第31話:観測者、行列のできる宝飾猫のインク瓶と「kブランド」の隠蔽工作
◇ 現実 イオリの部屋
一日の仕事を終え、帰宅した僕は晩ご飯を食べていた。
今日のメニューは、スーパーで半額シールが貼られていたマグロの煮付けだ。
「……ふぅ」
箸を置き、息をつく。
社会人ロールについて、初めて有給込みで九日間も休んだ反動か、今日は妙に疲れていた。
久々の休暇は、すべてゲーム――あの世界の構築に費やしてしまった。
「装備も、そろそろクリーニングに出さないとな……現実はやることが多い」
メンテナンス費用、維持コスト。
人間というアバターは金がかかる割に、ステータスの伸びが悪い。
そんな非効率な思考を巡らせていた、その時だった。
ブーブー。
机の上のスマホが震える。
『World of Arche公式コンパニオンアプリ』
——【クランチャット】——
【Chaos Atelier】
[ドドンパ]:おい、ゲームログイン出来るか?
[シロロ]:kおじさん大変!!
[魔王ぽよん]:ぽよ〜〜〜!! お城が囲まれてるのだ〜〜!!
—————————————
嫌な予感が胸をよぎる。
「……ん? 何事だ。また魔王が何かやらかしたか」
——【クランチャット】——
[イオリk]:なんだ? 今、食事中だが。
[ドドンパ]:家か? クランホームタウンに行列出来てる。プレイヤーの(あと猫も)
[イオリk]:意味が分からない、説明しろ
[ドドンパ]:ぽよんちゃんか分からんが『kブランド』ここだろって騒いでる
[魔王ぽよん]:ぽよんじゃないのだ〜〜〜!! ぽよ〜〜!
[シロロ]:ぽよん様のせいにしないでkおじさん!!
[イオリk]:余計なこと言うなよ……僕の語彙に他プレイヤーなんぞいらん!!!!
[フゥ]:ユニーククエストのログ提供するとかなんとか言ってるわよ
[イオリk]:ログ? 提供だと?
—————————————
「……広まった、ということか。真の真核システムが」
スマホを握りしめる。
プレイヤーたちは、馬鹿じゃない。
上位勢が持つ「異常な装備」を見れば、そこに何らかの法則――ロジックがあると気づく。
だが、『kブランド』だと?
あんなふざけた名前を広めるのは……ジィサン?
――いや、違う。
あの純粋すぎる勇者か……。
「……煮付け、すまない。後で僕のエネルギー(データ)にするので、そこで待て」
食べかけの夕食に詫び、ラップをかける。
そして、急いでヘッドギアを被った。
「ログイン」
⸻
◇ 混沌工房前
「おーーーい! まだかよイオリkは!」
「デザイン頼む〜! 真核は持ってるぞ!」
「てか、このクランホームどうなってんだ? センスやばいだろ」
「おい! いたぞ魔王k!!」
転送された瞬間、視界を埋め尽くしたのは三十人ほどのプレイヤーだった。
ピンク色の猫型インク瓶――我が家の前で、ごった返している。
(……真核を持ってきても意味ないだろうが。僕の観測なしで、ログなど刻めるか)
「チッ……邪魔だ。『記述:崖の突風』」
無言で杖を振るう。
ビョオオオオオッ!!
「うわっ! なんだこの風?!」
「キャー! ちょ、街中でスキル使用すんのありか?!」
「あ、いてっ! 猫に引っ掻かれたあああ!」
風に煽られてよろめく隙を突き、
僕はドドンパが集めた野良猫の群れをかき分け、クランホームへと滑り込んだ。
⸻
◇ 混沌工房 中
「お、来た」
ソファからドドンパが手を上げる。
「どうするの? 火山岩でも前に置いておく?」
「可愛い子だけ入れる?」
フゥとシロロが無責任な提案をする。
「なんだこれは!!!」
僕の怒声に、三人は顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。
「「「さぁ」」」
「……kブランドと言ったんだろ? ミツルマンが自慢でもしたんだろう……」
「なるほど。可能性はあるな。あの子、純粋だからな。
『kおじさんが作ってくれた!』って叫んでたし」
「もう作ってあげればー? お金になるし」
シロロが軽く言う。
「冗談じゃない。メリットがない。僕の時間は有限だ」
彼らにとっては「有名になってラッキー」程度だろうが、
僕にとっては「観測の阻害」でしかない。
「ドドンパ、悪いが……追い返してくれ」
「えー? 話だけでも聞いてけよ。ユニーククエストの情報持ってるかもだぞ?」
「私がやっておくわ。珍しい鉱石の提供と、ユニーククエスト参加の話だけ聞いて」
「……フゥちゃん、願望出過ぎ!!」
三人が渋る。
仕方ない。
――ここは、カードを切るか。
「……はぁ。三人とも頼む。借金、チャラだ」
その瞬間。
三人の目が、カッ! と見開かれた。
「「「ただいまぁ!!」」」
脱兎の如く、三人は外へ飛び出していった。
(……金の力は偉大だが、僕の計画が崩れる。ふざけるな)
⸻
◇
数分後。
僕は、昨日作ったばかりの防具を確かめる。
《地脈感知》
ドクン……。
地面に手を触れると、レーダーのような波形が視界に広がる。
多数の足音が、ホームから遠ざかっていくのが見えた。
(……よし。散ったか。金のために働く傭兵としては優秀だな)
ドヤ顔で戻ってくる三人。
「これでいいかい? イオリk君」(イケボ風)
「やっと鉱石を買うことに専念できるわ。借金完済証、送ってちょうだい」
「現実じゃありえないお願い……んんっ、普段のイオリ君ならありえないね! 借金0! ふー♪!」
(……今、現実って言ったな。まあいい。
いや、よくないが――今は追及する時間がない)
「……とにかく礼を言う。ありがとう」
シロロとフゥが、小声で何かを話している。
聞き捨てならない一言だったが、思考を切り替える。
「いいか。出来るだけ真核武器は見せるな。
周囲は、すでに真核に『細工』が可能だと気づき始めている」
「僕の観測士スキルがなければ、正確に刻むことはできない。
お前たちの武器は異常値だ。心して隠し通せ」
フゥが静かに手を挙げる。
「でも、鑑定スキル持ちは多いわよ?
『アイテム鑑定屋』も実装されたし、限界が来ると思うけど」
(……一理ある。どうする?
CAクランの……財産? ……あ、そうか)
閃いた。
『暗号資産化』。
(……ジィサン。ログアウト中か)
「考えがある。報酬を払う。手伝ってほしい仕事だ」
「ええ!! 報酬あり!? ぽよん様のおやつ代がああ!!」
「内容は!? 報酬額は!?」
「……成功報酬で二十万Gだ」
「「「おおおおお!!!」」」
(……あなたの『投資家スキル(隠蔽工作)』が必要だ)
◇ 第4エリア グレアマイン深部
ジィサンがログインしていないため、待つ間に僕たちは第4エリアのボス攻略へと向かった。
開通していなかった正規ルートの最奥だ。
「……出たな」
現れたのは、巨大な水晶のゴーレム。
エリアボス
【クリスタル・タイラント】。
全身が鏡面のような結晶で覆われ、あらゆる魔法と物理攻撃を反射する厄介な存在だ。
「イオリ! 光線くるぞ! 反射してどこに飛ぶかわからねぇ!」
ドドンパの叫びと同時に、ボスの全身が眩く輝く。
無数のレーザーが乱反射し、空間を切り裂いた。
「慌てるな……僕には見えている」
左手の『地殻共鳴手甲』を地面へ突き刺す。
固有パッシブ
《光吸収外殻》
黒曜石の手甲が怪しく輝き、周囲の光を吸収する。
ハレーションが抑えられ、視界が一気に澄み渡った。
「灯台、予兆を出せ! 僕が座標を指定する!」
「おうよ! SPスキル
【濃霧予兆】!」
ドドンパがタクトを振ると、霧の中にレーザーの軌道が赤く浮かび上がる。
「……見えた。右翼45度からの拡散レーザーだ。だが本体を狙うな。反射される」
僕は意識を地面へ沈める。
《地脈感知》
ドクン……。
地盤の密度、空洞、振動の伝達――
すべてがワイヤーフレームのように脳内へ描画される。
(……そこだ。装甲に死角はないが、足場が脆い)
「フゥ! 座標X-120、Y-40!
岩盤下に空洞がある!」
「了解……。
岩盤よ、砕けなさい!
【地層操作:崩落】!」
フゥがドリルを突き立てる。
ズガガガガ!!
地面が陥没し、巨体が大きく傾いた。
放たれたレーザーは狙いを失い、天井を焼く。
「今だ! 装甲が剥がれた! コアが露出している!」
「はーい!
可愛くなくなっちゃえー!
【宝石再構成:破砕の礫】!」
シロロが鞄から、大量の宝石――元ゴミを射出する。
輝く弾丸が、無防備になったコアへ一直線に突き刺さった。
パリーン!!!
「ギャオオオオオオ!!」
クリスタル・タイラントは砕け散り、光の粒子となって消滅した。
「……連携が決まれば、こんなものか」
ハイタッチもほどほどに、ドロップアイテムを回収する。
このクランの火力と対応力は、すでに攻略組を凌駕しているかもしれない。
新装備による「司令塔」としての機能も申し分ない。
――だが。
本当の戦いは、これからだ。
kブランドの名を守るための、情報戦。
そして、あの老獪な投資家を、どうやってクランに引き込むか。
「……まずは、ジィサンへの接待資料を作るか」
光る手甲を握りしめ、
僕は次なる「交渉」へと意識を向けた。
長い長い第4エリア記録設計編が終わりジィサン勧誘編へと移行しました。
孫には甘いジィサンだけど、勇者(孫)と遊ぶためだけにゲームをしているジィサンがを誘えるのか……!!
〜次回予告〜
2/10 20時予定です!!




