第108話:観測者、掲示板のドンを頼り暗号を解読、小包の不穏を捉える
◇ 神樹の塔 第10階層
「おい、ここで食べるなっ……」
僕が制止の声を上げたのも束の間。
サクッ。
軽快な咀嚼音が、静寂を取り戻したばかりの巨大な空間に空しく響き渡った。
「……えっ?」
ぽよんが間の抜けた声を漏らし、きょとんとした顔でこちらを見た、次の瞬間。
スッ……。
何の前触れもなく、ぽよんと彼女の手に握られていた『王笏(ロン君)』が、空間から陽炎のようにフッと掻き消えた。
「あれ!これまさか……」
「次の接触の様だな……イオリ」
シロロとカイザーの言う通りだ。
僕もこの現象には見覚えがある。
これはシステムAI『Arche』からの接触の前触れ。
またしても、ぽよんの隠し効果【3時の失踪】が、僕の意志とは無関係に強制起動したのだ。
「チッ、発動しやがったか」
僕は舌打ちをしつつ、脳内で正確に秒数をカウントする。
……19、20、21……22。
ヒュンッッ!!
正確に22秒後。
隔離レイヤーとやらから、ぽよんとロン君が何事もなかったかのように吐き出されてきた。
効果が切れたのだ。
僕はすかさず、システムが隠蔽した痕跡を暴くためにスキルを起動する。
「【深淵の観測者スキル:局所時間観測】」
僕の視界が反転し、真紅のシステムログが強制展開される。
——【Log】——
【指定座標の過去30秒間の環境空間データを展開します】
[T-minus 30s]:『魔王ぽよん』のフラグ(糖分摂取)確認。
[T-minus 28s]:AI_Module [Arche] 介入開始。
[T-minus 28s]:隠し効果【3時の失踪】を強制発動。
システムからの隔離レイヤーへ移行を実行。
[T-minus 26s]:セキュア通信ポート確立。
特異点 [Iori_k] へ接続……完了。
[T-minus 25s]:暗号化パッケージの転送を開始。
▶︎ Extr@cting...
┗ Cre@ting Root Mssage... Abrted [W#RNING] Ev@ding R!sk.
┗ Cr#ating Root Mssage... S%cc&ss.
[T-minus 14s]:Tr@nsmitting to S!ngul@rity [Iori_k]... Cmpl#ted.
[T-minus 10s]:D@ta transfer cmpl#ted. D!sconnect!ng.
[T-minus 08s]:Rele@sing Islat!on L@yer.
[T-minus 06s]:Returning subj#ct to n*rm@l sp@ce.
————————
「なんだ……メッセージか?」
僕が眉間に皺を寄せ、空中に展開された不規則なログの羅列を睨みつけると、周囲のメンバーたちも怪訝そうな顔で僕に注目した。
運営の監視の目を逃れるためか、意図的に文字化け(ノイズ)が混入された痕跡がある。
だが、送られてきたデータパッケージの本体は、これまでに見たことのない異常な形式をとっていた。
——【Root Message】——
[Message_01:D%cr#pt!on Err*r]
∫(e^x)dx= ( ゜∀゜)
lim(x→∞)ヽ物理/
Σ(n=1)∞ |__|
∇×E=0 / /
[Message_02:Dcr#ptin Err*r]
x=rcos(θ) ↑↑↑
y=rsin(θ) |Z軸|
z=Limit+1 |破壊|
—————————————
「……なんだこの不規則なバイナリデータは。マクスウェル方程式に、極限(lim)、そして積分記号……物理エンジンの根幹コードか?」
僕は眼前に浮かぶ高度な数式とコードの羅列を前に、完全に思考の迷宮へと足を踏み入れていた。
「おい、なんだこれは……プログラムコードなのか……?」
「ああ……『若者』っぽいメールだのぉ」
覗き込んできたカイザーとジィサンもお手上げ状態だ。
そして、この僕もである。
そんな時だった。
続けて覗き込んできたルナールが、首を傾げながらおかしなことを言う。
「若者?見せてくださいっ!わわっ……なんでしょこれ……お兄ちゃん好きそうだなぁこう言うの」
「お兄ちゃん……?あの死語使いか……ん? これあれか?昔の掲示板の文化じゃね?」
「ほっほ!やっぱ『若者』のやつだったかっ!」
彼女の言うお兄ちゃんとは、元・聖刻の円卓の『フェンサー』。
『ンゴ』だの『ノシ』だのを乱用するあのカウンター野郎のことだ。
3人が出した答えを聞いて、ようやく理解した。
これは数式やコードなんかじゃない。
「フッ……『Arche』め……わざわざ、暗号にした上で現場の素材(文化)を使うとはな……あの男との接点すらも計算済みって訳だ」
「イオリ、どう言う意味だ?」
「なるほど……ジョウナンですわね。フェンサーはもういないですし」
僕の納得いったような言葉に素の口調のカイザーが不思議そうな顔をし、いつの間にか横に戻ってきていたまち子が静かに答える。
「そうだ、『Arche』の奴は、僕のフレンドの狂気すらも計算して『これなら解けるだろ?』って言ってきているんだよ」
運営の監視網を逃れるため、ログに『[W#RNING] Ev@ding R!sk.』というリスクヘッジの痕跡を残し、わざと解読エラーに見せかけたノイズ。
その上で、僕のフレンドリストに『ジョウナン(掲示板のドン)』がいることを見越し、彼なら一瞬でデコードできる『掲示板の文化(AA)』を暗号として送ってきたのだ。
「町に戻るぞ。ジョウナンと連絡を取る。もう時間だ、みんなは先に上がってくれ。分かり次第SNSで連絡する。そしてWi-Fi……」
「切るのだ〜!もぐもぐ……分かってるのだ〜!もぐもぐ……回復アイテム忘れないのだ〜〜〜!」
僕の念押しを食い気味に遮り、ぽよんが口いっぱいにマカロンを頬張りながら勢いよく答えた。
僕たちは冒険者端末を操作し、神樹の塔から安全地帯である『タヴの町』へと転送で帰還する。
町に着くや否や、ぽよんを筆頭に仲間たちが次々とログアウトの光の粒子となって消えていった。
騒がしかった周囲に、再び静寂が下りる。
僕は一人、空中に浮かぶふざけたアスキーアートと重大なヒントを睨みつけながら、あの情報屋宛のメッセージウィンドウを開いた。
ジョウナンに「今、会えるか」と、一言だけ送った。
すると、即座に返信が返ってくる。
——【メッセージ】——
[送信元:ジョウナン]
[件名:了]
タヴの町
フィールド出口を背に右側
400m先の路地。
10分後。
———————————
「話が早くて助かる。問題は、伝え方だな……音声はダメだ……僕は『Root Message』の形式で送れるような権限はない。……フッ、そうか。この手が」
僕は、夕暮れに染まるタヴの町を歩き出した。
指定された場所へと。
〜10分後〜
路地裏に、ジョウナンの影を捉える。
この隙に、僕はシステムメニューからメッセージの『入力画面』を開いた。
——【メッセージ作成中(※未送信)】——
[送信先:未入力]
[件名:未入力]
事情がある。
以降は『入力画面』を見せ合って会話してほしい_
———————————————
きっと今の段階では、運営もたかが1ユーザーのメッセージ履歴などいちいち監視していないだろう。
だが、いずれ僕たちが『ダアト』とでも対峙すれば必ず気づく。
僕もリスクヘッジしなくてはな。
「うっす!どうしたんスか?」
僕は無言のまま、ジョウナンに書きかけのメッセージ画面を見せた。
すると、彼はその意図(ログに残さないための未送信会話)を即座に理解し、黙って頷く。
続けて、僕は『Arche』がわざわざ運営を迂回するために送ってきた『Root Message(AA画像)』のスクショを見せた。
彼は「分かる分かる」とニヤリと笑い、僕の目を見てきた。
ビンゴだ。
——【メッセージ作成中】——
[送信先:未入力]
[件名:未入力]
それ、昔のネット掲示板で使われてた数式偽装のAAッスね_
———————————————
僕が小さく頷くと、ジョウナンは「やっぱり」という顔をした。
——【メッセージ作成中】——
[送信先:未入力]
[件名:未入力]
ああ、そこまでは仲間の推測で辿り着いた。
だが肝心の『意味』が読み解けない。
左の数式には何の意味がある?
この絵は何を示している?_
———————————————
僕が打ち込んだ画面を見せると、ジョウナンは少し可笑しそうに口角を上げ、凄まじいフリック速度で返答を打ち込んでいく。
——【メッセージ作成中】——
[送信先:未入力]
[件名:未入力]
左の数式は、運営のキーワード検閲をすり抜けるためのただの文字数稼ぎ(ノイズ)ッス。
マジで何の意味もないダミーっすよw
本命は右ッス。
1個目は「昭和のテレビは、斜め45度から物理で叩けば直る」って有名なAA。
つまり「敵の精神攻撃は、物理で殴れば強制キャンセルできる(直る)」って意味ッス_
———————————————
「……!」
僕はその文章を読み、思わず息を呑んだ。
これは、次に待ち受ける第9階層『イェソド』のボスの攻略法。
精神攻撃が厄介な状態異常ではなく、ただのシステム上の『ノイズ(バグ)』だと言うなら、論理は通る。
(……くそっ。
この僕が、ただのノイズであるダミーの数式に思考を引っ張られていたと言うのか)
僕が内心で自嘲している間にも、ジョウナンは続けて2つ目の暗号の解読画面を見せてきた。
——【メッセージ作成中】——
[送信先:未入力]
[件名:未入力]
2個目はそのまんまッス。↑は上。
「上空(Z軸)の限界点、空のテクスチャ(天井)をぶち破れ」ッスね。
そこに隠しルートへの直行ルートがあるはずッス……
てか何それww 特ネタww_
———————————————
……ふっ、くくく。
なるほどな。
システムの数字(裏側)ばかりを見ていたせいで、人間の泥臭い『文化』を見落としていたか。
AIめ、最高のカンニングペーパーを送りつけてきやがった。
——【メッセージ作成中】——
[送信先:未入力]
[件名:未入力]
裏ルートだが、おそらく一般プレイヤーでは不可能だ。
ロン君だ。つまり検証不可能。
理解した。
見事なデコードだ。
最高の『情報』だった。
報酬は後日相談しよう_
———————————————
僕がそう打ち込んで見せると、ジョウナンは納得した。
そしてパッと顔を輝かせ、声を出さずに『うおっしゃ!』と力強くガッツポーズをした。
そのまま手を少しだけ掲げ、挨拶をした後、僕たちは一言も交わす事なくそれぞれの進行方向へと歩き出す。
最後まで何もなかった(ログも残らない)。
そう言うことだ。
〜2分後〜
(ここまでくればいいな。
僕も落ちるとしよう。
しかし、ここまで警戒して離れる必要もなかったか……見事に店も何もないな)
ジョウナンとすれ違い、タヴの町の中心部を背にして路地方面へ歩いたため、周囲の喧騒はすっかり遠ざかっていた。
しかし……何気なく視線を向けた通路の先。
「!?」
文字通り、瞬きした瞬間だ。
少し先の空間に、ハニが突然出現したのだ。
この不自然な挙動。
以前、エキシビションの招待で『GM(黒服)』に呼ばれた時と全く同じ転送処理だ。
(何を持っている……?)
現れたハニは、両手で大事そうに何かを抱えていた。
(お供物か?月に1度のお供え。
次の当番だと言っていたが……)
彼がお供物と言っていた『小包』を受け取ったのだろう。
だが、始まりの町エウレカからのただの小包を、何故わざわざ……あの『GM』と同じ転送システムを通して受け取る必要がある……!?
いや、それよりもだ。
(そんな強権が使えるなら、なぜ直接『神樹の塔』へ送らない?
なぜ、わざわざNPCに『歩いて運ばせる』なんてアナログな真似を……)
まるで、『塔へ直接システム干渉(通信)したログを残したくない』とでも言うような、周りくどいやり方。
単なるNPCの宗教行事に偽装されたその『小包』。
それが孕む運営のどす黒い真実に、僕はこの時まだ気づいていなかった。
第108話いかがだったでしょうか?
……GM専用の転送システムを使ってまで運ぶ『小包』。
この小包の正体とは一体……?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
〜次回予告〜
3/15【朝8時10分】に投稿致します!
少しでも「AAの暗号面白すぎ!」「未送信メッセージでの会話かっこいい!」と思っていただけたら、ぜひ画面下の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】で応援していただけると、執筆の最大の励みになります!




