第28話:観測者、孤独な霧と振動する大地の「穴」を暴く
◇ 第2エリア ミストヴェイル
「……はぁ。ここは相変わらず濃い霧だ」
視界を白く染める乳白色のヴェールを手で払いながら、僕は湿った森の中を進んでいた。
周囲には誰もいない。聞こえるのは自分の足音と、遠くで鳴くモンスターの声だけ。
「……こうやってみると、ちゃんとした一人でのフィールド観測はほぼ初めてか?」
以前、黒豹団のアジトを探す際に単独行動はしたが、あれには明確な目的と期限があった。
だが今回は、素材があるかもわからない手探りの探索だ。
ここ数日、あまりにも濃い連中と行動しすぎていたせいか、妙な静けさを感じる。
物理的な光源となり、敵のヘイトを一身に集める戦術家「ドドンパ」。
「可愛い」という謎の基準ですべてを破壊し再構築する装飾士「シロロ」。
石に対して恋愛感情すら抱いている地質変態「フゥ」。
IQ3だがマーケティング能力だけは異常に高いポンコツ「魔王ぽよん」。
彼らの騒がしい声がないだけで、思考のノイズが消え、探索効率は上がるはずだ。
……はずなのに、ふと足が止まる。
「……僕も案外、仲間に助けられてたどり着いているのかな」
そんな柄にもない思考が脳裏をよぎる。
だが、即座にかぶりを振って切り捨てた。
「……チッ、考えが非効率だ。僕はこいつらを使うだけでいい。あいつらは優秀な手足だ」
感傷は不要。必要なのは成果のみ。
僕は視線を足元の泥濘に戻す。
今回の目的は、僕の「正解」を作る為の素材の一つ。
音と振動をロスなく伝えるための「ケーブル」だ。
「……だが、闇雲に歩き回るのは非効率だ。この広い湿地帯で特定の根を探すなど、砂漠で針を探すに等しい」
僕は立ち止まり、思考を巡らせる。
欲しいのは「振動を伝える管」。
物理法則に従うなら、音の伝達速度は空気中よりも水中の方が速い(約4.5倍)。
つまり、この森で最も効率よく水を吸い上げ、循環させている植物の根こそが、天然の光ファイバーならぬ「音響ファイバー」になり得るはずだ。
「……ならば、音を聞けばいい」
僕はインベントリから、昨日フゥに押し付けられた**『沸石』**を取り出す。
40cmほどの多孔質の岩塊。
フゥはこれを「美しい」と言っていたが、僕にとっては機能美だ。
この無数の穴(孔)は、音波や振動を吸着・反響させる天然のフィルターになる。
「……即席の聴診器だ」
僕は沸石を、手近な巨木の根元に強く押し当てる。
そして、石の反対側に耳を密着させた。
ゴァァァァァ……。
「……うるさいな」
石を通して、湿地帯全体の環境音がノイズとして増幅されて聞こえてくる。
だが、僕が探しているのは「流れる音」だ。
僕は石をずらしながら、根の一本一本を診察していく。
これじゃない。これも違う。
そして、水たまりの奥深くに伸びる、太い根に石を当てた瞬間だった。
ドッドッドッドッ……!!
「……ッ!」
鼓膜を叩くような、力強い脈動。
他の根とは比較にならない速度と圧力で、水が内部を循環している音だ。
この根なら、振動を減衰させることなく、むしろ加速させて伝達できる。
「……お? これか……」
僕はその根の周囲の泥を掘り返す。
半透明の管のような根が露出した。
観測士スキル:詳細観測
対象:導水根
解析:水分含有量 98%。内部を水が循環しており、振動伝達率が極めて高い。
「……ビンゴだ。」
これこそが、僕の求める「伝導ケーブル」。
沸石とセットで使うことで、理論値最強のソナーが完成する。
「よし、確保」
僕は手早く辺りにある根を漏れなく採取し、インベントリへ放り込む。
次は「絶縁体」だ。
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◇ 第3エリア ラーヴァシャロー
転送ゲートを使い、火山エリアへ。
熱気で眼鏡が曇るのを鬱陶しく感じながら、僕は黒い岩場を歩く。
「……あった」
地面に転がる黒光りする石。
『黒曜石』。
ガラス質の絶縁体だ。これを加工して、余計な電気信号をカットする。
フゥがいれば「この黒曜石は若すぎるわね……」とか言い出しそうだが、今は僕一人だ。黙って拾う。
「……これで下準備は整った。本命へ行くか」
ーーー
◇ 第4エリア グレアマイン
朝、ミツルマンたちの為に訪れたのは、ボス討伐後に開通するショートカット用のゲートだった。
だが今回は、通常のエントランス――鉱山洞窟の入り口から侵入する。
転送の光が収まると、冷んやりとした洞窟の空気が肌に触れた。
キィーン……という独特の共鳴音が、微かに耳鳴りのように響く。
僕は洞窟を抜け、開けた山地帯へと足を踏み入れる。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
足元の地面が微かに震えたかと思うと、頭上から砂利がパラパラと落ちてきた。
「……ッ!」
観測ログ:気圧変動感知 / 上方より質量体の落下予測
風圧の変化を肌で感じる。
僕は反射的にバックステップを踏み、その場を離脱した。
ズドォォォン!!!
直前まで僕が立っていた場所に、巨大な岩塊が落下し、砕け散った。
巻き上げられた土煙が視界を遮る。
「……やはり、振動によるものか」
第4エリア名物、落盤ギミック。
ランダムに発生しているように見えるが、僕の「予習」によれば原因は明確だ。
「……LIVEカメラを見て気になっていたものがある」
リリース前の定点観測映像。
このエリアを歩くNPC冒険者たちが、常にアイテム袋に『ただの水』を入れていたこと。
そして……時折、地面に空いた「穴」に水を垂らしていたこと。
その直後、映像が乱れ、彼らが何かと戦闘している様子が映っていた。
(カメラの死角だったが、スライム系の駆動音がしていた)
僕は周囲を見渡す。
落盤があった地点のすぐ近く。岩陰にひっそりと、直径30センチほどの「穴」が開いていた。
「……これだな」
僕は『断崖写本杖』のペン先で、穴の縁を強めに突いてみる。
ゴンッ!!!
硬い音が響く。反応なし。
やはり、物理的な接触じゃない。
僕はウィンドウを開き、街で大量に買い込んだ『ただの水』を取り出す。
「……出てこい、振動源」
ジョボジョボジョボッ……。
穴の中に水を注ぎ込む。
一秒、二秒。
ズンッッ……。
地面の奥底から、重い響きが伝わってくる。
そして。
ぽーんっっ!!
間の抜けた音と共に、穴から「それ」が飛び出した。
黒く、半透明なゼリー状のボディ。
だが、内部には幾何学的な光のラインが走り、体節の一つ一つが音叉のように震えている。
一見するとスライムだが、その形状は刺々しいムカデに近い。
観測士スキル:エネミー解析
名称:【バイブロ・エンペラー】(レアユニーク)
分類:鉱物擬態型・振動種
「……レアユニークだったか。シロロの鞄の際に戦った『ファーネス・ミミック』と同じカテゴリか」
こいつの特性は振動。
第4エリアの落盤を引き起こしている元凶であり、僕が求める最強の「発信機」。
「おい、ブルブル流動体。お前の至宝、僕が蹴ってやる。……よこせ」
僕は巨大なペンを構え、掛け声と共に戦闘を開始した。
「記述。『衝撃』!」
ペン先で殴りつけるが、バイブロ・エンペラーの体表が波打ち、衝撃を拡散させる。
「……チッ。振動吸収か。物理攻撃が通らないわけだ」
奴が体を震わせる。
キィィィィィン!!!!
超高周波の音波攻撃。平衡感覚が狂い、視界がぐらりと揺れる。
「くっ……!」
だが、僕は慌てない。
予習データと、今の観測データを照らし合わせる。
「……振動は『媒体』があれば伝わる。逆に言えば、媒体を変えれば制御できる」
僕はインベントリから、先ほど第2エリアで採取した**『導水根』**を取り出す。
そして、それをペンのペン先に巻き付け、さらに残りの『ただの水』を含ませた。
インク壺にペンを浸すように、たっぷりと。
「……水攻めだ。食らえ」
バシャッ!!
僕はペンを振り抜き、バイブロ・エンペラーの体に『水流』と共に導水根を叩きつける。
ビチャッ!
「……繋がったな」
濡れた導水根が奴の体表に吸着する。
その瞬間、奴の放っていた振動が、水と根を通じて僕のペンへと逆流してくる。
手が痺れるほどの振動。だが、これこそが回路だ。
「記述。『共鳴反転』!」
僕はペンを通じて、奴の振動と「逆位相」の衝撃波を書き込む。
キィィィィン……プツッ。
音が消えた。
振動が相殺され、奴の動きがピタリと止まる。
「……図体ばかりデカくても、原理が分かればただのゼリーだ」
僕は硬直したその体に、最大火力の魔法を叩き込んだ。
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◇
数時間後。
「……はぁ、はぁ……」
僕は息を切らしながら、何体目かわからないバイブロ・エンペラーの残骸を見下ろしていた。
ドロップは……『振動膜』。ハズレだ。
「……クソ。時間効率が悪すぎる。」
レアユニークは個体数が少ない上に、リポップ条件が特殊だ。
一匹倒しては次の穴を探し、水を垂らし、出現させて倒す。
この繰り返し。
「……一体、何個『ただの水』を使わせるんだ」
インベントリの水在庫が目に見えて減っていく。
疲労が蓄積し、集中力が途切れそうになる。
その時だった。
「てええええい! とーーー!! 負けないぞ! 硬い蟻め!」
遠くから、聞き覚えのある子供の声が響いた。
「ピカーーーッ!」
「ボォォォォォ!」
ズドォォン!!(ブチュッという鈍い圧力音)
視界の端、谷の向こう側で、激しい光と炎、そして何かが圧壊するエフェクトが見えた。
暗い鉱山の中で、そこだけが特撮ヒーローの撮影現場のように輝いている。
「……」
目を凝らすと、マントを翻す小さな勇者と、それをサポートして光る「灯台」ことドドンパ。
そして、孫の活躍を見て「うおおおん! 満が! 満が戦っておるぅぅ!」と号泣(歓喜)しながら杖を振るうジィサンの姿があった。
「……楽しそうだな、おい」
ドドンパもなんか、勇者の仲間プレイを楽しんでやがる。
本来なら微笑ましい光景だが、今の泥臭い作業中の僕には眩しすぎる。
「……チッ。ノイズだ」
僕はウィンドウを開き、現在時刻を確認する。
【16:48】
「……あと12分か」
僕は口元を少しだけ緩める。
17時になれば、あの剣の『勇者の休息』が発動し、勇者のステータスは大幅にダウンする。
「五時の鐘が鳴れば、ヒーロータイムは終了だ。家に帰って宿題でもするんだな」
僕は彼らに背を向け、再び薄暗い岩陰の穴へと向かう。
あちらは「英雄譚」。こちらは「ドキュメンタリー」。
住む世界が違うのだ。
さらに狩り続けること数時間。
時刻は22:00を回っていた。
「……見つけた」
エリアの最奥部、共鳴空洞と呼ばれる場所で、僕は一際大きな穴を発見した。
周囲の振動音も、ここが一番激しい。
「……こいつだ。こいつから落とさせる」
残りの水を全て注ぎ込む覚悟で、僕はボトルを傾ける。
ジョボジョボ……ズズズズズ……。
大地が唸る。
飛び出してきたのは、今までよりも一回り大きく、激しく明滅する個体だった。
「……来い。僕の『甲』になれ」
僕はペンを握り直し、深夜の鉱山で最後の戦いへと挑んだ。
今回は暖かいノイズ(仲間)だと気付きそうになるイオリが
思考のキャンセリングを行う…一人職人作業のお話になります。
共鳴反転とはノイズキャンセリングみたいな事だと思っていただければ!!
〜次回予告〜
29話は2/9 23:00頃にあげます!!
読んでいただけると嬉しいです。




