第54話:観測者、音を視る同類と共振し、立ったまま眠るマカロン(寝マカ)を記録する
◇ 第5エリア グラキエス・ロタ・チェンバー 【第2の間:霜柱の迷い路】
「ロン君……お前はとんでもないな……」
僕の言葉に呼応するかのように、ぽよんの横に立つ王笏が揺れた。
プルンっ♪
「ぽよ〜! ロン君すごいのだ〜!」
「ぽよん様!! お疲れ様です!!」
合流したぽよんに、ルナールが駆け寄って挨拶をする。
「ルナールなのだ〜! 人間kにいじめられてないのだ〜?!」
「おやつ持ってるのだ〜?」
ぽよんは、ルナールの心配をしている。
(……僕をなんだと思っているんだ。それに最後のはただの強盗だぞ)
「大丈夫ですぽよっ! お話楽しくて、すっごくワクワクしてますっ!!」
ルナールが笑顔で答える。
「なんだか、楽しそうね貴女」
「うん! なんか笑い方が自然になった!! カワイイ!」
フゥとシロロが、ルナールの顔を覗き込んで言う。
「えっ! ……すっっごく楽しいです!! 掲示板の噂、ほんとだったんだって!!」
「俺、怖くて見てないんだよなー」
ドドンパが頭を掻きながら苦笑いする。
「ぽよんも、このクラン好きなのだ〜!」
ぽよんが両手を挙げて万歳すると、横にいるロン君も同じく触手で手(?)を挙げてバンザイのポーズをとった。
「ほっほ、ゲームとはいえ、そこにある関係や気持ちは本物だからのう」
ジィサンが目を細め、穏やかに笑う。
「オレもみんな好きだぞ! ドド兄ちゃんもkおじさんも、全員!」
ミツルマンが元気に叫ぶと、ジィサンはさらにニコニコと顔を綻ばせた。
「ぽよ〜〜!? 勇者〜! 魔王は? なのだ〜!!」
ぽよんが慌てて自分の存在をアピールする。
「え? オマエも大好き」
ミツルマンが屈託のない真っ直ぐな笑顔で答えた。
「ぽよっ!?」
ぽよんはそのストレートな言葉に、まるでハートを射抜かれたような仕草をして手を胸に当てた。
純粋に『大好き』と言う、他のヤツらとは違う言い回しにやられたようだ。IQ3の魔王は勇者のピュアな攻撃に弱いらしい。
「ゲームだけじゃなくて、仲間との会話も楽しむ……素敵です……」
ルナールがポツリとこぼした。
彼女の顔に一瞬だけ暗い表情が灯ったが、すぐに顔を上げて言った。
「仲間がいるっていいですね! 会話聞いてるだけでも楽しい!!」
その顔は、これでもかと言うほどに明るく輝いていた。
(……本音か、演技か)
僕は一度『スパイ』だと確信してしまったモノに対して、疑いの目でしか見ることができない。
だが、ジィサンの言った言葉が頭をよぎる。
『情とは時に人を動かす。情報が全てではない』
僕には計算できない『情』という変数が、別の『正解』を持っているかもしれない。
「ルナールちゃん! バカやってそれでも一緒に楽しめる仲間ってのはな、戦闘でも最大の『バフ』になるんだぜ!!」
ドドンパが親指を立てて言う。
「お兄ちゃんたちがいたから、オレは勇者になれたんだ! ルナールお姉ちゃん!」
「そうだのうミツルマン、勇気をくれたのは彼らだの?」
「うん! だからオレは勇者として、みんなを守るの!! 『とーーっ!』」
ミツルマンが剣を構えてポーズをとると、彼の体に神々しい光のオーラが灯った。
彼の持つ『輝石の勇者剣・凱旋k』の固定パッシブの効果が発動したのだろう。
MP消費などのデメリットが一切ない、特定の音波入力だけの自発ATK上昇バフ。
(……今考えても、僕はなんて無茶苦茶なモノを記録設計したんだ……)
「ミツルマン君光ってるー! カワかっこいい!!」
「ほっほっほ」
「よっしゃー! いくぜ勇者ミツルマン! 魔王からみんなを守る為の旅はまだ続くぜ!」
「やっぱ、ぽよん倒されるぽよ〜〜〜〜?!?」
「ドド兄ちゃん、魔王はオレのダチだから」
ミツルマンの純粋すぎるカウンターを受け、ドドンパが「そ、そうだな」と冷や汗を掻きながらミツルマンの頭を撫でている。
ふと横を見ると、フゥは四つん這いになり、先ほど倒した『幻氷の潜伏者』の破片が落ちていた地面をペロペロと舐めているみたいだ。
……ん? 舐めている?
僕は一瞬脳がショートしかけたが、「あいつならクリオライトの成分を味覚で確認することくらいやるだろう」と、今の今まで視界に入っていながら自然に受け入れていた自分を再認識した。
このクランの日常は、僕の常識のキャパシティを確実にバグらせている。
「イオリk君、魔王のお嬢ちゃんも来た事だし、進もうかの?」
「ええ。……ロン君、行けるか?」
僕は観測史上最も理解の出来ないバグに向かって問いかける。
ゲプっ♪
クカー……クカー……。
マカロンはクリオライトの欠片をさらに捕食したのか、満足げなゲップをして、その場でスヤスヤと寝息(?)を立て始めた。
「ぽよんのロン君、お腹いっぱいなのだ〜! 寝たのだ〜!」
「ロン君、ほんとにすごい……こないだのメンテナンスの修正内容って……ロン君のことですか?」
ルナールも気づいたらしい。
当然だ。このマカロン的除雪重機は、どうやっても隠し通せるものではない。
(……マカロン的とはなんだ全く)
だが、僕らは観測してしまっている。見たことで存在が確定してしまっているのだから、そこにあるのだ。
箱の中の生死が、観測者によって収束するように……まるで、タチの悪い『シュレディンガーの猫』だな。
ロン君が寝てしまったので、僕らは先ほど【第1の間】を抜けた時と同じ要領で進むことにした。
フゥが氷の壁に耳を当てて正解を聴き分け、まずはAチーム(フゥ、ジィサン、ミツルマン、シロロ)が壁を壊して先行する。
「よし、俺たちも行くぞ!」
Aチームが奥へ進んで壁が再生成された後。
僕たちBチーム(僕、ドドンパ、ルナール、ぽよん)は、前回のように『転送ガチャ』で正解を引こうと、現在地から一番近い壁を塩と砂糖で破壊した。
失敗壁だった事で、ノイズと共に僕らは転送された
しかし、転送先で目を開けた時――視界に広がっていたのは、先ほどの転送ガチャで何度も見るうちにすっかり見慣れてしまった景色だった。
「あれ? なんだここ。最初の入り口じゃね?」
「ほんとですね、移動してきた時と同じ場所……」
「どう言う事なのだ? 転送? 何言ってるのだ〜〜? おやつ食べていいぽよ?」
これは、まさか……。
僕は嫌な予感を確信に変えながら、現在地のログを確認した。
【観測ログ】
・現在地エリア更新:【第1の間:凍てつく八面】
【System:フロア走破失敗】
[ペナルティ:進行状況のリセットを実行]
「……第1の間に戻った様だ」
「はぁ?! まじか! じゃあ、最初の部屋でしか使えない技なのかよ、あの転送ガチャ!」
ドドンパが頭を抱える。
「なるほど……途中の部屋で間違えると、入り口まで強制送還されるペナルティなんですね」
ルナールが状況を理解して呟く。
「……厄介だな。Aチームがいない今、【第1の間】はまだしも、道中の部屋でこの『正解の壁』を引き当てるまで転送ガチャを繰り返すのはリスクが高すぎる」
僕は現在地のログと、パーティの残存リソースを天秤にかける。
今のBチームには、壁の奥の空洞(空間)を物理的に聴き分けるフゥの耳がない。
僕の《地殻共鳴手甲》で壁に振動を与えることはできても、その跳ね返ってくる微細な音の差を解析する術が――。
「あの……イオリさん。私、やってみましょうか?」
思考の海に沈みかけていた僕に、ルナールが控えめに声をかけてきた。
「お前が? 氷の成分分析や、地質学の知識があるのか?」
「いえ、そういう学問的なことは全然わかりませんけど……。イオリさんが壁に『音(振動)』を当ててくれるなら、その音の『減衰』と『波長』なら、私にも聴き分けられると思うんです」
彼女は背負っていた小ぶりな竪琴を胸の前に構え、真剣な瞳で僕を見つめた。
「……やってみろ」
僕は壁に近づき、先ほどと同じように《地殻共鳴手甲》を氷に押し当てた。
「記述。――『低周波』から『高周波』へ」
魔力を伴わない純粋な物理振動。いわゆる『スウィープ信号(連続的に変化する音)』を壁に流し込む。
ヴィィィィィン……という微細な振動音が、氷の壁を伝って部屋に響いた。
ルナールは壁に直接耳を当てるのではなく、少し離れた位置で、壁に向かって竪琴を構え、一本の弦にそっと指を乗せた。
「……ツ、ツ、と音が途切れます。壁の奥で振動が吸収されています。ハズレです」
1枚目の壁。彼女は一瞬でそう断言した。
僕が無言で隣の壁に移動し、再びスウィープ信号を流す。
2枚目、3枚目……彼女は目を閉じ、ただ空気を震わせる波形だけを追っている。
そして、5枚目の壁に僕が振動を流した、その時だった。
フォォォォン……!
ルナールが指を乗せていた竪琴の弦が、弾いてもいないのに、微かに、しかしハッキリと独りでに震えて音を鳴らした。
「……なるほど。共鳴板か」
「はい。この壁の奥には空洞(空間)があります。だから、特定の周波数の音が壁を突き抜けて空間で反響し、私の竪琴の弦と『共振』を起こしたんです」
彼女はゆっくりと目を開き、一切の淀みない声で告げた。
「反響した音のピークは442Hz。他のダミーの壁と比べて、音の減衰遅延が約120ミリ秒長く発生しています。間違いありません。ここが正解の『空洞』です」
「…………」
僕は息を呑み、彼女の横顔をまじまじと見つめた。
フゥが「経験と直感(石への愛)」で音を聴き分けていたのに対し、この女は違う。
ルナールは、音を『音楽』として聴いているんじゃない。
波形データの『異常値』として、鼓膜でデコード(解析)しているんだ。
(……絶対音感。それは彼女にとって、生体に備わった高精度の周波数解析機と同義か)
「……あの、私、子供の頃からずっとこうなんです」
ルナールは少し自嘲気味に、自分の狂気(特異性)を語る。
「現実でも、ドレミなんて聞こえてなくて。ただの空気の震えが、何Hzで、どれくらいの振幅なのか。それが数字の羅列みたいに脳に直接張り付いてくるだけで……」
「音楽が好き」と言いながら、その実態は、音という物理現象を極限まで解体・数値化してしまう『観測者』の目。
(……なんだ。お前、僕と同じ側の人間じゃないか)
彼女が『聖刻の円卓』のような、偏差値の低いファンタジーごっこ(物語)に染まりきれない理由が、今ハッキリと分かった。
この女は、物語ではなく、僕と同じ『物理現象』で世界を視ているのだ。
「上出来だ、ルナール。お前の『耳(解析機)』は信用に足る」
「えっ……?」
彼女が目をパチクリとさせるのを余所に、僕はインベントリから『岩塩』と『氷砂糖』を取り出した。
「正解が分かれば、あとは僕の仕事だ。ぽよん、ドドンパ。かき氷を作るぞ」
「おう! 待ってました!」
僕が正解の氷壁に塩と砂糖をぶちまけ、ドドンパが蹴りで表面に傷をつける。
急激な凝固点降下により、壁はドロドロのシャーベット状に崩れ落ちた。
ブツンッ、という強制転送のノイズは起きない。
奥には、間違いなく青白い石碑の置かれた転送部屋が広がっていた。
「ぽよ〜! かき氷なのだ〜!」
ロン君は未だに、ぽよんの横でグースカと立ったまま寝ている。
僕のバイブルに 『寝マカ(寝ているマカロン)』 の用語が追加された瞬間だった。
「行くぞ。僕とお前の『観測』があれば、この迷宮のギミックはただの消化試合だ」
僕がそう声をかけると、ルナールは一瞬だけ泣きそうな、ひどく複雑な顔をした後。
「……はいっ!」と、今日一番の明るい声で頷き、僕たちの後を追って転送部屋へと足を踏み入れた。
僕はこの瞬間から、ルナールのデータを『スパイ』及び『音で数字とデータの世界を視る者』と書き換えた。
――これは後で聞いた話だが、先行したAチームではジィサンがこう言っていたらしい。
「ミツルマンが勇者すぎて、ワシ泣いちゃう! かっこ良かったんだぞぅ?」
それはそうだ。僕の最高傑作の『正解』なのだから。
(だが、その報告と同時に、過去の崖上での『孫の話28分・本題2分』という地獄のログがフラッシュバックした僕は、静かにジィサンから距離を取り、逃げた)
ルナールの圧倒的な解析能力を得た僕たちは、迷うことなく【第1の間】【第2の間】の正解壁を連続で引き当て、先行するAチームとの合流を目指して【第3の間】へと足を進めた。
だが、この時の僕たちはまだ知らなかった。
先行したAチームとの合流後……目を覚ましたあのマカロン(バグ)が、この絶対零度の迷宮の根幹を揺るがすほどの『最凶の強さ』を見せつけることになるということを。
ルナールを少しずつ認め始めるイオリ。
だけど心の中には未だスパイという文字が強く残っています
そして僕も書いていてよくわからないパワーワード
立ったまま眠るマカロンのロン君を表す言葉『寝マカ』
ですがもうこう書くしかなかった!笑
〜次回予告〜
2/17 22:30に投稿します!!




