第53話:観測者、石の意思を聴き分け、哀れな狐に極上の『偽装データ』を囁く
今回は長めです……!!
◇ 第5エリア グラキエス・ロタ・チェンバー
【第1の間:凍てつく八面】
僕が音響探知のために氷の壁へ手を当てに行こうとしている間、後ろからはドドンパとルナールの声が聞こえてくる。
「み、みなさんいつもこんな感じですか?」
「ん? どれのこと?」
「シロロちゃんがスケートしてたり……フゥさんが壁を砕こうとしたり……」
「え? あ……うん、普通すぎてどれのこと言ってるか分かんなかったわ!」
ワハハと笑うドドンパ。
カオスが日常すぎて、僕も指摘されるまで気づかなかった。
僕が考えている隙に、何かやらかしていないメンバーがいることがない。
気づいて頭を抱えても、即座に「そういう事象」として受け入れられるくらいには麻痺している。
ルナールが驚いているのは、僕たちのクランの異常性を客観視する良い機会になるか。
僕はそんなことを考えながら、冷気立ち込める氷の壁に手をついた。
「フゥ、頼む」
僕が《地殻共鳴手甲》のスキルを発動し、微細な振動を壁に当てると、分厚い氷から鈍い音が跳ね返ってくる。
フゥは壁にピタリと耳を当て、石(氷)の声を聴き始めた。
少し離れたところで、ドドンパが口を開く。
「な、ルナールちゃん。俺らはこうやって、いつも意味わからんことやってんの」
「でも……これで進めるんですか??」
「そゆこと。こいつ、一旦魔法に頼らないのよ」
「でもねー、もう聞いても分からないし、可愛くないことしてるから良いやーって!」
シロロはツルツルと氷の床を滑りながら無邪気に答える。
「魔法に頼らない……。その極致がコレですか?」
「一旦、他の場所の声も聞かせて。この子だけじゃなくてみんなと」
「わかった」
フゥの『石との対話』は冗談ではなく、真面目に言っている事を僕は理解している。
フゥの指示に従い、次々と8面の壁に手を当て、音を反響させていく。
「ルナールのお嬢ちゃん。彼らのやり方は、一見するとただの狂気や無駄行動に見えるかもしれんがのう」
ジィサンは目を細め、氷の壁の前に立つ僕を穏やかな、しかし鋭い眼差しで見つめた。
「イオリk君は、誰も気づかない『この世界の裏のルール』を探り当てようとしておるんだよ。魔法という便利なシステムに頼れば、システムが用意した想定内の結果(罠)しか得られんからな」
「裏のルール……」
ルナールがゴクリと喉を鳴らした時、僕が最後の壁から手を離した。
「よし、8面すべて叩き終わった。フゥ、どうだ?」
「ええ。……見つけたわ。3番目に叩いた壁。あの子だけ、奥に『空洞(空間)』があるから音が軽く抜けていったわ。他の壁は奥までギッシリ氷が詰まっている、ただのダミーよ」
「なるほどな。やはり音響探知で正解の乱数が引けるか」
僕は眼鏡をスッと押し上げ、振り返ってルナールを見た。
「ルナール。お前、さっき『魔法に頼らないのか』と聞いたな」
「えっ、あ、はいっ! だって、普通は氷のダンジョンなら炎の魔法で溶かすのが定石ですから……」
「それは三流の、システムの掌の上で踊る連中の思考だ。……いいか、ルナール。このダンジョンの氷は、魔力(システムからの干渉)を感知すると、自己防衛機能が働いて硬度が跳ね上がる『魔力反応装甲』になっている」
「ま、魔力反応装甲……?」
「ああ。もしここを、強力な炎魔法や……そうだな、例えば『神話級のド派手な剣技』なんかで無理やり突破しようとすれば、壁は無限に分厚くなり、最悪の場合、蓄積されたダメージがそのまま反射されてパーティが全滅する」
「ええええっ!?」
ルナールの顔が、サァッと青ざめた。
瞳が大きく見開き、ひどく狼狽したように視線を泳がせている。
彼女の浅い呼吸が、不協和音のように乱れるのがハッキリと見て取れた。
(……分かりやすいな。僕の流し込んだ『強力な魔法と大技は反射されて全滅する』という極上のデマ(偽装データ)に、見事に食いついた)
今頃、彼女の頭の中では
『早く聖刻の円卓側にこの危険な情報を伝えなきゃ!』
とでもパニックを起こしているのだろう。
僕は怯える彼女の顔を冷徹に観測しながら、内心で深くほくそ笑んだ。
(……さあ、スパイ。この致命的な嘘を、急いで円卓の連中に報告するんだな。連中がビビって自慢のチート能力を撃てなくなり、分厚い氷の壁を前に素手でペチペチと叩き始めるマヌケな姿が目に浮かぶよ)
僕は口角が歪むのを必死に抑えながら、ルナールに背を向ける。
「さて、正解が分かったなら開通作業だ。フゥ」
「ええ。物理法則の出番ね」
僕はインベントリから大量の『岩塩』と『氷砂糖』を取り出し、『ただの水』と混ぜて正解の壁にぶちまけた。
フゥが掘削機で軽く傷をつけると、塩による急激な『凝固点降下』が発生し、絶対に壊れないはずの氷の壁が、豆腐のようにドロドロのシャーベット状になって崩れ落ちた。
「えっ……? 溶けた? 魔法も使ってないのに?」
ルナールが目を丸くする。
さらに彼女を驚かせたのは、壁を壊したにも関わらず、先ほどのフゥの時のように強制転送を受けなかったことだ。
崩れた壁の奥には、転送スポットである青白い石碑が置かれた小部屋が続いていた。
「とうっ! 勇者一番乗り!」
ミツルマンが駆け出し、ジィサンが「ほっほ、待たんか」と追いかける。
フゥもそれに続き、最後にシロロとドドンパが石碑の部屋へ入ろうとした。
シロロはそのまま通過したが、直後に続こうとしたドドンパだけが、見えない壁に「ガンッ!」と顔面をぶつけて弾き飛ばされた。
【System:パーティ認証エラー。別パーティの進行エリアです。通行不可】
無機質なシステムアナウンスと共に、開通したはずの氷の壁が瞬時に再生成され、完全に塞がれてしまった。
「えええええええ!? 痛っ! なんで俺だけ弾かれんだよ!」
ドドンパが鼻を押さえて叫ぶ。
「PT単位だからな。仕方がない」
僕は即座に事実を切り分け、冷静に答える。
「Aチームの4人が入った時点で、あの道は『Aチームの正解ルート』としてシステムに処理され、閉じられた。僕たちBチームは、また自力で正解の壁を探すしかない」
僕は再び《地殻共鳴手甲》で壁を叩き、先ほどと同じ場所の壁を塩と砂糖で崩した。
だが、その瞬間。
ブツンッ。
ノイズと共に、僕たちBチームの3人は、部屋の中央へ強制転送された。
「……なるほど。そういうことか」
僕は初期位置で顎に手を当てる。
「ドドンパ。お前が昨日言っていた『壁が回転するんじゃね?』という言葉、あれが正解だ。物理的に回っているわけじゃない。この部屋は、転送処理が起きるたびに『正解の壁の乱数』がグルグルと再配置されているんだ」
「マジかよ。じゃあまたフゥちゃんみたいに音を聞き分けるのか? あいつAチームで行っちまったぞ」
「いや。正解の壁がランダムで変わるのなら、一番効率のいい解法がある」
僕はスポーン位置の目の前にある壁を指差した。
「とりあえず、このスポーン位置に一番近い壁を、正解の壁が来るまで何回も壊して当たり回を引くのを待つ。移動のコストすら省く」
「……あいつもあいつで、やばい奴なのよ」
ドドンパが呆れたようにルナールへ耳打ちする。
だが、ルナールはなぜか目をキラキラと輝かせ、「すごい……!」と嬉しそうに僕を見ていた。
システムを力技で蹂躙するこの異常な攻略法が、彼女の裏の顔(狂気)に刺さったらしい。
ドドンパがその顔を見て、「かわい……」とポツリと漏らす。
「え?」と聞き返すルナール。
「ヤッベ」
誤魔化すように、ドドンパが慌てて僕の元へ近寄ってくる。
「……集中しろ、灯台」
僕はドドンパのデコに向けて、強烈なデコピンを喰らわした。
「いってぇ!!」
そこで、ピロンと僕の端末にジィサンからのメッセージが届いた。
僕は塩をぶちまけて目の前の壁を壊し(失敗して転送され)ながら、画面を確認する。
ーーーー
[送信元:ジィサン]
[件名]転送時の注意点
転送先のエリアで足元に水溜りがあるので注意されたし。
見えない敵が襲いかかってくるぞぅ。
ミツルマンがいたのでダメージ判定が起きたが、避け判定になった。
その隙にフゥお嬢さんが、氷晶石成分を持つ敵と断定、岩塩で対処したでな。
ーーーー
「……見えない敵か。フゥの予測通りだな」
「おっ、マジで『クリオライト』がいたのか!」
ドドンパが反応する。
「フゥさんって……本当にすごいですね。石の成分だけで敵の正体を見破るなんて」
ルナールが感嘆の声を漏らした。
僕は塩水を調合し、再び目の前の壁を破壊する。
ブツンッ。
「うおえぇ……。なんか、連続でやると転送酔いしてきた……」
ドドンパが口元を押さえる。
「VRの転送処理で三半規管が揺れるわけないだろう。ただの思い込みだ。プラシーボ効果の軟弱者め」
「下からあるんだよ! 理屈ばっか言ってんじゃねぇよハゲ! メガネ! デブ!」
「僕は標準体型だ。そしてハゲてはいない。眼鏡も悪口として弱い。気遣いもダメ、煽りもダメ」
「ボキャブラリーがぽよんと同等だな。フッ」
「あーもう! ムカつくぜこいつ!」
ドドンパが地団駄を踏む。そのしょうもないやり取りを見て、ルナールが「ふふっ」と楽しそうに笑う。
その笑顔に、ドドンパがまたデレた顔になる。
(……『はぁ、好き』とでも言いたげな顔だな。忙しい男だ)
「ん、違うか。転送するぞ」
ブツンッ。
「いや、予告して!? 急に転送マジで酔うって!」
続ける、予告なし転送。
「だからぁ!」
続ける、予告なし転送。
「わ、私も酔ってきた気がします!!」
そして数回目の破壊。
ドサァッ、と氷が崩れ落ちた後――転送のノイズは起きず、奥に青白い石碑の部屋が現れた。
「よし、当たりだ。行くぞ」
「やっとかよ……おえぇ」
「だ、大丈夫ですか? ドドンパさん、お水でもどうぞ」
「る、ルナールちゃん……」
ドドンパが『ただの水』を飲み終え、青い顔で石碑に触れる。ルナールが背中をさすってやっている。
ブツンッ。
【観測ログ】
・現在地エリア更新:【第2の間:霜柱の迷い路】
「……第2の間か。名前からして、この面倒なギミックはまだ続くな、これ」
僕は観測ログで現在地を確認し、小さく息を吐き捨てた。
【観測ログ】
・大気中の水分量:上昇
・気流の変化:微細な乱れを検知
「……風の流れが変わった。来るぞ」
僕が警告した瞬間、足元の冷たい水たまりの水面が、不自然に波打った。
ルナールとドドンパが身構える。
そこにはナニかがいた。
「ジィサンから聞いたやつだ、少し待て」
「クリオライトの屈折率は1.33。これは純水とほぼ同じだ。だから水の中に沈むと光の反射が同化し、完全に透明(不可視)になる」
僕はインベントリから岩塩の塊を取り出し、水たまりの中央へ思い切り投げつけた。
「だが、不純物(塩)を混ぜれば水の屈折率は強制的にズレる!」
ボワァァンッ!
塩が溶け込んだ瞬間、何もないはずの水たまりの上に、巨大なトカゲのような輪郭が『ノイズ』としてクッキリと浮かび上がった。
【観測士スキル:詳細観測】
名称:幻氷の潜伏者
レベル:Lv43
属性:Ambush(特殊奇襲個体)
転送時に奇襲設定が施されたエネミーか。通常個体とは別の様だ。
「見えたぜ! ルナールちゃん!」
「はいっ!!」
ルナールが竪琴を構える。
ギュイィィィン!!
『そこを退きなァ!! アタシの道だオラァァァ!!』
清楚なルナールが柄の悪いロックシンガーへと豹変し、激しいディストーションの音波をトカゲの輪郭へ叩き込む。
防御力を限界まで下げられたトカゲに対し、ドドンパが強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
トカゲがよろめいた隙を突き、僕はペンを振るう。
「記述。――『送風』『送風』『送風』」
僕が意図的に威力を抑えた弱い風の魔法を連続で放ち、トカゲの巨体を氷の壁へと何度も叩きつけて拘束する。
「ルナール、トドメだ!」
『これで終わりだァ!!』
ルナールが竪琴を激しくかき鳴らすと、実体化した鋭い音符と音波が飛ぶ打撃技『打撃音階』が放たれ、クリオライト・ストーカーの装甲を完全に粉砕した。
「お見事。次へ行くぞ」
ーーー
そうして僕たちは、この【第2の間】で先へ進んでいたAチームと無事に合流を果たした。
状況の整理をしていると、奥の通路から「ウォォォン!」という複数の遠吠えが響き渡る。
僕は《地殻共鳴手甲》で床の振動を検知した。
「……接敵する。数が多いぞ。5体が2群。計10体だ」
通路の奥から姿を現したのは、真っ白な体毛で氷に擬態した狼の群れ、『白銀の猟犬』だった。
「よし! 2チーム合同で蹴散らすぞ!」
ドドンパの号令で戦闘が開始される。
(AチームとBチームでパーティは分かれているため、直接的なバフ・回復スキルは互いに干渉しない。だが――)
ズンッ! ズンッ! ズンッ!
『Everybody Jump!! 寒さなんてアゲて飛ばせェェェ!!』
「……ん?」
僕は突然変わった音色を耳にし、すかさずスキルで観測ログを確認した。
【システム干渉観測】
ジャンル設定:EDM(BPM:128)
干渉レベル:エリア・ハック(環境ルール書き換え)
「……なるほど。この間のロックやクラシックだけじゃなく、EDMなんてジャンルもあるのか」
僕は感心しながら眼鏡を押し上げる。
ルナールの『BGMジャック』による、環境ルールの書き換えだ。
重低音が響き渡る激しいダンスミュージックに合わせ、ルナールがフロアを沸かせるパリピDJのように叫ぶ。
その強烈なビートが空間全体の寒冷デバフを強制解除し、両チーム全員の攻撃に【炎属性】が付与された。
その代償として、【STR(物理攻撃力)】がマイナス100%にまで強烈に低下する。
「STRが下がるか……だがこのスキルならどうかな?」
ジィサンが前に出て、愛用のゲートボールスティックを構えた。
そして僕の方を見てウィンクを放つ。
なんとかしろって事ですね。
「【護法僧スキル:梵鐘の響き】!」
ジィサンが光学的な盾を展開し、内側からゲートボールスティックで「カーン!」と強く叩く。
すると、強烈な衝撃波が走り、猟犬たちを吹き飛ばして大ダメージを与えた。
(……実際は、彼自身のビルドによる【敵選択強化】と【3点特攻】の組み合わせだ。STRマイナス100%の低下に対し、スキル使用時に強制的な固定プラス補正を上乗せしてダメージを通している)
だが、そのカラクリを知らないルナールは、演奏しながら目を丸くした。
「えっ!? STRがマイナス100%になっているのに、どうして物理的な打撃で大ダメージが入るんですか!?」
「ルナール、気にせず弾け。今のジィサンの技は『対象の最大HPの30%を固定で削る特殊スキル』だ。STR低下の影響は受けない」
僕はすかさず、もっともらしい嘘をルナールの耳に注ぎ込む。
彼女は「なるほど!」という顔で演奏に戻った。
(よし。これでまた一つ、円卓へ送る偽データが増えたな)
僕たちが残りの猟犬を処理している最中。
突然、シロロが「ひゃんっ!」と悲鳴を上げてその場に腰をかがめた。
「どうしたシロロ!」
「ぽ、ぽよん様からメッセージが……!」
シロロは休憩のポーズを取りながら、空中のウィンドウを見て悶絶している。
[送信元:魔王ぽよん]
[件名:終わったのだ〜]
お仕事終わったのだ〜!
行くのだ〜! もう第5エリアきたのだ〜!
もう向かってるのだ〜! おやつ欲しいのだ。
「……向かってる? パーティ認証の壁があるこの迷宮を、一人でどうやって?」
僕が怪訝に思い、「迎えに行かないとマズいか」と算段を立てようとした、その時だった。
「ぽよ〜〜〜!! 待たせたのだ〜!!」
「なっ……!?」
僕たちが先ほど転送してきた後方の通路――
つまり、開通したばかりの入り口方向から、ぽよんが駆け出してきたのだ。
そして彼女の横には、自立した王笏――『ロン君』が立っている。
よく見ると、ロン君はマカロンの口をモゴモゴと動かしていた。
(まさか、僕たちが先ほど倒した『幻氷の潜伏者』――Ambush(特殊奇襲個体)の出現に即座に反応し、捕食したというのか……?)
ロン君は残骸である氷晶石の欠片を、「バクンッ!」と美味しそうに咀嚼していた。
【異常データ観測】
対象:ロン君
行動:道中の氷壁および鉱物データの『捕食』による強制突破の痕跡
備考:通常ゲートより侵入(※システム誤認)
「お前……どうやって来た!?」
「ロン君が『あっちから甘い匂いがする』って言うから、ついてきたのだ!」
ぽよんは無邪気に笑う。
(……甘い匂い? まさか。僕が第1の壁を突破するためにぶちまけた『氷砂糖』の成分を、あのマカロンが嗅ぎつけて、他のダミー壁は無視して最短距離でシステムの防壁ごと喰い破ってきたというのか……!?)
僕は冷や汗を流してそのマカロンを凝視した。
システム防壁すら『おやつ』として喰い破る自律型重機。
僕の観測を凌駕する最大のバグが、絶対零度の迷宮についに合流した瞬間だった。
徐々に刷り込まれていく嘘の情報たち。
これが聖刻の円卓に通用するか
イオリの悪徳詐欺師の腕にかかっている……!!
そしてロン君はカオス化が止まらない(笑)
〜次回予告〜
17時〜18時の間にあげます!!




