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第16話:観測者、暗号化された笑顔を浴びる

 


「そう、警戒しないでくれ。ほっほっほ」

 老人は、僕が身構えるよりも早く、柔和な笑みを浮かべて杖を下ろした。


(名乗られた以上、こちらも提示すべきか......仕方ない。)


「僕は......」


「ほっほ、大丈夫だとも。言わなくても知っておるよ」

 ジィサンは僕の言葉を遮り、楽しそうに目を細めた。


「実に見事だったねぇ、あの『透明な樹液』......スライム商材だったかな? いやぁ、久しく味わうことのなかった緊張を感じたよ。これが『武者震い』かってね?」


 陽気な好々爺を装っているが、この老人、底が読めない。

 僕は即座に【観測眼】を起動し、彼のステータスを暴こうと試みる。

 だが——。


【観測ログ: 解析開始......エラー】

【対象: ジィサン】

 ・職業: 僧侶・記録派生 特殊職業『護法僧』

 ・武器: 門球打撃棍もんきゅうだげきこん [真核武器]

 ・アクセ: 庇護たる投資家の腕輪 [真核アクセ]

 ・詳細観測: FAILED [暗号資産化クリプト・ブロックにより遮断されました]


(......特殊派生職業だと?!)


 僕は驚愕を隠せなかった。

『記録派生』......その条件は極めて細かく、難易度が高いことは情報として知っていた。僕もいずれ試すつもりではいたが、まさか既に到達している者がいるとは。


 それに、武器とアクセサリー。

『門球』に『投資家』......。どれも、特定の行動ログを濃厚に刻まなければ生成されない名前だ。


(この老人、本当の『真核システム』に気づいている......!)


 かなりやり込んでいる。

 特にあの『暗号資産化』......あの腕輪、一体どういうログを組めば作れる? 経済活動と防御行動の複合か?


(......気になるな。だが情報は命、教える義理もない)


 僕が警戒を解かずにいると、ジィサンが一歩近づいてきた。


「ほっほっほ、若者よ。怖い顔しておるぞ? こう呼んだ方が良いかな? 『イオリk』君」


「......その『k』は余計ですが」


「君とは何かと縁があるようだ。掲示板で君が真核を蹴っているという情報を目にしたよ。それに、町のお爺お婆コミュニティで聞いた『昔の冒険譚』の情報とも一致する」


「冒険譚?」


 僕のデータベースにない単語だ。反射的に聞き返す。


「真核を目の前に置き、触る前に儀式でお供物もするお話しだよ。ほっほ」


「なるほど......」


 掲示板の『蹴り』という物理的干渉と、NPCの『儀式(供物を捧げる=特定のアイテムや時間を消費する)』という伝承。

 この二つを結びつけ、アナログな情報網で真核システムの「過程プロセスが結果を変える」という本質に辿り着いたのか。

 このご老人、出来る。


 すると突然、ジィサンの声色が変わった。

 それまでの老獪な響きから、どこか『灯台』のような、明るく突き抜けた声へ。


「いやあ、孫がね? 可愛いのよぅ! 孫の為に強くなる、孫の為に稼ぐ! それがワシの生き甲斐での??」


「は、はぁ......」


「そこでだイオリk君、君に相談があるのだが良いかな?」


 そこから30分。

 僕は夜の草原で、唖然としながらこのご老人の話を聞き続けることになった。


【内訳観測ログ: 孫の自慢話 28分 / 本題 2分】


「——それじゃフレンド登録しておくれ。んっと、こうだったかな??」


 ピロン♪


【フレンド申請: 『ジィサン』】

[ YES / NO ]


 関わると面倒だ。絶対に面倒だ。

 孫が出てきたらその二乗で面倒なことになる。

 だが——本題である『情報共有』と『市場の棲み分け』は、僕にとっても大きな利点となる。


 僕は溜息交じりに[YES]を押した。


「ほっほっほ! ありがとう! 今度孫にも会ってくれんかのう! 可愛いぞぅ、この前なんかワシに......」


 また始まった。

 変人が僕の周りに集まってくるのか、それとも僕が変人を引き寄せているのか。


「ジィサン、僕は友人と約束がありますのでこれで失礼させていただきます」


 僕は話を遮り、早口で告げる。


「そして先ほどのお話しですが、わかりました。組みましょう。次の高騰商材についての情報共有と、取り扱う商材の棲み分け。……この『曇り羽根(移動スキル)』関連のメイン商材は僕が頂きます。その代わり、それを加工するために必須となる『副素材』の市場は、貴方にお譲りしましょう」


「ああ、いいとも。でかい山(メイン商材)を渡す代わりに、副商材と……あと、アレ頼むぞ??」


「はい。お孫さんの行動データを観測後、最適な『記録設計ログ・デザイン』を相談しましょう」


「あいわかった! ではまたな、有望な青年よ!」


 ジィサンは満足げに杖を振り、手を振ると華麗な足取りで駆けて行った。


「僕も行くか。」


 さっきから端末のメッセージ通知が鳴り止まない。


 ◇ 始まりの街 エウレカ


「おっせーよ! イオリk!!!!!!!」


 噴水広場に戻るなり、あいつの大声が響いた。

 無視したいが、そうもいかない。


「......すまない、少し立て込んでな。どうだ?」


「あぁ、お前の予想通りだった。黒豹団、噂になってたぜ。それとジィサンの情報も少しな」


「......ジィサンとは、フレンド登録した」


「そうか! ......え? え?」


 ドドンパが素っ頓狂な声を上げる。

 僕は手短に経緯を説明した。


「はっはあ! 記録設計ログ・デザイン依頼だって? やばいなジィサン!!!」


 ドドンパは腹を抱えて笑い出した。


「それに......ぶっ、孫の話に延々と付き合わされたって......ぶふふっ! しかも孫の『勇者設定』の強化って......ぶはっはっは!」


「......笑い事じゃない。貴重な30分をロストした」


 僕は深いため息をつく。


「でもまぁ、それでメイン商材譲ってもらえるなら良いじゃねーか!! じゃあその『飛躍』? アイテム作成の補助素材も探さないとなんだな」


「ああ。だが目星はついている。エウレカ草原にいる『エレメント・ビュー』という風の妖精型エネミー......そいつのユニーク素材だろう」


「なるほど」


「ドドンパの方の猫の足取りは?」


「あぁ、お前の言ってた通り黒豹団という窃盗団の仕業みたいだ。このゲーム、明確な敵対NPC組織の設定を持ってる感じだな」


「PvN(プレイヤー・バーサス・NPC)の解禁か。PvPイベントも近いな」


「......それと」


 ドドンパがニヤリと笑い、ウィンドウを開いた。


「サブクエストが発生した」


「ほう。内容は?」


 提示されたクエストウィンドウを見て、僕は目を見開いた。

 周りを囲む縁が、紫色だったのだ。


【ユニーククエスト: 猫の嘆願】

[依頼主] 猫同盟・長猫おさねこ


「アンジュが攫われたにゃ。俺の愛しい雌猫にゃ」

「探してるなら急ぐにゃ」

「アンジュと同種の希少猫たちも囚われてるにゃ」

「急ぐのにゃ」


[達成条件] アンジュが再び散歩に出る

[報酬] 10万G / 『猫の恩返し』 [真核アクセ]


「......は?」


 僕は絶句した。

 クランホームも猫にされ、ドドンパが受けたクエストの依頼主も猫。

 意味がわからない。


「どういうことだ」


「いや、なんかアンジュー! って叫んで探してたら、大量の野良猫が追いかけてきてさ......。びっくりして立ち止まったらよ、路地裏からデッカイ猫が出てきて話しかけられたんだよ」


「......喋ったのか?」


「喋った」


「意味がわからん」


 いや、意味はわかる。だが、これほど重要なユニーククエストのトリガーが『猫に追われること』だなんて、誰が気づく?

 運営の思考回路も大概変だな。


「......案内しろ」


「すまん、ユニーククエスト」


(クエストウィンドウ紫はユニーク確定か......。ドドンパが一人で独占? ......チッ)


 心の中で舌打ちをする。

 しかし、ドドンパは僕の心情を見透かしたように笑った。


「お前が調査させたおかげだわ。サンキューな!」


「......チッ」


「なんで舌打ち?! 聞こえてるぞ、酷くない?! ......でもまぁ、猫とその盗賊団、そして鑑定屋の件は繋がるな。運営も大掛かりなアップデートを仕込んでくるねぇ」


 僕は空を見上げる。


「月の接続利用料5千円は伊達じゃない、か」


「明日から本格的に作戦を練るぞ。今日はもう遅い。ドドンパ、明日も手を貸してくれ。有給とっておいてくれてよかった」


「別にお前のためじゃねぇけどな?! まぁ俺も恩恵に預かれるからいいか。......よし、とりあえず落ちるぞ俺!!!」


「ああ、またな。」


「じゃーなー!」


 ドドンパは端末を操作し、光となって消えていった。


 時刻は23:20。


「......まぁまぁ良い時間だな。明日の為に落ちるか」


「ログアウト」


 ◇ 現実世界 イオリの部屋


 ヘッドギアを外すと、静寂に包まれた自室が戻ってきた。


「......ふぅ」


 僕は伸びをして、立ち上がる。

 ゲーム内では効率の鬼だが、現実はそうもいかない。


 溜まっていた洗濯機を回し、その間に床に散らばっていた服を片付ける。

 乾燥まで終わった洗濯物を畳み終える頃には、日付が変わっていた。


「......寝るか」


 泥のように眠りにつく。

 夢の中でも、ピンク色の猫とゲートボールを持つ老人が出てきた気がした。


 翌朝 11:32。


「......寝すぎた」


 疲れていたのか、目が覚めるとほぼ昼だった。

 5日取った有給の1日目、完全な寝坊スタートだ。


「いただきます」


 遅めのブランチ——レトルトのカレーを温め、スプーンを運びながら、左手にはスマートフォン。


 コンパニオンアプリを開き、バザーの動向をチェックする。


【市場ログ: 『透明な樹液』 価格安定 / 『ただの水』 微減】


「ふむ......。水はそろそろ売り抜けるか。曇り羽根の次の商材も探さないとなそろそろ。」


 咀嚼しながらも、思考は止まらない。


 開放前の第4エリア『グレアマイン』。

 そこは水晶と鉱石が乱反射する、眩しすぎる『鉱山』エリアだ。


「検索……『鏡の破片』、『クリスタルガラス』、『遮光レンズ』……」


 今はまだゴミ同然の価格で転がっている素材たち。

 だが、あの眩しい鉱山が開放されれば、プレイヤーたちは必ず「目を守る装備」か「光を利用する装備」を欲しがるはずだ。


「……フッ、悪くない」


 次の『山』の目星がついた。


 ピロン♪


 慎二ドドンパからだ。


『件名: 寝過ぎた。

 本文: 14時にはログインするわ。飯食ったら入る』


「......了解」


 食べ終えた食器を流しへ運び、手早く洗う。

 口をゆすぎ、寝室へと戻る。


 ヘッドギアを手に取り、深呼吸。

 日常の雑務は終わった。ここからは、僕たちの時間だ。


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