第18話:観測者、勇者と魔王の舞踏会へ
◇ 混沌工房
時刻 16:00
「あー、2時間探し回ったけど......結局『鑑定屋』が解禁されないと、クエストは進めなさそうだよなぁ」
ドドンパがソファに深く沈み込み、天井を見上げて嘆く。
「あの断崖の岩上のアジト、跳躍的なアイテムがないと入れないんだろ? こんだけ探し回って進みそうなフラグも見つからないしな」
「......お前が受けた《ユニーククエスト》発見と、アイテムのヒントの為なんだろう。初日で発見されたけどな」
僕は淡々と端末を操作しながら答える。
「そうかあ〜。てか『猫の恩返し』って真核アクセ、なんなんだろうな」
「アイテム名的には『猫を呼び出しアクションを起こさせる』、もしくは『サポートスキルは戦闘外スキルだが戦闘中にも使用可能にする』......あるいは『猫の特性の使用』などが推察できる」
僕は分析結果を並べる。
「いずれにせよユニークだ。強力なものであることは間違いないと思うぞ」
「んーなるほど、猫召喚アクションねぇ。......改めてサンキュな」
ドドンパがニヤけ顔でこちらを見る。
「チッ」
「あっ! またこいつ! すぐ舌打ちする〜」
ピロンッ♪
端末の通知音が、二人の軽口を遮った。
「......ジィサンからメッセージだ」
[差出人: ジィサン]
[件名: 孫の装備の件]
イオリk君、早速だが孫と会ってもらえんか?
孫の希望を聞いておくれ。
「......早速だなジィサン。孫好きすぎだろ」
ドドンパが呆れたように笑う。
「孫=原動力、みたいな人物だ。......行くぞ」
僕は立ち上がる。
ビジネスパートナー(兼ライバル)からの依頼だ。無下にはできない。
◇ 始まりの街 エウレカ 「木漏れ日亭」
「とーーーー!」
カフェのテラス席に、元気な子供の声が響き渡った。
「......来たか」
「ほっほ、遅くなってすまないね」
ジィサンがにこやかに現れる。その横には、小さな勇者アバターの姿があった。
「ほら、ミツルマン。お兄さん方に挨拶してくれるかな?」
ジィサンはコーヒーとオレンジジュースを注文し、僕たちのテーブルについた。
僕は即座に【観測眼】を起動する。
【観測ログ: 解析開始......エラー】
【対象: ミツルマン】
・職業: 戦士・記録派生 特殊職業『勇者見習い』
・武器: 筋肉兎の剣 [真核武器]
・詳細観測: FAILED [暗号資産化 庇護下により遮断されました]
(......例の『庇護たる投資家の腕輪』の効果と『護法僧』の加護か? パーティメンバーまでブロックするとは......)
僕は内心で舌を巻く。
それに、この幼子も『特殊派生』。
ただ遊んでいるだけではない。徹底したロールプレイをメインに育成されていたと見える。
「うん! おじさんこんにちは! 僕ミツルマンだよ!」
ミツルマンは僕の顔を見て、元気よく叫んだ。
「おじさんが勇者ソード作ってくれるんでしょ? 早く早く!」
「......」
(......おじさん)
僕の眉間がピクリと動く。まだ26歳だ。社会人としてもまだ若手の部類だぞ……。
「おぉミツルマンよろしくな! 俺はドドンパ! 勇者ソードか! カッケェな?!」
ドドンパが屈んで視線を合わせる。子供の扱いが上手い。
「ドド兄ちゃんよろしくね!」
「......お前『おじさん』乙。プッっっっっ」
ドドンパが小声で吹き出しながら、僕の脇腹を小突いてくる。
「......呼び名など個体として認識できればそれでいい」
僕は強がって見せるが、ダメージはゼロではない。
「ほっほ、すまないね。まだ幼いので許しておくれ」
ジィサンが申し訳なさそうに笑う。孫には甘いが、礼儀は弁えているようだ。
「ミツルマン、どんな武器がいいのかな?」
「んーと! かっこよくてどかーんってなる勇者の剣がいい!」
「......イオリ、『だとよ』。ぷっ」
「......うるさい。まぁいい、わかっていたことだ」
僕は端末を取り出し、構成案を表示する。
「もう記録は設計している」
僕はミツルマンの目を見て、静かに告げた。
「ミツルマン、いいか。よく聞け」
「うん!」
「『勇者』という定義は、抽象的な概念ではない。それは**『最大ヘイト稼ぎの係数』と『光量による視覚干渉値』が一定の閾値を超えた状態を指す」
「......え?」
ミツルマンがポカンと口を開ける。だが僕は構わず続ける。
「魔王というオブジェクトは高HPかつ高再生力を持つ。これを処理するには、単なるATK(攻撃力)ではなく、秒間ダメージ(DPS)の出力安定性と、周囲の視線を強制的に固定する『派手さ』という名の描画負荷が必要不可欠なんだ」
「......えっと......」
「つまり、僕が設計するのは君のSTR(筋力)に依存しない、外部ソースからの光量加算による『視覚的勇者補正』の最大化**だ。わかるな?」
「......????????」
ミツルマンの目が渦を巻いている。
ジィサンも「ほっほ......?」と困惑している。
「......わかるわけねーだろ! 相手は子供だぞ!?」
ドドンパがたまらずツッコミを入れる。
「いいかミツルマン! こいつが言いたいのはな! 『めちゃくちゃ光って、めちゃくちゃ目立つ、すげー強そうな剣』を作ってやるってことだ!」
「おおお! すげー!」
ミツルマンの表情が一瞬で輝く。
「おじさんすごい! 何言ってるか分かんないけど、なんか強そう!」
「......ふん。要約すればそうなる」
僕は不服そうに腕を組む。「ニュアンスが欠落しているがな」
「うーんわかった! いつ作ってくれるの?」
「現段階ではソースが開放されていない。僕が記録するんだ、完璧でなくてはならない」
僕は指を一本立てる。
「一週間待て。次の第4エリアの『光』の屈折率を計算し、お前の剣に組み込む。……完璧な輝きのために必要な演算時間だ」
「えー! 今がいい!」
ミツルマンが頬を膨らませる。
「っっ......!!」
(これだから......予測不能な変数は面倒ごとになると思ったんだ......)
僕が言葉に詰まると、ドドンパが割って入った。
「ミツルマン! 早く武器が欲しいのは分かるけどな! 魔王はつえーぞ? 勇者もレベルアップしないとな!」
「えっ?!」
「修行して強くならないと、剣だけじゃダメだ! カッコいい剣を持つのに相応しい勇者になるんだ!」
「!!!! ......わかったよオレ強くなる!!!」
ミツルマンの目が輝く。単純で助かる。
「ううう......孫がぁ......孫の成長の瞬間だぁ......ううう」
横ではジィサンがなぜか号泣していた。
(......どいつもこいつも変な偏りしかない。カオスだ)
僕はため息をつきつつ、ジィサンに告げる。
「ジィサン、僕の仲間達の協力も仰ぐ。完璧な正解を教えてやる」
「ほっほ......頼んだよイオリk君。それでは、仕事の話もしておこう」
「ミツルマン! 兄ちゃんとあっちのゲーム機しに行こうぜ! これも勇者への一歩だ!」
「兄ちゃん行くぞ! えんごしてくれ!!」
「おーーー! ......んじゃ行ってくるなイオリ」
「あぁ」
ドドンパの気の回し方には恐れ入る。僕には出来ない。いや、しないだけだが。
その後、僕はジィサンと第4エリアで見込まれる要素や、高騰する商材について綿密な会議を行った。
このジィサンのNPCとの対話術......僕のためにも活用する手はない。
◇
翌日 時刻 20:00
◇ 始まりの街 エウレカ 噴水広場
「ぽよぽよーん! 魔王ぽよん登場なのだ! 今日もエウレカを征服してやるのだ〜〜! おやつ〜〜!!」
広場は異様な熱気に包まれていた。
「生ぽよん様〜〜〜〜!」
「んん可愛いヨォぉ、いつも観てるよ〜〜〜〜!」
「可愛いいい〜〜〜!」
(......騒がしいな。ゲリライベでもあるのか? 僕のデータにはない仕様だ)
確かめてみるか。
僕は人だかりの方へ視線を向ける。
「...............」
中心にいたのは、ピンク髪のツインテールにハートの角を生やした、いかにもなアバター。
そしてその周りには、プレイヤーたちが群がっている。
(......さて、真核狙いに行くかそろそろ)
見なかった事にしよう。
ピンク色の怪物もいた気がするが、ノイズとして処理しよう。
関わるとロクなことにならない。
僕は足早にその場を立ち去ろうとした。
「あ、ぽよん様! 昨日の配信で言ってた『イオリk』いるぞ! 真核蹴っ飛ばすやつ!!」
誰かが大声で叫んだ。
「ぽよ〜〜?! おいそこの人間まつのだ〜〜!!」
「え? イオリ君いるの? ぽよん様見にきたのぉ!!」
シロロの声まで聞こえてきた。
(くそっっ! なんだ?! 昨日の配信で言っていただと? 僕の事をか? ......無視だ無視)
僕は歩速を早める。
「ぽよ〜〜〜ん!」
ドテッ!
何かが僕の進路を塞ぐように転がり込んできた。
「ぐぬ......アスファルトめぇきょ、きょうあくなのだ〜〜」
「安定で草」
「デジタルの世界で転けるぽよん様可愛い」
「地上にやられる魔王、ぽよん様だけだろ」
周囲から笑いと歓声が上がる。
(......なんなんだ、こいつは......)
僕は足を止めざるを得なかった。
「人間! 我の名は、魔王ぽよん・ルル=ルシ フゥ…ファリウス!! スライムの姫なのだ〜〜〜!」
目の前に立ち上がった自称魔王。
自信満々にハートの王笏を掲げているが転けているので威厳はない。そして、小さい。
(......なんなんだ。また変なやつが増えてしまった)
「ぽよん様〜〜〜〜!!」
シロロが駆け寄ってくる。
「(ボソッ: あ、転けても可愛い......)昨日言ってた通り近くにいたでしょ〜〜!!」
「ん? あなたは昨日のマっっ......ぽよん軍配下のんっと......」
「シロロです!!」
「配下のシロロちゃんじゃないか〜〜!! おやつ持ってる?」
「きゃああああああああ名前呼ばれたっはああ!! はい持ってます!! これ! これ! あとこれ!!」
シロロが次々とアイテム(お菓子)を差し出す。
「ぽよぽよ〜〜!! こんだけあれば世界せ、せいふくできるのだ〜〜〜!」
その隙に、僕は足音を消して横を通り過ぎようとする。
「ぽよ〜?!!?」
バレた。
「人間! 魔王が話しかけてるのにどこ行くのだ〜〜! おやつ探しに行くのか〜〜!」
「配下にするんじゃないのぽよん様」
「可愛いから許す」
「忘れるなよ目的」
囲まれている。逃げ場がない。
「そうだったのだ〜〜! 人間ちょっと話聞くのだ〜〜!」
「ぽよん様、ここじゃおやつ窃盗軍が来ちゃうよ!! どこかの魔王城行こう?!」
シロロが提案する。
「独り占めかよー!」
「ぽよん様行かないで〜〜」
「皆の者静まるのだ〜〜!」
ぽよん様が王笏を掲げる。
「ぽよんね〜〜! この人間と世界征服かいぎ、会議あるのだ〜〜! ごめんなのだ〜〜!」
「ならしょうがないか〜〜」
「可愛いから許す」
(......許すのかよ。この集団の統率どうなってるんだ)
「ほらイオリ君! クランホーム行くよ!!!」
シロロが僕の腕を掴む。
僕は抵抗しようとした。
ガチャッ。
シロロが『宝石変換鞄』を構える。その中には、先日見せられた凶悪な「アレ」が入っているかもしれない。
「くっ......」
僕は脅され、仕方なくこいつらに付き合う事にした。
僕の平穏な観測ライフが、ピンク色のノイズに浸食されていくのを感じながら。




