第49話:観測者、運営の調整(ナーフ)を受け入れ、自律するマカロンに哲学する
◇ 現実 イオリの部屋
ヘッドギアを外し、僕はベッドの上に身を起こした。
時刻は22時を回ったところだ。
スマホを開くと、アルケの公式SNSアカウントが悲鳴のような緊急告知を出していた。
『原因不明の深刻なサーバートラブルにより全サーバーがダウン。現在、全技術者を動員して復旧作業中』とのこと。
「システムの許容量を測る、最高のテストになったな。ルナール様々だ」
僕は冷めたコーヒーをすすりながら、優雅にその時を待った。
SNS上で阿鼻叫喚する一般プレイヤーたちを眺めること、約2時間後。
『緊急メンテナンス終了のお知らせ。サーバーの復旧が完了いたしました』
通知を見た僕は、静かにヘッドギアを被り直す。
さあ、僕の仕掛けた極上の罠は、ロールバックの網の目をすり抜け、無事にシステムへ根付いているか。
「……ログイン」
僕がログインした直後、コンパニオンアプリより全プレイヤーへ向けた正式な公式アナウンスが通知された。
ピロンっ♪
【差出人:『World of Arche』公式運営チーム】
【件名:【重要】緊急メンテナンス終了および、アップデート内容に関するお知らせ】
日頃より『World of Arche』をご利用いただき、誠にありがとうございます。
本日未明に発生いたしましたサーバーの致命的な処理負荷に伴う緊急メンテナンスにつきまして、プレイヤーの皆様に多大なるご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。
本メンテナンスにて、サーバー処理能力の大幅な拡張・強化を実施し、現在は正常にログインいただける状態となっております。
また、今回の障害に関する調査の中で、特定の条件下においてシステムが予期せぬ挙動(誤作動)を起こす事象を確認いたしました。
これに伴い、外部の不正ツール(チート等)が使用されていないか調査を実施いたしましたが、ツールの介入は確認されませんでした。
しかしながら、ゲーム全体の公平性を保つため、以下の通り一部のスキルおよび装備の仕様変更・調整を実施いたしました。
■ 調整・修正内容
・特定の唯一スキルの調整
想定を大きく超える効果を発揮していた一部の唯一スキルについて、効果量および干渉レベルの引き下げを行いました。
・「半自動機能」を持つ特殊装備の『完全自律化』および挙動調整
自動追従や捕食アクション等を行う一部の特殊装備について、システム負荷軽減および公平性の観点から、プレイヤーからの任意操作(ターゲット指定等)を受け付けない**「完全自律型」へと仕様を変更いたしました。
あわせて、対象物の属性や性質(※アイテムの成分やエネミーの攻撃属性など)による「装備独自の嗜好(行動の好き嫌い)」**がより顕著に反映されるよう、AI挙動の調整を実施しております。プレイヤーの意図しない動作を引き起こす場合がございますので、運用にはご注意ください。
・特定スキルの効果仕様変更
対象スキル:【経路偽装】
変更内容:任意の対象への自由な経路指定(偽装)を廃止し、**『自身のヘイト(敵対心)およびデータを、最も近くにいるプレイヤーへ強制的に移譲する』**仕様に変更いたしました。
プレイヤーの皆様にはご不便をおかけいたしますが、より良いゲーム環境を提供するための調整となりますこと、何卒ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
引き続き『World of Arche』をよろしくお願いいたします。
◇ 第4エリア グレアマイン中層(だった場所)
ログインした僕の視界に広がったのは、溶岩の洞窟ではなく、見慣れたド派手なピンク色の空間だった。
メンテナンスに伴うサーバー再構築で、フィールドに残っていたプレイヤーは全員、安全地帯であるクランホームへと強制送還されたらしい。
「僕だけみたいだな……」
誰もいないインク瓶のロビーで独り言ちていると、冒険者端末にクランチャットの通知が届いた。
——【クランチャット】——
[シロロ]:やっと使えるようになった!
[魔王ぽよん]:何がどうなってるぽよ〜〜!!
[イオリk]:僕にも分からない。
[フゥ]:何があったの? 公式SNSからの通知がすごかったけど。
[イオリk]:運営がサーバー管理を怠ったんじゃないか。
[シロロ]:ルナールちゃん大丈夫かな?
[イオリk]:さぁな、ログインはしていないみたいだ。
[フゥ]:さっきのアプリからの通知
[フゥ]:ロン君のことじゃないの?
[シロロ]:絶対そう(笑)
[イオリk]:なんのことだ?
[シロロ]:サーバーメンテ終了の後に来た公式アナウンス
[イオリk]:みてくる。
[シロロ]:メンテ明けてすぐログインしたのかな(笑)
[魔王ぽよん]:ロン君進化したのだ??
[シロロ]>ぽよん様多分そう!!
[フゥ]:アナウンス、随分と具体的ね。
[フゥ]:実質強化じゃないかしら?
[ジィサン]:皆さん、こんばんは。
[ジィサン]:婆さんに怒られてしまったよ
[フゥ]:こんばんわ。通知ですか?
[ジィサン]:そうだ…。
[ジィサン]:イオリk君、土曜にゆっくりと聞かせておくれ。
[ジィサン]:それでは失礼。
[イオリk]:>ジィサン 了解です。
[イオリk]:みんな、明日話そう。僕も処理落ちしそうだ。
———————————-
僕は冒険者端末を閉じる。
フゥに言われて初めて知った公式アナウンス。
僕のスキルを名指しで修正とは。
「運営、ついにナーフ(弱体化)か」
ルナールの『BGMジャック』の影響力低下。
僕の【経路偽装】の仕様変更。
そして、ロン君の『完全自律化』。
「原因をすぐに突き止めたのは褒めてやるが、やりやがったな……」
【経路偽装】の対象が自由に選べなくなり、「一番近くのプレイヤーに強制移譲」となったことで、計算式が大きく狂った。
「これで、僕の仕込んだバックドアがシステムに定着したかどうかの確認はできなくなったが……」
僕は小さく息を吐き、再び端末を開いて一件のメッセージを送信した。
[イオリk]:>ぽよん ログインしろ。借金-20万G
[魔王ぽよん]:後ろに……いるのだ。
「んっっっっっっ?!」
ホラー映画のような返信に、僕は勢いよく後ろへ振り返った。
そこには、ぽよんが立っていた。
そして……どうやって立っているのか。
彼女の持つ王笏――いや、『ロン君』が、床に先端を突き立て、意思を持つ生物のように自立して立っているのだ。王笏の自覚を持てよ。
「あははは。人間k、びっくりしたのだ〜?」
「……いつ来たんだ」
「ぽよ〜! フゥちゃんのチャットを見てすぐなのだ〜!」
「そ、そうか……で? なんだ? ソレ」
僕がロン君を指差すと、ぽよんは首を傾げた。
「分からないのだ〜! でもロン君が1人で立ってるのだ〜!!」
ぽよんが嬉しそうに両腕をバンザイの形に上げる。
すると、王笏(ロン君)もぽよんの真似をして、マカロンの両横から触手のようなものをニュルンと伸ばし、同じようにバンザイのポーズをとった。
「なんなんだ、お前」
「ぽよんね〜! 嬉しいのだ〜〜!!」
こいつは、この異常事態に全く驚いていない。
そうか、ポンコツだからな。IQ3の魔王にシステムのイレギュラーを理解しろというのが間違っている。
「お、おい。ロン君。僕が分かるか?」
僕が声をかけると、ロン君の触手がピクリと止まり、マカロンの上部にマンガのような『怒りマーク』がポップアップした。
おい、なんだその怒りマークは。
僕はロン君に嫌われているらしい。不服だ。
その様子を見たぽよんが、慌ててロン君に耳打ちをする。耳とはなんだ?(哲学)
「ロ、ロン君〜! 人間kと仲良くしないと借金地獄なのだ〜。仲良くするのだ〜」
するとロン君は、借金という言葉の意図を理解したかのように、今度は『ビックリマーク(!)』を浮かべた。
そして、ズリズリと僕に近づいてくると、僕の足元に触手を絡ませてスリスリと頬擦り(?)をかましてきた。
「……お前、明確に知識と意思を持ったな」
「これ、配信で言っていいのだ?」
「……どの道、配信を止めることはできないのに隠し通せるわけがないだろう」
僕はロン君の頭を見下ろす。
「ロン君。お前、ぽよんの配信のことはわかるのか」
僕の問いに、ロン君はピョンと高くジャンプしてみせた。
「そうか……。なら分かってるな? 主人が狙われすぎるのはお前も嫌だろう」
ロン君は、ブンブンと縦にマカロンを揺らして頷いた。
……もう受け入れよう。マカロンは動くんだ。move。(事象)
僕の中で、観測士としてのシステムに対する理解がまた一つ、諦めと共にアップデートされた。
「おーっす! メンテ明けたにゃー!」
そこへ、ドドンパがログインしてきた。
「おい、イオっ……」
ドドンパは言葉を切り、目の前の光景に硬直した。
「ろ、ロン君?」
ロン君はドドンパの姿を視認するなり、シュルルルッと触手を伸ばし、ドドンパの手を体内に取り込んだ(呑み込んだ)。
「お、おい! 何してんだお前!! 今日はアイスついてないぞ?!」
ドドンパが叫ぶと、ロン君は数秒モゴモゴと咀嚼(?)した後、「ペッ」と音を立てて彼の手を吐き出した。
「あーー! おめ! 人の手舐めて唾……唾? 体液? 飛ばしてんじゃねーよ!!」
ドドンパが怒鳴ると、ロン君はその場に王笏部分だけを残してスライムのように床を這い、ぽよんの後ろへと隠れてしまった。
「あら、メンテ明けから随分と賑やかね。寝るところだったのだけど気になって来ちゃったわ。」
続いて、フゥがログインしてくる。彼女は自立して動くロン君を見ても、全く動じることなくすぐに受け入れた。
「ロン君。あなた、好みがハッキリしたらしいわね? ちょっと試させてちょうだい」
フゥはインベントリから、いくつかの鉱石を取り出した。
まずは『赤鉄鉱』『黒曜石』『石英』。第1〜第4エリアに落ちていても不思議ではない、ありふれた石だ。
フゥがそれらを差し出すと、ぽよんの背後に隠れていたロン君は、チラリと見て「フンッ」と見事にそっぽを向いた。
「あら、ご不満? じゃあこれはどう?」
フゥが次に取り出したのは、火山エリアの奥地でしか採れないレア鉱石『紅炎の結晶』だ。
ロン君の触手がピクンと動き、シュルバクンッ!と一瞬でそれを丸呑みにした。
するとロン君の体積が小さくなった気がしたが、すぐに元に戻り、ペッ。
吐き出しやがった。
蒸発は嫌いなのだろう。
「ぽよ! ロン君はグルメなのだ!」
「なるほどね……じゃあ、次はこれよ」
フゥが悪戯っぽい笑みを浮かべ、『白雲石』と『石灰岩』を差し出す。
その瞬間。
ロン君に強烈な『怒りマーク』がいくつも浮かび上がった。
そして、なぜか石を出したフゥではなく、横で手を拭いていたドドンパに向かって猛スピードで突進し、強烈な触手ビンタを食らわせた。
「ぶふぉっ!?」
理不尽な打撃(ダイラタンシーによる物理攻撃)を受け、ドドンパがインク瓶の壁まで吹き飛ばされる。
「ってってぇな!! なんで俺を殴るんだよ!! 白雲石とか石灰が嫌いだからって、俺に八つ当たりすんな!!」
ブチギレたドドンパが、インベントリから手当たり次第に小石やポーションの空き瓶といった「適当なゴミ」をロン君に向かって投げつけ始める。
「ぽよ〜! ロン君をいじめるななのだ!」
ぽよんも参戦し、ドドンパに向かってお菓子のゴミ袋や謎のぬいぐるみを投げ返す。
(……全く、カオスな光景だ)
僕は背後で繰り広げられる大乱闘を完全に無視し、腕を組んで一人シリアスな思考の海に沈んでいた。
メンテ明け後、ルナールはログインしていない。
もし彼女の流す旋律が、完全に円卓側への情報の横流し(スパイ行為)だったとしたら。
78%で止まった僕の『不良債権』は、どうシステムに癒着した?
途中までで浸透したのなら、これがどう動く?
聖刻の円卓は、ルナールのスパイ行為を通じて何を得ようとしているのか。
そして、このナーフを受けた環境下で、僕はどう彼らの『神話』を打ち砕くべきか。
ドガッ! パリーン!
「あいてっ! 誰だ今クッションの中に硬い石入れたの!!」
「うふふふ、ロン君、次はラピスラズリの魔石版よ。これならどう?」
背後から、クッションや空き瓶が僕の後頭部を掠めて飛んでいく。
だが、僕は微動だにせず独白を続ける。
(円卓の連中が物理法則をシステムに誤認させているなら、こちらもルールの隙を突くしかない。だが手札が……)
「あら! 見て! ロン君の色が少し青っぽく変わったわ!」
フゥがレア鉱石を食べさせたことで、ロン君のステータスに一時的な属性変化が起きたらしい。
素晴らしい発見だが、今は僕の思考の邪魔をしないでほしい。
僕は完全に無視を決め込み、眼鏡を押し上げる。
(……この世界のシステム(市場)を掌握するには、更なる観測が必要だ)
やがて、ひとしきり暴れ回って満足したのか、ロン君がぽよんの腕の中で「スヤァ」と寝息(?)を立て始め、クランホームにようやく静寂が戻った。
「ぜぇ……ぜぇ……。おい、イオリ」
息も絶え絶えのドドンパが、床に転がったまま僕を見上げて口を開いた。
「あの処理落ち(サーバーダウン)……お前がやったのか?」
その問いに、僕はゆっくりと振り返る。
「……僕の仕込み(ハック)が、途中で終わってしまっただけだ」
僕はあえて詳細を省き、低く落ち着いた声で返した。
「彼女の音響ノイズと、僕の流し込んだデータが、システムの想定を超えた。ただそれだけのことだ。……僕の計画には、まだ不完全な要素が残っている」
「……お前、マジでそのうち運営からBANされるぞ」
ドドンパが呆れたように笑う。
僕はそれには答えず、眠るマカロンと、荒らされたインク瓶の床を見つめながら、次なる一手を静かに組み立て始めていた。
昨日は次回予告が機能しないくらいに投稿が遅れてしましました……。
一度、なんか違うに入るとスパイラルに陥ります…笑
ついに、ロン君自動化。
運営的には適時、スキル通りに処理を行う反自律から、自分の意思なので変なことできませんよと
これでもう好きにやれないよ
と言う下方修正の様なものだったのに
ロン君の場合強化されています。
〜次回予告〜
2/16 11時に投稿いたします!




