第14話:観測者、猫のインク瓶と公式からの吉報を観測す
僕達はボスゲートの背後にある石碑に触れる。
「じゃあみんな、私の傑作を見に行こー! 転送っ!」
シロロがウキウキで叫ぶ。
光が収束し、目を開けると――そこは、あのインク瓶のクランホーム……じゃなかった。
「……なんだ、これは」
今朝、装飾を施していたことは知っていたが。僕は外見に興味がないのでよく見ていなかった。
真正面に見据えると流石にわかる。
かつて黒とガラスで構成されていたシックなインク瓶は、ド派手なショッキングピンクのペンキ瓶になり、キラキラと眩しいラメを撒き散らしていた。
黒曜石で描かれた大きな猫目とヒゲ。ティアドロップの宝石でバッチリメイクされ、屋根には『ボロボロのフード』を魔改造した、これまたキラキラの猫耳がついている。
【解析ログ】
• 外観: 宝飾猫のインク瓶
• 備考: カワイイは主人を超える。
「……猫、か。それにしても装飾どころの騒ぎじゃないな。インク瓶より目立ってどうする」
僕は頭を抱える。「これで火力の機嫌が取れるなら、採算は取れている……のか?」
「うっは! 改めて見るとすげーな」
ドドンパが口を開けて見上げている。「『ボロボロのフード』……実は一番有能説あるな。素材として優秀すぎるだろ」
「……この状態で削ったら、宝石猫と名付くアイテム名になるかしら……ブツブツ」
フゥは相変わらずだ。
「えっへへ〜でしょ〜! 入るたびに可愛いを感じて幸せ! 次は内装もやっちゃうよ〜!」
シロロは満足げに腕をブンブン回している。
◇ 混沌工房内 メインフロア
「さて」
僕はピンク色のドアを開け、メインフロアに入る。
「まずは解禁二日目でのボス攻略、ご苦労だった。誰か一人でも欠けてはならない、良い連携だった」
「なんだよ、クランリーダー総括のお時間か? よっ、k工房長〜」
ドドンパが茶化すが、僕は無視して続ける。
「第4エリア解禁日はまだ公表されていないが、第3エリアの攻略ペースを考えると来週、遅くても再来週だろう。先程も言ったが、それまで各自牙を研いでいろ」
僕は3人を見渡す。「それと、3人は金をちゃんと作っておけ。借金もあるからな」
「はーい」
「……善処するわ」
「今日は一度解散だ」
僕たちはそれぞれ挨拶を済ませ、自由行動に移る。
「……火山に戻って採掘でもしようかしら。あの熱変成岩、まだ採り足りないの」
フゥは早くも石への禁断症状が出ているようだ。
「え〜! フゥちゃんカフェ行こうよ〜♪ 疲れちゃったよ私、甘いもの食べたい!」
シロロがフゥの腕を強引に掴む。
「あ、あの、石が……」
「石より団子! 行くよー!」
女子二人は腕を組みながら、街への転送ゲートへと消えていった。
「……元気だなぁ」
ドドンパが苦笑し、僕を見る。「おい、イオリ落ちるのか? 珍しいな。まだ19時前だぞ」
「人間てのは不完全でな。一度栄養を補給しておく必要がある」
「……マジか。お前がそんな人間らしいこと言うとは」
ドドンパが呆れる。「んじゃー俺も一度落ちて飯食うかぁ。世間は有給を取った俺たちとは違って辛い月曜日だしな。よし、また明日な」
彼は端末を操作しようとして、ふと思い出したように振り返った。
「あっっと、そういえば今日は20時半から公式生放送があるみたいだぞ。新情報あるって聞いたけど」
彼はニカっと笑う。「あと、ちゃんとゼリー飲料じゃなくてご飯で栄養補給しろよ!!!! んじゃな〜」
光に包まれて消える相棒を見送り、僕は呟く。
「生放送……第2エリア解禁後か。次エリアの解禁日は出そうだな」
それに、リアルタイムで放送されるなら、ゲーム内の風向きやNPCの移動経路、会話パターンが変わるかもしれない。
運営がライブで「スイッチ」を入れる瞬間を観測できるチャンスだ。
「ともかく、僕も落ちるか」
ログアウト後。
汗をかいていたので風呂に入り、湯船に1時間浸かって思考を整理する。
その後、レンジで解凍したご飯に納豆と味噌汁という、至極真っ当な晩御飯を用意した。
「……なんだかんだで、見ることになるとはな」
PCのモニターで、公式生放送を流す。
『さぁ〜始まりました! 第2回 World of Arche 公式生放送〜!』
MCのハイテンションな声。僕は退屈そうに納豆をかき混ぜながら画面を眺める。
「……細かなアプデ情報や、ゲストのステータス公開……。データにもならないノイズばかりだ」
箸が進むにつれて、興味も失せていく。
だが、番組中盤。
開発担当者が登場し、新たな仕様について語り始めた時、僕の手が止まった。
『新要素:アイテム鑑定屋の実装!』
『そして、サポートスキル(戦闘外スキル)の追加です!』
「……ようやく興味が湧く話が来たな」
画面には、開発中の映像が流れている。
鑑定屋の機能。
1.真核武器に付与されている表示外スキルや、使用パターンの確認が可能。
2.アイテム鑑定屋は、特定の素材に使用するとフレーバーテキストを追加し、特殊NPCに渡すことで特殊アイテムをクラフト可能にする。
「……なるほど。素材の隠された価値を可視化する機能か」
その時。
バックで流れていた第1エリアの映像に、一瞬だけ奇妙なものが映り込んだ。
「……っ?!?!」
僕は思わず身を乗り出す。
動画の端、NPCが通常ではあり得ない高さへと跳躍し、屋根の上を移動する姿がさらっと流されたのだ。
「跳躍……」
まだ情報が足りないが、僕の脳裏に、インベントリの底で眠っている「アレ」が浮かび上がった。
『透明な樹液』と一緒に買い占めた**『曇り羽根』**。在庫25,000個。
「……隠れ属性がある事は観測士のスキルですでに解析済み。詳細までは分からなかったがやはりきた。必須レベルの属性付与、あるいは移動スキルの可能性が高い」
画面の中ではゲストが騒いでいる。
『〜〜さん! まだ何か新情報があるんですよね?! 新仕様の話はよ〜ってコメントで溢れてますよ!!』
開発者がニヤリと笑う。
『ええ。実は放送開始時より、一定の時間のみ現れるNPCの会話が変化しているんです』
「……!」
僕は即座に箸を置いた。
一定の時間のみに現れる……ふっ、これこそ僕のデータ至上主義の理念を裏付けるいい証拠だ。
すぐにログインして、街の解析から入ろう。
そう思ってヘッドギアに手をかけた矢先、スマホが震えた。
『着信:後輩(田中)』
「……チッ。このタイミングで」
有給の引き継ぎ確認だろう。無視するわけにはいかない。
「……もしもし。……ああ、お疲れ様。その件ならフォルダの……大丈夫だよ」
通話を終えた頃には、1時間が経過していた。
「……遅れてしまった。急ごう」
「ログイン」
◇ エウレカ 混沌工房前
転送されるなり、僕はすぐに街の変化を探り始めた。
目的のNPCを目指しながら、観測眼をフル稼働させる。
【観測ログ】
• 風向: 北西、微風。
• 松明の揺れ: 周期的な明滅を確認。通常時よりインターバルが0.5秒短い。
• NPC配置: 路地裏への動線が増加している。
「……人通り。特定の時間、まずは18:00〜0:00の間に現れるあいつだな」
僕は街の少し入り組んだ袋小路にある、空き地へと急ぐ。
ここには、この時間帯のみ謎の黒装束の男が二人現れるはずだ。
これまでは「ただいるだけ」で、会話も「今日はいい月だ」程度の他愛もないものだった。
僕は物陰に隠れ、聞き耳を立てる。
「……希少猫はアジトへ移動させたのか?」
「ああ。黒豹団以外には入れないしな」
「……黒豹団?」
盗賊団か何かの設定なのか? 初めて聞く名だ。
だが、「希少猫」というワードは聞き捨てならない。
「猫といえば……あちらにも行ってみるか」
僕は街の噴水広場の近くまで移動する。
この世界に存在する「希少猫」は、唯一『核』を落とすレアエネミーだ。
そんな猫をペットとして飼っている婆さんNPCがいる。
もちろん街中(安全圏)なので倒せないし、『核』も落とさない。
以前、一人で「何とかして倒せないか」と試そうとしたが、システム的に怒られた挙句、婆さんに「ウチの子をいじめるんじゃないよ!」と箒で叩かれた。
それ以来、近づくだけで婆さんに睨まれるようになってしまった。
NPCにも記憶はある。僕は今後、あの人に近づけないだろう。
「……見えた」
婆さんの家の前。
彼女が誰かと話しているのが見える。
「……ウチのアンジュちゃんが帰ってこないのよ〜」
婆さんが悲しげに訴えている。
その相手は……。
「……!」
あの時の。少しだけ気になった老人のプレイヤーだ。
「……何故、あの老人が?」
彼は真剣な表情で婆さんの話を聞き、頷いている。
情報を得ていた? 何か嗅ぎつけたか?
僕が1時間遅れている間に、彼は既にここまで辿り着き、フラグを立てようとしているのか?
「……このスピードであそこまで辿り着くとは」
僕は謎のプレイヤーを睨みつけるように観測する。
だが、相手の名前は仕様上、パーティを組むか名乗られない限り確認できない。
「……チッ。『灯台男』でも呼ぶか」
僕では婆さんに近づけない。ここは人当たりの良い(そして借金のある)ドドンパを使うのが最適解だ。
「借金減らすといえば、すぐに飛んで来るだろう」
僕はまた現実へ戻るのが面倒だなと感じつつ、端末からクラン転送ボタンを押した。
光に包まれ、拠点の前に戻る。
やたら派手な宝飾猫のホームへ入ろうとする前に、ある物が目に入ってしまった。
「……くっ……」
クランの旗立て。
そのペン立てと旗の棒までが、全てショッキングピンクに輝き、ラメで装飾されていた。
ログアウトしている間に更にアプデされていた。
「派手すぎて目が痛い……気がする……。」
僕は眉間を押さえつつ、中へと入る。
メインホールでは、フゥがテーブルに岩を並べ、ブツブツ言いながら掘削機で砕いていた。
シロロもソファーでくつろいでいる。
「あ! お帰りなさいイオリくん! えっへへ〜見て〜内装も可愛いでしょ〜?」
シロロが駆け寄ってくる。
「床ももこもこの絨毯敷いて、タンスも可愛くして……『核』のコンバージョン施設も可愛くしてあげたよ!!」
「……『あげた』という言葉が気になるが」
僕は嫌な予感を覚える。
「だから……借金減らしてね!!!」
シロロが満面の笑みで手を出す。
「…………」
僕は呆れながら思う。
何故だ。頼んでもいないのに、勝手にデコって依頼料として借金を引くだと……?
理屈になっていない。
「……!」
だが、ふと思う。
僕も彼女に、半ば強制的に『核』を売りつけて借金を背負わせた前科があったな。
気づいてしまったが、気にしないでおこう
僕はため息をつき、二人に声をかける。
「シロロ、フゥ。……今、忙しいか」
「明日も仕事だからそろそろ寝るわ、まだ石を愛でたりないけれど」
「私も〜!!」
二人が即答する。
「ふむ、そういえば世間は明日から月曜日だったな」
有給を取った僕達とは違う。彼女たちは労働があるのだ。
「そうか、ならいい。お疲れ様」
「うん! またねイオリくん!」
「またね〜」
二人がログアウトしていくのを見送り、僕は一人残された。
静まり返ったピンク色の部屋で、僕は端末を取り出す。
「……ドドンパを使って、あの老人と接触させるか」
僕は慎二に連絡を入れる為、再びログアウトした。
新たな情報の鍵は、あの老人と、消えた猫にある
可愛いは主人を超える。
混沌工房のリーダーは間違いなくシロロです。笑
〜次回告知〜
次の15話は22時投稿です!!よろしければ読んでやってください泣




