第9話 初めての依頼①
「では、お互いの自己紹介と顔見世は済みましたので依頼内容の再確認をさせて頂きますね」
私は顔見世の済んだ彼らと一緒にギルド内にある打ち合わせ室へと案内され、そこで今回の依頼内容をすり合わせることに。普通こういったものは事前にするものじゃないのかと内心では猜疑心を持つが、前世で得た常識とこの世界の常識が同じとは言えないので特にツッコミをすることなく黙って話を聞くことにしたのだ。
「今回の依頼はここより馬車で半日の距離にある鉱山より鉄鉱石を運搬する依頼となります。運ぶ量は最低でも馬車運搬で五台以上。上限はなし。ただし、依頼先の工房にある資材倉庫の容量からすると全くの空の状態で二十台分ほど置ける空間があります」
彼女は地図を広げながら場所の説明をしながら必要な情報を公開してくれる。同席した関係者の皆も頷いて話に聞き入っている。
「次に報酬についてです。金銭的なものは馬車一台分の鉄鉱石を運搬完了で金貨十枚ですが、今回はギルドから馬車や人手を出していますので、それぞれ馬車の賃貸料が金貨二枚。御者に金貨二枚。護衛は危険が伴いますので一人当たり金貨三枚、今回は二人ですので金貨六枚となります。あと、忘れがちなのですがギルドを仲介しての依頼ですのでこちらが金貨二枚ほど請求させて頂きます」
「つまり、鉱山まで馬車を出してもらうと最低でも金貨十二枚は必要だということですね」
「はい。計算が早い方で大変助かります」
馬車一台分の鉄鉱石を運搬するのに貰える報酬額は金貨十枚。それにかかる最低額は金貨十二枚。うん、誰も受けるはずがないわね。
「それって、普通に運んだらマイナスってことですよね? 私が無報酬であっても」
「はい。そうなりますね」
全く悪びれずにそう答える彼女に私はこめかみを押さえながら苦笑いをする。まあ、想定内のことだ。それに、ちゃんと利益の出るような抜け道も用意されていたし……。
「元々は馬車五台で運搬することを前提に計算された報酬ですからね。馬車五台が金貨十枚、御者五人で金貨十枚、護衛は馬車五台ならば六人も居れば問題ないので金貨十八枚。ギルドの手数料は一件なので金貨二枚。つまり、合計四十枚となり依頼料は金貨五十枚ですので金貨十枚の黒字となるのです」
「その金貨十枚が依頼者の報酬となるのね」
「はい。そうなります。ですが、当然ながらリスクもあります。依頼が失敗に終わった場合は基本的に依頼者が負債を負うことになりますので注意が必要です」
「まあ、それは当然でしょうね」
簡単にそう言い切る私に彼女は微笑みながら頷いてくれる。
「なにか、いい運搬方法があるんですよね?」
ずっと黙って依頼内容を聞いていた御者のビルが私にそう問いかける。彼も今回の依頼を実行するメンバーなので不安になって当然だろう。なにせ普通では赤字になるのは分かり切っていたからだ。
「はい。とっておきの秘策がありますので安心してください」
私は不安げな表情のビルにそう告げると契約書に記名をしたのだった。
◇◇◇
「――目的地までは馬車で半日ほどだ。向こうに着いたら積み込みに時間がかかるだろうし、直ぐに戻っても夜になっちまうから向こうの宿泊施設に一泊してから戻ることになるだろうよ」
私は御者台で馬車を操るビルの横に座り、彼から鉱山の事や道中の注意点などのレクチャーを受けながら進んでいた。
「――なあ、本当に大丈夫なんだよな? 向こうに着いてから出来ませんでした、だけは勘弁してくれよ。まあ、失敗した時は君が負担金を支払うだけだが、そんな状態で報酬を貰うのは心苦しいからな」
根が優しいのだろう。若しくは私が女性だから気を使ってくれているのかもしれない。
「本当に大丈夫です。ちゃんと検証もしてきましたから。それよりも一つだけお願いしても良いですか?」
「ん? なんだ?」
「今から行く鉱山で目にすることをあまり広めないで頂きたいのです。つまり、私の固有スキルについて言いふらさないでくださいということです」
今後はいろんな場所で使うことになるので完全に情報漏えいを止めることは考えていないが、それでも自ら広めるのと人が広めるのでは意味合いが違う。ビルはギルドの関係者なので、そのあたりの常識はきちんとしていると信じたいが念のための予防線である。
「それは、もちろん約束しよう。私たちはギルドの職員だから、そういった守秘義務に関することは日頃から煩く言われている。心配しなくてもいい。しかし、運搬に適したスキルなんてあったか?」
「それは、現地でのお楽しみとして頂ければ……」
「そいつは楽しみだ。そこまで自信があるなら期待していいのだろう。フィーさんからの信用もあるようだしな」
「フィーさん? 誰のことですか?」
「あれっ? さっきまで話していた受付嬢のフィーさんだよ。名乗ってなかったのかよ。相変わらずだな。彼女、仕事は出来るんだが少し抜けているところがあるんだよ。まあ、そんなところも人気なんだがな」
ギルドの受付嬢の人気を聞いても仕方なかったが、彼女の名前を知ることが出来たのは収穫だった。こういった少し怪しい案件もお構いなく新人に斡旋する要注意人物として認識させてもらうことにしたのだった。
◇◇◇
「そろそろ、見えてくるぞ。今回は大きなトラブルが無くて楽だったな。いつもこうなら良いのにな」
馬車の前を歩いていた護衛のカイが声をあげて知らせてくる。本音が漏れるのは仕方ないが、大きな声で言うことではないのではないかと私は苦笑をする。
「ほぼ予定どおりだ。君はこの鉱山は初めて来ただろうから管理者との顔合わせには私が同席してあげるよ。工事現場なんかは結構危険な場所もあるから勝手に入ったり触ったりしないようにね」
ビルは私にそう伝えると鉱山の施設へと馬車を乗り入れた。そこにはいくつかの小屋が並んでおり、休憩中なのか数人の作業人が座って話をしているのが見える。
「鉱山責任者のバーリキさんは何処に居るか分かるか?」
ビルは座っていた彼らにそう尋ねると直ぐに答えが返ってきた。
「素材置場横の管理小屋に居ると思うぞ。さっきまで掘り出していた素材を素材置場に運んでいたからな」
「分かった。行ってみることにするよ」
ビルは彼らに礼を言うと馬車をゆっくりと進ませる。作業現場なので狭いイメージだったが、馬車で運べるように予想以上に広い道があることに驚く。やがて、高く積み上げられた黒い鉱石の山の横に建っている小屋の前で馬車を停止させ、ビルは私を連れて小屋のドアをノックする。
――ドンドン。
ビルは少し強めにドアを叩いてから返事を待たずにドアを開けて中に入って行く。大丈夫なのだろうか?
「ま、待ってください。置いて行かないで」
私が彼の後ろから続いて小屋に入ると、そこには太い腕の真っ黒に肌の焼けた大柄の壮年男性が仕事机で書類の整理をしているのが目に入る。
「誰かと思ったらビルじゃないか。なんだ、今回の御者リーダーにでも任命されたか?」
責任者のバーリキとビルは知り合いのようで、いきなり入室したビルに怒るでもなく彼は歓迎の声を発した。その言葉に頷くとビルは私を横に呼んでから彼に紹介した。
「彼女はリサ。今回の鉄鉱石運搬の依頼受注者だ。依頼者は南門の鍛冶屋キロム。最低でも五台分の鉄鉱石が欲しいそうだ」
「五台分か。相変わらずちまちま運ぶ奴だな。一気に二十台分くらい運んでくれれば俺たちも倉庫が空いて楽なんだがな。で、実際に何台の馬車が来ている? 音からすると一台しか来ていないように感じたが……」
馬車の音で台数を把握するとはなかなか良い耳をしていると思いながら逆に私は彼に問いかける。
「あの、鉄鉱石って今どのくらいの量があるのでしょうか?」
「今ある鉄鉱石の量だと? さあて、それこそ馬車二十台程度はあると思うぞ、まあ見てみるがいい」
彼は私の質問の意図が理解できずにそう告げると「ついてきな」と言って小屋を出て隣の大きな建物へ続くゲートを開いてくれた。
「――運ぶ荷はこいつに入れて運ぶことになる。この木箱の大きさ十箱分で馬車の荷台一杯となるから運べるだけ運んでくれていい。かなり重たいから馬車に積む時は作業人に声をかけて手伝ってもらうと良いだろう。ところで他の馬車は何処に置いているんだ?」
目の前にある馬車は一台だったので彼は当然の質問をするが、私は素直にこの一台しか来ていないことを告げたのだった。




