第66話:裏観測者、連続のロールバックに酔い、見えない暗殺者を投下する
視点変更:『俺もお前も俺』視点
状況:シロロのダメージを喰らう直前から
◇ 特設フィールド 某所(聖刻の円卓 拠点)
薄暗い待機エリアのような自陣の拠点。
俺はふかふかの豪奢な椅子に深く沈み込み、空中に展開した無数の半透明なウィンドウを気怠げに眺めていた。
VCを通して聞こえてくる『温度差で逝けよ』(以下、温度差)の声。
ギャーギャー騒いで、ほんとうるさい奴だなー。
そんなことを考えていると、視界の端で真っ赤なアラートが明滅を始めた。
【System:警告】
【個体名『温度差で逝けよ』のHPが危険域(60%)に到達】
【System:死亡判定プロトコルを準備中……】
「あー……もう削られてんのかー。めんどくさー」
俺はため息をつきながら、武器のスキルを展開して操作する。
普通のプレイヤーなら回復魔法の詠唱でも始めるところだろうが、俺のスキルはそんなファンタジーなもんじゃない。
もっとシステム(根源)に近い、泥臭くて気持ちの悪い干渉だ。
【Dedicated-System:介入(Intervention)運営回線検知。】
[これより権限の塗り替えを開始します]
【Dedicated-System:全リソース強制徴用。】
[黄金の不老接続完了]
【Dedicated-System:対象の死亡判定を強制終了します]
【Dedicated-System:『林檎の天秤』による事象の再定義を実行しますか?】
うわ、めんどくさー。
「実行(Enter)」
俺は指先で空中のキーボードを弾いた。
タァンッ。
その瞬間、脳髄の奥を直接ヤスリで削られるような強烈な不快感が襲ってくる。
視界がブレて、自分自身の存在確率が世界から一瞬だけ剥離しそうになる感覚。
胃袋がせり上がり、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。
「あー……気持ちわりー……。この感覚なんとかならねぇーかなー」
俺は口元を押さえ、椅子の肘掛けに突っ伏した。
発動する度に、何か気持ちの悪い感覚がする。
正体は掴めんけど、ほんと最悪なスキルだわー。
数秒後、吐き気をねじ伏せてからVCのマイクをオンにする。
「えー、ちょっと温度差で逝けよー。何ダメージ貰っちゃってんのー?」
『……ふっ。流石だなぁ、薄気味男。
あんたの林檎の能力、ほんとどんな理不尽なサポートシステムしてんのよ』
VCの向こうから、傷一つなくなった己の体を確認した温度差の、余裕を取り戻した声が聞こえてくる。
毎度毎度、めんどくさいなぁー。
『悪い、逃げられたわ。あーイライラする。
けど楽しいよ。あのハゲ女いじめるの』
「チッ。さっさと一人落とせよなー」
俺が通信を切ろうとした、その時だった。
『 ―― ・ ―― ・ ・ ―― ・ 』
(System_Decode:呼び出し CQ / 応答求ム K)
頭の中に直接、冷たく無機質な電子音が響いた。
「……んー? どうしたー?」
通信の主は、円卓の『6人目』。
VCなどの肉声を一切使わず、モールス信号のみで盤面を報告してくる、姿なき暗殺者だ。
彼からの呼び出し音が響くとき、それは戦場の因果律が書き換わる前触れを意味している。
「通信確立(Link_Up)。……報告しろー」
『 ―― ・ ―― ・ ・・ ―― ・ ・ ―― ・・ 』
(System_Decode:敵発見 TRG / 数量-1 / 攻撃許可求ム AP)
姿も見せぬ『観測者』からの、死の宣告。
「……流石だねー、君は。仕事が早い」
敵はまだ『生きている』し『死んでいる』という量子的な重ね合わせの状態にある。
だが、指揮官である俺がこの信号に応答(観測の確定)をした瞬間に、事象は『死』へと強制的に収束する。
「承認(Authorize)。……消せー」
俺は躊躇なく、死のサインを出した。
敵1人はこれで確実に終了。そう確信していた。だが――。
『 --・- ・・- ・・--・ ・・・・- ・・・・- 』
(System_Decode:観測不能 UNK / ロスト LST)
「……はー? 意味がわからんてー」
俺は素でこぼした。
ロスト?
シュレディンガーの猫ですら、箱を開ければ「生」か「死」のどちらかに収束するはずだ。
「存在そのものが消失する」なんて、あり得ない。
『 --・- ・・- ・・--・ ・・・ ・・- --・ 』
(System_Decode:観測不能 UNK / 消失 LST / 糖分 SUG)
「……『糖分』だと? 奴、この土壇場で菓子を食ったのか」
モニター越しのヤツの送る符号が、あり得ない困惑に震えていた。
熱源反応なし。魔力残滓なし。存在確率、ゼロ。
攻撃が『外れた』のではない。
ヤツの放った死の事象そのものが、何者かに『喰われた』というのか?
「……追跡してー。消える直前の座標、報告してねー」
俺の指示と同時に、ヤツの指先が虚空で踊っているはずだ。
だが、俺の背筋には一筋の冷たい汗が伝っていた。
ヤツかー……。
フェンサーから話は聞いていた。
カオス・アトリエには一匹の「イレギュラー」がいる、と。
だが、その存在確率は完全に狂っている。
戦場という、確定した死の檻の中で、そいつはただ、菓子を食っていた。
『お菓子を食べる』というあまりにも無意味で不気味な儀式が、俺たちの完璧なシステム(布陣)を根底から揺るがし始めていた。
◇
『ハッハーハッハー!イズン(俺もお前も俺)よ!少しオチツケ!』
VCから鼓膜を突き破らんばかりの大音量が響いた。
うるさいウチのリーダー、カイザーからの通信だ。
「……カイザー、お前の方はどうなのー」
俺は試合開始直後、即座に自ら二つの職業スキル
【観測士:詳細観測】と【量子観測士:不可視の命脈】
でカイザーの位置を確定させていた。
ヤツがリーダーの為、一度陣営(シンボル前)に自ら出向かねばならなかったからねー。
あの馬鹿が前に出たがるせいで。
『ハッハッハ!ここがどこだかわからん!!』
悪気ゼロの豪快な笑い声。
『カイザーは勇者の子探してるみたいよ?』
別回線から、まち子の呆れたような声が挟まる。
「あーめんどくさ。待っててー」
先ほどのスキルは、見えない糸でメンバーを繋ぐ回線になる。
座標の特定もできるスキルだが……。
「ねぇーカイザー。何度も言ってるけど、動きながらスキル使うのやめてくれるー?」
対象が激しく動いているとノイズが混ざって座標がブレるのだ。
『あ。ハッハ……。スマヌ。止めたぞ!』
ピタリと、カイザーの移動ログが停止した。
「はいはい、確定させた。異常な光量観測したら言うからー」
『了解シター! 』
通信が切れる。
はぁ。
リーダーが馬鹿でほんと困るなー。
『ねぇ。俺ちゃん!琴葉どうする?』
今度はフェンサーからの通信だ。
「ルナールに認証させたけど、リンク出来なかったよー。まち子のスキルと同じ系統か、装備かなー」
ルナールとは、実は戦闘開始時に側でエンカウントした。
ラッキーとかって思ってたら、
【System:暗号資産化によりブロックされました】
とかって出たんだよなー。
『えー!マジで?ねぇ、カオスアトリエって結構やばくね?』
フェンサーが少し焦ったような声を出す。
『アタシもすぐやれると思ったんだけどな、ハゲ女』
温度差が不満げに付け加える。
俺もそうだったよー。
あそこには、厄介な奴がいる。
あの魔王のイレギュラーはどうしようもないが……。
『観測士:イオリk』あいつはやばい。
俺よりもずっと観測士。そしてイカれてやがる。
あいつはきっと、狐のスパイに気づいている。
その上で、泳がして利用しているんだとしたら……。
ルナールはこちらの駒としては、もう使えないかもしれないよなー。
めんどくさいなー。
『あっ。あの知的なお姉さんと接敵しまーす』
フェンサーのトーンが上がる。
「既にリンクしたけどー。ダメージもらうなよー。
アレ(ロールバック)発動すると気持ち悪い感覚あるんだわー」
『任せてよ! ……ちょえーっ!?待って、二人いるわ!!!
あの琴葉に入れ込んでるイケメンアバターのヤツ!!』
『はいはいー、全部返せよ。ガキフェンサー』
温度差が鼻で笑う。
『えー! 同い年なんだけどー!温ちゃんひどいンゴ〜!』
『きも、消えてなくなれハゲ』
『ハッハー!フェンサーキモいな!!!』
カイザーまで乱入してくる。
『フェン?流石にそれは守りきれないわ』
まち子がトドメを刺す。
『うっひょー!ひどいンゴねー!……って、あ、あれ?
俺ちゃんやばいわ。カウンター発動しない』
「……はー?」
『ちょ!!! 待ってまじ! やっばあのお姉さん!!! 』
ドゴォォォォォン!!!
VC越しに、凄まじい地盤の崩壊音と岩石が砕ける音が響き渡った。
『行こうか?』
まち子が冷静に問う。
『いやー、僕たち一応助っ人なし宣言してるんだよねー』
『あ、そう。頑張ってね』
『え!まち子ちゃん軽いねー!』
『テメェにだけは言われたくないだろ。なぁまち子』
見捨てるまち子と、冷笑する温度差。
「環境スキルー? どーゆーけー? 知的な女って、あの紫の服のメガネちゃんでしょー?」
フェンサーのカウンターは、敵から向けられた攻撃のベクトルをコピーし、エントロピーを逆転させて反射する理不尽な技だ。
それが発動しないということは……「フェンサー自身」への攻撃じゃない。
「環境そのもの」の崩落か何かに巻き込まれているのかー?
『そうそう!ああ、いってえええ!ひどいんゴー!』
ピコンッ!
視界でけたたましいアラートが鳴り響いた。
【Dedicated-System:全リソースを強制徴用】
[黄金の不老発動待機中]
【Dedicated-System:『林檎の天秤』による『事象の再定義』を実行しますか?】
「実行(Enter)」
タァンッ。
グシャァッ……!!
「あー……気持ちわりー……。うっぷ……」
再び、脳を直接かき混ぜられるような悪寒。
視界が歪み、胃液が逆流する。
『ちょ、まじごめーん!俺ちゃん!もっかい喰らう!!!』
ズドゴォォォォン!!!
ピコンッ!
【Dedicated-System:
『林檎の天秤』による『事象の再定義』を実行しますか?】
「……拒否っていいー?」
俺は本気で吐き気を堪えながら呟いた。
『いや、ダメでっしょ!なーに言ってるの俺ちゃん!!』
「……実行(Enter)」
タァンッ。
「おぇぇぇぇ……ッ」
連続のロールバック。
俺は完全に椅子から崩れ落ち、床に四つん這いになってえずいた。
環境スキルを使うあの女もだいぶ厄介だな。
死なないとは言え、これじゃ人数が少ないウチじゃジリ貧。
タイムアウトなんだよなー。
「……もういいでしょ、バレなきゃー」
俺は床に這いつくばったまま、乱れた息を整えて、特定の回線を開いた。
「モールス使いの暗殺者さんよー。……いけるかー?」
間髪入れず、脳内に鋭い電子音が叩き込まれる。
『 --・-・ -・ ・・-・- ・・--・ 』
(System_Decode: 任務破棄 ABN / 転進 MV / 座標求ム LOC )
「……即答かー。魔王は今はいいよー。そっち頼むわー」
俺はコンソールを操作し、ヤツにフェンサーの現在座標を
確認する。そこね。
目標座標を送信。
コンマ数秒のラグすらなく、鼓膜の奥で冷たく鋭い電子音が弾けた。
『 ・-・・ --- -・-・ -・- 』
(System_Decode: 座標受領 LOC / 了解 R )
「はやー……。頼んだよー」
俺は冷や汗を拭いながら、暗く笑った。
カウンターが効かないなら、それを行っている術者ごと、観測不能の『死』で刈り取るまでだ。
姿なき暗殺者が、今まさに狂気の戦場へと投下されようとしていた。
『俺』視点どうだったてしょうか?
不気味な回復の正体は『ロールバック』と言うある量子力学でした。
そして『イズン』と呼ばれた俺。
北欧神話の女神:イズン
コンセプトやモチーフがあります。
彼らの真核の作成過程エピソードは本編が終了した後に投稿する予定です。
〜次回予告〜
2/22 朝8時に投稿しますがストックが出来れば本日23時と明日朝8時の2本投稿します




