第117話:次期総帥、密室の影武者を見破り、観測士(悪友)に敬意を払う天才ハッカーと共に網を張る
皇視点です!
◇ 現実世界 皇 雷牙 邸宅 [火曜日 14:00]
イオリから今朝、連絡があった。
——【SNS】——
矢田島:今から出勤だ。
矢田島:第9階層を攻略予定
矢田島:昨日の『Arche』からのメッセージだが
矢田島:ジョウナンが解読に成功
矢田島:もしかするとエレベーターがあるやもしれん
矢田島:第9階層攻略後確認するが……。
矢田島:そちらの様子はどうだ?
———————
僕はジョウナンの事は話さずに、状況は「あまりよろしくない」と言う旨で返事をした。
ジョウナン。
いや、阿久津 城。
昨日、阿久津がコンタクトを取った際、ちょうどゲーム内ではイオリから直々に解読の依頼を受けた直後だったらしい。
阿久津が万が一のために用意していた『World of Arche』の初期アカウントを通して、迅速に連絡を取ることができたそうだ。
そして、合流してからと言うものの昨日からずっと作業をさせっぱなしだ。
あちらこちらで依頼を受けて大変そうだが、本人は「『k』カッケェ」「今度はこっちの『k』かよ!」と何故か嬉しそうだった。
こっちの『k』とは、「カイザー」のことだろう。
イオリ達と知り合う前、ゲーム内で度々耳にしていた『k』という名前。
どうやら初日に名前を登録する際、興奮のあまり入力をミスしてそのまま決定してしまったらしい。
実際に交友を持つとよくわかる。
あいつは、ミス入力を修正する時間すら惜しむような、極限の効率主義者だと。
「変なやつだが、頼もしい限りだ……」
僕はスマホを置き、部屋の片隅へ視線を向けた。
ジョウナンは今、望む機材を全て用意させた僕の私室で、『海洋温度差発電の実験施設』への投資という名目の資金の行方を追っている。
「くそっ!」「舐めやがって!」「絶対見つけてやるからな……!」
時折そう悪態を吐きながら、彼はタバコを吹かしつつキーボードを叩き続けている。
僕の私室でタバコを吸うのはやめてもらいたいのが本音だが、この際仕方がない。
事が終われば部屋ごとクリーニング業者に頼もう。
そう決意して諦めた。
徹夜明けの重い空気が漂う私室で、ブラックコーヒーを胃に流し込んでいると、静かにドアが開き、阿久津が部屋へと入って来た。
「社長。六二から暗号通信です。……本社VIPフロアおよび会長室内部の監視カメラ回線への介入、たった今完了したとのことです」
「よくやった。親会社側のセキュリティには?」
「気づかれていません。ご指示の通り、映像の偽装やループの痕跡も解析しましたが……一切ありません。正真正銘、現在あの密室を映している『生の映像』です」
阿久津の報告と共に、僕のデスクのシークレットモニターが明滅し、ノイズの後にクリアな映像が映し出された。
そこは、皇グループ本社の頂点である『会長室』。
重厚なマホガニーのデスクに向かい、一人静かに書類へ目を通している初老の男の姿があった。
「……親父」
皇 征一郎。
数兆円を動かし、世界の裏側で『悪魔(量子スパコン)』を作ろうと会社の金を注ぎ込む男。
映像越しに見るその姿は相変わらず威厳に満ちており、書類をめくる所作にも一切の無駄がない。
完全に密室に引きこもり、ただ黙々と机上の書類にペンを走らせている……そう見えた。
だが。
数分間モニターを監視していた僕の目に、ある『異常』が飛び込んできた。
映像の中の男が、ふと書類から目を離し、首の筋を伸ばすようにして手を頭へ持っていく。
そして、無造作に指を数本立ててごく普通に、側頭部をポリポリと掻いたのだ。
(…………なんだ、今の掻き方は?)
決定的な違和感が、僕の脳を突き抜ける。
親父は絶対に、あんな普通の掻き方はしない。
親父は頭を掻く時、必ず『親指』だけで掻くという特異な癖がある。
「……阿久津。映像の録画を切れ。……あいつは、親父じゃない」
「社長?つまりこれは……」
「親父は既に、他者の人生をも作り変えてただの『偽装』を置いていると言うことだ。間違いない、影武者だ」
「……かしこまりました。六二にはそう伝えておきます」
普通なら『影武者』なんぞ理解できない。
だが、阿久津は全てを飲み込み、ただ返事をした。
「すまない、と、六二への労いを添えてな……」
「は」
阿久津は短く応えると、双鴉と連絡するためだけの専用端末で指示を送った。
そして、熾烈なサイバー戦を繰り広げている弟の方へと静かに向き直る。
紫煙を燻らせながら、凄まじい速度で複数のキーボードを叩き続けていた城が、忌々しそうに舌打ちをしてモニターから顔を上げた。
「……いや〜、マジで笑えないっすよ、社長さん」
「進捗なしか?」
「ダミー会社の送金ラインから辿った『海洋温度差発電の実験施設』……あそこに流れてる異常な送電網を追って、なんとか深海の底まで潜ってみましたけどね。こりゃエグい」
「エグいとは?君の腕をもってしても見えないというのか」
僕の鋭い問いに、城は深く、重い息を吐き出した。
「本命のサーバーに繋がる線を隠すために、皇グループの裏インフラが、毎秒何百ペタバイトっていう『無意味なダミーデータ』を海流みたいに流し続けてるんです。俺の組んだ潜水艦……つまり『探査プログラム(クローラー)』ッスけど、その水圧……要するに『規格外のダミーデータ量』で潰されそうで、本命の1本の糸が見つけられないんスよ。地図のない深海で、砂嵐の中から1ミリの針を探すようなもんッス」
「僕のグループの血管が、それほどまでに淀んでいると……。ならば、どうやってハッキングする。君を雇った意味がないぞ」
「そこなんスよ。……物理的なケーブルが抜かれてるとかじゃなく、データ上の防壁がマジで化け物ッス。接続ポートに触れようとした瞬間……『データ上の道そのものが消える』んスよ」
「道が消える?」
「ええ、量子暗号の応用ッス。外部からのアクセス(観測)を検知した瞬間、システムが自動的にポートの座標を変異させて、完全な閉鎖網に切り替わる」
「専門用語はいい。要するに……外からドアノブに触れようとした瞬間に、ドアそのものが壁と同化してツルツルに消え去ってしまうようなものか」
僕が噛み砕いて確認すると、城は勢いよく指を鳴らした。
「そうっスそれっス!例えばっスけどバカデカい、シュタイン・テクノロジーとかそこら辺クラスの量子系の企業が噛んでるとか、まぁ企業じゃなくて自分の知らない天才ハッカーがいて、隠れて防壁を立ててるのかもッスけど……」
「シュタイン・テクノロジーか……いるぞ」
「え?」
僕の脳裏に、かつてゲーム内の盤面を荒らした見えない暗殺者の姿がよぎる。
「あのゲームの中で、姿なき暗殺者として動いていた6人目の円卓のゲーム名は『無為』と言うんだが……奴の現実の正体は、シュタイン・テクノロジー総帥の息子、ルイ・シュタインだ。つまり、父親が……企業そのものがバックにいると睨んでいる」
「マジすか……そんな大企業が直々にバックにいるのかよ!そりゃあ、お抱えの凄腕……俺クラスが沢山いるんでしょうねぇ。外からいくら叩いてもデータ上の入り口すら見つからないわけだ。……中から鍵を開けてもらわない限り、俺でも侵入は不可能っスわ」
「中からだと……?親父たちが自らゲートを開くとでも言うのか」
「まさか。……そもそも『k』はそれをぶっ壊そうとしてるんスよね?それは正解っス」
「こちらだけではやはり無理……か。ああそうだ、イオリは今……中から壊そうとしている……。そうか、イオリはこれを分かってて攻略していたか……僕の会社に逆探知をする人間がいる事、前提じゃないか……」
呆れるほどの先読みの深さに僕がため息をつくと、城はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。まぁ、ハックするのが俺だとは思ってないでしょうけどねっ。そもそも、巨大な量子計算機であるあの世界の中枢に、『k』達が計算不可能なパラドックス……つまり特大のエラー(破壊)をぶち込む。そうすりゃ、システムは自死を防ぐための防衛本能として、一瞬だけ現実の管理者に向けて『緊急同期パルス(エラーの悲鳴)』を送信するはずです」
「……すまない、少し専門的すぎるな。防衛本能でパルスを送信するとは、どういう理屈だ?」
「ああ、要するに……建物が火事になった時、システムが自動で外の管理者へ向けて『119番通報』をするようなもんッス。その外部への報告とバックアップのために、データ上の通信ポートがコンマ数秒だけ開く……。その『エラーの悲鳴(通報)』を、俺が垂らしている釣り糸で逆探知するってわけッス」
「なるほど、理解した」
「その一瞬のパルスさえ掴めれば、俺が深海サーバーの正確な物理座標を暴き出し、中からウイルスを流し込んでロックを粉砕してやりますよ。だから社長さん。今は、ゲームの中の『k』たちを信じて待つしかないッス」
城の出した結論は、仮想と現実の完璧なリンクを意味していた。
「ゲーム内のイオリたちがそれを見つけて破壊する……。だが、その中枢(心臓部)とやらは、ゲーム内でどんな姿で存在しているんだ?」
「現実の深海にある量子スパコンをVR内に具現化してるなら……恐らく『絶対零度に冷却された超巨大なコア』みたいな物理オブジェクトになってるはずッス。スパコンの命である超伝導状態を保つための心臓部っスね」
「極低温のコアか。それを破壊すればどうなる」
「何らかの極大の物理的負荷をぶち込んで、無理やり熱暴走でもさせてカチ割る。そうすれば、吸い上げていた無意識データが未曾有の処理落ちを起こして、空間のテクスチャごとガラスみたいに割れ落ちるはずッス」
「パソコンのCPUに熱を持たせすぎて、冷却が追いつかずに画面ごとショートするようなものか?」
「そうッス、つまりそういうことッスね!空間ごと崩壊するほどの負荷がかかれば、システムは自死(完全なサーバーダウン)を防ごうとして、一瞬だけこっちに向けて『エラーの悲鳴』を吐き出す。あの人が中から熱暴走で壊してくれれば、向こうから扉を開けてくれるって話ッスよ」
「……ああ。イオリのことだ、必ずシステムが悲鳴を上げるほどの致命的なエラーを中から引き起こすだろう。パルスから物理座標を特定するための網は、すでに張れているのか?」
「ええ、準備は万端ッス。世界の血管である皇グループの回線を利用して、深海に繋がる怪しいデータ領域にトレース用のトラップを仕掛けてあります。ゲーム内で中枢が破壊されて向こうがパルスを吐き出した瞬間、一気に物理座標を引っ張り出しますよ」
「頼んだぞ。ゲーム内で奴らがシステムを壊すことが、現実側でメインサーバーを見つけ出す唯一の鍵になる。……運営の目論む『ラプラスの悪魔』を、我々が現実と仮想の両面から完全に破壊する」
「了解ッス。座標さえ割れればこっちのモンです。……さあ、大魔王たちのお手並み拝見と行きましょうか」
僕と城が作戦の共有を終えるのを待っていたのか、隣に控えていた阿久津が一歩前に出て、弟へと語りかけた。
「城……ありがとうな。社長の力になってくれて。お前があのゲームを『不正無し』に楽しんでいるのは知っている。それなのに、こんなお前の能力を利用する様なことをしてしまって……」
「兄貴!俺楽しいよ!確かに今までチートとかに頼って変な遊び方してきた俺だけどさ、あのゲームで不正しないのは単純に尊敬していたゲームだから。自分の戦闘の内容で武器を作ったりそれが反映されるのが楽しいのと、ああ言うゲームで掲示板を仕切るのが好きだっただけだ!」
「そうか……楽しいか?」
「ああ!めっちゃ楽しい!まぁ『真核』ってレアアイテムがあってよ、俺が、それの仕組みを掴むまでに3週間もかかったんだ。もっと詰めると1ヶ月。まぁ兄貴に言ってもわからないと思うけどさ、『ログ』を見たり操る職業。『観測士』『翻字士』『筆記士』位しかなくてな、まぁ全部不遇職なんだけど」
「フッ……何を言ってるのかわからんなやはり」
「あーなんて言うんだろ、つまりな矢田島さんは!『観測士』で真核を操れるからこそすげぇんだ!たくさんいる廃人ゲーマーが見つけられないものを、リリース初日でやっていた!まじの観測士なんだよ!!カッケーだろ!?不正しても虚しくなるだけだと思ったんだよ。まずは自分の力で見つけたかった、それだけだ!」
興奮気味にイオリの異常な凄さを語る弟を見て、阿久津は静かに微笑み、僕へと向き直った。
「矢田島さんからもらった4つの指示。送金ラインやワード調査、技術力の提供元に会長の非公式な接触相手の調査……全て社長が会長を……弾劾するのに必要な事項でした。あれをあの一瞬で答えてしまうあの方は、ただの会社員にしておくのは勿体無いでしょう……ゲーム内でもやはり凄い方なのですね……」
「ああ……今は待つしかないがな……。ところで話を戻すが、阿久津……親父の行方はずっと追っておけよ」
「は。双鴉に指示を出しました」
「そうか……。イオリに連絡を取ってみる。それまで、阿久津も城も少し仮眠を取っておけ。進捗状況を聞いてくるが、もし破壊寸前ならまた起こす……すまないな」
僕の言葉に、阿久津と城は黙って深く頷いた。
(さて、ログインするか……)
現実の盤面は整った。
あとは、あの魔境の底で進み続ける頼もしい悪友たちが、極寒の深海サーバーを内側から『熱暴走』で焼き切ってくれるのを待つだけだ。
第117話いかがだったでしょうか?
少し難しい話になってしまいましたが……><
次回、舞台は再びゲーム内のイオリたちへ!
終わりの町『オブザーブド』への到達なるか!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/19夜20時10分に投稿致します!
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