第111話:観測者、王冠を捉える。
◇ 神樹の塔 第9階層
僕は天井を見上げたまま、どう上まで移動するかに30秒ほど時間を割いた。
簡単なことだったな。
問題は上がどうなってるかだが。
とりあえず、『Arche』のカンペ通りに実行する他ない。
「皆、集まってくれ。そしてフゥ、地層を出せ。まち子、それに対して【MIN】をかけてくれ。浮いた地層にならかけられるだろう?『この地層は極限まで軽い』とな」
僕の指示に、二人が即座に呼応する。
「また大魔王な笑みを浮かべて………わかったわ!【記憶地層:虚空を駆ける黒石の磁殻】!」
ブォオオオオン……!!
僕達の足元に、重力磁場を発する未知の地層が具現化された。
「マスターイオリ……かつて貴方と対峙した時の恐怖を思い出しましたわ……いきます!【MIN】!」
フゥが展開した地層にまち子が大楯を当て、その『質量』を極限まで軽くする。
すると、僕らを乗せた巨大な岩の足場は、凄まじい浮力で神樹の塔の天井スレスレまで一気に急上昇した。
「よし、ここまでだ。……【高濃度糖分域の偽装】」
僕はそのまま天井の一点に、極端な糖分のデータパッチを付与した。
王笏(ロン君)がそれに反応し、一気に天井の空間を捕食しようとぽよんの腕から伸びていく。
「さぁ食え。まだ空腹だろう?」
「ロン君、おやつタイムなのだ〜〜!」
バリィィィッ!!
システム防壁のテクスチャが文字通り『捕食』され、ぽっかりと「一人分の穴」が開いた。
自分でも何を言っているのか分からない。
だが、実際に現象として成立させて見せたのだ。
ならば、これこそが『正解』だ。
「地層をそのまま上に上げていければいいが……この穴のサイズでは無理だな。ここからは一人ずつ穴を抜けて、上へ這い上がるぞ」
僕たちは順番に、ロン君が開けた『穴』をよじ登り、天井の向こう側へと体をねじ込んでいった。
◇ 神樹の塔 外殻(Out of Bounds)
天井裏へと這い上がった僕は、ここがシステム上どんな扱いを受けている空間か、即座にデコードした。
(なるほど……Archeめ……僕にRTAでもさせるつもりか……フッ)
「……なんだよ、ここ」
全員が穴を抜け、最後にぽよんを引っ張り上げたドドンパが、周囲を見渡して唖然とした声を漏らした。
無理もない。
そこは、第9階層の天井の裏側であり、第8階層の下部のほんの一部分の足場と、無限に広がる漆黒の空間。
本来プレイヤーが立ち入ることを想定されていない、塔の階層と外壁の隙間いわゆる『裏世界』なのだろうから。
「ほっほ!こりゃあ何もないのぉ!」
「kおじさん!下、真っ暗だよ!?」
ミツルマンが恐る恐る覗き込んだ足元には、底の見えない無の空間(奈落)が口を開けていた。
「そうだ。そして上を見ても、第1階層(目的地)に繋がる道はない」
「ぽよ〜〜!?じゃあどうするのだ〜〜!?閉じ込められちゃったのだ〜〜!?」
慌てるぽよんをよそに、僕は足元の『奈落』を見下ろしてフッと笑った。
「いや、道は『下』だ。この底なしの穴へ飛び降りる」
「「「はああ!?」」」
全員の声が見事にハモる。
「……古い3Dゲームから存在する、物理エンジンの初歩的な欠陥だ。このまま無限に落下し続けると、いずれ『Z軸の座標データ』がマイナスの限界値を突破する」
「音域を突破ですか!?」
(……ルナールにはどう聴こえているのだろうか……甚だ疑問であるが)
「そうだ。計算不能な異常値を検知したシステムは、プレイヤーを保護するため、強制的に『このエリアの最も安全な初期座標(最上階)』へとポップ(送還)させる仕様になっているはずだ。……つまり、落ちれば一番上に着く」
論理の解説を終えると共に、僕は躊躇なく、真っ暗な奈落へと一歩を踏み出した。
「なっ、イオリ!?」
「いくぞ。ついてこい」
ヒュガァァァァァァンッ!!!
猛烈な風切り音と共に、僕の体は底なしの闇へと落ちていく。
「ぽ、ぽよ〜〜……信じるのだ〜〜!!」
「この奈落はどんな音を奏でるのでしょ〜〜か〜〜!」
「てええええええい!!」
「ああもう!やけくそだ!!」
ビカビカッッ!
上空から、ぽよんやルナールの絶叫、ミツルマンの無駄な発光に続き、ドドンパもヤケクソな悲鳴を上げながら次々とダイブしてくるのが見えた。
◇ ???
数秒か、あるいは数十秒か。
不気味な自由落下の果て、突如として視界が激しくノイズ混じりに明滅を始めた。
——【System】——
バトル開始
第八の騎士:栄光の偶像
……Error
第七の騎士:勝利の覇王
……Error
第六の騎士:美の求道者
……Error
第五の騎士:厳格なる処刑人
……Error
第四の騎士:慈悲の聖女
……Error
▶︎▶︎ Multiple Errors Detected.
▶︎▶︎ Auto-resolving conflicts...
第八〜第二階層までの踏破プロセスを強制スキップ[クリア状態として上書き]
—————————
(……フッ。
システムがZ軸の異常判定でバグを起こし、完全にパニックになっているな。
間のボス戦を全てスキップか、笑える仕様だ)
だが、僕の視界を埋め尽くす真紅のエラーログの裏で。
密かに、そして確実に。
青白い『管理者』のログが静かに展開された。
——【Arche_Root】——
▶︎ Updating Hidden Quest: 23... [PROGRESSING]
▶︎ Objective: R3ach th3 Sephiroth. ... [CONDITION MET]
▶︎ Authenticating User_IDs...
[Iori_k] ............. Verified.
[dodonnpa] ........... Verified.
[shiroro] ............ Verified.
[Fuu] ................ Verified.
[maou_poyon] ......... Verified.
[jisan] .............. Verified.
[mituruman] .......... Verified.
[renard] ............. Verified.
[Guard_Girl_Machiko] . Verified.
▶︎ ID Authentication [SUCCESS].
▶︎ Granting special access privileges.
▶︎ Overwriting coordinates to [Layer_01:Kether]... Done.
——————————————
(……やはりな。
以前『タヴの町』で発行されたストーリークエストNo.23。
Archeめ、混乱に乗じて、あの時のクエスト進行フラグを強制的に達成状態に上書きしやがった)
そして……フラッシュのような強烈な光が視界を白く染め上げる。
落下感が唐突に消失し。
次に僕らが目を開けた時、足の裏には硬い石畳の感触があった。
◇ 神樹の塔 第1階層 『王者の間』
「ぽ、ぽよ~なんなのだ~……」
「……着いたな」
僕達の眼前には、禍々しくも神聖な空気が張り詰める、巨大な扉が立ちはだかっていた。
「っ……!何でしょう……この圧倒的な『音圧』は……!扉の向こうから、一糸乱れぬフルオーケストラのような、最高に威風堂々とした旋律が響いてきます……。まるで世界そのものを調律しているような、絶対的な王者の音……」
ルナールには、音圧として感じたのだろう。
だが僕達の腕や手の先も、小刻みに震えていた。
武者震いってやつだ。
神樹の塔、最上階。
第1〜第4エリアの喋る隠しエネミー達が口を揃えて発していた『あの方』が鎮座している場所。
そう、『World of Arche』メインストーリーのラスボス『原初の意思:王冠』だ。
「回復しておくんだ、そしてどんなボスかも分からない……みんな……頼むぞ!!!」
「「「「「おー!!」」」」」
まずは、正規のストーリーボスだ。
だが僕の頭の中では、一つだけ気掛かりがあった。
第2エリアの隠しエネミー『白亜の彫刻家』を倒した際に、奴が吐いたセリフ。
『お前達は……『あの方』の力の抑制の一つを取り除いてしまったんだヨォォォ……!』
(……口ぶりからして、ケテルは強化されているはずだ。
……そして何故『Arche』は、わざわざ敵が極限まで強化されるような隠しクエストへ僕たちを誘導した?)
僕が深い思考の海に沈みかけた、その時だった。
ポンッ。
僕の肩に、ダボダボの服の袖が優しく乗っかった。
「……また勝ったら、作ってあげるよ。イオリ君」
「は……?」
それは魔王の口調ではない。
昨日聞いた、純粋で等身大の少女(甘利 栞)の、嘘偽りのない声だった。
あの非効率で無駄に芳醇な『心の栄養』の記憶が、僕の思考に強烈なバフとして割り込んでくる。
「ぽよ〜!ぽよん軍、突撃なのだ〜!」
「「ぽよ〜〜!!」」
「お、おい!まだ作戦を……!」
配下2名も漏れなく突撃しやがった……。
(何か昔のミームでこんなのあったな……チッ)
シュ……!!
ギィィィィィ!!
僕の制止も聞かず、いつものポンコツに戻ったぽよんの突撃により、巨大な『王者の扉』は呆気なく開け放たれた。
◇ 神樹の塔 第1階層 『王者の間』
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
開かれた扉の隙間から溢れ出したのは、暴力的なまでの『光』と『音』だった。
内部は、神樹の塔の中とは思えないほど異常な空間が広がっていた。
床は鏡面のように磨き上げられた純白の大理石。
柱や壁の至る所には、黄金の彫刻と眩いばかりのステンドグラスが豪華絢爛に施されている。
バグとノイズにまみれた外殻(裏世界)から一転、そこは運営が用意した表上の『絶対領域』だった。
そして、空気を震わせるほどの重厚なBGM。
パイプオルガンの荘厳な和音と、幾千の聖歌隊によるフルオーケストラ。
ルナールの言う通り、それは世界そのものを調律するような、有無を言わせぬ絶対的な『王者の旋律』として空間を支配していた。
その豪華絢爛な王殿の最奥。
黄金の玉座に、あの方第6エリアのボス『ケテル』が、純金の王冠、純白の装甲を纏い、威風堂々たる姿で鎮座していた。
まだこちらへ敵意を向けている様子はない。
静かに立ち上がったケテルが、空間そのものを震わせるような重低音のシステムボイスで語りかけてくる。
『よく来たな、塔を登らんとする冒険者よ……。
我はこの境界を統べる原初の意思『ケテル』である……』
「うわ……なんだよあれ……勝てんのか……?」
「でもなんだか、綺麗だね………。ドドンパ君、腰抜かさないでね……」
圧倒的なプレッシャーにドドンパが顔を引きつらせ、シロロが軽口で場を和ませる。
ケテルは王としての威厳を保ったまま、両手を広げた。
『さぁ、冒険者よ我…レレレレレレ……』
——ギギ……ガガガガガガガガッ!!!
突如、ケテルの威厳ある声が強烈な電子ノイズに掻き消された。
同時に、空間を支配していたフルオーケストラのBGMがピタリと止まる。
「ほっほ……なんだか……嫌な予感がするのぉ……」
豪華絢爛だった王者の間のテクスチャが、まるでパラパラと剥がれ落ちるようにノイズに呑まれていく。
黄金の彫刻も、純白の大理石も消え失せ、あとに残ったのは『青と赤の演算コード(量子力学)』が飛び交う、無機質で不気味な底なしのシステム空間だけ。
狂った和音が耳障りな高周波となって響く中、玉座に立つケテルの姿が、まるで別のAIに乗っ取られたかのように、人間味の一切ない冷酷なシルエットへと変貌した。
《我ノ配下ヲ倒シタノハオ前達カ……》
(……これか。
フラグ(配下)を折ると正規ルートから外れ、セリフが分岐し能力が変わる仕様か……)
《筋肉兎三姉妹・Pink、Purple、Plum》
「オカマ兎さんですね……」
《白亜野彫刻家:カルサイト》
「ロン君の仇なのだ……」
《氷晶ノ彩光者:アイスガイ》
「第3エリアのボスだ……忘れてたぜ」
(……ドドンパ達が倒したあのボスは、そんな名前だったのか。
ドドンパがデコイとして活躍する訳だ……)
《隕星の令嬢:モグラ・セドゥラ》
「古細菌のボスね。もう既に懐かしく感じるわ」
次々と読み上げられる聞き覚えのある名前たちに、メンバーがテンポ良く反応を返す。
そしてその直後、ケテルは雄叫びを上げ、僕らに向かって血気迫る殺意を放った。
シュゴオオオオオオ……!!!
《許サヌ!!!!!許サヌゾォォ!!皆殺シダ!!!!!》
——【System】——
バトル開始:制限時間[∞]
VS
【原初の意思:王冠】
———————————-
虚空に浮かび上がった『無限』を意味する記号。
僕は天球儀を強く握り直し、狂乱する王冠を見据えて不敵に口角を歪めた。
「……さあ、王冠をぶっ壊すぞ。お前ら!!」
第111話いかがだったでしょうか?
因みにですが作戦を無視して扉を開けるぽよん。
とある伝説的MMOミーム
『リロイる』の模倣でした。
知ってる人いるかどうか……気になったら調べてみてください笑
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/16【夜20時10分】に投稿致します!
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