第37話:観測者、暴かれた「物語」と遅れてやってくる銀の剣
◇ 始まりの町 エウレカ
「ねぇ、あなたイオリkでしょ?」
ログアウトボタンに指をかけた瞬間、甘ったるい、しかし芯のある声が僕を呼び止めた。
(チッ、なぜ僕を知っている)
「ぽよ〜! 知ってるのだ?」
「はい〜! 知ってますよ〜! 配信でもきいてたし、ふーん……この方が職人『k』ね」
彼女の視線が、足元から頭のてっぺんまで、僕をなめずり回すように移動する。
値踏みされている。それも、装備の性能ではなく、もっと内側を。
(……なんなんだ。この女は)
「かっこいい! かっこいいわあなた。その眼鏡の奥の目、ゾクゾクする」
「うわーうらやまっす。にゃー」
ドドンパが耳打ちしてくる。
こいつ、『猫の恩返し』もつけていないのに、何を言っているんだ。
「……僕これから用事あるので落ちますね。ジィサン、今日はお疲れ様でした」
僕は関わり合いになりたくない一心で、会話を打ち切ろうとする。
だが、ジィサンが楽しそうに笑った。
「ほっほ、レディに名指しされて逃げるのか。君も意外と抜けているところがあるのだね、ほっほっほ」
(……ッ! この狸親父……!)
「……あなたは?」
観念して向き直ると、まち子は口元に手を当てて笑った。
「うふ、観測スキル使ったなら名前は見えてるでしょう?」
(……チッ。こいつもジィサンのアクセと同じ、通知がいくタイプか)
「すいません、癖で」
「いいのよ、見られるのは快感だから」
彼女はそう言うと、ぽよんの方へ向き直った。
「ぽよ〜? おやつあるのだ?」
「あん、はい! かわいいあはああ〜! これどうぞ!!!」
彼女が震える手で差し出したのは、堅焼きの『瓦煎餅』だった。
(……瓦? おい、運営どんなセンスしてんだ。回復アイテムかそれは)
「ぽよ〜〜!! ありがとなのだ〜! 守衛ちゃん! 私たちは少しおやつ会議があるのだ! また遊ぶのだ〜!」
「ンア! はい! フレンド送ってもいいですか?」
「お友達なのだ!! あ、! 正式配下なのだ!!」
赤鎧(まち子)も限界ヲタクらしい。その場で崩れ落ちそうだ。
僕の中で、ぽよんを「対敵対勢力懐柔士」のロールに就かせることにした。
「またぽよ〜! しっかりぽよんのおやつ守るぽよよ〜〜!!」
ぽよんはマカロンをかじるように瓦煎餅をかじりながら歩いて行く。
その後ろ姿を見送りながら、ドドンパが呟く。
「すっごいキャラだな……すっごいわ」
「語彙力が低下してるぞ」
「にゃー」
語尾猫語に味を占めたらしい。
僕もさっさとログアウトしようと背を向けた、その時だった。
通り過ぎ様に、まち子が僕の耳元で囁いた。
「貴方だけじゃないわよ、記録物語はっ♪」
「……ッ?!」
一言だけ残し、彼女は巨体からは考えられない速度――まるで重量を感じさせない動きで去っていった。
「……記録物語、だと?」
その単語は、このゲームのシステムには存在しない。
僕が独自に見つけた概念、「記録設計」に近いニュアンス。
それを、彼女は知っている?
「ほっほ、恐るでない若者よ。君には君の矜持がある。正解は無限にあるものだよ。ほっほっほ」
ジィサンが僕の背中を叩く。
「正解ってな、いっぱいあるねん」
ドドンパが知ったような口を聞く。
二人は先にぽよんの元へと駆けていく。
「……僕だけではない。そうだな、想定内だ。何十万といるこの世界で、僕だけだなんて思ってはいない」
攻略組『聖刻の円卓』。
面白い。
「……僕が『正解』を教えてやる」
僕の中で、彼らを明確に「敵」とみなした瞬間だった。
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◇
翌日。金曜日の夜を入念なチェックに費やし、僕たちは早めの解散をした。
そして、土曜日 16:21。
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◇ 混沌工房
決戦(販売会)に向けた最終確認が行われていた。
「準備はできた!! あとは可愛いを持って21時を待つだけだね!」
シロロが気合を入れる。
「ぽよ〜!」
「おう!」
「ええ」
「ほっほっほ」
「魔王! 遊ぼ〜!」
ジィサンと一緒に来ていた、ミツルマンがぽよんに話しかける。
「ぽよ〜! 魔王と勇者、仲良しなのだ?」
「うん! おねぇちゃん弱そうだから倒さない」
「ぽよっ?!」
ミツルマンの純粋な一撃に、ぽよんが何もないところで転けた。
「……ぽよん、手は貸さないぞ」
「ぽよん様大丈夫ぽよ〜?!」
シロロが慌てて駆け寄る。
言い終わると同時に、なぜか鞄を構えて警戒している。脅しで使う為に機能し過ぎていないか?
「すまん、ぽよん大丈夫か」
「うう〜、床がぽよんを攻撃したのだ〜」
全く、少しは緊張感をもて。
「ほらミツルマン、そろそろママが帰ってくるのではないか?」
ジィサンが優しく声をかける。
「あ、本当だ! こんな時間かぁ、わかった。魔王、遊ぶのは今度ね。いい子にしてなきゃダメだぞ」
「わかったのだ〜! ……あれ、諭された?」
ミツルマンは手を振ってログアウトしていった。
「……よし、行くぞ。と言っても僕は遠目で観測するだけだが」
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◇ 噴水広場 21:00
噴水広場は、とんでもない数のプレイヤー達で埋め尽くされていた。
ぽよんの配信効果は絶大だ。
「ぽよ〜〜!! 待たせたな愚民ども〜〜!! いや配下ども〜〜!!」
「おやつは持ってきただろうな〜〜!おやつちょうだいなのだ〜〜!」
噴水の縁に立ち、ぽよんが開会宣言(おやつクレクレ宣言)を開始する。
その横で、シロロ、フゥ、ドドンパが「CA」と刻まれたクランバッジを掲げ、演説を始めた。
「さぁさぁ! これが噂の『kブランド』製真核だ!!」
「中身は言えねぇが、属性は『光』確定! さらにSTR上昇も見込めて、ステータス強化以外の特殊効果もつくことが確定してるぜ!」
ドドンパが毛皮に包まれた真核を高々と掲げる。
中身が第4エリアのボスドロップだとは言わない。あくまで「kが調整した真核」として売る。
「いくらだ〜!」
「50万Gは出す!!」
「交渉は? ユニーククエストの情報持ってる!!」
プレイヤー達が我先にと声を上げる。
今回の売上金は、あいつら(シロロとドドンパ)の懐に入る。
「今回はすまねぇG優先にする!! だからオークション形式にするぜ!」
「10万Gスタート!」
「15万!」
「20万!」
「30万!」
価格はまたたく間に吊り上がっていく。
50万Gを超え、さらに加速する。
僕はその熱狂を、広場を見下ろす建物の屋根から観測していた。
「……ぽよんはやり手の広報だな」
1万G対価としては十分すぎる働きだ。
その時。
観測ログに、異質な反応が混じった。
「……!」
人混みの中。
昨日の赤鎧女(まち子)と、その隣に立つ男。
銀色の全身鎧に、金色の装飾が浮き出た派手な装備。銀髪の長髪を、一つにまとめなびかせている。
(……まち子といることや装備の見た目からして、『カイザーライトニング』が頭に浮かぶ)
あいつか。
腰には剣を携えているが……妙だ。
剣を持っているように見えない。いや、存在感が希薄なのか?
しばらく観測していると、カイザーが興味なさそうに踵を返し、去って行こうとした。
その瞬間。
(……ズレた?)
彼が歩き出した後、ワンテンポ遅れて、腰の剣が追尾するように移動した。
ラグではない。彼の周囲の空間だけ、時間が歪んでいるような感覚。
(……時空剣士。先読み(未来予知)ではなく……『過去』がついてくるタイプか?)
「はい! 130万G! いないな? 他にはー!!」
ドドンパの大きな声で、僕は思考の海から引き戻された。
「決まり!! 名前は?」
「ルナールと言います!! この日の為に三日間金策頑張ったんですぅ、装備も売り払って!!」
人混みから出てきたのは、初期装備に近い軽装の女性プレイヤーだった。
全財産どころか、装備まで売って資金を作ったのか。
「ええ……!! なんてことだ……」
ドドンパが絶句している。
そして、あろうことか顔を赤らめた。
「と、とりあえずこれはルナールのものだ!!」
ドドンパが端末を操作し、真核を譲渡する。
ルナールが震える手で1,300,000Gを支払う。
取引成立。
終わると、ドドンパが小声でルナールに告げた。
「……後で少し話あるから、フレいい?!」
「えっ、はい!」
ルナールは少し戸惑った後、満面の笑みで返事をした。
ドドンパがニヤけながらメッセージを送る。
『後でメッセ送るね…』
(……僕には分かる。遠目でも分かる。スキルを使うまでもない)
(デレている。……あいつ、後で値引き返金しそうだな)
続いてシロロの方も、125万Gで落札された。
一方、フゥは。
「あの……珍しい石、持ってない? お金ならあるわよ……」
集まったプレイヤーから、逆にアイテムを買い漁っていた。商売下手か。
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◇ 混沌工房
オークションを終え、僕たちはクランホームで祝勝会を開いた。
ジィサンがゲーム内でも有名な高級店『パティスリー・エウレカ』のケーキやお菓子を大量に差し入れしてくれたおかげで、ホーム内はパーティー状態だ。
「ん〜〜! 最高なのだ〜〜! ぽよん、このクランでよかった〜〜!」
「うふふ、お金もいっぱい! これでまた可愛くなれる〜!」
結果は大成功。
市場に「kブランド」という名の、性能の良いフェイク(囮)をばら撒くことができた。
だが、僕には不安が残った。
「……ジィサン、少し」
僕はケーキを頬張るジィサンに声をかけ、部屋の隅へ誘導する。
「ほっほ、どうしたね? 難しい顔をして」
「……カイザーの武器のことです」
「ふむ。何かわかったのかね?」
「ええ。……あれは『予知能力』じゃない」
僕は観測した違和感を口にする。
「彼が動いた後、剣が遅れてついてきていました。恐らく、彼の攻撃判定は『現在』と『過去』の両方に存在する」
「……過去、とな?」
「ええ。彼が剣を振った数秒後まで、その空間には『斬撃の判定』が残る。避けたと思って踏み込めば、過去の斬撃に切られる……そんなロジックでしょう」
「ほっほ……それは厄介じゃな。ワシのゲートボール(3点特攻)も、当てられるかのぉ」
「対策は必要です。……次のクラン戦、彼らが間違いなく最大の壁になる」
僕は広場の熱狂を思い出す。
正解は一つじゃない。
物語を紡ぐのは、僕だけじゃない。
「……面白い。叩き潰しがいがある」
僕は甘いケーキを一口食べ、苦いコーヒーで流し込んだ。
最近派手な戦闘がありませんでしたが><
次からはGvG(クラン対抗戦)編になります!!
〜次回予告〜
2/12 19時の予定です!!




