第59話:観測者、5億の融資で白紙の依頼書を買い、波束の収縮(インテリア)を大量購入する
◇ 混沌工房内
嵐のような『聖刻の円卓』の連中が去った後。
僕は冒険者端末を操作し、先ほどGMが追加していった真っ黒なアイコン『GMコール』をタップした。
【System:エキシビションマッチの参加可否を選択してください】
[参加する] / [辞退する]
「……直接部屋に呼ばれるわけじゃないのか。無機質なシステムだな」
僕は迷うことなく[参加する]のボタンを押した。
「送信完了だ。これで後戻りはできないぞ」
僕が振り返ると、フゥとジィサンは依然として難しい顔で考え込んでいた。
「イオリ君。さっきの話の続きだけど……相手の参加枠が6人に対して、来たのは5人だけだったわね」
フゥが腕を組み、空中に展開した掲示板のログをスクロールしながら言う。
「それのことなんだけど、これじゃないかしら。少し気になって調べていたの」
フゥが指差した先には、先週行われた
『第1回クランイベント(円環の回廊)』のハイライト映像のスレッドがあった。
「『誰が倒したか分からないキルがあった』……という書き込みね」
映像を見ても、何もない空間から突然攻撃判定だけが発生して、プレイヤーが倒されているわ。
カメラも捉え切れていないし、残っている情報はこれだけよ。
……それが、残りの1人じゃないかしら?」
「姿のない攻撃か。ただの光学迷彩なら、攻撃の瞬間に環境ノイズが走るはずだ。それが全くないということは……」
僕が状態を推測して頭を悩ませていると。
「今日、第5エリアでイオリk君が言っていたアレではないかのう?」
ジィサンが顎髭を撫でながら、ポツリとこぼした。
「……『シュレディンガーの猫』だったかの?」
「!!」
僕はハッと息を呑んだ。
箱を開けて観測するまで、猫の生死は重なり合っている(確定しない)。
もし、その量子の性質をスキルとして体現しているプレイヤーがいるとしたら。
「そうか、分かったぞ。僕たちが『観測していない』から、そこに『いない(確定していない)』んだな?」
「相当厄介な敵ね、それが本当なら……」
フゥが心配そうに僕の顔を見つめる。
「なら、強制的に『過剰な観測』を与えて、実数として引きずり出してやればいい……だがそんな簡単に行くかどうか」
僕が呟いたその時。
ピロンッ♪
思考から引き戻されるように、僕の冒険者端末から軽快な通知音が鳴った。
ーーーー
[送信元:ドドンパ]
[件名:今日はこのまま落ちるわ!]
すまねぇ!
なんか(円卓の連中のせいで)色々疲れちまったから、
ルナールちゃんと甘いモノ食べてゆっくりしてから、
今日はそのまま落ちるわ!
あと、明日から親を旅行に連れて行くからログインできないわ! 悪い!
※月曜有休でーす。笑
ーーーー
「……あいつめ。勝手にリアルの用事を優先しやがって。しかも有休だと? チッ」
僕は呆れながらメッセージを閉じる。
「あら、ドドンパ君らしいじゃない」
フゥがクスクスと笑う。
「ほっほ、ルナールのお嬢ちゃんへの心遣いじゃろう。若いというのは良いものだのう」
「……まぁいい。明日以降の予定だが、ドドンパがいない状態でも、Aチーム・Bチームで第5エリアの攻略の続きをして、 第6エリアの開放権限までは進めておく」
「ドドンパ君の穴はどうするんじゃ?」
ジィサンが尋ねる。
「どちらにせよ、あいつのタクトのスキル(指揮)は
『攻撃のカウントと予測』だ。敵に手の内がバレることがまずい以上、ルナールがいる状態では使い物にならない。
いない方が好都合とも言える。……もし攻略がキツいようなら、火力枠で助っ人を頼む」
僕は淡々と返す。
「そういえば、イオリ君」
フゥが不思議そうに首を傾げた。
「さっき、ルナールちゃんに
『その時が来たら好きなように弾きなさい』と言っていたけれど……あれはどういうことなの?
スパイに好き勝手させるつもり?」
「それは必要なタイミングで言う。
だが、フゥ。この決戦において、お前にも『特殊な動き』をしてもらう必要がある。
決戦前に、個人メッセージで連絡する」
「……分かったわ。貴方の指示なら従うわよ」
フゥはそれ以上追及せず、コクリと頷いた。
「ジィサン」
僕は老人の方へ向き直り、一つ質問を投げかけた。
「この間の【護法僧スキル:梵鐘の響き】。
あれは攻撃スキルでしたが……『治癒(回復)スキル』はあるのですか?」
「ん? ほっほ、あるぞい。というより、それこそが本来の護法僧のロールだからのう」
ジィサンはゲートボールスティックをトントンと突く。
「【死生観・円寂】という、かなり強力な範囲回復スキ ルがある。
距離指定がなかなかに長くてのう。武器をチェンジして本来の錫 杖を持てば、回復に専念することも可能じゃぞ?」
「……なるほど。場合によっては、回復の専任をお願いします」
「ほっほ、快諾じゃ。任せておけ」
「……そうか。戦闘中の武器チェンジか」
『World of Arche』のシステムでは、戦闘状態(ヘイトが向いている状態)であっても、30秒以内の攻撃動作・防御動作がない(ヘイトが切れている)場合は、インベントリから装備の変更が可能だ。
これまではその必要性を感じていなかったが、今、僕の限られ た時間を使って『そのための武器を新たに創り出す』
価値は十分にあるな。
僕がニヤリと笑うと、フゥが怪訝な顔をした。
「……何よ。貴方、まさかあのペン(断崖写本杖)から持ち替えるというの?」
「さてな。それは本番のお楽しみだ。だが、そのためには極上のモノを用意する必要があるな」
僕は悪びれる様子もなく、ジィサンに向かって、一切の申し訳なさを含まない堂々とした要望を突きつけた。
「ジィサン。……円卓の連中を完全に屠るための算段(武器を創るロジック)があります。5億G、融資してください」
「なっ……ご、5億!?」
フゥが目ん玉が飛び出そうなほど驚く。
「僕は今、手元に2億Gしかない。金を作る算段はありますが、僕が溜め込んでいる商材の需要が上がらないと即金は作れない」
「商材って……貴方、また何か企んでるのね?」
「『氷砂糖』と『岩塩』の在庫が腐るほどあります。
ぽよんに、配信で『第5エリアの必須攻略アイテム』として情報を流させる。
さらに、第6エリアのストーリーに大きく関わる『重要なキーアイテム(アルカナ)』をドロップするエネミーの存在を匂わせれば、需要は爆発します」
「なるほど。どうせ次のストーリーは全ユーザーがやることになる。先に第5エリアへの誘導を促して市場を動かすだけ、というわけね」
フゥが呆れ半分、感心半分で溜息をついた。
「ええ。必ず倍にして返すあてはありますので」
「……ほっほっほ!!」
ジィサンが腹を抱えて笑い出した。
「良いだろう! これが現実の投資ならもう少しリスクヘッジをするが……君には、ミツルマンのデビュー戦を華麗な『勝利』にデザインしてもらわねばならんからな!」
ポンッ♪
【System:ジィサンから500,000,000Gの送金を受けました】
「感謝します。……行くぞ」
僕は即座に身を翻した。
「えっ、どこに?」
「冒険者ギルドだ」
2人は何をするつもりかと疑問に思いながらも、僕の確信めいた顔を見て顔を見合わせた。
「……まぁ、いつものことね。その『悪い顔』をしてるイオリ君が、意味のない無駄遣いをするわけないもの」
フゥが呆れ混じりに溜息をつく。
「ほっほ、興味しかないのう。ワシもついていこう」
ジィサンが楽しそうに後に続いた。
◇ 始まりの街 エウレカ 冒険者ギルド
ギルドの重厚な扉を開けると、ロビーにいたプレイヤーたちが一斉にざわめいた。
「おい、あれ……『k』じゃね?」
「また何かクエストの発行か?!」
僕は周囲の声を全て無視し、迷うことなく受付嬢の元へ直行した。
「ギルドマスターはいるか?」
「あっ! イオリk様ですね。はい、いらっしゃいます」
受付嬢が奥へ手を向ける。
そこには、恰幅の良いギルドマスターが立っており、冒険者端末でウィンドウを操作していた。
僕は迷わず彼の元へ歩み寄る。
「以前買った依頼書を、もう一度買わせてくれ」
僕は単刀直入に告げ、先ほど借りた5億Gの送金ウィンドウを提示する。
「ふん。またお前か……」
ギルドマスターが横柄な態度で鼻を鳴らし、僕を見下ろした。
「まあいいだろう。ギルドの規定により、2回目以降の発行は半額だ。2億5000万G……きっちり払えるなら売ってやる」
「相変わらず金にがめついNPCだ。……だが、システムの仕様通りなら文句はない」
僕は即座に2.5億Gの送金を完了させた。
【System:アイテムを獲得しました】
[アイテム名]:【ギルド・オーナーシップ(白紙の依頼書)】
[価格]:250,000,000 G(※2回目割引適用)
[効果]:プレイヤー独自のクエストを作成し、全サーバーの掲示板に強制掲載できる。
僕はインベントリから、その古びた羊皮紙――【白紙の依頼書】を取り出し、即座に使用した。
ボワァッ!
使用した瞬間、羊皮紙が綺麗な青い炎に包まれて燃え尽きる。
完全に灰となって消えると、僕の目の前に、クエスト入力用の巨大なホログラムウィンドウが展開された。
僕はキーボードを叩き、一切の躊躇なく高速で条件を入力していく。
【クエスト名】:『k』の簡単凝視クエスト
【内容】:一定時間、指定する場所を見ろ
【報酬】:100,000 G
【人数制限】:エリア収容制限 1999人(先着順)
【開始時刻】:本日 20:00
【発動区域指定】:始まりの町 エウレカ
【禁止事項】:口外(ペナルティ:-1,000,000 G)
タァーンッ!
『クエスト発動』のボタンを力強く叩く。
ピロロロロッ!!
その瞬間、横にいるフゥやジィサン、そしてギルドマスター室の外の受付ロビーからも、一斉にプレイヤーたちの端末の通知音が鳴り響いた。
「なるほど。エリア指定で少しでも情報統制するのね」
フゥが通知を見て納得する。
「ああ。あいつら(円卓)は、第5エリアに行くと言っていたからな。あんな極寒の迷宮の攻略中に、街の限定クエストの通知になんて気づきやしないさ」
(ルナールが居るだろうが……彼女がこのクエストの存在を、わざわざ円卓に流すかどうか……見物だな)
「お小遣い稼ぎじゃのー、ほっほ」
ジィサンが、自分が出したお金(の一部)が報酬になっているのにも関わらず、楽しそうに[クエストを受注する]のボタンを押した。
すると。
【System:禁止事項の通知】
【これより、本クエストの口外ペナルティが一定期間敷かれます。】
という警告文が、ジィサンの目の前に表示された。
「さて、クエストの開始時間まであと2時間あるな」
僕は踵を返し、ギルドを出た。
「次は何処へ行くの?」
「本屋だ」
◇ 始まりの街 エウレカ 書店
僕は書店の棚の端から端までを高速でスキャンし、目当ての本を次々とインベントリに放り込んでいった。
『概念的味覚の付与術式』
『不可視領域の光学解体書』
『重力場における事象観測の真理』
「……ちょっと、イオリ君。一体何のためにこんな
『インテリアアイテム(本)』を大量に買っているの?」
フゥが呆れ顔で聞く。
「そうだ、システム上はただのハウジング用のインテリアアイテムだ。だが、この世界はバカみたいに全てに細かく凝って、マルクト(物質界)としての世界観を構築している」
僕は分厚い装丁を撫でながら、忌々しそうに、そして少しだけ楽しそうに笑う。
「つまり、これらの本は中身が白紙じゃない。
高度な学問書としてしっかりと『読める』んだよ。
……ハウジングで飾るだけの本に、ここまでガチの学術論文を書き下ろしている狂気(グラフィッカーの無駄な労力)。
やはりこのゲームの運営はどうかしているな」
僕はニヤリと笑い、さらに奥の棚から一番分厚い本を引き抜いた。
「フッ、これで幾許か僕の計算の工程が省けるな……」
僕はその本――『観測限界と波束の収縮』を、躊躇なく50冊まとめて購入した。
カイザーの『遅延選択(量子力学)』などを物理的にへし折るための、絶対的なロジック(兵器)。
「僕は次なる自分の『正解』を作り出す。……円卓の幼稚園児どもに、本物の化学と物理の絶望を教えてやる」
僕は大量の学術書を抱え、薄暗い笑みを浮かべた。
遂にイオリ2本目の作成回です……。
これが終われば聖刻の円卓とのクランイベント戦になります!
〜次回予告〜
ストックがないため未定です!




