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第4話:観測者、奇行な二人と再遭遇

 第2エリア「ミストヴェイル」。


 転送の光が収まると同時に、僕たちの視界は乳白色に染まった。


「……うわ、なんだこれ。湿気がすごいな」


 隣でドドンパが鼻を鳴らす。


 周囲は深い霧に包まれた森。


 視界は数メートル先すら怪しく、どこかカビ臭いような薬草の匂いが漂っている。


【警告:環境『濃霧』を検知】

【視界不良により命中率低下。

 および、呼吸阻害によりAGI(素早さ)が低下します】

 視界の隅に赤い警告ログが流れる。


 次の瞬間、鉛を背負わされたような重圧が体を襲った。


「……ッ、チッ。体が重いな」


 僕が顔をしかめると、ドドンパが不思議そうに首を傾げた。


「そうか?  確かに視界は悪いが、体の方はそんなに気にならんぞ」


「お前は『戦術士』だからな。初期ステータスのRES(抵抗力)が高い。レベル10を超えていれば、この程度の環境デバフは無効化レジストできる仕様だ」


 僕は自分のステータスを確認する。


 現在レベル11。


 だが、『観測士』のステータス成長率はINTに偏っており、

RESは低い。


 資料にある通り、観測士がこの霧を無効化するにはレベル15が必要だ。


「なるほどな。つまり今のイオリk先生は、俺より足が遅いと」


「……煽るな。AGIが下がったなら、動かずに勝つ配置ポジションを取るだけだ」


 僕は『断崖写本杖』を構え、霧の奥を睨む。


「来るぞ。右前方、茂みの揺れ方が不自然だ」


 ズズ……ッ

 霧の中から現れたのは、半透明のゲル状生物。


 第2エリアの通常エネミー『ハイスライム』だ。


 霧を吸って体色が白濁しており、背景と同化して非常に見にくい。


「うお、見づらっ!  だが動きは遅いな!」


 ドドンパが剣を構えて前に出る。


「待てドドンパ、正面から突っ込むな。奴の体は物理耐性が高い。僕が崩す」


 僕は杖を振るい、サラサラと空間に記述する。


『筆記術・風断ち』。


 赤い文字のエフェクトと共に放たれた風の刃が、霧を切り裂いてスライムの核を捉えた。


 パァン!


 風圧で霧散したスライムが弾け飛び、ドロップアイテムが地面に落ちる。


 薄い膜のような物体だ。


「お、レアドロじゃん。『霧の粘膜』か」


 ドドンパが無造作に拾おうと手を伸ばす。


「止まれ!」


 僕は鋭く制止した。


「え、なんだよ?」


「その粘膜は、衝撃を与えると崩れる仕様だ。ガサツに掴めばただの『汚れた水』になる。……赤子の手を握るように、端を優しく摘め」


「……注文の多い素材だなオイ」


 ドドンパは恐る恐る、指先で摘むようにしてアイテムを拾い上げた。


『霧の粘膜』は崩れることなく、無事にインベントリへ収まる。


「へえ、知らなきゃ絶対失敗してたわ。サンキュー、物知り博士」


「礼には及ばない。……それより、聞こえるか?」


 僕は耳をすませる。


 湿気で音が吸われる静寂の森の奥から、騒がしい悲鳴が響いてきていた。


「もうヤダここぉぉぉぉ! 何このエリア可愛くない!! 

ジメジメしてるし暗いし最悪ぅぅぅ!!」


「ちょ、シロロ!  大声出さないで!  敵が集まってくるわよ!」


「……あの声、さっきの」


 ドドンパが反応する。


 悲鳴の主は……あっちか……あそこは確か。


 僕には今日まで得てきた、LIVE映像の細かな知識がある。


「行くぞ。あの位置は『蛇』の湧きポイントだ」


 僕たちは声のする方へと走った(僕はデバフで若干遅れながら)。


 霧を抜けた先。


 そこでは、奇妙な光景が繰り広げられていた。


「来ないでぇぇぇ! 可愛くないのはお断りなのぉぉぉ!」


 ピンク髪の女が涙目で杖を振り回している。


 だが、その攻撃は虚空を切るばかり。


 彼女の目の前には何もない。

……いや、「見えていない」だけだ。


 そして、さらに異様なのはもう一人の眼鏡の女。


 相方がパニックになっているというのに、彼女は敵を見ようともせず、地面に這いつくばって泥を凝視していた。


「……凄い。この泥、これだけの湿気を含んでいるのに硬度が異常に高い……。この粒子、地下深くに特殊な鉱脈が走っている証拠ね……」


 ブツブツと独り言を呟き、うっとりとした顔で地面を撫で回している。


「あぶねえ!  お姉さん逃げろ!」


 ドドンパが叫びながら飛び込む。


 シュッ!


 空気が裂け、フゥの目の前の空間から、透明な『牙』が襲いかかろうとしていた。


『フォグスネーク』。


 霧の中で完全な透明化能力を持つ、厄介な奇襲型エネミーだ。


 ガキンッ!


 ドドンパの剣が、間一髪で不可視の牙を受け止める。


「うおっ重っ!  ……イオリ、どこだ!  姿が見えねえ!」


「完全に透明化しているな。僕のデバフ状態じゃ、高速移動する奴を捉えきれない」


 AGI低下が痛い。


 観測士の『移動観測』を使えば軌跡は見えるが、僕の体が追いつかない。


 必要なのは、僕の代わりに敵の位置を正確に特定できる「目」だ。


 僕は、地面に這いつくばったままの眼鏡の女に声をかけた。


「おい、そこの眼鏡」


「……え?」


 彼女がのんびりと顔を上げる。


「石を見ているなら分かるだろ。地面の振動ノイズ、どこから来ている?」


「――ッ」


 その問いかけに、彼女の目の色が変わった。


 僕の顔ではなく、問いの内容に反応したのだ。


「……震源は右3メートル。深さではなく表面滑走。重量推定80キロの物体が、蛇行して接近中」


 彼女は即答した。


 敵など見ていない。


 彼女はただ、愛する「地面」への干渉物として敵を触知している。


【観測士スキル:座標特定ロックオン――外部ログ入力を確認】

【観測データと外部入力が100%一致。

 命中率を強制固定します】


「データ同期シンクロ。……感謝する」


 僕は『断崖写本杖』を振り上げた。


 目で追う必要はない。


 彼女が示した座標こそが、この瞬間の「正解」だ。


記述カキコミ。『暴風』」


 ドォォォォン!!


 僕がペン先を叩きつけたのは、何もない空間――の足元。


 地面ごと抉るような風の斬撃が炸裂する。


「ギャァァァッ!」


 断末魔と共に、透明化が解けた巨大な蛇が宙に舞った。


「見えた!  そらよッ!」


 落下点に入っていたドドンパが、綺麗な軌道で剣を一閃。


 フォグスネークは真っ二つになり、光となって消滅した。


 戦闘終了。


 静寂が戻った森に、ピンク髪の女が安堵のため息を吐く。


「はぁ〜……死ぬかと思ったぁ……。ありがとーお兄さんたち! この蛇、ぬるぬるしてて全然可愛くないし、もう最悪!」


 ピンク髪の女性が、泥のついたスカートを払いながらぷんぷんと怒っている。


「いやぁ、無事でよかったっす! 俺はドドンパ。こっちの無愛想なのはイオリk……イオリ。二人とも、職業は?」


 ドドンパの問いに、ピンク髪の彼女が胸を張った。


「私はシロロ! 職業は『装飾士』だよ! 世界を可愛くデコるために来たの!」


「……装飾士デコレーターか。生産職の中でも特に不遇とされる、外見特化のマイナー職だな」


 僕の冷めた言葉に、シロロが「不遇じゃないもん!  芸術だもん!」と頬を膨らませる。


 一方で、地面に這いつくばったままの眼鏡の女性が、ようやくのっそりと立ち上がった。


「……私はフゥ。職業は『石術師ジオマンサー』。……貴方は観測士ね?」


「ああ。そうだ。石術師……石(意思)の疎通ができるわけだ。地質や振動にこれほど詳しいプレイヤーには初めて会った」


「貴方も。……数値を読み解き、私の見ている『世界の断片』を即座に戦術へ変換した。……孤独な同類インサイダーを見つけた気分だわ」


 フゥの眼鏡の奥が知的に光る。


 僕たちは互いに理解した。


 目の前の相手が、自分と同じカテゴリーの「変人」であることを。


「助けた礼と言ってはなんだが……少し手を貸してもらおうか」


 僕はインベントリから、ログイン時に買い占めていた


『ボロボロのフード』を取り出し、シロロに差し出した。


「シロロ。お前の『デコ』とやらで、こいつにこの『霧の粘膜』を貼り付けろ。摘むように持つんだ。いいか、ただの装飾じゃない。粘膜の輝きを一番強く透過させる角度でだ」


「えっ、ボロ布?……あ、でも、この粘膜のキラキラを透過させれば……いいかも!綺麗になりそう!うん!  絶対可愛い!」


 シロロが器用に、だが独自の美的感覚で手を動かす。


(……なるほど。

 装飾士のスキルは、アイテムの表面テクスチャ情報を強制的に書き換えるのか。本来なら光を反射しないボロ布でも、彼女が『粘膜の光沢レイヤー』を最前面にデコることで、システムが光源として誤認する)


 装飾士の『外見ログの書き換え』と、石術師の『地質感知』。


 このゲームの『真核』システムは、周囲の環境や配置したアイテム、物理法則などの事象を記録し、中身の性能をガラリと変える。


(彼女達のその狂気は、環境を強制的に書き換えるための最高の手札になる。

 使えるものは使わない手はない。

 効率を測れば当然の結論だ)


「そこに僕の『知識』を合わせれば、さらに上の『正解』が見えるな」


 まずは、エサをやって囲うか。

 ちょうど試したい事もあったしな。


「二人とも、少しPTを組まないか」


「「パーティ?」」


 二人の声が重なった。


「ああ。君達の能力も見たいしな」


 だが、その背後で、シロロにデコられ、真珠色に激しく発光するフードを被らされたドドンパが、恨めしそうな声を漏らす。


「……なぁイオリ『k』。お前の中じゃ、俺とお姉さんたちの

『意思(石)の疎通』についてはノーカウントなのか? 俺、さっきからガン無視されてんだけど」


 ドドンパが縋るような視線をフゥに向けるが、彼女は再び地面の泥をいじり始めており、微塵も彼を見ていない。


「フゥちゃん、石ばっかり見てないで、光るドドンパお兄さんも見てあげなよー! 今なら限定のレアモンスターみたいだよ!」


「……ドドンパ、お前は『灯台』だと言ったはずだ。灯台が喋るな。光ることに集中しろ。その光が霧のデバフを散らす役に立っている。あとkのイジリ、そろそろ飽きたぞ」


「扱いがヒドすぎるだろぉぉ……! 

せっかくの美人二人組とのパーティなのに、俺だけ役割が物理的な照明ライトってどういうことだよ!」


 絶叫する灯台――もといドドンパを無視して、僕はふと霧の奥深くへ視線を向けた。


 僕の『観測眼』が、遥か遠くの環境ノイズの中に、奇妙なシルエットを捉えていたからだ。


(……なんだ、あれは。

 小さなプレイヤーのアバターが、アクティブ状態のハイスライムの群れに囲まれている……?)


(いや、違う。

 襲われているんじゃない。

……スライムに頬擦りして、愛でているのか?)


 そんな非効率かつ意味不明な行動をとるプレイヤーなど存在するはずがない。


(……ただの霧による描画バグ(ノイズ)だな。

 気にするだけ無駄だ)


 僕は微かな頭痛を振り払い、ドドンパが照らす霧の奥を指差した。


「行くぞ。僕の『正解』に、君たちの『狂気』を少しだけ混ぜさせてもらう」


 こうして、偶然と変人性が交差する森の中で。


 僕たちは奇妙な臨時パーティを組むことになった。


4話いかがだったでしょうか?


不遇職だと言い放ったイオリ。貴方もこの世界では不遇色です。

ですがそんな不遇職はやがて世界の深淵を観測……デコることになりますがそれはまだ先のお話。


そして最後に見えた、スライムに頬擦りをかます幻影プレイヤー

本当にやっているのか幻か。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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