話:混沌と聖刻、事象の地平に狂奏が響き、運命の裏口(バックドア)が開く瞬間へ
今回は、視点が1回切り替わります
序盤:まち子視点
中盤から:イオリ
◇ まち子視点
『あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!クソッッッ!!!』
VCを通して、うちの指揮官――『俺もお前も俺』が大きな声をあげて呻いている。
あの気だるげな彼がここまで取り乱すなんて。
盤面が相当な惨状なのはわかっているわよ……。
【黄金の不老(】による強制的な事象の再定義の連続発動。
それは、脳髄の奥を直接ヤスリで削られるような、
耐え難いデータの痛みだと彼は言っていた。
何度聞いても苦しそうな声。
現実の肉体や精神に影響が出ないといいけれど……。
『……はぁ、はぁ……。まち子ー……。プランB行くよー……。
ルナールの回線はさっきも言ったが、暗号資産化とかでブロックされたし、こんなんだしー。』
数秒後、先ほどの呻きが嘘のように、いつもの気だるげな口調に戻った彼から指示が飛ぶ。
『ハッハッハ! プランB? ナンダそれは!!!』
VCに割り込んできたリーダー(カイザー)の問いかけは無視する。
彼は何も知らない。
ただ『俺も』君の指示に従って剣を振らせるだけでいいのだから。
「わかったわ」
私は短く応え、自身の得物である【事象の地平線の大楯】
を構えた。
応えてちょうだい。私の絶対防御。
「【守護大楯・特異点の防壁】――『黒渦』発動」
私の大楯の中心から、極小の真っ黒な球体が生まれる。
その瞬間、虚空にデータが割れたようなエフェクトが走り、空間が限界まで歪む静かな予兆が世界を包んだ。
ミ、シ……ミシミシ……パリッッ……。
ズガガガガッ!
カッ!
凄まじい質量が、一点に集中する音。
極小だった黒い球体は、周囲の光やマナを強引に吸い込みながらみるみる大きくなり……やがて、空の一部を覆い尽くすほどの『巨大なブラックホール』へと変貌した。
これこそが、私たち『聖刻の円卓』の作戦の一つ。
何らかの都合で、スパイであるルナールの位置の割り出しや通信が阻害されたときに発動する、絶対的な目印。
『あの黒い穴を見たら、相手リーダー(イオリk)
に必ず連絡を入れ、合流を急げ』。
そして、『必ず接敵の中心――メイン戦場となる奴のいる場所へ向かえ』。
それが、ルナールに課された命令だった。
さて、迷子のリーダー(カイザー)にも言わないとね。
「カイザー、合流よ。あの黒い穴の下へ向かいなさい」
『了解シタ!!ドコダ?!』
見ればわかるでしょうに……ほんと、バカね。
まぁでも、「1対複数で勝てる」と息巻いて彼を最初から
最前線に出さなかったのだから、仕方ないわね。
『リンクさせてるんだからわかるだろー。糸見ろよ。
って、カイザー11ブロックも離れてんのかよー』
『遠そうダナ!ナルベク早く空からいくゾ!!』
「それ!『どこでも空中ジャンプ! 僕様の華麗なるジャンピン!』」
……相変わらず、痛い独自名(スキル名)ね。
『アタシもいく。
あのハゲ女を、凍らせて燃やしてやるよォォ!!!』
温度差で逝けよの、殺意に満ちた声が続く。
「戦闘形式も破って、こんなに追い詰められて……私達の神様が泣くわよ?」
私がため息まじりに言うと、俺も君がぼやくように返した。
『まち子ー。お前は陣地戻れよなー。
その黒穴使ったら、全ステータス下がってしばらく使い物に
ならねぇーしさー』
「パラディンの防御スキルくらいは使えるわよ」
『とにかく陣地頼むよー。
俺も万が一に備えて、用意してそっち行くわ』
そして彼は、別の回線へ向けて冷たく指示を落とした。
『それと、暗殺者さんよ。姿解いて、攻撃特化でいけ』
『 ―― ・ ―― ・ ・ ―― ・・ -・- 』
(System_Decode: 了解 R / 攻撃特化 ATK)
姿なき6人目の円卓が、無機質なモールス信号で応を返した。
◇ イオリ視点
円卓の指揮官による、理不尽な強制ロールバック(全回復)。
僕は天球儀のデータを睨みつけながら、ルナールに施した
バックドア(罠)を、どう最悪のタイミングで発動させてやろうかと盤面を計算していた。
その時だった。
「……ッ?」
突如、北のエリアの上空から、全ての色彩を奪い去るような
異様な『質量』が膨れ上がった。
空間の光や、流れる雲すらも物理的に吸い込み、周囲の景色をぐにゃりと歪める巨大な真っ黒な穴。
――『巨大なブラックホール(事象の地平線)』が出現したのだ。
「なっ……何だあれは……??」
僕は思わず、高速で回していた計算を止めて空を見上げた。
「ぽよ〜〜〜!? な、なんなのだ〜?!
でっかいおやつ……なのだ……?」
僕の横で、流石のぽよんも呆然としている。
あれがおやつに見えるなら、お前の味覚はブラックホールそのものだ。
(……以前、ルナールから聞き考えた予想。
指一本で持ち上がる大盾。
極小の重力崩壊、あるいは事象の地平線を盾というオブジェクトに持たせている……)
ガードガール、まち子か。
奴はブラックホールそのものを具現化させるのか……。
赤い鎧に盾。
温度差の『シヴァ』のように、何か神話のモチーフがあるはずだ。
『おい、待てよ。何だよありゃ……。空が、喰われてるぞ……』
『ほっほ……。まずいのう、あれは……。
あんなデタラメな質量、ちょっとやそっとじゃ止められんぞい』
VC越しに、ドドンパとジィサンの驚愕の声が響く。
まるで、世界のテクスチャそのものが物理的にバグを起こして崩落しているような、圧倒的で絶望的な光景。
僕たちはただ、仮想現実がただのゲームであることを忘れるほどの『異常』を、無言で見上げることしかできなかった。
『イオリさん……!!
どうすればいいですか?!』
静寂を破ったのは、試合中まともに話していなかったルナールからの切羽詰まったVCだった。
「……。ルナール、座標更新は?」
『動いていません……』
「南へ1.5ブロックだ。僕とフゥ、ミツルマン、ぽよんがいる」
『了解です。向かいますっ』
通信が切れる。
……なぜ今出てきた?
さっきフェンサーが言っていた「あいつ投入しない?」という言葉。
この絶妙なタイミングで現れた、あのバカでかいブラックホール。
(……なるほど。合図ってわけか)
なら、僕の予定に狂いなどないじゃないか。
ぽよんが商材をネタバラシした時と同様だ。
僕が引き起こす極彩色の暴走が、少しだけ早まったに過ぎない。
「ドドンパ、来れるか?」
『遠ざけたとおもったらまたお呼びかよっ!!
おう、いけるぜ』
「お前にもやってもらうことがある。僕の座標をARで出す、
きてくれ」
『了解っ!!』
◇ 特設フィールド 中央戦域
「お前らさー。まじで殺す」
陣地からの指揮をやめた敵の指揮官、『俺もお前も俺』が、
そして『温度差で逝けよ』が僕たちの目の前に到着した。
こいつらのVCでの会話から推測するに、敵のリーダーまでもがこちらに向かっているらしい。
「ごめんねー、約束破ってさ。ダサいなー俺ら」
フェンサーが剣を肩に担ぎ、薄く笑う。
「舐めてたよ、君たちの事。でもさ、もう終わりにするな?」
こちらも、離れた位置にいるシロロとジィサンを除いた
6名(僕、フゥ、ミツルマン、ぽよん、ドドンパ、そして合流したルナール)が対峙する形となった。
各々が距離を取りながら、静かに、そして苛烈に戦闘が開始される。
ただ、敵の指揮官(俺もお前も俺)だけは、戦闘に混じることなく後方で突っ立っているだけだった。
何をする気だ……?
僕は来るべき瞬間に備え、手元の武器の持ち替えUIを操作する。
「ぽよ〜〜!! ロン君が起きるまでスライム攻撃なのだ〜〜〜!!」
プォーン♪
「アホの一つ覚えが! 燃えろ!!【零式双極炎柱】!!」
ドッゴッッーーン!!!!
温度差が放つ極大の炎柱を、ミツルマンが真っ向から迎え撃つ。
「ああああいけーーーーー!!!」
シュピンッッッ!!!
彼の勇者の剣が凄まじい光量を放ち、ステータス補正の
「完全避け(回避率上昇50%)」によって、熱波の直撃を紙一重で弾き、すり抜けていく。
「またかよ!カウンター見舞ってやる!【雄武二点突き】!!」
「無駄よ。【石術師スキル:城壁】!!」
フェンサーの反射攻撃の射線を、フゥが的確なタイミングで隆起させた分厚い岩盤がことごとく遮断し、彼を完全に封じ込める。
だが、その死角から。
「チッ……! 【濃霧予兆】!!!!」
ドドンパがタクトを振り、空間のベクトルを可視化させた瞬間。
「アサシン野郎……カウント9!いや、3!!
攻撃の速度上がって……ッッ!!」
ステルスを完全に解除し、純粋な攻撃特化モードへと移行した6人目の暗殺者が、CT無しの理不尽なラッシュでドドンパの懐へとねじ込んできた。
漆黒の短剣が、乱反射するようにドドンパの身体を斬り刻む。
「ぐはっっっ……!!」
ドドンパのHPが一気に削られ、膝を折る。
「ごめーん!! お爺ちゃん案内してたー!!」
シロロの声が聞こえた。
「フッ……来たか二人で……!」
「【護法僧スキル:死生観・円寂】!!!」
その時、後方から駆けつけたジィサンは、
いつもの装備の門球打撃棍ではなく、荘厳な装飾が施された一本の『錫杖』を握っていた。
この老人の特殊職業である『護法僧』、その本来の武器である錫杖に持ち替え、ソレを力強く地面に突き立てる。
カァァァン……!
辺りに緑色の清らかな波紋が広がると、ドドンパのHPゲージが一瞬で全回復し、更には僕たち全メンバーのステータスに、**HP1残しの【ラストスタンド (Last Stand)】**のバフアイコンが点灯した。
「……ジィサン。この間聞いた時は、そんな食いしばり(ラストスタンド)の効果まであるなんて言ってませんでしたよね?」
「ほっほ! 言ってなかったかの??」
「強力な回復としか聞いてませんよ……全く……」
僕の呆れをよそに、戦況は完全に拮抗していた。
だが、その均衡を破ったのは、後方で苛立ちを募らせていた円卓の指揮官だった。
『お前らさー、いい勝負してる場合じゃ無いよー。もういいや』
酷く低く、怒りに震えた声で『俺もお前も俺』が吐き捨てる。
『ルナール!!今だやれ!!』
『引けよ!!俺たちの勝利を決定づける、
『運命』の第三楽章をさぁあ!!!』
『早くしロォォォ!!!!!!!』
ヤツの放った言葉が戦場に轟いた。
その言葉を聞いた瞬間、僕の口角が吊り上がり、暗黒の微笑が形作られた。
(――来る。)
僕もUIを弾き、イベントリから最初の『正解』を取り出す。
【装備変更:断崖写本杖】
僕の眼前に展開されたシステムウィンドウへ、杖のペン先を滑らせる。
【――記述。経路偽装】対象選択待機。
横にいたシロロとフゥに合図を目で送った。
個人的に送った指示の実行のために。
すると彼女たちは黙って頷き、インベントリからそれぞれ粉砕された『ただの石の粉』と、大量のシール……?
いや、小さな本……手帳か?
あれは……どういうことだ?!
(……僕は確かに『シールを空中に大量にばら撒け』と指示したはずだ。
なぜ本(手帳)を取り出している?
まさかこの緊迫した盤面で、シール集めでも始める気か……?)
相変わらず論理の通じない彼女の行動に、僕が思考を乱されかけた、その時だった。
「イオリさん………」
後方に居たルナールが、震える声でVCを入れた。
彼女がスパイであること。
円卓の指示で、僕たちのバフのふりをして、致命的な不協和音(敵有利バフ)を鳴らそうとしていることの葛藤か?
そんなことは、アトリエの全員がとうに知っているんだ。
震える必要はないぞ……ルナール。
「ほっほ! ワシは悲しい曲でも好きだぞぅ?!
えもーしょなると言うんだろぅ!!」
ジィサンが、豪快に笑い飛ばす。
「ルナール。褶曲した不安定な層は、いずれ断層となって
弾けるの。……さあ、その指で一気に解放なさい」
フゥが、地質学の例えに優しい熱を込めて語りかける。
「ぽよ〜!起きマカする様な、酷い音でもいいのだ〜!!」
「ぽよ〜〜!! 頑張れ〜〜!!」
「ぽよ〜〜〜〜! ルナール姉ちゃん頑張って!!」
ぽよんとシロロが、一緒になって無邪気な声援(?)を送り
ミツルマンは『ぽよ〜〜〜〜!』が音声認識をしたのか光り輝いている。
「ルナールちゃん、任せろよ。あとは全部、このデータバカ(イオリ)がなんとかするさ」
傷が癒えたドドンパが、ニヤリと笑って立ち上がる。
円卓からの冷たい命令と、アトリエからの狂気に満ちた、
けれど温かい言葉たち。
僕は静かに、彼女へ向けて告げた。
「言っただろう。その時が来たら、好きなように『弾け』と」
その言葉に、ルナールは顔を上げた。
「みんな……。……っ、やっぱり気付いてっ……!!!
ごめんなさい、ずっと騙していて……! でも、私……
このクラン(アトリエ)が本当に大好きでした……っ!!」
ポロポロとこぼれる涙を乱暴に拭い、彼女は背負っていた小ぶりな竪琴を力強く構え直した。
その瞳にもう、迷いはなかった。
「だから私、思いっきり弾きます!!
円卓の指示としてじゃなく……大好きなみんなに叩きつける、
私の最高の音楽を……っ!!」
ルナールの指先が、弦を強く弾く。
「聴いてください!!
【絶望の狂奏:第三楽章『運命』】!!!」
ジャァァァァァァァァァンッッ!!!!
彼女の絶対音感が叩き出した、完璧で、美しく、
そしてシステムを破壊するほどに狂気に満ちた不協和音が、
戦場を極彩色に染め上げていった。
第69話どうだったでしょうか??
ついにこの場面が来ました。
78%のバックドア発動まであと1話
それがどんな結果をもたらすか、是非観測していってくれるとありがたいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
2/23 夜20時に投稿致します!
少しでも「こいつヤバいな」「どうなるか面白そう!」と思っていただけたら、
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