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第22話:観測者、魔王の失言を黄金に変える錬金術に



◇ 現実 イオリの部屋


現実へと戻って来た僕は、機械的に寝支度を進めていた。

明日の第4エリア解禁+アイテム鑑定屋 解放の朝10:00へ向けて……。


「……ふぅ」


潜りっぱなしは流石に疲れるな。

やはり人間というハードウェアは本当に不出来だ。


栄養、睡眠、社会。

維持コストが高すぎるし、なくてはならないものが多すぎる。


僕にとって、このリアルこそが仮初めの宿でしかない。


廃人? 結構。

僕は僕の『正解』を叩き出す為に一年準備して、今日まで答え合わせをしていたのだ。


明日もただの……何度目かの答え合わせでしかないのだから。


僕が誰に問いかけるでもなく、覚悟を決めてベッドに入ろうとした時だった。


ブブブブッ……。


机の上に置いていたスマートフォンが、不吉な音を立てて震えた。


(……ん? こんな時間に?)


実家の母か、あるいは間違い電話か。


僕は無視を決め込む。睡眠時間は1秒でも惜しい。


ブブブブブブブブッ!!

ブブブブブブブブブブブブッ!!!!!


「……ッ?!」


震えが止まらない。

画面が狂ったように明滅し続ける。


【通知:メッセージ受信(5件)】

【通知:メッセージ受信(12件)】

【通知:着信あり(3回)】


通知アイコンが瞬く間に真っ赤に染まっていく。


異常だ。この短時間での鬼のような連打。


僕の脳裏に、社会人としての最悪の想像が走る。


(……まさか、会社のサーバーが落ちたか?)

(田中(後輩)がやらかしたか? クライアントからの緊急クレームか?)

(まだ有給中だぞ? 緊急出社なんて事あってたまるか!)


血の気が引く。

心臓が早鐘を打つ。これは……「緊急事態(エマージェンシー)」だ。


僕は震える手でスマホをひったくり、祈るような気持ちで画面ロックを解除する。


『通知:38件』


表示されていたのは、会社のチャットツール……ではない。


慎二(ドドンパ)からだった。


[差出人:種末 慎二]

『おい!!!!!!』

『見ろ!!!!!!』

『イオリ!!!! 起きろ!!!!』

『配信!!!!!!!』

『ぽよんがやらかすかもぽよ〜〜〜!!!!』


「……は?」


会社じゃない。


安堵で膝から崩れ落ちそうになるが、すぐに思考を切り替える。


ここまでパニックになるとは、何事だ?


僕は送られてきたURLをタップする。


『魔王ぽよん・ルル=ルシファリウスの緊急ゲリラ! 〜魔王城できた報告会〜明日は新おやつ解禁日〜!』


画面には、いつものIQ3のピンク色の魔王(Live2Dアバター)が映っていた。

同時接続者数、5万人超え。


「ぽよ〜〜〜!!! こないだね〜〜! 凄いことがあったのだ〜〜!!

なんと〜〜! ぽよんの魔王城が完成したのだ〜〜!!」


画面の中で、ぽよん様が王笏を振り回し、顔を紅潮させて叫んでいる。


ここまではいい。ただの自慢話だ。


だが、次の瞬間。


「それでね〜〜! 明日からの新しいおやつエリア、光がキラキラしててね〜〜〜!

なんかね〜〜〜! 『鏡の破片』とか『クリスタルガラス』とか『遮光レンズ』とか……

あとあと! 高く飛ぶための『曇り羽根』がないと、穴に落ちちゃうんだって〜〜!!!

でも食べられないのだ!あれ?おやつは?」


「…………」


僕はスマホを持ったまま凍りついた。


コイツ……!


さっき僕がクランチャットで共有した「企業秘密」を、全世界に向けて喋りやがった!


コメント欄が、滝のように流れている。


【ぽよん軍】マ????

【ぽよん軍】素材名出たぞ!!

【ぽよん軍】鏡の破片?! ゴミ値じゃなかったかあれ!

【ぽよん軍】買い占めろおおおおおおお!!

【ぽよん軍】やっぱ曇り羽根もかNPCが、っぽい言ってたわ! 急げ!!!

【ぽよん軍】ぽよん様情報助かるううううう!!


【ましろぽよん軍】ぽよん様〜配下「k」にばれちゃう〜〜!可愛いからいいけど!推しが今日も尊い!


【ぽよん軍】市場から消えるぞこれwww


「……ぶふっ」


笑いが込み上げてきた。


やってくれた。

やってくれたな、あのバカ(魔王)は。


あと【ましろぽよん軍】……あいつ(シロロ)だな。……チッ。


コメント欄が爆発する。


【ぽよん軍】おい

【ぽよん軍】今なんて言った

【ましろぽよん軍】ぽよん様逃げて〜〜!!

【ぽよん軍】ぽよん様それリークでは

【ぽよん軍】もっと言え

【ぽよん軍】スパチャ投げるから続けて!!!


色とりどりのスーパーチャットが飛び交う。

画面が埋め尽くされ、ぽよん様がIQ3の限界を迎える。


「ぽよ〜〜〜!!!

スパチャいっぱいきたから……

ぽよん、喋っちゃうのだ〜〜〜!!!」


本来なら、明日のエリア解禁後、攻略組が「眩しい!」「飛べない!」と騒ぎ出し、数時間かけて徐々に上がるはずだった相場。


それを、このインフルエンサーは、「解禁前夜」に「答え」をバラ撒きやがった。


市場はどうなる?


まだログインしているイナゴ(転売屋)と、通知を見て飛び起きた一般プレイヤーがバザーに殺到する。


需要が供給を数百倍に上回る。


価格は高騰どころではない。

暴騰(パンク)する。


「……ククッ、ハハハハハ!!!」


僕は深夜の部屋で高笑いした。


仕事のトラブルじゃなかった。

これは、ボーナスの確定通知だ。


「……よし、今すぐ戻る」


僕はヘッドギアを被り直す。


心拍数は上がったままだ。

だがそれは焦りではない。


獲物を前にした、狩人の興奮だ。


「ログイン!!」


---


◇ 混沌工房(カオス・アトリエ)


「イオリ!! きたか!!」


転送されるなり、ドドンパが駆け寄ってくる。

顔色が悪い。情報の重さにビビっているようだ。


「見たか?!」


「……ああ、見た」


僕はニヤリと笑う。


「最高の『広告(マーケティング)』だ」


僕は音声認識のクランホーム専用バザーボードを開く。


案の定、市場から『鏡の破片』などの対象アイテムが蒸発していた。

残っているのは、法外な値段で出品されたごく一部のみ。


「……仕掛けるぞ」


僕は、先ほど買い占めた(ロックした)大量の在庫を解放する。

ただし、一気には出さない。


枯渇した市場に、

「高値だが、買わざるを得ない絶妙なライン」

で、少しずつ水を垂らすのだ。


『メッセージウィンドウ』

「クランホームにぽよん様がログインしました」


「人間! 配信で言ってしまったのだ〜〜!! 高くなるとか言うやつ言っちゃったのだ〜〜!!」


慌てふためいて飛び込んできた魔王。


僕は、この愛すべきバカの頭を、初めて優しく撫でた。


「ああ。最高だ、ぽよん。お前は真の魔王だ」


「ぽよ〜〜〜?! 褒められた〜〜!! おやつ〜〜!!」


「さぁ、回収(ハーベスト)の時間だ」


僕たちは、暴騰する数字の波を、特等席で見下ろしていた。


「ほっほっほ。祭りじゃのぉ」


その時、クランホームの扉が開き、杖をついた老人が悠然と入ってきた。


「ジィサン! 来るのが早いな」


「ワシも孫と一緒に配信を見ておってな。『爺ちゃん! 魔王様が言ってる!』と叩き起こされたわい」


ジィサンは楽しそうに目を細め、僕の隣でバザーボードを展開する。


「イオリk君。市場はパニック状態じゃ。……どう捌く?」


「単純です」


僕は手元の在庫リストを操作しながら解説する。


現在、市場在庫はゼロ。

購入希望者(需要)は数万人。


ここで僕たちが大量の在庫を一気に放出すれば、安心したプレイヤーたちの買い控えが起き、価格競争で値崩れが始まる。


「心理的飢餓感を維持します。放流は『1分に100個』ずつ。価格は……そうですね」


僕は『鏡の破片』の適正価格(本来なら100G程度)を無視し、入力する。


出品価格:12,000G


「高っけぇ!! お前、ゴミだぞそれ!」


ドドンパが叫ぶ。


「高いか? だが、これでも買う。なぜなら『明日必要になる』と教祖様(ぽよん)が言ったからだ」


僕は出品ボタンを押す。


ドォン。ボードに100個の在庫が載る。


シュババババッ!!!


秒殺。いや、瞬殺。

1秒経たずに全てが消え失せた。


「売れた……!? マジかよ!!」


「次は15,000Gだ。……売れた。次は18,000G」


少しずつ、少しずつ値段を釣り上げていく。

それでも飛ぶように売れる。


「買えない」という焦りが、プレイヤーの理性を焼き切っているのだ。


「ほっほ、えげつないのぉ。ならワシは『アンカー』を打つとしようかの」


ジィサンがニタリと笑い、自身の在庫を操作する。


出品:鏡の破片 価格:50,000G


「ご、5万?!」


「そうじゃ。この馬鹿高い値段を『見せ板』として置いておく」


ジィサンが解説する。


「するとどうじゃ? イオリ君が出している20,000Gが『おっ、安い!』と錯覚して見えんかの?」


「……なるほど。アンカリング効果か」


「流石、話が早いのぉ」


5万の壁があるおかげで、僕の暴利が「良心的」に見える魔法。

市場心理を完全にハックした連携プレーだ。


「ぽよ〜〜! 数字がいっぱい増えてるのだ〜〜!!」


「その数字がお前の『おやつ』になるんだぞ、ぽよん」


「ぽよっ?! ならもっと売るのだ〜〜!!」


「ドドンパ、お前はSNSと掲示板を監視しろ。『高すぎて買えない』という悲鳴が増えてきたら教えろ。それが天井だ。そこから少し下げて、残りの在庫を爆撃(ボミング)する」


「へいへい! 悪徳業者のお先棒担ぎってか! ……でもよぉ」


ドドンパは端末を見ながら、呆れたように笑った。


「掲示板、『ぽよん様のお告げアイテム買えた!』『これで明日も安心!』って感謝の書き込みばっかだぜ。……お前ら、マジで悪魔か?」


「人聞きが悪い。僕たちは『需要』に対して『供給』という救いを与えているだけだ」


「ほっほ、救済じゃよ」


僕とジィサンは顔を見合わせ、邪悪に笑う。


アイテム鑑定屋の解禁前夜。

まだ誰も「真核」の真実に気づいていない裏で、僕たちは巨万の富を築き上げていた。


これが、情報の非対称性を利用した「錬金術」だ。


「……さて。資金は潤沢にできた」


僕は膨れ上がった所持金(ゴールド)の桁を見て、次なる一手へと思考を巡らせる。


「明日の朝10時。エリア解禁と同時に、この金で『全て』を加速させるぞ」


混沌工房に響く通知音は、夜明けまで止むことはなかった。


ジィサンとイオリが市場の魔王になってしまいました。


既にリリース開始から数週間でお金が有り余るイオリが今回の売上金をどう扱うか!

見ていてください!!


〜次回予告〜

23話は13:00に投稿します!!


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