第46話:戦術士、浮かれりし葛の葉の幻影に踊り、木馬を『観測』
修正:17話、タイトル変更しました。
この46話の様に、まるまる視点が変わる際はタイトルを変更していきます!!
◇ 現実 種末慎二の部屋
月曜日の朝。
「うっま、これ」
俺は朝から、スーパーで半額になっていた竜田揚げを口に放り込んでいた。
重い? いやいや、肉がないと月曜の過酷な現実になんて耐えられないってもんだ。
左手で竜田揚げを突きながら、右手にはスマートフォンの画面。
「はぁ……。ルナールちゃん、まじ可愛いなぁ…………」
俺は朝ごはんを食べながら、アルケのコンパニオンアプリを開き、フレンド一覧に登録された彼女のプレイヤーネームとアバターをうっとりと眺めていた。
先日、イオリの考案した『kブランド粗悪品を市場に流しちゃうぞ作戦(俺命名)』の中で、運良くボスの真核をドロップさせた。
イオリの適当設計による謎の真核。それを迎えた販売会で、ある女の子に130万Gという高値で売ったのだ。
彼女は、自分の装備までも全て売り払って『k』の真核を買ってくれた。
「健気な彼女を騙すなんて、出来ねぇよ俺には……」
俺は天井を仰ぎ見て、ポツリと呟く。
「イオリの野郎、ぽよんちゃんも騙して借金まみれにさせやがって……ルナールちゃんまで……」
罪悪感と彼女の可愛さにやられた俺は、こっそりとルナールちゃんに100万Gを返金していた。
イオリには「情けで30万Gだけ返した」と嘘をついて誤魔化しておいた。あのデータ男にバレたら何時間説教されるか分かったもんじゃない。
「早く水曜日にならねぇかな。俺の完璧な指示出しとタクト捌きを見たら、流石のルナールちゃんも惚れちゃうかも?」
うっへっへっへ。
俺は竜田揚げを噛み締めながら、妄想に妄想を重ねる。俺の頭の中でシミュレーションはバッチリだ。
「……あー、やべ。遅刻する!」
時計を見て慌てて残りのご飯をかき込み、スーツのジャケットを引っ掴んで家を出た。
「この竜田揚げ、帰りも買ってこ」
◇ 都内 某オフィス
「おはようございますっ!」
俺はキリっとした顔を作り、肩で風を切りながら受付嬢のお姉さん方へ挨拶する。
だが、そこには先客がいた。広報部のエース眞島さんだ。
「はいい!! って、その上目使いお姉様、反則スキルですぅ!!」
「ええ、気づいてくれた! そうなんですぅ、ここのストーンが可愛くてぇ!」
「気づくよ〜! 眞島さんのネイル、参考にしてるもの!」
「月曜日! 頑張ろうね! 眞島さんっ」
「はい、頑張りましょ! 今日も可愛くワークっっ!」
あの光景はちょこちょこ見る。
「今日も可愛くワークっっ!」は、眞島さんが受付嬢のお姉さん方にするお決まりの挨拶だ。
だけど、俺は知っている。
あの楚々とした『眞島ましろ』が、ゲーム内ではあのカワイイモンスター『シロロ』だということを。
どうやら向こうも、俺がゲーム内ではあの『ドドンパ』であることには薄々勘付いているらしいが、お互いに我関せずのスタンスを貫いている。
なぜなら、俺はゲーム内では高身長のイケメンアバターだからだ。
俺は自分の、少しだけたるんだ腹を見る。
「ダイエットしよ……」
今朝の竜田揚げの余韻を思い出しながら、「いや、あれは辞められん。無理だわ」と即座に諦め、眞島さんが去った後の受付へと進み出た。
「おはようございますっ!」
少しニタニタと緩みそうになる頬を叩き、瞬時に「出来るビジネスマン・種末」の顔をセットする。
「おはようございます」(営業スマイル)
(あぁ、今日も受付のお姉さんは麗しいなぁ)
「……顔色が悪いですか? 月曜日ですもんね。今週も頑張りましょう!」
俺が爽やかに気遣うと、お姉さんは一瞬だけピクッと眉を動かした。
「……あ、はい。お気遣いありがとうございます。種末さんも頑張ってくださいね(営業スマイル)」
「はい! それでは! 張り切ってワークと行きましょう!」(キメ顔)
俺は気にならない程度に、ビシッとキメ顔をかます。
眞島さんの圧倒的「カワイイ」には勝てないが、俺には大人の男の色気がある。そしてお姉さん方の体調の具合も気に掛ける。それが出来る男。プロフェッショナルってもんだ。
颯爽とエレベーターホールへ向かいながら、背後からかすかに声が聞こえた。
「……ねえ、今の。私そんなに顔色悪かったかな?(ちょっとイラッ)」
「ただのセクハラまがいのイジリでしょ。何あの『張り切ってワーク』って。眞島さんの真似? 痛かったよねー」
「ていうか、朝から揚げ物の匂いしなかった? ニヤニヤしててちょっと気持ち悪かったし……」
お姉さん方が俺を見て何かヒソヒソと話している。
おお! 朝から俺の噂でも始めたか! いい感じだ。大人の魅力が伝わったに違いない。
よし! 今日も可愛くワークだぜ。いや、かっこよくワークだ!
自分の部署のデスクへ行くと、課長の席でイオリ(矢田島)が話していた。
「この間のプレゼン、先方から『是非ともそちらで』って返事が来ていたよ」
「そうですか、受注出来たんですね。こちらで進めておきます」
「ああ。矢田島君、いつも頼って悪いなぁ。頼むよ」
「はい、それでは業務に戻ります」
淡々と一礼して下がる矢田島。
あいつはゲーム内でも隙のない出来る男だが、社会でもそこそこ出来る営業マンだ。
企業分析やデータ収集の鬼で、ノルマだって逃したことがない。なんかムカつくぜ。
「矢田島、おはよう」
「ん? おはよう種末」
「アレ、受注したんだな。現実でも企業分析きもいもんな、お前」
「褒めているつもりか? お前は少し気遣いの仕方を学べ」
「へいへい」
矢田島とは、実は中学からの付き合いだ。
昔から冷たい男だし、見ての通り無愛想で可愛げがない。
「俺がいなかったら、こいつどうなってたんだ?」と思う場面も、学生時代からいくつもあった。
同僚として、友として、相棒として。なんだかんだで、こいつとはこの先も長い付き合いになるだろう。
「さぁ〜て、今日もかっこよくワークだぞ矢田島!」
「これ、手伝ってくれ。午前中にタスクを出来るだけ終わらす」
……ほらな。なんだかんだ俺がいないとダメなんだよ、こいつは。
こうして、俺は矢田島と合同で進めている案件やらなんやらを猛スピードで片付け、午前のワークをこなしていく。
そして待ちに待った昼休憩。
俺はこれが楽しみなんだ!!
いつもの様に社食で昼食を取っていると、カツカレーを頬張る俺に、奴が聞き捨てならない話を振ってきた。
「種末。お前、ルナールにあまり入れ込むなよ」
「は? なんだよ急に。手の内見せるなってやつだろ? 分かってるって」
「そうではない。……怪しいと思わないのか? 接触のタイミングが良すぎる」
矢田島が眼鏡の奥の目を細める。
「いやぁ。お前の言いたいことも分かるけどさ、そんな子じゃないだろ。音楽が好きなだけの可愛い子じゃん」
俺が笑って返すと、矢田島は頭に手を当てて、深く、大きくため息をついた。
いっつもため息してんな、こいつ!!
そんなんじゃ幸せ来ないぞ、**『噂のメガネk』**め!
俺は脳内でアッカンベーと舌を出して挑発する。
「……はぁ。で、いくら戻したんだ?」
「ん? 30万って言ったろ」
俺が涼しい顔で答えると、矢田島は冷酷な事実を突きつけてきた。
「昨日、お前が掲示板をみんなの前に出していたろ。お前の端末の画面端に見えていたんだよ。……30万Gは、お前の『現在の所持金』だろうが」
「!!」
やっちまった。完全にバレていた。
こいつが逃すわけないか。キモいくらいデータを愛している男が、画面に映った数値を無意識に見落とすわけがない。一生の不覚だ。
「お、俺のドロップした真核だろ!! 勝手にさせろい!」
「まぁ。それはそうだが。……とにかく、忠告はした」
矢田島は食後のコーヒーを啜りながら、静かに告げた。
「水曜日、頼むぞ」
「お、おう」
俺はカツカレーの最後の一口を食べながら、「疑い深すぎるぜこいつ」と心の中で愚痴を吐いた。
ふと窓の外を見ると、今日も『シマシマコンビ』――眞島と津島が外へランチに行くところだった。
いつもの様に小さな財布を片手に出ていく2人。
「津島ちゃん、今日はピザ行っちゃう?!」
「いいわよ。眞島さんの選んだお店は美味しいもの」
「ふー!! 行こー!」
……なんであんなにカロリー高そうなもの食べて、2人とも痩せてるんだ?
俺のこの腹を見ろよ。不公平だろ。
そんなことを思いながら、午後の仕事もキッチリと終えた。
◇ 現実 慎二の部屋
「疲れたーーーーっ」
帰宅すると同時に鞄を床に放り投げ、ネクタイを緩めながらソファへダイブする。
すると、ポケットの携帯が震えた。
ブーッ、ブーッ。
画面を見ると、実家の母さんからだった。
「はい、母さんどうした?」
『慎二、あんたちゃんとご飯食べてる?』
「食べてるよ、いっぱい」
『そう? ならいいけど。あんたの好きな煮物とお米、送っておいたから。届いたら言うのよ?』
「マジで! 母さんの煮物、マージで好きなんだよな。お米も助かるわ」
『ふふっ。たまには帰ってらっしゃい』
「そうだな。母の日も近いし。……当日は無理だけど、温泉でも行こっか」
俺の提案に、電話口の母さんが少し戸惑う。
『ええ、いいのにー。でも、慎二とゆっくり会えるなら受け取ろうかな。さーて、探さないと!!!!』
「行きたいだけだろ。全く。美都(妹)も連れて3人で行こ。母の日の前後の土日でいいからさ」
『わかったわ。探したら場所送るね』
「おう! 予約するわ。母さんたちはお金の心配しないで、好きなとこ選んでくれよ! そのために稼いでんだから!」
俺が胸を張って言うと、母さんは本当に嬉しそうな声を出した。
『ありがとうね、慎二』
「ああ! 元気でいてくれよ母さん。健康に良さそうなとこ選べよな。煮物とお米ありがとな、じゃまた」
プーっ、プーっ。
電話を切る。
母さん、嬉しそうだったな。声からして笑ってた。
ゲームばかりじゃなくて、ちゃんと親孝行してやらねぇとな。
俺は決意を新たにしながら、スーパーの軽いお弁当と追加の竜田揚げを食べ、晩御飯を済ませた。
早く母さんの煮物、届かねーかなぁ。
飯を食い終え、俺は『World of Arche』の世界へとダイブした。
◇ 始まりの街 エウレカ
視界が開けると、見慣れたファンタジーの街並みが広がる。
まずは、水曜日の実戦に向けたポーションやバフアイテムの買い出しだ。
「イオリの奴、今回は戦闘に関わらねぇって言ってたしな。俺がしっかりリーダーとして立ち回らねぇと」
買い物をしながら、ふと思う。
うちの母さんにも、このVRをやらせてみたらどうだろうか。
これなら遠く離れていてもいつでも会えるし、街のカフェで美味いスイーツをご馳走することもできる。VRなのに『美味い』って錯覚するんだから、やっぱこの技術すげーよな。
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、遠目の人混みの中に、見慣れた軽装の背中を見つけた。
「あ、ルナールちゃん!」
声をかけようと少しずつ近づくが、夜の街はプレイヤーが多く、なかなか思うように進めない。
やがて彼女の姿を見失ってしまった。
「あれ、どこ行った?」
キョロキョロと探し回り、なんとなく入った薄暗い路地裏。
そこで、俺は思わず足を止めた。
ルナールちゃんがいた。
だが、彼女は一人ではなかった。
向かい合って話しているのは……ハイライト動画で見た、あの氷と炎の魔法を操っていたお姉さんアバター。
聖刻の円卓の**『温度差で逝けよ』**だ。
(イオリはこれを危惧してたのか?)
俺が息を潜めて様子を伺っていると、突然、俺の後ろから『嫌な気配』が這い寄ってきた。
背筋が粟立つような、冷たい粘り気のある気配。
俺は咄嗟に冒険者端末を取り出し、道に迷ってマップを確認しているフリをして、路地の壁際に身を寄せた。
直後。
俺のすぐ横を、毒々しい赤と緑のローブを着た、僧侶風の男がすれ違っていった。
男は俺に見向きもせず、気だるげな声で路地の奥へ呼びかける。
「おーい。俺が来たぞー」
その声に、『温度差で逝けよ』が舌打ちしたのが聞こえた。
『チッ。来たか、薄気味男』
「お前らの位置はわかってるぞー。俺みたいなものなんだからー」
ローブの男は、首をコキリと鳴らして不気味に笑った。
「おーい。ルナール。あの『データ異常者』の懐の居心地はどうだー?」
「毒はしっかり回ってるかー?」
(…………は?)
俺は画面を見つめるフリをしながら、心臓が跳ね上がるのを抑え込んだ。
何言ってんだこいつ。
しかも今、ハッキリと「ルナール」って言ったよな?
(居心地?毒?それに、イオリの言ってたタイミングの良さ……まさか、内に潜り込むスパイ……トロイの木馬か!?)
男が路地の奥で二人に合流すると、まるで空間に溶けるように、3人の姿はフッと消え去った。
「…………ッ」
残された路地裏で、俺は背筋が完全に凍りつくのを感じた。
気味が悪い。全身に悪寒が走る。
「……クーラー、ギンギンかよ……」
強がりでそんな軽口を叩いてみたが、声が少し震えていた。
事態は、俺の楽観的な妄想を遥かに超えたところで動いている。
俺は急いでコンパニオンアプリを開き、フレンド一覧で『イオリk』の文字が明るく(オンラインに)なっているのを確認すると、震える指でメッセージを打ち込んだ。
[宛先:イオリk]
[件名:今会えるか?]
話がある。ルナールちゃんの事で。
手が空いたら落ち合おう。
クラン外、フィールドがいい。
送信ボタンを押し、俺は路地裏の暗闇を睨みつける。
「ルナールちゃん……俺が、なんとかしてやるからよ」
誰かに利用されているのか、それとも聖刻の円卓のスパイだったのか。
真実は分からない。だが、あの時彼女が見せた竪琴への思いは、絶対に嘘じゃないと俺は信じている。
戦術士としての俺の戦いが、静かに幕を開けようとしていた。
ルナール=仏語では……。
タイトルも関連する言葉になっております!!
〜次回予告〜
2/15 16時半に投稿します!!!




