第47話:観測者、月夜に蜜壺(ハニーポット)を仕掛け、狂気のシステムに哲学する
2/15 内容がまとまらず、調整のため48話の投稿を遅らせます……。
出来上がり次第投稿します。
◇ 混沌工房内
静まり返った工房の片隅で、僕は空中に展開した無数のウィンドウを睨みつけていた。
視線の先にあるのは、クランメンバーたちの最新ステータス画面。とりわけ、うちの借金魔王――ぽよんのデータ項目だ。
(……職業、『甘姫粘魔王』)
何度見返しても、文字列は変わらない。
当初、彼女の職業はただの『スライム魔王』だったはずだ。それがいつの間にか、システム上の隠しクラスのような名称へと変化している。
記録派生、特殊職業。
それはおそらく、ぽよんの「おやつへの果てしない執着」と「無自覚な狂気」が、真核を通じてシステムに形として認識された結果だろう。
(……僕がデザインしている記録は、あくまで事象の『内側』に刻まれるものに過ぎないのではないか?)
思考の海に深く潜る。
真核システム。対象の行動や環境要因をデータとして抽出し、結晶化させるバグのような仕様。
僕が風向きや環境音を計算して作った『粗悪な真核』は、内側のソースコード(骨組み)に過ぎなかった。
それが街の施設で核生成される瞬間――プレイヤー自身のプレイスタイル、圧倒的な熱量、あるいは「狂気」が、その『外側』に刻み込まれ、最終的な武具の形を定義する。
適当に作ったはずの『粗悪な真核』が、あのルナールという少女の手に渡った途端、呪いのような無限残響を放つ結晶竪琴に姿を変えたように。彼女の音楽に対する異常な執着が、真核の方向性を決定づけたのだ。
「記録派生……つまり、特殊な条件下で発生するロール(役割)。これは単なる職業ではなく、システムに対するプレイヤーの『スタンス』の表明でもある」
ぽよんは魔王として(あるいはおやつを愛するスライムとして)、ルナールは独奏者として。
彼らは徹底的なロールプレイをシステムに読み込ませることで、既存の枠組みを破壊し、自分だけの概念を構築している。
「徹底的なロールプレイを取り込んだ職業……か」
翻って、僕たちはどうだろうか。
僕は観測士として、ドドンパは戦術士として、システムを騙し切るほどの徹底した『狂気』を提示できているだろうか。
……いや、考えても答えは出ない。この仮説が正しいのかどうか、ジィサンか、あるいは『勇者』という絶対的なロールを持つミツルマンに詳しく話を聞く他ないな。
僕の中で少しずつ形になっては、ドロリと崩れていく推論。
まるで、ぽよんのようなスライムだ。
そんな風に一人で哲学的な思考実験を繰り返している時だった。
ピコン、と視界の端でメッセージウィンドウが出現する。
ドドンパからだった。普段の頭の悪いスタンプや無駄口は一切なく、ただ短い用件だけが記されている。
『話がある。ルナールちゃんの事で。手が空いたら落ち合おう。クラン外、フィールドがいい』
ただならぬ雰囲気だ。あの発情期のバカが、ルナールに関してこんなシリアスな文面を送ってくること自体が異常事態である。
僕は少しだけ目を細め、『第1エリアの、あの断崖で待っている』とだけ返事をした。
「ルナール……君はやはり……」
脳裏に、あの純粋そうな笑顔と竪琴を抱える姿が浮かぶ。
だが、僕の心は冷え切った計算機のように凪いでいた。
「ふっ……君が取り込んだのは『指揮者』だぞ? 『演奏者』は、ただそれに従う他ないんだ」
誰に言ったわけでもない。
僕はその一言を、この異常なほどピンクで彩られた僕たちの家に残し、ドドンパの待つ場所へとエウレカ草原へと移動を開始した。
◇ 第1エリア エウレカ草原 断崖エリア
冷たい夜風が吹き抜ける、崖の上。
ここは何かと僕にゆかりをもたらすな。思い出の場所へ着いた僕は、少し離れた岩肌に腰掛ける哀愁漂う小さな背中を観測した。
月夜に照らされながら、一人黄昏る戦術士の姿。
ゲーム内だというのに、彼の背中からは月曜の激務を終えたサラリーマンの疲労感が滲み出ている。
「待たせたな」
僕が声をかけると、ドドンパはゆっくりと振り返った。
「お。お疲れ。悪りぃな、呼び出して」
「ああ」
僕は無言で、インベントリから取り出したアイテムをドドンパへ放り投げた。
放物線を描いて彼の手の中に収まったのは、MPと疲労度を回復させるアイテム――棒付きのアイスキャンディーだ。
「……お前、エモい男だよな、意外と。またアイスかよ」
ドドンパが呆れたように笑う。
「いらないなら返せ。僕の貴重なリソースを、お前なんかにタダであげると言っているのに」
「あーはいはい。貴重なリソースを割いて頂き、誠に感謝しておりますよって」
示し合わせたかのように、僕とドドンパは同じタイミングで鼻で笑った。
さて。このお調子者の男が、今日一体何を知ったのか。
うちのクランに転がり込んできた狐の観測記録とやらを、聞かせてもらおうか。
「なぁ、イオリ。お前、ルナールちゃんにあんまし肩入れするなって言ってたよな」
ドドンパがアイスの袋を開けながら、ぽつりと呟く。
「ああ、昼休みに言ったな」
「お前の言ってること、すっげぇよく分かったぜ。……でも悪い、俺は諦めねぇ!」
「……。聞こう、何を見た?」
少しの沈黙の後、ドドンパは重い口を開いた。
僕は静かに、彼が今日ログインしてからの行動ログをヒアリングする。
大通りで見かけたルナールへのストーキング行為(本人は声を掛けようとしただけだと言い張ったが却下した)。
路地裏での『温度差で逝けよ』との接触。
そして、その後に現れたという不気味な僧侶の発言。
『データ異常者の懐の居心地はどうだ』『毒はしっかり回ってるか』という言葉。
現場の空気からドドンパが視認し、直感した『スパイ(トロイの木馬)』の可能性。
全てを聞き終えた僕は、小さく息を吐いた。
「そうか。だが、よくやったな。ストーカー行為自体は吐き気がするほど気持ち悪いが、お前の行動が僕の予測を確定事項に近づけたのだから、結果としては評価する」
「最初から疑ってたのかよ、やっぱ」
「現実(会社)で言っただろ、タイミングが良すぎだと」
僕は眼鏡の位置を直し、月明かりの下で冷徹に事実を並べる。
「真核を購入した時の、全てを投げ打ったと言う購入背景。うちがイベントで目立ったタイミングの後。彼女が現れてお前に近づくまでの動きが、あまりにも『純粋で可哀想な女の子』の売り出しに見えた。クランを二度追い出されたという悲劇のスパイス付きでな」
「あー……聞きたくねぇなあ。俺の中で完璧だったルナールちゃん像が崩れる〜〜!!」
ドドンパが頭を抱えて呻く。
「キモいな」
「ねぇ、慰めようよ! 相棒でしょ!? 俺の『純粋』にそんな現実的な言葉混ぜないで?」
「……水曜日は予定通りにやれ。彼女の意図も、システム的な仕掛けも、僕が必ず見つけて暴く」
僕が断言すると、ドドンパはアイスを齧りながら情けない声を出した。
「そうは言ってもよぉ……どうやって接したらいいか分かんねーよ。裏切られるかもって思いながらヘラヘラすんのか?」
「簡単だ。いつも通り、可愛さに釣られてキモく発情し、完全に取り込まれている哀れな男のように、変わらず振る舞え」
「キモっ……ってお前、言うに事欠いて……はぁ。善処するわ」
ドドンパが肩を落とす。
「カッコよくワーク。なんだろ?」
「は?」
「今朝、現実(会社)で僕に言ってきたあの謎の意気込みだ。僕は精神論は嫌いだが……まあ、お前らしいんじゃないか」
僕が意趣返しのように告げると、ドドンパは目を丸くした後、フッと吹き出した。
こいつは昔からそうだ。僕にはないもの――無駄なポジティブさや、他人に平気で踏み込んでいく図々しさを持っている。それが、僕の相棒たる戦術士だ。
「仕事ですね、はいはい。お返しどうも」
ドドンパはアイスの棒を口にくわえたまま、ニヤリと笑った。
「んで? 頭脳担当のお前の意見は? どうすんだよ」
「向こうがトロイの木馬を使って内部から食い破ろうとするなら、こちらはそれを逆手に取る。……ハニーポット(蜜壺)だ」
サイバーセキュリティにおける囮の手法。
あえて脆弱性を装い、攻撃者を誘い込んでその手口や情報を監視し、逆に相手のデータを引っこ抜く。
「ハニーポット……か。上等だ。俺は諦めないぜ、相手がウイルスだろうがなんだろうがな!!!」
「お前はただ、彼女の演奏を気持ちよく導けばいい。泥を被るような汚い事は、僕がやろう」
「お前……。へっ、頼んだぜ、相棒!」
ドドンパは照れ隠しのように、人差し指で自分の鼻の下を強く擦った。
その仕草は、昔から彼が少し感動した時や、強がる時に見せる癖だった。
僕たちは小さく拳を合わせ、今後の方針を完全に共有した。
「水曜日の実戦」という名の、極上のハニーポットを開く準備は整った。
僕たちは街へと戻り、クランホームに帰還するための転送ボタンを押した。
◇ 混沌工房 外
視界が切り替わり、目を開ける。
そこには、僕たちが拠点としている見慣れたピンク色のインク瓶のオブジェクトがーー広がっていなかった。
「……おい」
「なんだこりゃ」
ドドンパと僕の声が重なる。
インク瓶の形は辛うじて保っているものの、その背面からは禍々しく巨大な「悪魔的な翼」が生え、ピンク色の煌めきと共にどす黒いオーラのようなエフェクトを纏っていたのだ。素材はなんだ?
【観測ログ】[宝飾猫:マオウのインク瓶]
『備考:カワイイは主人を超え。城へと羽ばたく。』
「またシロロちゃんたち、拠点アップデートしてね?」
ドドンパが引き攣った笑顔で呟く。
僕は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、静かに目を閉じた。
(聞かない、聞いてない、聞きたくない)
(見えない、見ていない、見たくない)
僕は心の中で、哲学的な呪文を高速で唱え始めた。
聞くとはなんだ。音が鼓膜を震わせる物理現象に過ぎない。
見るとはなんだ。光の反射が網膜に像を結ぶだけのただのデータだ。
つまり、今の僕には何も見えていないし聞こえていない。この悪魔的なピンクの物体は幻覚だ。そうだ、そうに違いない。観測士たる僕がそう定義する。
◇ 混沌工房 内
現実逃避を終え、重い扉を開けて中に入ると、そこには案の定、カオスの煮凝りのような光景が広がっていた。
「ぽよぉぉ! 待てなのだ〜!」
「うふふふ、ほら、これも食べなさいな。硬度7よ」
フゥとぽよんが、部屋の隅で石ころを砕いて遊んでいる。
いや、遊んでいるのではない。
フゥが砕いた石を、ぽよんの王笏の先端――マカロン部分である『ロン君』に無理やり食べさせようとしており、ロン君は意思を持っているかのように、王笏の柄からビローンと不気味に伸びて、全力で壁に向かって逃げていた。
「フゥ。また石を割っているのか」
「あらイオリ君。ええ、最近のトレンドはジオード割りなの。安定して美しい結晶が出るから心が洗われるわ」
フゥはニコニコと微笑みながらハンマーを振り下ろしている。
しかし、彼女はふとインベントリを開くと、『飴十二石』という、琥珀色に輝く奇妙な鉱石を取り出した。
途端に、壁に張り付いて逃げていたロン君がピクッと反応する。
「あら、これはお気に召した?」
フゥが石を差し出すと、ロン君はシュルリと元の王笏に戻り、先端のマカロンの口を大きく開けてサクッ、サクッと音を立てて飴十二石を平らげた。
『ゲプッ……♪』
マカロンが、信じられないことにゲップのような音を立てて満足げに震える。
「ぽよぉぉ!? ズルいのだ! ロン君だけズルいのだ! 我も欲しいのだ〜〜!」
ぽよんがジタバタと暴れ出す。
「仕方ないわねぇ、魔王ちゃんには特別よ」
フゥは優しく微笑み、インベントリから鈍い銀色に光る鉱石――『コロラドアイト』を取り出した。
「ぽよっ! 銀色のおやつなのだー!」
ぽよんは完全に勘違いし、ヨダレを垂らしながら**(スライムだから元から全身ヨダレのようなものだが)**飛びつこうとする。
「おい、待てバカ」
僕は咄嗟に声を張り上げた。
「フゥ。そんなものまでこの世界のデータとして存在するのか。……それはテルル化水銀、ほぼ『水銀』だろ。猛毒だ」
(……水銀。流動的で、毒にも薬にもなる厄介な代物。まさかここでその単語を聞くとはな)
僕の指摘に、ぽよんの動きがピタリと止まる。
スライムとはいえ、ぽよんも一応は現代人だ。水銀という言葉のヤバさは理解できたらしい。
「ぽよっ!? ど、毒なのだ!? お腹痛くなるのだ! フゥのバカ! アホ! この石ころ女〜〜!!」
ぽよんがフゥに向かって文句を垂れ流すが、悲しいかなIQ3の彼女のボキャブラリーでは、吐く毒が致命的に弱かった。フゥはどこ吹く風で「あらあら元気ね」と笑っている。
「……カオスだ……」
ドドンパが額を押さえて呻いた。
その時だった。
王笏の先端にいたロン君が、今度はドドンパの方に向かってシュルルルッと首(?)を伸ばしてきた。
そして、ドドンパの右手にピッタリと張り付き、むにゃむにゃと口に含み始めたのだ。
「うわっ!? なんだこいつ! 俺の手に吸い付いて……!?」
「……ほう」
僕は一歩前に出て、ロン君の奇妙な生態を間近で観察し始めた。
「なるほど。さっきお前が崖の上で食べていたアイスキャンディー。そのデータが手に微量に残存していて、それを『糖分』として認識して舐め取っているのか……。オブジェクトの残留データを味覚情報としてパースするなんて、とんでもない仕様だな」
「分析してねぇで助けろおおおお!! ぬるぬるすんだよ!!」
ドドンパの情けない叫び声が、インク瓶の工房に空しく響き渡る。
迫り来る水曜日の『ハニーポット』作戦。
そして、システムすら予測不能な狂気に満ちた仲間たち。
観測士たる僕の脳内リソースは、今日も限界突破で稼働し続けるのだった。
この『World of Arche』と言うゲーム
どこまで現実世界のアイテム(物質)を取り入れてるのか
僕も不思議ですが、ファンタジーですから(圧)
〜次回予告〜
次は19:30に投稿します!!
追記19:45
↑前置きの通りでございます……




