第52話:吟遊詩人、絶対音感の狂気と不協和音(ノイズ)に涙する
51話の時系列は土曜日ですが、水曜日に戻りルナール視点のお話になります。
◇ 現実 音羽 琴葉の自室
「えええ! なんでぇ! いいとこだったのにぃっ!!」
プツン、という電子的な切断音と共に視界が暗転し、私は慌ててヘッドギアを外した。
突然の強制ログアウト(サーバーダウン)。
私は気づけば、現実の自室のベッドの上で一人、荒い息を吐いていた。
スマホには公式からの何件ものお知らせ通知。メンテナンスだよねこれ。
トクトク、トクトク。
(……心拍数、BPMにしておよそ130。アレグロからヴィヴァーチェの間くらい。普段のアンダンテから完全にテンポが狂ってる……)
自分自身の鼓動を無意識にメトロノーム代わりにしてテンポを測ってしまうのは、幼い頃から音楽の英才教育を受けてきた私の悪い癖だ。
ピロンッ、ピロンッ。
乱れたテンポを整えようとした矢先、ベッドに放り出していたスマホから、連続して通知音が鳴り響いた。
(……G6(ソ)とC7(ド)の電子音。周波数にして1568Hzと2093Hz。デフォルトの通知音だけど、完全四度の和音は少し耳に刺さるから好きじゃない……)
私は耳を劈く不協和音に顔をしかめながら、スマホの画面をタップした。
メッセージの送り主は、やはりと言うべきか、私にこの面倒なスパイ任務を押し付けた張本人リアルでの実の兄である『フェンサー』こと、『音羽遊馬』からだった。
『兄:鯖落ちウケるwww 琴葉生きてる?』
『兄:あ、そうそう。「俺」からも伝言。カオスアトリエの奴らの戦闘ログ、もっと細かく拾ってこいってさ〜』
『兄:周りの評価で調子乗ってるから、次のクラン戦でズタボロにしてやるんだとw』
『兄:任務達成したら、約束通り「俺」がパウエルの総銀製フルートと、欲しがってたオーケストラのフルスコア本、好きなだけ買ってやるから頑張れよ〜ノシ』
画面に並ぶ、恐ろしく軽いノリの文面。
それに反して、私の心臓はさらに嫌なリズムで跳ねた。
(……『俺もお前も俺』さん……)
兄の幼馴染であり、円卓のメンバーでもあるその人の名前を見るだけで、背筋がスッと冷たくなる。
兄はただのイタズラ感覚で私にスパイを頼んでいる節があるが、『俺』さんは違う。底知れない歪んだ執着と、何を考えているか分からない冷たさ。私は昔から、あの人が少し怖くて苦手だった。
「……はぁ。お兄ちゃんのバカ」
私はため息をつき、ベッドから降りた。
防音設備の整った私の部屋には、グランドピアノをはじめ、ギター、ベース、金管楽器、そして最近マイブームで購入した和楽器の『お琴』まで、個人の部屋とは思えない数の楽器とスコアが所狭しと並んでいる。
私は普段、特別非常勤講師として学校で音楽を教えつつ、楽器店でも働いている。
純粋に音楽を愛している……つもりだが、兄からは「お前の音への執着は狂気だ」とよく呆れられる。
今回のアトリエへのスパイ潜入も、最初は断るつもりだった。
でも、兄が報酬として提示した『総銀製の高級フルート(約100万円)』と『絶版のスコア本』の誘惑に、私の音楽への狂気が負けてしまったのだ。
『まずはあの目立つ格闘家に近づけ。あいつは情に脆いから、装備を外して頼りないフリをすれば一発だ』
兄のそんな軽薄な指示に従い、私は彼らに接触した。
隣では兄がシロロさんの真核を買いながら。しかも後で「5万G俺のが安かった」と無駄に自慢してきたっけ。
お金を渡され、130万Gという大金で、狙って彼らから真核』を買った。
全ては、彼らのデータを円卓に横流しするための布石。
私はスパイだ。適当にデータを報告して、フルートをもらって、フェードアウトすればいい。
最初は、そう思っていたのに。
「……ドドンパさん……」
口から零れ落ちたその名前に、胸の奥で、小さく不協和音が鳴った。
『ルナールちゃん! 俺が絶対守ってやるからな!』
『ルナールちゃん、よろしくね!!』
カオス・アトリエの人たちは、変な人ばかりだけど、みんな真っ直ぐで優しかった。
私の拙い演奏(呪いの旋律)を認めてくれて、笑って迎え入れてくれた。
特にドドンパさんは、私が近づくために仕掛けた嘘に、本気の熱さと優しさで応えてくれたのだ。
「……私、最低だ」
彼らを騙している。その事実が、狂いのない完全な和音を求める私の心に、ひどいノイズとなってノコギリのようにギシギシと響く。
私は部屋の隅に置かれたフルートのケースを見つめ、ギュッと目を瞑った。
「こんな良い人たちを、お兄ちゃんたちのイタズラのために騙すなんて……できないよぉ……」
私の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
それでも、言わなきゃ……嫌だって……。
ピロンッ♪
再び鳴った不快なG6とC7の通知音。
私はビクッと肩を震わせ、スマホの画面を開いた。涙で霞む目を擦りながら、兄と『俺』さんへ向けた、アトリエの報告書を書き始めた。
——【SNS】——
【聖刻の円卓用 グループチャット】
狐:すいません、いいですか。
皇神・終焉:ナンダ!!コトハ!
偏留名:カイザーは黙ってて。うるさいから
皇神・終焉:ナゼダー!!!
死場:まじで黙ってほしい。見なくていいから
維寿:データとったのー。
狐:はい。あの男の人はデバフと指揮官です。
?:?????
維寿:それだけ?他は。
狐:目立ったのはそれだけです。
狐:リーダーの方は不参加です。
狐:クラン加入は鯖落ちで曖昧に。
維寿:琴葉ちゃん、まさか情が移ったとかじゃないよねー?(笑)
維寿:なんとかしてねー。
狐:わかったらまた言います。
ーーーー
「はぁ。怖い。俺さん怖い」
私は深くため息をついた。どうしても、もう断れる勇気を持てない。
「クラン加入……大丈夫かな……」
スマホをベッドに投げ出し、天井を仰ぐ。
「あの時間だけでも、すごく楽しかったのはなんでだろう」
真核を買う前は、音楽によるバフなんて嫌われていた。
どうやっても微妙なバフ。戦闘中に音がうるさいとか。
曲調に合わせて口調が変わるのとか、キモがられてパーティから追い出された。
でも、あの『k』ブランドの真核は何か違った。
生成する瞬間に、私は「もっともっと自由に音楽を奏でたい」と強く願った。
そして出来た完成品
『結晶竪琴・響岩k』。
あの子はすごかった。
私の思うままに弦が弾ける。
環境(BGM)を強制的に変えるのはびっくりしたけど……。
効果が微妙なラインと言われて、私は内心根に持っていたのかもしれない。
だからかな。あの子でかけるバフは極端に尖っているのは。
それでも彼らは文句を言うどころか、「最高にロックだぜ」と笑って受け入れてくれた。
「はぁ、どうしよう。本当にクランに入れてもらえちゃったら」
ピロン♪
ビクッッッ!
震え上がって画面を見ると、また通知が来ていた。
「維寿:クラン入れたら連絡入れてー」
「もう怖いよおおおお……っ」
私はベッドの上で身を縮こまらせた。
「せっかくアトリエの空気に浸ってたのに、いつも(円卓の現実に)巻き戻されちゃう」
私は一度、公式コンパニオンアプリを開いた。
「メンテナンス、まだ終わってないかー。なんだったんだろー、あの強制終了」
「どうしようかな、明日から仕事忙しいし……」
私は部屋の壁に掛かっているカレンダーを見る。
「あー、非常勤の授業も入ってるし、土曜日まではログインできないかなぁ……」
そこまで考えて、ふと我に返る。
「私って、結構あのゲーム好きなんだ」
今日、水曜日まですごくワクワクして日曜日から過ごしてきた。
ゲームの匿名掲示板で見た、カオスアトリエのイベントリザルトのスレッドを思い出す。
——【掲示板】——
『ゲートボール持ったおじいちゃんがバカ強い』
『いや何あの熊。キラキラ光ってたし』
『あの、地面マグマにして閉じ込めてたお姉さんやばくね』
『ぽよん様ってあのクランなんだね』
『めっちゃ光ってた人の装備なんだろ』
『それに気を取られて気づいたら空が見えました』
『やられたやついるやんw w』
『あのリーダー「k」だろ? あのおじいちゃんとの連携』
『異常だねあれ、でも全員「k」真核だろ』
—————————
それを見た時、私は思わず笑顔が溢れた。
この掲示板の人たち何を言ってるんだろうって。
でも、書いてある事が本当だったらって。
その後に見たリザルトの公式ハイライト映像。
とにかくすごかった。
理科の授業を始めてスライムで敵さん倒したり。
エネミーの角砕いたり、キラキラ光る石が爆発したり。
そして何より、「何それ!!」って思ったのが、彼らにやられる前に真核を取ったという人の嘆き。
——【掲示板】——
『おい、イベント産の真核よ』
『運営バカなの?』
『俺「罠師」なんだけどさ、防具作ったんだよ』
『何ついたと思う?』
『設置する罠ピンクに光ってんの』
『おい、バレバレだって舐めてんのかよ』
『草』
『草』
『草』
—————————
思い出すだけで笑っちゃう。
これはどうやら、シロロちゃんを筆頭にイベント開始時に撒かれたヘイト上昇の環境らしい。
カオスアトリエと被った人たちが書き込んでいた。
——【掲示板】——
『戦場にピンクの風が吹いた』
『物理的にな』
『絶対あのクランだろ』
『イベント終わってからも2時間くらい装備についてたしな』
—————————
「ふふふっ。おっかしー」
クスクスと笑い声が漏れる。
だけど、すぐに思い出したかのように、顔に暗さが灯った。
日曜日。
「クランホームまで行って入れてもらえ」って。俺さんからの命令。
私が欲に負けたせいで。
「あー、もう! 今日は寝よっ!」
私は勢いよく立ち上がり、洗面台の鏡を見る。
「えーーー、何この顔。泣いたからかぁ。明日、絶対目腫れてそ……」
私はキッチンへ向かい、保冷剤を冷凍庫から持ち出してタオルに包み、目に当てた。
「あー……お風呂入ってなかった、めんどくさい!」
「髪乾かすのめんどくさいなー」
「ここからあと2時間は寝られないや……」
今日が楽しみすぎて、仕事から帰ってすぐにログインしてしまったのだ。
どうせ寝られないし、やらないと後悔するしな、と渋々思いながら、私は重い足取りでお風呂へと向かった。
ルナールは純粋な悪ではありませんでした!
ですが簡単な話だと思ったらカオスアトリエを裏切るのに心苦しくなっていく
そんな彼女のお話でした。
〜次回予告〜
2/17 /12:10にあげます!!




