第45話:観測者、掲示板の熱狂と物理法則(ルール)を書き換える聖刻の騎士たち
◇ 混沌工房
日曜日の午後。
午前10時から開始された初のクラン対抗戦イベント『円環の回廊』は、最大2時間半の制限時間を終え、全試合のハイライトが編集された公式動画として公開されていた。
僕たちはクランホームの居間に集まり、各々の時間を過ごしていた。
「何だよ、これ。盛り上がってんなー」
静寂を破ったのは、空中に冒険者端末のウィンドウを広げていたドドンパだった。
彼が僕たちに向けてフリックし、共有してきたのは、冒険者端末に内蔵された公式掲示板の特定スレッドだった。
——【掲示板】——
【初のクランイベント戦:リザルト聖刻の円卓スレ Part2】
11:名無しの冒険者:ID:harumaki22 /xx月xx日 (日) 13:44
> >>1 スレ立てご苦労
> >うおおお、お前らおつかれええ。動画もさっき出たぞヤバすぎカイザー
> >
12:名無しの冒険者:ID:mutturi81
> >カイザー何がどうなってんの? 最初の接敵。
> >
13:名無しの冒険者:ID:mujyuru77
> >>12 分かるわけないやんけ。
> >その場で剣振って鞘に戻って歩き出したら敵さん4人沈んだやん。
> >
14:名無しの冒険者:ID:jyounannjima98
> >恐らく遅延剣。俺見たことある。
> >攻略組の武器はみんなおかしい。『k』産だろ。
> >
15:名無しの冒険者:ID:nudist09
> >>14 『k』の武器販売の剣、公表されたん?
> >
16:名無しの冒険者:ID:jyounannjima98
> >>15 スレ違いな。でも少し関係あるから一回答える。
> >2人とも詳細は出てないけどフェンサーだよもう1人
> >
17:名無しの冒険者:ID:ukiukiya44
> >フェンサーもバグだろ全部カウンターで倒してた。
> >
18:名無しの冒険者:ID:nudist09
> >>16 すまん。サンクス。
> >まじかー、攻略組くらいだろー『k』産買えるの。
> >
19:名無しの冒険者:ID:ondosadeikeyo30
> >『k』が誰か知らんけど、『k』産じゃねーよ
> >
20:名無しの冒険者:ID:jyounannjima98
> >>19 え、温度差さん? 本物?
> >
21:名無しの冒険者:ID:mujyura77
> >>20 え、あの氷と炎の人?
> >
22:名無しの冒険者:ID:ondosadeikeyo30
> >『k』に言っとけ、調子に乗んなハゲって
> >
23:名無しの冒険者:ID:jyounannjima98
> >聖刻の円卓メンバーキタアアア
> >次のクラン戦激アツやん。
> >
24:名無しの冒険者:ID:uzurano38
> >>22 まじでかっこよかった。好き
> >
25:名無しの冒険者:ID:biosu777
> >>22 全然エアコンじゃなかったけどさいつよ
> >
26:名無しの冒険者:ID:nudist09
> >>22 カイザー、フェンサーよりド派手で推せた
> >
27:名無しの冒険者:ID:fencer0
> >>22 熱くて冷たくてうざくてうざかったです!
> >
28:名無しの冒険者:ID:jyounannjima98
> >>27 フェンサーキターーーーwww
> >
29:名無しの冒険者:ID:mutturi81
> >>22 カイザー君とどっちが強い?
> >
30:名無しの冒険者:ID:fencer0
> >>29 どっちもどっち、エアコンはイライラしないと動かないだけ
> >
31:名無しの冒険者:ID:fencer0
> >>16 ば、ばれたー
> >
32:名無しの冒険者:ID:fencer0
> >>17 貰い物でバグってごめんね?
> >
33:名無しの冒険者:ID:jyounannjima98
> >>32 チャットも全部カウンターしてて鏡
> >
34:名無しの冒険者:ID:fencer0
> >>33 草的な? あははおもろいね
> >
——————————
僕は流し読みで情報をインプットしていく。
無意味な煽りやノイズも多いが、トップクランである『聖刻の円卓』の戦闘ログが、第三者の視点と言葉で言語化されているのは貴重なデータだ。
「ねえねえ」
床にいくつものジオード(晶洞石)を広げ、ルーペで中の結晶をうっとりと覗き込んでいたフゥが、ニヤリと笑ってこちらを見た。
「イオリ君、ハゲって言われてるわよ」
「フッ……ハゲてないから僕のことじゃない」
僕は自らの豊かな黒髪(初期アバター設定)を微かに揺らし、至極冷静に事実のみを述べて切り捨てた。
誰がどう見てもフサフサだ。論理的破綻を起こしている悪口など、ノイズ以下の戯言に過ぎない。
すると、ソファでクッキーを齧っていたシロロが、首を傾げながら呟いた。
「ふぇ、ふぇんさー? ……あれ、イベントのランキングで3位だった人?」
「シロロちゃん、自分で売った人じゃないの? 俺はあの時ルナールちゃんしか見てなかったけど!」
ドドンパが少し驚いたように聞き返す。
「うーん……」
シロロは指を口元に当てて、少しだけ記憶を探るような仕草をした後、あっけらかんと言い放った。
「なんかずっと喋ってて、めんどくさくなっちゃって!! 可愛くはなかった気がする!!」
「……」
交渉でもなんでもない、ただの気分による投売りだ。
通常の僕であれば、リソースの管理不足として数時間は説教を垂れるところだが……。
「なら、しょうがないか……」
「えっ」
ドドンパが「お前、それでいいのかよ」という顔でこちらを見たが、僕は気にしない。
めんどくさくて、可愛くなかったのなら、シロロにとっては売買を早々に打ち切る十分な論理的理由だ。うん。仕方ない。
「ほっほ、イオリk君は仲間の理解度が深いのぅ」
向かいの席で、ジィサンが楽しそうに肩を揺らした。
「ッ?!」
僕は図星を突かれたように背筋を伸ばし、慌てて眼鏡を押し上げる。
「……僕はそれぞれの適性や行動パターンへの理解を深めなければならないので、単にデータを参照しただけです。他意はありません」
「ほっほ、良い良い」
ジィサンはまるで照れ隠しをする孫を見るような生温かい目で僕を見た。……釈然としない。
その和やかな空気を遮るように、竪琴を磨いていたルナールが、掲示板の文字を見てふと思い出したように顔を上げた。
「あっ、そういえば! 私、この『fencer0(フェンサー)』さんに、販売会の後、街で話しかけられましたっ!!」
「ナンパか?!」
ルナールの言葉に、ドドンパが猛烈な勢いで食いついた。鼻の下が完全に伸びきっている。
「えっ……そうです? ただ、同じあの真核を買った同志みたいな感じで、一人で声をかけられただけで……」
「何ぃああああ?! キモいこと言われたのか?! 何かされてないのか?!」
ドドンパが身を乗り出し、ルナールに詰め寄る。
「ちょっとドドンパ君、今の君の方が少しキモ可愛くないかもー?」
「自分がやってる事に気づきなさい……ジオードで殴るわよ」
シロロの無邪気な毒舌と、フゥの物理的な脅迫が、発情期の相棒の動きを完全に封殺した。
「え? ひどくない?」
ドドンパが涙目で訴えるが、誰も彼を庇わない。自業自得だ。
そんなやり取りの裏で、僕はジィサンと視線を交わした。
老投資家の瞳の奥に、いつもの柔和な光とは違う、鋭い知性の輝きが宿っている。
「ほっほっほ、イオリk君……君は気づいてるかな?」
「真核、ですか」
僕の短い返答に、ジィサンはゆっくりと頷く。
「うむ……。ルナールの嬢ちゃんや、少し耳を塞いでくれるかな??」
「えっ? は、はい!!!」
ルナールは急に名指しされて驚きつつも、素直に両手で自分の耳をピッタリと塞いだ。
さらに目をぎゅっと硬く瞑り、「あー、何も聞こえませーんっ!」と小さく呟きながら、プルプルと震えてみせる。
全力の耳塞ぎだ。……真面目というか、純粋すぎる。
彼女に声が届かないことを確認し、ジィサンは声を一段階落とした。
「そうじゃ。ドドンパ君たちが適当に売ったという『粗悪な真核』。あれはあくまで、完璧を求める『君たち基準』での粗悪だ。そこに……ルナールのお嬢ちゃんのように、核生成の瞬間に彼らの強烈な意思や『狂気』がシステムに混入したとしたら……少し、お痛だのぅ」
「……そうですね」
僕は淡々と肯定する。
僕が作ったフェイク真核は、ただ適当なログを混ぜただけの不純物だ。
だが、あの『独奏者』ルナールが、ただの石を呪いの竪琴へと変えたように。
『聖刻の円卓』のプレイヤーたちが、自らの強烈なプレイスタイルという「意思」をシステムに誤認させて武器を組み上げたのだとしたら。
想定外の化学反応が起きても不思議ではない。
「ですが、それなら後付けで対応すればいい。彼らの手札さえ割れれば、相殺するシステムを僕が組み上げるだけです」
「ほっほ、得意分野だな。頼もしい限りじゃ。……また後ほど話そう、イオリk君」
ジィサンは満足そうに微笑むと、ルナールの前に立ち、ポンポンと軽く彼女の肩を叩いた。
「もう良いぞ」と優しい笑顔で合図を送る。
「ぷはっ! あー、耳キーンってなりましたっ!」
ルナールが手を離し、ホッと息を吐く。
「それで、ルナール。そのフェンサーという男以外に、『聖刻の円卓』の他のメンバーの特徴で何か知っていることはないか?」
僕が問うと、ルナールは思い出すように宙を見上げた。
「えっと……直接声をかけてきたのはフェンサーさん一人でしたけど、さっきのハイライト動画や掲示板の噂だと、『温度差で逝けよ』さんって人は、すごく綺麗な、でもちょっと荒っぽい雰囲気のお姉さんみたいですね! 氷と炎の魔法を、杖も振らずに同時にポンポン出していて……それがすごく綺麗で。あ、あと『ガードガールまち子』さんって人は、すごく大きくて重そうな盾を、まるで紙切れみたいに指一本でフワッて持ち上げてました!」
「あの、赤い鎧のヤツか。指一本で大盾を? ゴリラ系女子かよ」
「えー、ゴリラは可愛くなーい」
ドドンパとシロロが横から口を挟む。
(……氷と炎の同時操作と詠唱破棄。これは熱を分離・操作する『マクスウェルの悪魔』……熱力学の概念そのものをログとして刻んだのか?
そして、指一本で持ち上がる大盾。極小の重力崩壊、あるいは事象の地平(シュバルツシルト半径)を盾というオブジェクトに持たせている? だから外部からの質量観測を無視できた……?)
さらに、販売会で見たリーダーであるカイザーの異様な挙動。
彼が歩き出した後、ワンテンポ遅れて腰の剣が追尾するように移動した、あの奇妙な現象。
掲示板の書き込みにあった「その場で剣振って鞘に戻って歩き出したら敵が沈んだ」「遅延剣」という言葉。
そして、フェンサーという男の「全てカウンターで倒す」という異常な戦闘スタイル。
(カイザーの『遅延剣』は、事象の確定を遅らせる、あるいは過去の事象を現在に固定する量子力学的な不確定性か。
フェンサーの『カウンターの申し子』は、向けられたエネルギーの不可逆性を反転させる、エントロピーの逆転現象……と捉えられるか?)
僕の脳内で、バラバラだったピースが不気味な形を成していく。
彼らのやっていることは、僕が『環境音』や『風向き』を真核に刻み込んだのと同じ——いや、もっと悪辣で根本的なシステムへの干渉だ。
神話の英雄たちを模したようなアバターに、現代物理学の極致とも言える「概念」を物語として真核に焼き付けた集団。
それが『聖刻の円卓』の正体だとしたら。
僕と同じように、いや、ある意味では僕以上に、この世界の根幹を「そういうもの」だとシステムに誤認させて戦うバグの塊。
(……最高じゃないか)
思わず、口元が歪むのを抑えきれなかった。
圧倒的な暴力やプレイヤースキルなら、いくらでも対処のしようがある。
だが、彼らは「ルールそのもの」を書き換えて挑んでくる。
ならば僕のやるべきことはただ一つ。その書き換えられたルールすらもデータとして観測し、さらに上のロジックで叩き潰すことだ。
僕が深く、深く思考の海——未知のバグ(システム)をどう最適化し上書きしてやるかという、極上のシミュレーション——に沈み込んでいると。
「……イオリk君。考えすぎるのも良くないぞ」
ジィサンの静かな声が、僕の意識を現実に引き戻した。
「……ええ。分かっています」
僕は小さく息を吐き、歪みかけた口元を元に戻す。
今はまだ、情報が足りない。推論を重ねるよりも、次なるフィールドで確実に観測を行うのが先決だ。
僕はドドンパ、シロロ、そしてルナールに向き直った。
「ドドンパ。来週の水曜日の実戦に向けて、お前たち三人で能力のすり合わせをしておけ。シロロとルナールのバフがどう噛み合うか、事前に確認が必要だ」
「おう! 任せとけ。ルナールちゃん、俺が手取り足取り……」
「キモいよドドンパ君」
「……ただし」
僕はドドンパの襟首を掴み、彼にだけ聞こえるよう小声で釘を刺した。
「ルナールはまだ正式加入前だ。僕たちの手の内は、軽く濁しておけよ」
「……へっ、分かってるって。お前らしいリスクヘッジだな」
ドドンパがニヤリと笑って頷く。
聖刻の円卓。
彼らとの再戦の日は、そう遠くないだろう。
その時、僕の構築する『正解』と、彼らの『物語』、どちらがこの世界のシステムに愛されるか。
『概念』VS『概念』
勝つのは僕らだ。
掲示板回!
因みにjyounannjima98は掲示板の住民であり34話の少しだけ出た掲示板でもイオリに惜しいなと言わしめました。
後々ではありますが、掲示板の人物も重要になってくるかもしれません。
少しずつ表し始める物理現象を物語として刻む『聖刻の円卓』
彼らとの衝突は少し先ですが、円卓の騎士達は少しずつ出始めます。




