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第59話:観測者、5億の融資で白紙の依頼書を買い、波束の収縮(インテリア)を大量購入する


混沌工房カオス・アトリエ


 嵐のような『聖刻の円卓』の連中が去った後。


 僕は冒険者端末を操作し、先ほどGMが追加していった真っ黒なアイコン『GMコール』をタップした。


【System:エキシビションマッチの参加可否を選択してください】

[参加する] / [辞退する]


「……直接部屋に呼ばれるわけじゃないのか。無機質なシステムだな」


 僕は迷うことなく[参加する]のボタンを押した。


「送信完了だ。これで後戻りはできないぞ」


 僕が振り返ると、フゥとジィサンは依然として難しい顔で考え込んでいた。


「イオリ君。さっきの話の続きだけど……相手の参加枠が6人に対して、来たのは5人だけだったわね」


 フゥが腕を組み、空中に展開した掲示板のログをスクロールしながら言う。


「それのことなんだけど、これじゃないかしら。少し気になって調べていたの」


 フゥが指差した先には、先週行われた

『第1回クランイベント(円環の回廊)』のハイライト映像のスレッドがあった。


「『誰が倒したか分からないキルがあった』……という書き込みね」

映像を見ても、何もない空間から突然攻撃判定だけが発生して、プレイヤーが倒されているわ。

カメラも捉え切れていないし、残っている情報はこれだけよ。

……それが、残りの1人じゃないかしら?」


「姿のない攻撃か。ただの光学迷彩ステルスなら、攻撃の瞬間に環境ノイズが走るはずだ。それが全くないということは……」


 僕が状態ロジックを推測して頭を悩ませていると。


「今日、第5エリアでイオリk君が言っていたアレではないかのう?」


 ジィサンが顎髭を撫でながら、ポツリとこぼした。


「……『シュレディンガーの猫』だったかの?」


「!!」


 僕はハッと息を呑んだ。


 箱を開けて観測するまで、猫の生死は重なり合っている(確定しない)。


 もし、その量子の性質をスキルとして体現しているプレイヤーがいるとしたら。


「そうか、分かったぞ。僕たちが『観測していない』から、そこに『いない(確定していない)』んだな?」


「相当厄介な敵ね、それが本当なら……」


 フゥが心配そうに僕の顔を見つめる。


「なら、強制的に『過剰な観測』を与えて、実数として引きずり出してやればいい……だがそんな簡単に行くかどうか」


 僕が呟いたその時。


 ピロンッ♪

 思考から引き戻されるように、僕の冒険者端末から軽快な通知音が鳴った。


 ーーーー

[送信元:ドドンパ]

[件名:今日はこのまま落ちるわ!]

 すまねぇ!

 なんか(円卓の連中のせいで)色々疲れちまったから、

 ルナールちゃんと甘いモノ食べてゆっくりしてから、

 今日はそのまま落ちるわ!

 あと、明日から親を旅行に連れて行くからログインできないわ! 悪い!


 ※月曜有休でーす。笑

 ーーーー


「……あいつめ。勝手にリアルの用事を優先しやがって。しかも有休だと?  チッ」


 僕は呆れながらメッセージを閉じる。


「あら、ドドンパ君らしいじゃない」


 フゥがクスクスと笑う。


「ほっほ、ルナールのお嬢ちゃんへの心遣いじゃろう。若いというのは良いものだのう」


「……まぁいい。明日以降の予定だが、ドドンパがいない状態でも、Aチーム・Bチームで第5エリアの攻略の続きをして、    第6エリアの開放権限までは進めておく」


「ドドンパ君の穴はどうするんじゃ?」


 ジィサンが尋ねる。


「どちらにせよ、あいつのタクトのスキル(指揮)は

『攻撃のカウントと予測』だ。敵に手の内がバレることがまずい以上、ルナールがいる状態では使い物にならない。

いない方が好都合とも言える。……もし攻略がキツいようなら、火力枠で助っ人を頼む」


 僕は淡々と返す。


「そういえば、イオリ君」


 フゥが不思議そうに首を傾げた。


「さっき、ルナールちゃんに

『その時が来たら好きなように弾きなさい』と言っていたけれど……あれはどういうことなの? 

 スパイに好き勝手させるつもり?」


「それは必要なタイミングで言う。

 だが、フゥ。この決戦において、お前にも『特殊な動き』をしてもらう必要がある。

 決戦前に、個人メッセージで連絡する」


「……分かったわ。貴方の指示なら従うわよ」


 フゥはそれ以上追及せず、コクリと頷いた。


「ジィサン」


 僕は老人の方へ向き直り、一つ質問を投げかけた。


「この間の【護法僧スキル:梵鐘の響き】。

 あれは攻撃スキルでしたが……『治癒(回復)スキル』はあるのですか?」


「ん?  ほっほ、あるぞい。というより、それこそが本来の護法僧のロールだからのう」


 ジィサンはゲートボールスティックをトントンと突く。


「【死生観・円寂しせいかん・えんじゃく】という、かなり強力な範囲回復スキ ルがある。

 距離指定がなかなかに長くてのう。武器をチェンジして本来の錫 杖を持てば、回復に専念することも可能じゃぞ?」


「……なるほど。場合によっては、回復ヒーラーの専任をお願いします」


「ほっほ、快諾じゃ。任せておけ」


「……そうか。戦闘中の武器チェンジか」


『World of Arche』のシステムでは、戦闘状態(ヘイトが向いている状態)であっても、30秒以内の攻撃動作・防御動作がない(ヘイトが切れている)場合は、インベントリから装備の変更が可能だ。


 これまではその必要性を感じていなかったが、今、僕の限られ た時間リソースを使って『そのための武器を新たに創り出す』

価値は十分にあるな。


 僕がニヤリと笑うと、フゥが怪訝な顔をした。


「……何よ。貴方、まさかあのペン(断崖写本杖)から持ち替えるというの?」


「さてな。それは本番のお楽しみだ。だが、そのためには極上のモノを用意する必要があるな」


 僕は悪びれる様子もなく、ジィサンに向かって、一切の申し訳なさを含まない堂々とした要望を突きつけた。


「ジィサン。……円卓の連中を完全に屠るための算段(武器を創るロジック)があります。5億G、融資してください」


「なっ……ご、5億!?」


 フゥが目ん玉が飛び出そうなほど驚く。


「僕は今、手元に2億Gしかない。金を作る算段はありますが、僕が溜め込んでいる商材の需要が上がらないと即金は作れない」


「商材って……貴方、また何か企んでるのね?」


「『氷砂糖』と『岩塩』の在庫が腐るほどあります。

ぽよんに、配信で『第5エリアの必須攻略アイテム』として情報を流させる。

さらに、第6エリアのストーリーに大きく関わる『重要なキーアイテム(アルカナ)』をドロップするエネミーの存在を匂わせれば、需要は爆発します」


「なるほど。どうせ次のストーリーは全ユーザーがやることになる。先に第5エリアへの誘導を促して市場を動かすだけ、というわけね」


 フゥが呆れ半分、感心半分で溜息をついた。


「ええ。必ず倍にして返すあてはありますので」


「……ほっほっほ!!」


 ジィサンが腹を抱えて笑い出した。


「良いだろう!  これが現実の投資ならもう少しリスクヘッジをするが……君には、ミツルマンのデビュー戦を華麗な『勝利』にデザインしてもらわねばならんからな!」


 ポンッ♪

【System:ジィサンから500,000,000Gの送金を受けました】


「感謝します。……行くぞ」


 僕は即座に身を翻した。


「えっ、どこに?」


「冒険者ギルドだ」


 2人は何をするつもりかと疑問に思いながらも、僕の確信めいた顔を見て顔を見合わせた。


「……まぁ、いつものことね。その『悪い顔』をしてるイオリ君が、意味のない無駄遣いをするわけないもの」


 フゥが呆れ混じりに溜息をつく。


「ほっほ、興味しかないのう。ワシもついていこう」


 ジィサンが楽しそうに後に続いた。


 ◇ 始まりの街 エウレカ 冒険者ギルド

 ギルドの重厚な扉を開けると、ロビーにいたプレイヤーたちが一斉にざわめいた。


「おい、あれ……『k』じゃね?」


「また何かクエストの発行か?!」


 僕は周囲の声を全て無視し、迷うことなく受付嬢の元へ直行した。


「ギルドマスターはいるか?」


「あっ!  イオリk様ですね。はい、いらっしゃいます」


 受付嬢が奥へ手を向ける。


 そこには、恰幅の良いギルドマスターが立っており、冒険者端末でウィンドウを操作していた。

 僕は迷わず彼の元へ歩み寄る。


「以前買った依頼書を、もう一度買わせてくれ」


 僕は単刀直入に告げ、先ほど借りた5億Gの送金ウィンドウを提示する。


「ふん。またお前か……」


 ギルドマスターが横柄な態度で鼻を鳴らし、僕を見下ろした。


「まあいいだろう。ギルドの規定により、2回目以降の発行は半額だ。2億5000万G……きっちり払えるなら売ってやる」


「相変わらず金にがめついNPCだ。……だが、システムの仕様通りなら文句はない」


 僕は即座に2.5億Gの送金を完了させた。


【System:アイテムを獲得しました】

[アイテム名]:【ギルド・オーナーシップ(白紙の依頼書)】

[価格]:250,000,000 G(※2回目割引適用)


[効果]:プレイヤー独自のクエストを作成し、全サーバーの掲示板に強制掲載できる。


 僕はインベントリから、その古びた羊皮紙――【白紙の依頼書】を取り出し、即座に使用アクティベートした。


 ボワァッ!


 使用した瞬間、羊皮紙が綺麗な青い炎に包まれて燃え尽きる。


 完全に灰となって消えると、僕の目の前に、クエスト入力用の巨大なホログラムウィンドウが展開された。


 僕はキーボードを叩き、一切の躊躇なく高速で条件を入力していく。


【クエスト名】:『k』の簡単凝視クエスト

【内容】:一定時間、指定する場所を見ろ

【報酬】:100,000 G

【人数制限】:エリア収容制限 1999人(先着順)


【開始時刻】:本日 20:00

【発動区域指定】:始まりの町 エウレカ

【禁止事項】:口外(ペナルティ:-1,000,000 G)


 タァーンッ!


『クエスト発動パブリッシュ』のボタンを力強く叩く。


 ピロロロロッ!!


 その瞬間、横にいるフゥやジィサン、そしてギルドマスター室の外の受付ロビーからも、一斉にプレイヤーたちの端末の通知音が鳴り響いた。


「なるほど。エリア指定で少しでも情報統制するのね」


 フゥが通知を見て納得する。


「ああ。あいつら(円卓)は、第5エリアに行くと言っていたからな。あんな極寒の迷宮の攻略中に、街の限定クエストの通知になんて気づきやしないさ」


(ルナールが居るだろうが……彼女がこのクエストの存在を、わざわざ円卓に流すかどうか……見物だな)


「お小遣い稼ぎじゃのー、ほっほ」


 ジィサンが、自分が出したお金(の一部)が報酬になっているのにも関わらず、楽しそうに[クエストを受注する]のボタンを押した。


 すると。


【System:禁止事項の通知】

【これより、本クエストの口外ペナルティが一定期間敷かれます。】

 という警告文が、ジィサンの目の前に表示された。


「さて、クエストの開始時間まであと2時間あるな」


 僕は踵を返し、ギルドを出た。


「次は何処へ行くの?」


「本屋だ」


 ◇ 始まりの街 エウレカ 書店

 僕は書店の棚の端から端までを高速でスキャンし、目当ての本を次々とインベントリに放り込んでいった。


『概念的味覚の付与術式』


『不可視領域の光学解体書』


『重力場における事象観測の真理』


「……ちょっと、イオリ君。一体何のためにこんな

 『インテリアアイテム(本)』を大量に買っているの?」


 フゥが呆れ顔で聞く。


「そうだ、システム上はただのハウジング用のインテリアアイテムだ。だが、この世界はバカみたいに全てに細かく凝って、マルクト(物質界)としての世界観を構築している」


 僕は分厚い装丁を撫でながら、忌々しそうに、そして少しだけ楽しそうに笑う。


「つまり、これらの本は中身が白紙じゃない。

高度な学問書としてしっかりと『読める』んだよ。

……ハウジングで飾るだけの本に、ここまでガチの学術論文を書き下ろしている狂気(グラフィッカーの無駄な労力)。

やはりこのゲームの運営はどうかしているな」


 僕はニヤリと笑い、さらに奥の棚から一番分厚い本を引き抜いた。


「フッ、これで幾許か僕の計算プログラミングの工程が省けるな……」


 僕はその本――『観測限界と波束の収縮』を、躊躇なく50冊まとめて購入した。


 カイザーの『遅延選択(量子力学)』などを物理的にへし折るための、絶対的なロジック(兵器)。


「僕は次なる自分の『正解』を作り出す。……円卓の幼稚園児どもに、本物の化学と物理の絶望を教えてやる」


 僕は大量の学術書を抱え、薄暗い笑みを浮かべた。

遂にイオリ2本目の作成回です……。

これが終われば聖刻の円卓とのクランイベント戦になります!


〜次回予告〜

ストックがないため未定です!

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